流星【ほし】の墜ちる夜
不意の問いかけに、アシャは返す言葉を見つけられず、ただぱちくりと黒瞳を見開いてユキナを見つめていた。
「いや、それは――」
言いかけて、口ごもる。喉まで出かかった返答を思わず引っ込めて、彼は逆に問いを返していた。
「そういうユキナこそ、この星空に何を願ったの――?」
ぴくり、とユキナの肩が僅かに跳ねた。頬を染める紅潮が広がっていき、細い首筋までもが桃色を帯びていく。艷やかな薄蒼色の髪が、動揺しているかのような少女の所作に呼応するように揺らめいている。
「そっ、そうだね。私は――私が、願ったのは――」
吃りつつ、何故だか躊躇いがちに、少女はその先に続く言葉を紡ごうと唇を舐める――その時だった。
突然に、視界が白く染まった。
目の前の少女の姿は、白に塗りつぶされて見えなくなった。
突然に、音が消えた。
呟きかけられた少女の声は、無音に塗りつぶされ聴こえなくなった。
そして突然に、彼の身体は強い衝撃波のようなものによって吹き飛ばされ、宙を舞っていた。
「(――流星が――墜ちた――?!)」
視覚も、聴覚も、触覚も――感覚という感覚が常軌を逸した衝撃によって上書きされていく。吹き飛ばされた身体が未だ宙を舞っているのか、既に地面に落ちているのか、何も理解らぬまま――その間際に視た光景を、彼は言葉にならぬ声で吐き出していた。
夜空を流る星が、その内のひとつが、墜ちていた。彼に何かを――、己が祈りを、語り呟こうとした少女へと。その小さな身体を貫くように、飲み込むようにして。
――ドォオオオオンッ――!
彼の認識よりもだいぶ遅れて轟音が響き渡る。衝撃と閃光によって認識できぬほどに白く乱れていた視界が、拭われたように暗転する。
ドサリ、という感触。ようやく身体が地面に落ちたという、その感覚が戻ってくる。彼は自身の今の体勢もわからぬまま、身を起こそうとしゃにむに藻掻く。
「――ユキナ――!」
咄嗟に口を衝いて出た言葉は、少女の名だった。上下左右も理解らぬまま、白に灼かれた瞼を抉じ開けて、斑で歪な視界の中で、アシャはつい先程まで傍らに腰掛けていた少女の姿を探して――。
そして、彼は視た。
隕石が墜ちた跡のような、数メートルに渡って抉れている地面を。そのクレーターの中央に膝をついて佇んでいる、薄蒼色の髪をした少女の姿を。そして、ユキナのその小さな体躯に絡みついている、流動する不定形白光を。
「ゆ――ユキナッ――!!」
その異様な光景を前に、アシャは叫ぶ。だが、荒れ狂う衝撃波と眩い白光の中にあって、掠れた叫びはもはや声にすらならなかった。
ユキナに絡みついた白光は、ぐいぐいとその小さく細い体躯を締め上げていく。まるで獲物を捕えた蛇の如く、少女を頭から丸呑みにするかのように、その白光はじわじわと彼女の全身を包み込んでいき、その四肢の先端に至るまでを侵蝕しつつあった。
白光に呑まれていく中で、少女は小刻みに震えながら、何かに縋るように顔を横へと向ける。助けを求めるかのように潤んでいるその虚ろな眼差しと、アシャの視線とがぶつかって。
「――、けて――。
――ャ、くん――」
ユキナは色を失いつつある唇を微かに動かし、掻き消されそうな程にか細い声を漏らした。言いながら、少女は手を伸ばす。向けられた視線の先にいる彼へと、救いを求める掌。それが彼女と彼の目線に並ぼうとする――その直前。
「――が――違う――に――ような――。
――あっ――あぁっ――」
響く、少女の吐息のような声。と同時に白光が、彼女の口の端から、目尻から、喉元から溢れ流れる。まるでその身を包み込み、その内部へと流れ込んだ白光が満ち、逆流してしまったかのように。
そして、彼は目の当たりにする。溢れ包まれた白光の中にある少女が、その姿が変化していくのを。
溢れ漏れる白光に染め上げられていくかのように、薄蒼色をしていた髪が新雪の如き白銀へと変化していく。その身体の内に流れ満ちる体液が暴れ沸いているかのように、円で黒々としていた瞳が紅々と鮮やかな紫紅色の虹彩を湛えていく。
さらさらと流れる白銀の髪に、焦点を結ばぬ紫紅色の瞳。少女の姿をしたそれは、倒れ込むように上半身を屈ませて――、そしてその瞬間、小さくか細い背中を喰い破るようにして白光が噴出する。まるで翼のような形状をつくり、止め処なく迸っては周囲に降り注ぐ、輝く白の粒子。
幻想的にすら感じられるその光景を前にして、夥しい勢いで視界に降り積もっていく白光の嵐を目の当たりにして――、アシャは不意に思っていた。
まるで――、古き伝承に語られる天使のようだ、と。本当に天使という存在が在るのなら、おそらく、こんな感じなのだろうな――と。
しかしそのことを、その意味を、アシャは深く考えることはできなかった。掠れ揺れる視界も、朧気に沈みそうな意識も、そんな彼の隙間な思考すらもすべて――、少女から溢れ舞う白光は塗り潰していたのだから。
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