七惑天使【プラネテウス】
「そうだね――君たちの言葉を借りるなら、僕は天使と呼ばれる存在ということになるかな」
羽根を生やした男の子は空に佇み、覇王アシャの問いに頷いていた。以前までは包帯に覆われ隠されていた紫紅色の瞳を見開いて、首筋を流れる白銀の髪を軽く掻き上げながら。
その瞳と髪色は、まるで神秘斬滅の能力を使う際の、瑞穂のそれと、とても似通って――。
「折角だから名乗ろうか。そう――、僕は七惑天使がひとり、憤怒のアウリエル。
第3異界より訪れし、圧力という概念の能力を戴く者――さ」
幼く柔らかなあどけない声で、男の子は自身のことを天使アウリエルと名乗る。そんな彼に、アシャはギロリと鋭く睨むような視線を向けて。
「――何が七惑天使だ。憤怒のなんちゃら、だ――笑わせるな。
貴様――いまさらこの世界に何の用だ」
アシャの問いと鋭利な視線とを軽い嗤みで受け流し、アウリエルと名乗った男の子は小首を傾げるようにして。
「さあ――? あらゆる物事に理由や原因を求めて、なんとか因果を見出そうするのは、君たち人間の不思議な性質だね――?
そんなことより、僕の概念使徒を倒すだなんて。さすがは抗いの魔神――そして、それに抱きかかえられているお姉ちゃんは――神秘斬滅を戴きし者――だね」
「概念使徒――か。ふん、あんなものに大層な名前をつけたものだ。
あれの本質は魔力によって紡がれし、自律の偶像――それは即ち、魔族と同じようなモノであり、つまりは模倣に過ぎん。
よくもまあ、あそこまで露骨に我が力を――」
「いや、それは否定しない。僕らは君のことをいろいろと参考にさせてもらってるのは間違いないからね。
素晴らしいモノはすべて取り込む――それが僕らの基本なのだから。現に、アレだって――おや?」
アウリエルは言いながら、ちらりとアシャの右足を見やった。
「辛そうだね、君」
そう言われたアシャの足首の辺りには、うっすらと光の輪が浮かび上がっていた。少しずつ色濃くなっていく輪は、覇王アシャの身体と力を、その意識までをも再び縛りつけようとするかのように、次第にその形状を枷のそれへと変化させつつあった。
「ふん――誰のせいで――こんな事になったと――思っている――」
アシャの返答が、次第に途切れがちになっていく。ゆっくりと、しかし確実に枷の形状を再構築させつつある光の輪は、じわじわと右足首に喰い込んでいき、それと同時にアシャの意識をも封じつつあるようだった。
「その枷のようなモノ――夢幻拘束だね――?
なるほど、そういうことか――」
白銀の髪を揺らし、アウリエルはクスリと微笑みを浮かべる。そして紫紅色の瞳を見開き、翼をぐいんと羽ばたかせ、幼い男の子の身体をしたそれは上昇を始める。
「君の力は、いや――君自身が、夢幻拘束により封じられていたんだね――?
なるほど、僕らもアレを掻い潜るのにだいぶ時間をかけてしまったけれど、君もまた長い時間封じられていたってことか。しかし、こうしてタイミングよく鉢合わせしてしまったのは、偶然か――いや、たぶんこれは必然なんだろう――。
でも、その様子だと――夢幻拘束から完全に解き放たれたわけでは無さそうだね。まあ、夢幻拘束は創造の3概念のひとつ。いかに君であっても、抗うことなど出来はしない――か」
「あなた、いったい何を言って――」
瑞穂はわけがわからないと言いたげに首を振り、男の子の姿を見上げる。太陽と青空を背にして昇っていく彼の姿は、まさに天使と名乗るに恥じぬほどの神秘さを帯びて。
「いや――これ以上のお喋りはやめておくよ。それに、もう僕の手出しは不要みたいだしね。
――だって、その状態で力が封じられてしまえば、君たちは、ただただ地面に墜ちるだけだろう――?」
ハッとして瑞穂は、自身を抱きかかえているアシャの様子を伺う。彼はキツく少女を抱きかかえながらもしかし、金色の輝きを湛えていたはずのその瞳は閉じられ、その意識はほぼ途切れつつあるようだった。
「あっ――アシャさん――?! こ、こんなところで意識を失ったら――」
「――じゃあね、バイバイ。夢幻拘束に縛られし魔神と、神秘斬滅のお姉ちゃん――」
アウリエルはそう言い残して飛翔していく。蒼白い肌とその顔に浮かべた嗤みを、眩い逆光の中へと溶かし込んでいくかのように、天使と名乗った男の子は空の彼方へと姿を消していた。
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