表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/132

天星夜【グォヴォウーシ】に祈り願いて


「あっ、そうだ 、瑞穂ちゃん」


 夕食時、手にしたフォークをふと止めて、大樹は思い出したように瑞穂へと語りかけていた。


 瑞穂は顔を上げ、なに? といったように小首を傾げる。薄蒼色(みずいろ)をしたツインテールが揺れ、少女のそのつぶらな黒瞳が、テーブルを挟んで向かい側に座っている彼の顔を捉えて。


「どうしたの? 大樹くん」


「いや、来週はちょっと帰りが遅くなるかもって思ってさ」


「へぇ――そうなんだ。お仕事、結構忙しい感じなの?」


 瑞穂は心配げな口調(ニュアンス)で問いかける。大樹は小さく頷いて、苦笑いを浮かべて。


「うん、ちょっと面倒そうな案件が来るみたいでね――」


「面倒そうな案件――?」


 瑞穂は首を捻る。生物研究所に勤める研究員である彼の言う『面倒そうな案件』とは、どのようなものか皆目見当がつかなかったから。


「うん、実はね――南米のギアナ奥地で、ちょっと変なものが発見されたんだって。それが来週、解析のためにうちの研究室に運ばれてくる予定になってて、その準備やら何やらでだいぶバタバタしそうなんだよね――」


「南米で発見されて、わざわざ大樹くんの勤めてる生物研究所に――? それってなに? 新種の生き物か、(なに)か――ってこと?」


「うーん……何ていうか、まだちょっとハッキリとはわかってないんだけど……」


 大樹は困ったように視線を宙に向け、言葉を選ぶようにゆっくりと。


「――どうやら――、ミイラ化した、人間(ヒト)身体(カラダ)――みたいなんだよね」


 少女の手にしたフォークの先に刺さっていた食材が、ぽろりと落ちて皿の端をころろと転がる。眉を(ひそ)め、小首を竦めて、瑞穂はその白く幼い顔に僅かな嫌悪感を滲ませて。


「えぇ……なにそれ……。

 どうして生物研究所に、海外で発見されたミイラが――? いつの時代のどんな民族のミイラか知らないけれど、もし遺跡とかお墓とかから出てきたのなら、そういうのって考古学? とか、そういうのの管轄なんじゃ――」


「いや、それがね――」


 大樹は少し言いにくそうに視線を揺らし、そして、思い切ったように一気に続ける。


「ミイラはミイラなんだけどね――その――心臓だけが(・・・・・)まだ生きている(・・・・・・・)みたいなんだよね」


 ガタリ、と机が軋む。少女は驚いたように身を乗り出していた。困惑したような表情で、疑問の言葉を漏らす。


「そっ、そんなの、ありえな――」


「そう。ミイラっていうのは、腐敗する前に乾燥することによって原型に近い形を留めた遺体(・・)。だからこそ、心臓だけが(・・・・・)生きている(・・・・・)なんてことは、もちろんありえない。

 ありえない――はずだからこそ、僕の勤める生物研究所で詳しく調べることになったんだ」



 ○●



DC(異界歴)△4979年7月7日 22:53】



 墨塗られたような黒夜(そら)を、きらきらと輝く星々が幾筋も雨のように流れ、澄んだ白光の尾を曳き描いては地平線へと消えていく。


 少年アシャとその幼馴染の少女ユキナは、スィラハマの丘の(いただき)に腰を下ろし、夜空に広がる光景(パノラマ)を見上げていた。


 天星夜(グォヴォウーシ)――それは、年に1度巡ってくる、星降りの夜。星と星との向きの悪戯により、数え切れぬほどの流星(ヴォウ)が、深黒な朔の夜空に散りばめられる僅かな一時(ひととき)


「それにしても、本当に綺麗(キレイ)だよね――」


 あまりにも幻想的な光景の中、見惚れるように澄んだ少女の声を、彼は聞いた。


「そういえばさ――、流れ星(ヴォウ)にお祈りをするとね、天使さま(・・・・)がそれを(かな)えてくれるんだって。

 ――アシャくん、知ってた?」


 降り注ぐ星々を喰い入るように仰ぎ見ながら、ユキナは囁くようにアシャへと話しかけていた。


 アシャは顔を右へと向け、ユキナの白い横顔を見やる。つぶらな黒い瞳に、光の粒子に満ちた夜空が映り込んで。


「聞いたことがあるような、無いような――確か、神ってのがこの世界を(つく)った存在で、その神がここから立ち去る前に、自身の代わりとして最後に(つく)ったというのが、天使――だっけ――?」


 アシャの答えに、ユキナは大きく頷いて。


「うん、合ってるよ。よく知ってるじゃない。古典伝承の講義(ファナシヴァ)には全然顔を出さないのにね」


「そりゃ、本当かどうかも(わか)らない、昔からの言い伝えを聴いてもね――。

 で、その天使というのが祈りを叶えてくれるってのは、つまりどういうこと――?」


「あのね――、夜空を流れる星(ヴォウ)って、どこから来ていると思う?

 それは――、かつて神さまがいた、今は天使さま(・・・・)のいる世界からなんだって。

 そこは星々に満ちていて、溢れて(こぼ)れ落ちたそれらの一部が、私たち世界に流れてきて、こんな感じで夜空を通り過ぎていくの。

 だから、流れ星(ヴォウ)にお祈りをするとね、その祈りは星を通じて、異界の天使さま(・・・・)に伝わって、天使さま(・・・・)がそのお祈りを叶えてくれることがある――っていうね。私たち一族(クゥオヤサ)に古くから言い伝えられ、今またも信仰さ(しんじら)れている流星(ヴォウ)の伝承だよ。

 特に、夜空(そら)がこれだけの星に溢れる天星夜(グォヴォウーシ)はさらに特別みたいでね。『その星夜への祈りは、断ち切ることのできぬ因果を結ぶ』だなんて言われてる。

 (なん)だか、すごくない――? 断ち切ることが出来ないってことはつまり、『永遠(とわ)に結ばれる』ってことだからね――?」


 と、そこまで言って、愉しげに話していたユキナは不意に慌て驚くように瞳を見開き、ふるふると小さく首を横に振り。


「あっ、ごめん。私だけ(なに)べらべら喋ってんだろ――そっ、そ、それよりもさ――」


 何故(なぜ)だか恥ずかしげに彼から視線を逸らし、ユキナは再び星空(そら)を見上げる。流星の光(ほしあかり)に照らされる人形のように精緻な横顔が、その透けるように白い頬が仄かに紅潮していくのを、少女を眺めるアシャの視線は克明に捉えて。


「それよりも――?」


「そ、それよりも――あ、アシャくん、ところでさ――」


 少女の、深く息を吸う音。(なに)かを恐れているかのように、吐き出す息が微かな震えを帯びていることに、アシャは気付く。それが何を意味しているのかを彼が考えるよりも先に、ユキナは問いかけを投げてきていた。


「あなたは、(なに)かお願い事をしたの――? 天星夜(グォヴォウーシ)の、この星空(そら)に――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ