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俺【ぼく】の名を呼ぶ少女の声

第7話 私の刃は世界を殺し、君の返答(こたえ)に抱かれて眠り


【白との接触】



 微睡(まどろ)みの中で、聞こえるのは少女の声。


『――アシャさん、どうしたんですか――? アシャさん――起きてください――』


 それは、(ぼく)の名を呼ぶ声。


『――アシャさん――アシャさん――?! いったい、どうしたんですか――』


 何度も、何度も――その声は心配そうに(ぼく)の名を呼び続ける。(ぼく)はそれに応えることはできず、ただ溺れるような意識の中で、ただその声を聞き続けて――。


 そう――、聞こえる。聞こえる。確かに、聞こえている。けれど、その声は、次第に遠ざかって、だんだんと薄れて、聞こえなくなっていって――。


『――アシャ――さ――』


 視界は、ただただ白い。聞こえてくる少女の声も、濃い霧のような白い視界に溶けるかのように、次第に薄れていき、聞こえなくなっていき――。


 そして―――。


 先程までと、とてもよく似た、しかし少しだけ違う、少女(・・)の声が、霧深の中に意識を沈めつつある、(おれ)の名を呼んだ――。



 ○●



DC(異界歴)△4979年7月6日 13:48】



「――くん? ――アシャくん(・・・・・)――?」


 少年――アシャ・トゥリブルは、自身の名を呼ぶ声を聞いた。


 そこは都を流れる川のほとり。柔らかな草々の上に横たわり惰眠を貪っていた彼は、ゆっくりと閉じていた瞳を開く。眠気のヴェールに覆われた視界の奥に、雪のように白い肌と小さな顔が見えた。水晶のように丸く澄んだ黒瞳で少年をじぃっと覗き込んで、その顔はしかし彼が目覚めたことに気が付くと、引き結んでいた薄桃色の唇の端を緩めて、口許(くちもと)に微笑みを浮かべた。


「あ――、やっと起きたね。アシャくん(・・・・・)


 眠気は引き、視界が晴れて鮮明になっていく。顔を覗き込んでくる白い顔もまた、次第に焦点を結び、その輪郭をはっきりとさせていく。


 新雪のように澄んだ白く柔らかな肌、艷やかな薄蒼色(みずいろ)をしたストレートロングの髪。純白(まっしろ)なワンピースに包まれた、小さくも細く引き締まった身体。


 アシャは何度か(まばた)きをして、ゆっくりと身を起こす。すぐ側で屈み込むようにして彼の顔を覗き込んでいた白い身体のそれは立ち上がり、ふわり舞うように距離を取ると後ろ手を組み、にかりと笑いかけた。


 その笑顔を向けるのは――少女。彼と同じ、15歳から16歳ほどの年齢をした。


 起き上がり、ふわふわとした少女の様子を見つめ、アシャは静かに彼女の名を呟いていた。


「――なんだ、ユキナか。どうして、こんなところに――」


 その少女の名は、ユキナ・ダウェスト。ここシィングゥの都を仕切る大地主であるダウェスト家の一人娘であり、アシャの――。


「もう――! 『なんだ』はないでしょう? 『なんだ』は」


 ユキナはゆるふると首を振り、不服げに唇をとがらせて。


「まあ、いいわ。いえね、お父様からお買い物を言いつけられたから、それでアシャくんを探していたの」


 少女の言葉に、わけがわからないとでも言いたげにアシャは眉を(ひそ)めた。


「買い物をするよう言われることと、僕を探すことに何の関係が――」


「実は今日ね、我が家(うち)のお手伝いのイウァデさんがお休みなの。アシャくん、我が家(うち)の買い出しの量を知っているでしょう? あの量は、私みたいなちっちゃい女には少し荷が重いかな〜って、そう思わない?」


 回りくどくも押し付けるようなユキナの語りに、アシャは無意識の内に黒瞳を細め、そして思う。よく言ったものだ――と。数年前までであれば、年齢の割に小さなその身体の話題を持ち出せば、彼女は烈火のごとく怒りだして、泣きながら殴りかかってきたことだろう。それほどのコンプレックスを抱いていたにも(かかわ)らず、今は自身の小柄さをむしろ利用している節さえある。もうそういう事を気にするほど子供ではなくなってきたのかね、お互いに――と半ば呆れつつ、彼は問い返した。


「要は――僕に、そのお手伝いさんの代わり。つまり荷物持ちをしろ、って――?」


「さっすがアシャくん――! 話が早いねぇっ――!」


 アシャが言い終えるよりも先に、おっかぶせるようにして言い放つユキナ。ぐいと身を乗り出して彼の手首を握り、引き寄せて、強引(むりやり)に立ち上がらせる。


 ゆっくりと立ち上がる彼の、その胸元の辺りに位置する顔を上向かせる小柄な少女。その視線はアシャの顔を見上げ、彼もまたユキナの童顔ながらも整った顔立ちと、ワンピースの端から覗く透き通るような白い肌とを見下ろしていた。


「いや、『話が早い』って、何が――誰も手伝うだなんて、まだ一言も言ってな――」


 不服げなアシャの言葉はしかし、途中で途切れて誰の耳にも入ることなく背後へと流れていく。いつしか彼は、手を引かれるままに走り出していた。握りられた手首をぐいぐいと、ユキナはその小さな身体のどこから捻り出しているのかと思えるほどの強い力で引っ張りつつ、次第に速度を速め――、やがて駆け出していた。


「こっ、こら――ユキナ――!」


「もうっ――! アシャくんったら、せっかく『話が早い』のに、ぼんやりしすぎだってば! 今日は天星夜(グォヴォウーシ)の前夜祭なんだから、早くしないと市場のもの、ぜーんぶ売り切れちゃうよっ――?」


 彼の答えも待たぬまま、アシャの手を引き駆ける彼女は口早に捲し立て。そんなユキナに振り回されて、自身の手首をぎゅっと握る小さな掌の温もりを感じながら、彼は諦めたように小さな溜息を漏らした。


 ――ま、ユキナはいつもこんなだからな――仕方ない、今日も(・・・)付き合ってやるか――。


 達観したようにそう思える理由はただ一つ。ユキナは、アシャが物心つくより前の幼い頃からの遊び相手で、よく知っている間柄――(すなわ)ち、幼馴染であったから。



 そして、これは――、彼が、【覇王(・・)】と呼ばれるようになるよりも、少しだけ前(・・・・・)(ハナシ)



 ○●


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