右腕は【紅く】、瞳は【金色】に染まりて
「こっ――これが、新しい腕と足の――魔縮の四肢の――能力――?!」
アシャは恐れと困惑の綯い交ぜになった眼差しで自身の腕を見つめる。その戸惑いと疑問に答えるかのような老人の声が、彼の背中へ投げられる。
「そうだ――、右腕に凝縮されしは、すべてのものを上回る力と熱量――その魔術式の名は、【力という概念の放棄】――。
さあ、発動し始めた力の片鱗を見せてみよ。紅く変貌せし右腕を――、敵へ翳してみるがよい――!」
薄緑色の外套を被った何者かは、アシャの変貌していく右腕を認め、老人が言葉を発し終えるよりも一瞬早くその手を振り上げ翳した。はらりと揺れる外套の袖からはみ出した指先より、先程放たれたものと同じであろう魔力で形造られた光弾が生成されていく。
「ぐっ――次の攻撃に移ろうということか――!」
殆ど叫ぶように声を上げ、本能的にアシャは紅く隆起した右腕を前へと突き出す。と、ほぼ同時に外套の者は光弾を放っていた。渦巻く魔力の攻撃が、一直線にアシャへと向かっていく。
――ドシュゥゥゥゥッ――!!
光弾がアシャへと着弾し、閃光が迸る。
光の渦に詰め込まれていた魔力が溢れ、衝撃波と轟音とで空間を掻き回す。
普通の人間であったならば、無数の肉片へと引き千切られてしまうであろう猛烈な爆発が引き起こされていた。
鎮まっていく光。
爆発により噴き上がった土煙が、薄くなっていく。
そして、静まっていくその粉塵の中から――。
「なるほど――【力という概念の放棄】とは、いうことか――」
そう呟きながら粉塵の中より現れたのは、まったく無傷なままでいる、アシャの姿。
「この世あらゆるすべての力を上回る力――。ゆえに、力という概念そのものを無意味なものとする――」
そして、アシャの身体は少しずつ顕になっていく。光弾の爆発をも瞬時に握り潰し防ぎきってしまうほどに屈強な、真紅に輝く隆起した腕が。その腕に這い巡って魔力を漲らせている、ネオンのような光の筋が。その光筋の根源たる、肩上に浮かんでいる魔法陣が。そして――、それらの様子を鋭い眼差しで見つめ続ける――金色の瞳が。
「これが――、俺の能力――ということか――」
「どうやら理解したようだな――? 己が能力を。そして、その能力で、為すべきことを」
独り言ちるアシャへ、キシュゥは声を掛ける。その一瞬、アシャは金色に輝き続ける瞳をぎょろりと動かし、鋭い視線を老人へと向けて。
「ふん――何を戯けたことを。貴様――よくもここまで俺の身体を好き勝手に弄ってくれたものだな」
人が変わったようなアシャの強い口調に、キシュゥは怪訝そうに白髪の隙間から覗かせた眼で彼を凝視する。
「ほう――その金色の瞳に――その高慢な口調――。
魔縮の四肢より漏れ出した魔力が――、神秘斬滅により断ち切られし断面に遮られてはいるものの、しかし神経や皮膚といった隙間を通じて、僅かではあるが頭部へと流れ込んでいると見た。眼球の魔眼化――そして、それによる一時的な人格の変容――なるほど、興味深いな」
「じっくり考察などしている場合か。まだ来るぞ――!」
金色の瞳のアシャは吐き捨てるように言い、その視線を再び薄緑色の外套へと戻した。紅く流動する腕を振り上げ、続く攻撃に身構える。
外套の者は岩の上より飛び上がっていた。ひらひらと舞う布から白い腕が顕になり、その指先にまたも魔力が集束していく。
その時――突然に、キシュゥは声を上げた。
「もうよい、クスガ。茶番はここまでとするぞ」
瞬間、外套を纏った者の動きがピタリと止まった。指先に浮かんでいた魔力はすぅっと霧散し、飛び上がった勢いにブレーキを掛けるかのように、その場に着地する。敵を迎え撃とうとしていたアシャは、拍子抜けのように棒立ちのまま相手のその様子を見つめて、やがて何かに気づいたかのように鼻で嗤うように。
「なるほど、茶番か――確かにな。貴様――先程、俺の様子を診ていた女だな? クスガと言ったか」
察したように言うアシャに、薄緑色の外套の頭の部分がこくりと頷く。続いて、その者は外套を脱ぎ捨て、姿を顕にした。
背の高い、翠玉色の髪を肩のあたりまで伸ばした女だった。アシャの言葉の通り、それは眠っていた彼を診ていた、クスガと呼ばれるキシュゥの従者をしていた女性だった。