【人形】の末路
「【貴様は左腕の因果を断ち切られた】。それはもはや【貴様には最初から左腕が存在しなかった】のと同じだ。それ故に再生など出来るはずもない――ここまでは理解したか?」
「ギググググ……だから何だというのだ……! 腕の一本くらい失ったところで、我の力を……無限に蘇る炎を止めることなど出来ぬであろう……!!」
「やはり理解していないな」
アシャは憐むかのように金色の瞳を細めると、腕を勢いよく振り上げた。その指先に喰い込み、鷲掴みにしていたドミジウスの首筋から、強引に何かを引き剥がす。
「ウググググェェェッ……!」
首筋から何かを引き剥がされたドミジウスの巨体は、奇声を上げると同時にガクガクと痙攣した。引き千切られた首筋から、黒々とした粘性の液体が迸る。
そして少年の手には、鉄球のようなものが握られていた。ドミジウスの首筋から引き剥がされたそれは、鈍い銀色の輝きを放ちながら、内部に溶鉱炉のような赤黄色い炎を揺らめかせていた。
「これが貴様の【魔力核】か」
金色の瞳が冷たい視線で手にした鉄球を見つめる。その先で、ドミジウスは重油のような液体を滴らせながら、痙攣しつつ苦しげな声を発した
「アガガガガ……我の核を……剥ぎ取った……だと……!」
「先程、貴様の上半身を吹き飛ばした際に、これが首あたりにあることはちゃんと確認させてもらった。意思を持ち自律して動く以上、自然現象や妖精でもない限り再生には必ず魔力の供給源たる【魔力核】が必要だろうからな」
「グガガガガ……だが、我の核も……不滅ッ! 貴様ごときに滅ぼせぬわ……!!」
「確かに――貴様の【魔力核】もまた、鋼と炎の属性を併せ持つ。つまり、核を覆う鋼の殻を潰したところで炎は形を持たぬが故に潰すことができず、さりとて炎を消し去る水属性の攻撃では分厚い鋼の殻を破ることは難しい――無論、核に満ちた魔力を使い果たすまで鋼の殻を潰し続けてもいいのだが――」
アシャは再度、ちらりと自身の右腕を見やった。手首を取り囲む光の線が、先程よりも更に強い光を帯びつつあった。
「生憎、俺は貴様などの相手をいつまでもしていられるほどの時間を持ち合わせてはいない」
その時、ドミジウスが吼えた。少年の手にした核の中の炎が勢いを増し、首筋から迸る黒い粘液には火が付いて炎の柱と化す。隙間だらけの身体から光が漏れ、高温の水蒸気が噴き出した。
「グガガガガ……!! 貴様如きが、我の核にいつまで触れるでない……!!!」
激昂したように一頻り捲し立てると、ドミジウスは少年の頭を砕かんとするかのように残った右腕を振り回した。
「さて――ここで問題だ」
アシャは軽い足取りでドミジウスの拳を避けると、静かな口調で問いかける。
「水では消せぬ硬い鋼と、形を持たない潰せぬ炎――この両方の性質を併せ持った【魔力核】を一瞬で沈黙させるには、どうするのが最適解か――」
「ガギギギギ……!! 何度も言わせるな……我の身体も核も不滅……ッ!!」
「そう……貴様の身体は確かに何度も再生する……【核】も同様だろう。であれば、その【核】を貴様の左腕のように【断ち切った】としたら、どうなると思う?」
「ガググググ……なっ……なんだとっ……!?」
金色の瞳を見開き、少年は手にしたドミジウスの核を上空へと勢いよく放り上げた。
アシャの手を離れた怪物の核はふわりと空を漂い、重力に従ってそのまま落下していく。そして核の落ちていく先にいるのは、剣を手にした小さな少女。落ちてくる核を目で捉え、居合の構えを取り、柄を握る指先に力を込める少女の青いツインテールは、細められていく瞳の鋭さに呼応するかのように段々と白い輝きを帯びていく。
「小娘……聞こえていたな? お前がこの後にすべき事、言わずともわかるだろう? わからないようであれば、今後お前のことは【小娘】ではなく【チビバカ】と呼ぶことにする」
芯の通ったアシャの声が響く。その言葉が言い終えられるよりも早く、白の斬撃が空中を裂いていた。放り上げられたドミジウスの核は、ミズホの素早い剣捌きによって両断されていた。
「アガガガガ……ガガガ……ガ……」
全身から軋むような音を発しながらドミジウスは後ずさる。その巨体を痙攣させ、何かに抗うかのように四肢を動かしながら、しかし最後には電池の切れた玩具のように動きを止め、沈黙した。
ドミジウスはただの鉄の塊となっていた。それまで硬く屈強な身体だったものの隙間という隙間から泥水のような液体が溢れ出したかと思う間もなく、足という支えを失った巨体はガラガラと崩れていった。
崩れ落ちる鉄屑の寄せ集まりを尻目に、白い髪のツインテールの少女はアシャへと振り返った。
「アシャさん――でしたか。助かりました、ありがとうございます。でも、私の名前は【小娘】でも【バカ】でもありませんよ」
ミズホは礼を言うと同時に、僅かに不服そうに唇を尖らせた。能力の行使によって白い光を帯びていた髪は、次第に元の色である青へと戻っていく。
「【チビ】であることは否定しないのだな」
「【チビ】であることは否定しないんだね」
アシャとナルは同時に呟く。
「ちょっ……【チビ】でもないと言いたいところですが……うぅ……」
恥ずかしさから頬を紅潮させて項垂れるミズホをよそに、アシャはドミジウスの残骸へと見下すような視線を送った。
「『弱く小さい』と馬鹿にしていた小娘に、魂ともいえる【魔力核】を斬り刻まれ、自分こそ何の力も持たない鉄屑へ成り下がる皮肉よ。俺を相手にした時点で貴様の敗北は決定的だったが、最大の敗因は『人間は弱く何の力も持たない』という固定観念と慢心……考えの無い人形に相応しい末路ということか」
ナルもまた口元へと手をやりながら、恐る恐るドミジウスの残骸を見やり、関心したかのように呟いた。
「そっか……魔力の続く限り再生するなら、魔力の供給源である【魔力核】を断てばいい……【魔力核】すら再生するのなら、再生を許さない【断ち切る】という概念そのものである【神秘斬滅】で断ち切ればいい……か」
ナルの呟きに、アシャはつまらなそうに答える。
「再生力や治癒力の高い相手に対して、その起点となる核の部分を狙うのは定石だ。覚えておけ魔術師の女」
言い方にカチンと来たのか、ナルは眉を潜めた。
「うっ……でっ、でも、アナタだって、もっちーの【神秘斬滅】が無かったら危なかったんじゃないの?」
「そんなもの、奴の魔力が尽きるまで核を潰し続ければいいだけのことだ。もっとも、貴様や小娘だけでは、奴の弱点が核であることも、核の場所もわからず、そもそも奴から核を剥ぎ取ることすら出来ぬであろうがな」
「うぬぬ……」
押し黙るナルを宥めるようにミズホは手をひらひらさせて話しかけた。
「まあまあナルさん。【この人】のおかげで助かったんだから素直に感謝しないとですよ。それより……」
青い髪の少女は顔を上げ、真っ直ぐな眼差しで、少年の金色の瞳を見つめた。
「アシャさん……でしたね。【あなた】は誰ですか」




