創造の3概念【はじまりのチカラ】
ノエはふうと一息つくと、静かにゆっくりと話し出す。それは事前に分析していた敵の能力について。
「――敵の特徴は、簡単に言ってしまえば次の3点。
――1つ目は、高水準の飛行能力。速度、高度、そして小回り――どれをとっても一級品で、こと空中戦において、アレに勝てる存在は限りなくゼロと言ってもいい。
――2つ目は、私の氷結連撃弾程度では、まったく傷つかない程度の防御力を有しているということ。
魔力への耐性だけでなく、物理的な攻撃に対しても強靭で、もしかしたら再生能力をも有している可能性がある――そんな身体へダメージを与えようとするなら、相当に強力な威力をもった攻撃でなければ意味がない。
以上2点の飛行能力と防御力によって、遠距離に攻撃する術を持たない瑞穂ちゃんは手を出すことができず、私の攻撃は届いたところで効かず――ということになってしまっているわけ」
「うわぁ――そんなんじゃ、あたしの攻撃はそもそも当たりそうにないね。なんせ魔力の収束にめっちょ時間かかるから」
割り込む奈留の言葉を、「そうね」と軽くいなしてノエは続ける。
「そして3つ目の特徴は――敵の放つ攻撃について。
あれは重奏と呼べるもの――幾重もの魔力を共鳴で包み込んだ多層構造の音。
そして、その重奏に内包されているのは――重力という概念そのもの」
「重力という――概念そのもの――?」
瑞穂は瞳を細め、奈留は言いながら首を傾げて。
「それって――もっちーの神秘斬滅と同じような、概念格の能力――ってことだよね?」
「ええ――重力波とかそういった二次的なものとは根本的に異なる――重力そのものを操ることによって成される攻撃。
それゆえに防ぐことも、逃れることも――当然、打ち消すことだって出来はしない。数少ない例外を除いて――」
「例外――それって、もっちーの能力だよね?
概念格の能力をどうにかしようとするなら、それよりも格の高い概念格の能力によって打ち消すしかないもの。
創造の3概念である神秘斬滅なら、重力そのものだろうが何だろうが、断ち切っちゃうだけだもんね――!」
奈留は言い切り、ノエは頷き、2人の少女は同時に瑞穂を見やる。
「なるほど――つまり、私の役割は敵の攻撃を断ち切って、打ち消したらいいってことかな――?
それにしても――ノエちゃんの攻撃でも傷つけられないような、重力という概念そのものを操ってくるような、四天王にも匹敵するような被害を一瞬のうちにもたらすような――その敵って、いったい何者なんだろう――? 確か、魔族とも異なる存在って言っていたよね――?」
その時、それまで黙って少女たちの話に耳を傾けていた翔真が、不意に口を開いた。
「【重力という概念そのものを操る】――それは、もはや一介の魔族の能力の範疇を超えている――」
呟く翔真に、ノエは小さく頷いて。
「ええ――魔力で身体を成しているという点では同じものではあるけれど――流れる魔力の種類が違う。人間を赤い血が流れるものとするのなら、緑の血が流れるものはいかに人間の身体に近くとも、それを人間とは呼ばないのと同じように――それくらいアレは、魔族に近く、しかし明確に魔族とは異なる存在――」
「魔族に近く、しかし魔族とは明確に異なるもの――」
ノエの言葉を復唱し、翔真は何かを思案するように虚空を見上げる。
「それは、まさか――」
『――続報です。――ナ区の住宅街にて、崩潰現象の発生が確認されました。現時点で被害者は少なくとも10名以上――また、現場付近の上空には白い飛行物体が目撃されており、それは――ル区へ飛び去ったとの情報も入っております。――ル区周辺にお住まいの方は、屋内へ退避退避されるなど警戒をの警戒を――』
ニュース音声が、新たに引き起こされた惨劇の結果と、その次に連なるだろう惨劇の舞台とを告げる。翔真は発しかけた言葉を飲み込むと、静かにベッドから立ち上がった。
「――ル区なら、ここから近い。今から向かえば被害を防げるかもしれない。
瑞穂ちゃん――悪いけど、付き合ってくれるかな――? 枷の力を解き放つにも、敵の攻撃に対抗するためにも、君の【断ち切る】能力が必要だから――」
瑞穂は即座に頷き、しかし逡巡するように応えた。
「もちろんです――が、翔真さん――あまり無理をしないでください。もしまた、翔真さんが長い眠りにつくようなことになったら――私は――」
「わかってる。それに、あれだけ寝たんだ。またすぐにバタンなんてことにはならないと思う。
――それより、急ごう。敵は飛んで移動しているんだから、すぐにその場を離れてしまうかもしれない」
翔真と瑞穂はお互いを見つめあい、何かを確認するかのように頷きあう。そして2人は慌ただしく病室を出ていった。
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