【天使】ジヴリエル
誰だ、と問われた白い少女は、嘲笑う。見下すように紫紅色の瞳を細め、白銀の長髪をさらりと撫でつけながら、透き通るような肌と薄桃色の唇を動かして。
「そうね――私は、七惑天使がひとり、色欲のジヴリエル。
第3異界より降臨せし、断絶という概念の能力を戴きし者――よ」
「――七惑――天使――?」
はっとしたようにアシャは目を見開き。
「まさか、ユキナに墜ちた流星が――彼女の中へと入っていった、あの白光が――伝承の通り、天使と呼ばれる存在だった――?
そしてそれが――、ユキナの身体を――奪った――のか?」
アシャの言葉に、ジヴリエルと名乗ったユキナの身体は、こくりと頷いた。
「ええ、その通り。丁度いい身体があったものだから――」
ギリと唇を噛み締め、アシャの目線が鋭さを帯びる。
「何なんだ、お前は――ユキナの身体を奪い――シィングゥの都をこんな惨状にして――さっきの女の子のように、都の人々をみんな殺してしまって――それもこれも、すべてお前の仕業だろう――?
どうして――どうして、こんな非道いことを――?!」
そう叫ぶ彼の声を聞きながら、ジヴリエルと名乗った白い少女は不思議そうに頭を揺らし。
「『どうして』――とは? 物事に、私のやることに、理由が必要なの――?
はぁ――まったく、因果に縛られるしかない人間らしい言葉ね。
因果なんて――そう、私なら簡単に断ち切り、殺すことができるのに――」
――ザンッ――!
途端、何かの裂ける音が響く。
彼は最初、何も感じてはいなかった。何かが触れた感覚も、ましてや痛みなど、その時はまだ何も気付くことはなかった。
――ドサリ――と、何かの落ちた音。そして彼は見た。少し離れて真正面に佇む白い少女が、白銀に輝くその指先を、まるで指揮者のように軽やかに振るっているのを。
何をするつもりだ――、とアシャは咄嗟に右腕を振り上げようとして、そこで初めて気付いた。
彼の右腕が、肩より少し下のところでざっくりと断ち切られているのを。
「――っ?! う、腕が――!?」
アシャは驚愕に満ちた声を漏らす。不思議なことに鮮血は噴き出さず、しかし遅れて、激痛だけが彼を襲った。
「うっ――うぐああああっ――!?」
苦悶の呻きを上げ、蹌踉めくアシャ。そんな彼へ、冷たく見下ろすような視線を向け、鮮烈な紅い瞳を揺らしながら、ジヴリエルはゆっくりと呟きを漏らす。
「そう――これが私の能力。神秘斬滅」
「ぐっ――ぐああっ――ル――神秘斬滅――? なんだ――それは――」
激痛と呻きを噛み殺し、その先の喪われた肩を押さえ、アシャは少女の言葉を聞き返す。白い少女は口の端を歪め、囁くように言葉を続けて。
「我らの世界を創りし神はね――、私たち天使に、神器と呼ばれる能力を遺したの――」
――ザンッ――!
少女の言葉の途中で、再び何かの裂ける音が響く。続いて、彼の悲鳴にも似た声が木霊する。
今度は、アシャの左腕が断ち切られていた。両腕を喪った彼が、今にも倒れそうなほどに蹌踉めくその背後に、身体から斬り離された左腕がドサリと落ちる。
紅く冷たい瞳を細めたまま少女は、両腕を喪い悶る彼の様子を気にも留めず、ただ淡々と言葉を紡ぐ。
「――神器はね、神が世界を創るときに使ったとされる、概念の能力。世界が 存在を成すための概念となり、因果の胎動を生み出したとされている――ね」
言いながら、囁きながら、白い少女ジヴリエルは素早く腕を横へと振るう。まるで何かの振り付けのような、舞うような軽やかさをもって。
そしてその動きに呼応するように、またその指先より白銀の閃が迸るとき――。
――ザッ、ザンッ――!!
斬音とともに、彼の身体は地面へと突っ伏す。その身を支えていた筈の両脚は、倒れた彼の身体とは反対方向に倒れ、ごろりと地面を転がっていた。
「――その神器の中でも――切断、屈曲、接合を司るものは、創造の3概念と呼ばれ、特に格が高いとされている。
そして、その内のひとつこそ――、この神秘斬滅。断ち切るという概念そのものという能力――って、ねえ。聞いてる?」
四肢を断ち切られた激痛と、頭から地面へと突っ伏した衝撃に、彼の意識は揺れていた。愉しげな、しかし平然と人を殺す冷徹さを孕んだ少女の声は、次第に自身の苦悶の叫び声に塗りつぶされて。
「うがあああっ――ぐっ――ぐああああっ――!」
アシャはのたうつ。両腕も、両脚も、断ち切られた彼の身体は、地面の上で叫び声とともに転げ狂う。
そこへ投げかけられる、白い少女の言葉。
「あら、さすがに痛すぎてそんな余裕はないか――。
いいよ、今、楽にしてあげるね。アシャくん」
そして、アシャの意識は途切れた。その間際、ようやく見上げた彼の視界が捉えていたのは、白銀の髪を揺らし、冷たく澄んだ紅い瞳でこちらを見下ろし、か細い腕を振り上げている――、幼馴染の少女の姿をした何かだった。
○●