再び解き放たれし【翠翼】
上空に佇む敵と対峙する翔真と瑞穂。
大地と空とを隔てた遥か先に見えるのは、白色の異形。
真っ白な四肢と胴に、ネオンのような輝きを放つ蒼い筋を這い巡らせて。その頂点より生える頭部に、のっぺらぼうな貌を張り付けて。肩より伸ばした長き翼を、背後にある青空を隠さんばかりに大きく広げて。
それは、人間に似ていながらも、しかし明確に人間とは呼べぬ異形の姿だった。
「なるほど――確かに、あんな上空に居座られたら、こちらからの攻撃を届かせることすら難しい。仮に魔術的な攻撃を放ったところで、距離があるからその威力は減退するし、そもそも高い防御力と耐魔力を兼ね備えたあの身体へ通用するかどうかも怪しい――ってことだね」
翔真は敵を見上げ、独り言ちる。
「ですね。私も攻撃手段がこの刀剣だけなので、当然のように届きません。ジャンプして届くような高さでも無いですし、相手が飛んでいる以上、そんなことをしてもあっさり避けられてしまうでしょうね――」
瑞穂がそう応えかけた、その時。
「ファォォォォォッ――ッ!!」
再び、幾重もの奇声が空より響き渡る。敵である白き異形は、翔真と瑞穂の存在に気が付いたのか、明確に2人へと狙いを定めて重奏を放っていた。
「早速、きましたねっ――!」
瑞穂は短く声を上げ、手にした刀剣を振り上げ身構えた。
「これが【重力という概念そのもの】の攻撃――重奏――!」
呟く翔真のその視線の先で、空に広がる奇声は放物線を描きつつ、無数の震える空気の筋となって豪雨のように降り注いでくる。
ヴォゥン――、という空を斬る音ともに薙ぎ払われ、断ち切られ霧散する重奏。雪のように透き通った白銀のツインテールを揺らし、白く輝く刀剣を舞わせ、小さな少女――瑞穂は翔真へと声を投げる。
「――と、この通り、相手の攻撃を防ぐことくらいならできますので、そのへんは任せてください。ただ、前述の通り私ではこちらから相手へ攻撃ができませんので――申し訳ないんですが、翔真さんにはそのあたりをお願いできると――!」
瑞穂はそこで言葉を区切って跳び上がる。翔真の頭上に迫った重奏第3波の束をごっそりと刈り取ると、くるりと身を翻しつつ続けた。
「翔真さんにお願いしたいのは――空の上から高みの見物と洒落込んでるあの白い異形へ打撃を与えること――要は、ぶっとばすってことですけど、大丈夫ですかね――?」
「とりあえず、やってみるよ。問題は、どうやるか――だけど」
翔真は頷き、一歩前へと踏み出して、少女へと歩み寄る。手足に喰い込む枷が揺れ、ガチャガチャと小刻みに金属音を響かせる。まるで内に秘められた力が、縛りより解放されるのを今か今かと待ち侘びているかのように。
「そのために解き放つべき力は――、右腕の力では飛ぶ相手には届かず、左腕の力で捕えたところでどうしようもない――とすると、選択肢としてあるのは左足の力か――」
「なるほど――了解です。左足の枷を断ち切ればいいんですね」
「いや、待って。ここでその力を使うのはまずい――だから、右足の力を――」
僅かに慌て訂正する翔真に、瑞穂は訝しげに首を傾げた。
「えっ――ここで使うのはまずい――?
あ、いえ――でも、大丈夫ですか? 私見ですけど、右足の緑の枷に封じられた力は、これまで使われてきた両腕に封じられし力とは少し毛色が違うように感じます。それこそ、この間のように――、つい先程までのように――力を使った後に、その反動のようなもので長い眠りにつくようなことになったりは、しないですか――?」
「それは――たぶん、無理をしなければ大丈夫だと思う。いや、そうならないように細心の注意を払うようにするよ。これ以上、君に心配をかけて泣かせたくもないしね」
「それは本当ですかね――っていうか、別に泣いてなんかいないですけどね!」
続いて降り注いできた重奏第4波を軽くいなして、瑞穂は振り返りざまに赤らめた頬を見せ、小さな牙を剥いた。
「冗談だって。それより枷の方を頼むよ。たぶん、こうするより他に方法は無いから」
少女は一瞬だけ眉をひそめ、躊躇いがちに腕を引いたが、しかしすぐに意を決したように手にした刀剣の先を、翔真の右足に喰い込む枷へと添えた。
「わかりました――その代わり、くれぐれもお気をつけて。それでは右足の枷を――【断ち切らせて】いただきますね」
その時、不意に少年は声を漏らす。
「まあ大丈夫かどうかは、僕ではなく――俺が無茶をするかどうか――ってところにかかってくると思うけどね」
「って、それ本当に大丈夫ですかっ――?!」
諦めにも似た笑みを浮かべる少年に、少女は悲鳴のような声で問いを投げる。
しかし、その声が彼に届くよりも先に、右足を縛りし緑色の枷は――【断ち切られて】いた。
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