【対峙】する白き髪、紅き瞳の少女がふたり
仮面を外した少女から仄かに漂うのは、上品な甘い芳香。
肩の辺りで切り揃えられ白銀の髪をさらさらと揺らしながら、少女はゆっくりと細められていた瞼を開く。瞼の奥から現れた深い紫紅色の虹彩は、真正面に立っている瑞穂を見つめて。
「久しぶりね――瑞穂ちゃん」
幼い声で、しかし気怠げで大人びた口調で、少女は言う。
「ええ、本当に久しぶり――だけど、こんな形で再会したくはなかったよ。エリスちゃん」
応える瑞穂の言葉に、仮面を外した少女――成田エリスは表情を少しも動かさぬまま、ふるふると微かに首を横へと振っていた。
その表情に帯びているのは、かつて瑞穂の友達として振る舞っていた時には微塵も感じさせなかった陰鬱さ。
かつて柔和な笑顔だったそれは、凍りついたかのように無表情。肩の辺りで切り揃えられた黒く艶やかだった髪は、透き通るような白銀へと変わり果てて。黒々とした瞳は、妖しく艶めかしい紫紅色を湛えて。
「えっ――エリスちゃんってことは――まさか、もっちーの友達で、魔族に拐われたはずの――あの女の子――?」
奈留は驚いたよう声を上げる。その横に立ち、瑞穂は無言のまま小さく頷いてみせる。
「そっ、そんな――でも、なんか以前と雰囲気が違うような――前はもっとお嬢様っぽい清楚な感じだったのに、今はなんか根暗っぽいし。
髪や瞳の色も普通だったのに――白い髪に、紅い瞳だなんて――まるで――能力を使う時のもっちーみたいな――」
まだ状況を飲み込めていない奈留をよそに、瑞穂はエリスへと語りかける。
「少し前から、おかしいとは思ってたよ。私に【昔からの友人】なんて、存在するはずがないもの――」
「その口ぶりだと、思い出せたのかしら――?」
「思い出せた――? エリスちゃん。あなた、まさか私の過去を知って――」
言い淀む瑞穂に、エリスはふるふると首を振る。
「さあ――? でも、その様子だと、まだ完全に思い出せてはいないようね」
「その言い方――やっぱり私は、まだ何か大事なことを忘れている――ってこと――?」
困惑したように問い掛ける瑞穂に、エリスは憐れむように瞳を細めて。
「わからないのなら、無理に思い出そうとする必要はないと思うけど。
【断ち切られた】自身の記憶、あなたひとりで取り戻そうとするのは不可能なことだから」
「【断ち切られた】――私の記憶――」
噛みしめるように呟くと、瑞穂は不意に握りしめていた刀剣を構え直した。
「どうして、そのことを知ってるの。あなた、もしかして――アレと関係があるのかな――? それなら、この場で決着を――」
「そうピリピリしないで。私はアレとは――あなたの大事な人を死なせたアレとは、何の関係もない。ただ私は――」
「ちょっ、ちょっと――!」
わけがわからないと言いたげに顔をしかめて、奈留は声を上げた。
「さっきから何を言ってるのかさっぱりだけど、今ここに広がってる惨事は、あんたの仕業ってわけじゃないの――?」
手を広げ、周囲に散乱したアスファルトの破片の数々を、崩れ落ちたビルの残骸を、それらの隙間に埋もれる肉片を指し示して――問い掛ける奈留を、エリスは一瞥する。
「まさか。私は様子を見に来ただけ――」
「様子を――? いったい何の――?」
当惑したように独り言ちる奈留をよそに、エリスは瑞穂の方へと向き直り、小首を傾げてみせる。
「或る覚醒の――ね。
それより、瑞穂ちゃん――」
言われ、瑞穂はハッとしたように瞳を見開く。紅と紅の瞳同士が、その視線がぶつかる。
「エリスちゃん――あなた、何が目的なの。わざわざこんな回りくどい真似をして、友達であると偽って、拐われるふりまでして、私の前にあらわれて――どうして、こんなことを――」
瑞穂は問い掛ける。不審げに眉を潜め、仄かな雪色のツインテールを揺らしながら。
「わからないのなら、答える必要は無いと思うけど――」
肩のあたりで切り揃えられた白銀の髪を掻き上げ、エリスは気怠げな声で言い放つ。
「もし、それを知りたければ、あちらのヨドリヴァの森まで来るといいわ。
今のあなたが持ち合わせていない、あなたの記憶――取り戻すヒントをあげる。そうすれば、何か見えてくるかもしれない――」
「ど、どうしてあなたが――私が【断ち切った】もののことを知って――」
「この仮面の魔族――ヨツバには、記憶に介入し、それを掘り起こす、そういう能力があるから――。
でも、あなたが【断ち切り離した】ものは、あまりにも【切り離され】すぎていて、最初のうちはヨツバにも手が出せなかった――だから、同格の能力を持つ、私がそれを【曲げて】、拾い上げて――覗き見たのは、その時」
言いながら、エリスはふと思い出したように足元に転がっていた仮面を――仮面の形状をした魔族、ヨツバを拾い上げ、そして握り締めた。
ヒビだらけの仮面から、這うように無数に走るその隙間から、白く濃い霧が噴き出す。濃霧はエリスの身体に纏わりつくように流れ、少女の小さな身体を包み隠しつつあった。
「ちょっ――エリスちゃん! 待って、まだ意味がよく解らな――って、話はまだ――」
「――それじゃ、待ってるから」
瑞穂の咄嗟の呼びかけに、エリスは気怠げにその一言だけを返す。
いつの間にか、湧いた濃霧の中へと溶け込むようにして、成田エリスはその場から消え失せていた。
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