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偽典【イドラトゥリア】


【2053年3月26日 10:07】



 塚本瑞穂は、兄である大樹の忘れ物を届けに彼の職場を訪れていた。


 塚本大樹は入口前に立って瑞穂のことを待っていた。彼は、少女の姿を見つけると同時に申し訳無さそうに目をつむり、謝るように片手を上げる。そして、小走りに近づいてくる瑞穂へと声を掛けて。


「瑞穂ちゃん、ありがとう。せっかくのお休みの日にごめんね」


「いやいや――いいよ大樹くん。そんなに気にしないで。今日は別に予定とか無かったし」


 瑞穂はそう言いながらポーチをまさぐり、自宅から持ってきた彼の忘れ物であるメモリ素子を取り出す。ひょい、という感じでそれを大樹へと手渡すと、少女は小さく頷いて見せて。


「それじゃ、私はこれで――」


 そう短く言い、用事を終えて帰ろうと少女が踵を返しかけたその時――彼女は、大樹に呼び止められた。なんだろう? とふわりとした足取りで兄を見上げる少女に、大樹は手招きしながら話しかけていた。


「ちょっと待って――瑞穂ちゃん。せっかく来たんだから、少しゆっくりしていきなよ」



 〜〜



 大樹の研究室の中に通された瑞穂は、小さなスツールに座り、彼から手渡されたコーヒーをゆっくりと啜っていた。


 見慣れぬ機器に囲まれ、少しばかり緊張した面持ちで、しかし興味深げに周囲を見回す少女。そんな彼女の緊張をほぐそうとするかのように、大樹は話しかけながら手元にあったディスプレイを傾ける。そこに映し出されていた内容を、少女へと見せようとするかのように。


「瑞穂ちゃん、これがこの前に話してた、ミイラと一緒に発見された古文書のデータだよ」


 大樹の言葉のままに、瑞穂は画面を覗き込む。


 ディスプレイの左半分に映し出されていたのは、古い書物の写真。茶色くボロボロな羊皮紙に書かれている文字は、現代のものとは明らかに異なるがゆえに読むことの出来ない異質なもの。そして、ディスプレイの残り右反対側に表示されているのは、それを現在の言語に訳している途中であろうと思われる、穴抜けだらけな文字の羅列だった。


 少女は視界に入ったその文字の羅列を、無意識のうちに、小さく声に出して読んでいた。


『――私の刃は、世界を殺し――。


 ――彼の返答(こたえ)に、私は――』

 

 その内容には見覚えがあった。それが、大樹の自室の画面に映し出されていた情報(データ)の続きであると気付くよりも先に、瑞穂は文字列の流れを目で追い続けて、それを意図せぬまま囁くような小さな声として出し続けて。


『――その運命(であい)は――、


 ――のできない――呪い。


 ――以外の――を――断ち切り(・・・)


 ――を必然として――、


 ――私は――彼に――を――』


 後半部分は(ほとん)ど解読されてはいなかった。しかし何故だか、少女は惹かれるようにその文字の羅列を、そこに書かれた内容をただただ読み込んで。そして、譫言(うわごと)のように小声で呟いて、言葉を紡いでいって――。


「み、瑞穂ちゃん――? どうしたの?」


 呼びかける大樹の声に、食い入るように画面を見つめていた瑞穂は、ふと我に返った。


 きょとんとした眼差しで、大樹を見返す瑞穂。彼からの問いの意味を咄嗟に反芻し、そこで初めて彼女は、自分が意識も意図もせぬままに、ディスプレイに映された古文書とその内容とを食い入るように見つめていたことに気付いた。


 瑞穂は無意識な自身の行動そのものを振り払うかのように、ふるふると頭を振り、そして応える。


「あ、いや――うん、なんでもないよ。それよりも大樹くん――部外者である私に、こういうのを見せちゃっても大丈夫なものなの――?」


「それは大丈夫。このあたりの内容は、研究者の間では公表されてるみたいだから」


「そうなんだ――それなら、大丈夫ってことでいいのかな――?

 ――で、この書物って、いったい――なんなのかな――?」


 瑞穂に問われ、大樹は首をひねりながら。


「僕は考古学にはあんまり詳しくないから専門的なことはちょっとわからないけれど――、聞くところによると、どうやら偽典(イドラトゥリア)と呼ばれる魔術書の一種みたいなんだよね」


「いどら――? へぇ――、そんなものが、どうしてその例のミイラと一緒にあったんだろう――」


 ふと、考え込むような言葉を漏らす瑞穂。――ミイラにも、得体の知れない魔術書と呼ばれる書物にも、それほど興味など無かった筈なのに――、話を聞いていく内に、何故だか彼女はそのこと(・・・・)を考えずにはいられなくなっていた。


「おや、気になる――? 瑞穂ちゃん」


 興味を抱いているかのような仕草で微かに俯きつつあった少女に、大樹は問い掛ける。瑞穂は困ったように()の顔へと視線を向けて。


「あ、いや、何だろう――どうして、こんなに気になっちゃうんだろう――」


 自分でも自分のことが理解(わか)らないと言いたげな、困惑した様子で独りごちる少女。大樹は彼女の呟きを聞き、「うーん……」と思考するような声を漏らし、そして。


「――僕も、瑞穂ちゃんがこの件にこんなに興味を持ってくれるなんて思わなかったよ。

 ――でも――そうだ、それなら――」


 何か(・・)を思いついたように(まばた)きをし、そして大樹は静かに立ち上がった。不可思議そうに見上げる少女へ、立ち上がりを促すように手を差し伸べて彼はこう話しかけていた。


「そんなに気になるなら――例のミイラの実物(・・)――、見てみるかい――?」



 ○●


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