表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/132

流星【ほし】の墜ちる夜


 不意の問いかけに、アシャは返す言葉を見つけられず、ただぱちくりと黒瞳を見開いてユキナを見つめていた。


「いや、それは――」


 言いかけて、口ごもる。喉まで出かかった返答(こたえ)を思わず引っ込めて、彼は逆に問いを返していた。


「そういうユキナこそ、この星空(そら)(なに)を願ったの――?」


 ぴくり、とユキナの肩が僅かに跳ねた。頬を染める紅潮が広がっていき、細い首筋までもが桃色を帯びていく。艷やかな薄蒼色(みずいろ)の髪が、動揺しているかのような少女の所作(しぐさ)に呼応するように揺らめいている。


「そっ、そうだね。私は――私が、願ったのは――」


 (ども)りつつ、何故(なぜ)だか躊躇(ためら)いがちに、少女はその先に続く言葉を紡ごうと唇を舐める――その時だった。


 突然に、視界が白く染まった。


 目の前の少女の姿は、白に塗りつぶされて見えなくなった。


 突然に、音が消えた。


 呟きかけられた少女の声は、無音に塗りつぶされ聴こえなくなった。


 そして突然に、彼の身体は強い衝撃波のようなものによって吹き飛ばされ、宙を舞っていた。


「(――流星(ほし)が――墜ちた――?!)」


 視覚も、聴覚も、触覚も――感覚という感覚が常軌を逸した衝撃によって上書きされていく。吹き飛ばされた身体が未だ宙を舞っているのか、既に地面に落ちているのか、何も理解(わか)らぬまま――その間際に視た光景を、彼は言葉にならぬ声で吐き出していた。


 夜空(そら)(はし)(ほし)が、その内のひとつが、墜ちていた。彼に何かを――、己が祈りを、語り呟こうとした少女(ユキナ)へと。その小さな身体を貫くように、飲み込むようにして。


 ――ドォオオオオンッ――!


 彼の認識よりもだいぶ遅れて轟音が響き渡る。衝撃と閃光によって認識できぬほどに白く乱れていた視界が、拭われたように暗転する。


 ドサリ、という感触。ようやく身体が地面に落ちたという、その感覚が戻ってくる。(アシャ)は自身の今の体勢もわからぬまま、身を起こそうとしゃにむに藻掻(もが)く。


「――ユキナ――!」


 咄嗟に口を衝いて出た言葉は、少女の名だった。上下左右も理解(わか)らぬまま、白に灼かれた瞼を()じ開けて、(まだら)(いびつ)な視界の中で、アシャはつい先程まで(かたわ)らに腰掛けていた少女の姿を探して――。


 そして、彼は()た。


 隕石が墜ちた跡のような、数メートルに渡って抉れている地面を。そのクレーターの中央に膝をついて佇んでいる、薄蒼色(みずいろ)の髪をした少女(ユキナ)の姿を。そして、ユキナのその小さな体躯(カラダ)に絡みついている、流動する不定形(カタチなき)白光(ヒカリ)を。


「ゆ――ユキナッ――!!」


 その異様な光景を前に、アシャは叫ぶ。だが、荒れ狂う衝撃波と眩い白光(ヒカリ)の中にあって、掠れた叫びはもはや声にすらならなかった。


 ユキナに絡みついた白光(ヒカリ)は、ぐいぐいとその小さく細い体躯(カラダ)を締め上げていく。まるで獲物を捕えた蛇の(ごと)く、少女を頭から丸呑みにするかのように、その白光(ヒカリ)はじわじわと彼女の全身を包み込んでいき、その四肢の先端に至るまでを侵蝕しつつあった。


 白光(ヒカリ)に呑まれていく中で、少女は小刻みに震えながら、何かに(すが)るように顔を横へと向ける。助けを求めるかのように潤んでいるその虚ろな眼差しと、アシャの視線とがぶつかって。


――(たす)、けて――。

 ――ャ(アシャ)、くん――」


 ユキナは色を失いつつある唇を微かに動かし、掻き消されそうな程にか細い声を漏らした。言いながら、少女は手を伸ばす。向けられた視線の先にいる彼へと、救いを求める掌。それが彼女と彼の目線に並ぼうとする――その直前(まぎわ)


――(わたし)が――違う――(わたし)――(なる)ような――。

 ――あっ――あぁっ――」


 響く、少女(ユキナ)の吐息のような声。と同時に白光(ヒカリ)が、彼女の口の端から、目尻から、喉元から溢れ流れる。まるでその身を包み込み、その内部へと流れ込んだ白光(ヒカリ)が満ち、逆流してしまったかのように。


 そして、(アシャ)は目の当たりにする。溢れ包まれた白光(ヒカリ)の中にある少女(ユキナ)が、その姿が変化(・・)していくのを。


 溢れ漏れる白光(ヒカリ)に染め上げられていくかのように、薄蒼色(みずいろ)をしていた髪が新雪の如き白銀へと変化し(うつろい)ていく。その身体(カラダ)の内に流れ満ちる体液が暴れ沸いているかのように、(つぶら)で黒々としていた瞳が紅々(あかあか)と鮮やかな紫紅色(ルビーレッド)の虹彩を湛えていく。


 さらさらと流れる白銀の髪に、焦点を結ばぬ紫紅色(ルビーレッド)の瞳。少女の姿(カタチ)をしたそれは、倒れ込むように上半身を屈ませて――、そしてその瞬間、小さくか細い背中を喰い破るようにして白光(ヒカリ)が噴出する。まるで翼のような形状(カタチ)をつくり、止め処なく(ほとばし)っては周囲に降り注ぐ、輝く白の粒子(カケラ)


 幻想的にすら感じられるその光景を前にして、(おびただ)しい勢いで視界に降り積もっていく白光(ヒカリ)の嵐を目の当たりにして――、アシャは不意に思っていた。


 まるで――、古き伝承に語られる天使(・・)のようだ、と。本当に天使という存在(もの)()るのなら、おそらく、こんな感じなのだろうな――と。


 しかしそのことを、その意味を、アシャは深く考えることはできなかった。掠れ揺れる視界も、朧気(おぼろげ)に沈みそうな意識も、そんな彼の隙間(わずか)思考(かんがえ)すらもすべて――、少女(ユキナ)から溢れ舞う白光(ヒカリ)は塗り潰していたのだから。



 ○●


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ