断ち切りの概念は【因果】を殺す
その時、アシャの右腕が更に紅い光を放った。すると右腕を中心に、熱波のような衝撃が波紋のように周囲へと広がった。
ドミジウスの放った蒸気の不意打ちは、その熱波に上書きされるかのように掻き消された。
「ふん……そんな小技が効くのは雑魚相手くらいのものだぞ……貴様、覇王を舐めているのか?」
呆れたように呟くアシャの眼前で、ドミジウスは燃えるような蒸気を吹き出し続けながら吠えていた。
「ンギギギギ……!! つ……潰れろ……!!! な……なぜ潰れぬのだ……!??」
「潰れるのは――貴様だ【ウスノロ】」
再びアシャの右腕が紅く輝く。
肩に浮いた魔法陣も同様に瞬き、その光は紅い筋を通って上腕から掌へと流れていき、ドミジウスの拳を受け止めている指先から、凄まじい衝撃波となって放たれた。
ドバンッ! という大草漠全体を震わせるかのような大轟音が鳴り響いた。
ドミジウスの上半身が衝撃波によって爆ぜた。
覆われた鋼の装甲が一枚一枚、まるで玉葱の皮を剥いていくかのように吹き飛ばされていき、やがて精巧な歯車が無数に組み合わさった得体の知れない内部が露わになったかと思う間もなく、それらすべてが一瞬で粉々に砕けて飛び散っていた。
「ほう――貴様のような【でくのぼう】にも、それなりに中身は詰まっているんだな」
アシャは口元を歪め、【下半身だけ】になった鋼の怪物の残骸をつまらなそうに眺めながら、いかにもわざとらしく意外そうな口調で呟いた。
ドミジウスは上半身を完全に粉砕され、沈黙した――かのように思われた。
「グギギギギ……グギギギギ……」
鋼の擦れるような音が鳴り響く。
その音は下半身だけになったドミジウスの残骸から放たれていた。
虚空に炎が揺らめく。下半身だけになった残骸からすると、ちょうど首筋に相当するだろう辺りに、拳ほどの大きさの炎が浮かんでいた。
どろりとした溶鋼が何もない空間から流れ出て炎を包み隠し、そして燃える鉄球へと変化する。そこから更にドロドロの溶鋼が溢れ出て、下半身の残骸へと流れ出す。
次々と流れ込んでくる真っ赤な溶鋼に呼応するかのように残骸は小刻みに震えだし、所々にある隙間から水蒸気が噴き出したかと思うと、鉄屑のようだった怪物の下半身は瞬く間に激しい炎に包まれていた。
「グギギギギ……グギギギギ……」
鳴り響き続ける、金属同士が擦れ軋む音。
やがて炎に包まれた鉄の塊が膨らんでいくのが見えた。下半身だけだった残骸、胴のあたりで引きちぎられたその断面から、ニョキニョキと上半身のようなものが伸びていく。
形作られていく、粘土で雑に作ったようなヒトガタ。左肩が生え、右腕が伸び、頭のような部分が盛り上がる。
「グガガガガ……我は……この程度では…‥朽ちぬ……!!」
ドミジウスの声。いつし灼熱の炎は消え、湧き上がる白い煙ととも立つ、屈強な鋼の身体が、【鋼炎機巧】と呼ばれた怪物が、そこにいた。
「あれは……」
魔術師の少女ナルは苦しげに身を起こし、元通りになった鋼の怪物の姿を見て独りごちた。
「炎と鋼という相反する本来では考えられない二重属性……相反するがゆえにお互いの弱点を補完しあう高い属性耐性を持ち……でも、その真の強みは、形なき炎が屈強で強靭な鋼の身体を熔かし形作ることによる、強力な再生能力……こんなの強すぎる……やっぱ四天王が相手じゃ無理だ……あんなバケモノに……勝てるわけない……」
「黙っていろ魔術師の女。単に再生能力が高いだけでいいなら流体魔獣の足の裏でも舐めていろ」
アシャは不愉快そうに吐き捨て、眼前に立ちはだかる鋼の怪物の姿を一瞥した。
「再生能力が高いと言ったところで――あのデク人形自体が魔力を消費して稼働や再生をしている以上、何回か粉砕してやれば魔力が枯渇し、その身の再生も限界となろう――【無限の力】を有する覇王たる俺の敵ではない――だが、しかし」
アシャはちらりと自身の紅い右腕を見やった。
筋肉の塊のように膨れ上がり溶岩のように煮え滾った右腕、その手首の周囲をうっすらと細い光の輪が取り囲んでいた。
それはちょうど【断ち切られた】はずの手枷――【夢幻拘束】が嵌められていた場所。
光の輪は糸のように細く、目を凝らさなければ見えない程に薄いものの、その色と明るさは時間の経過とともに少しずつ濃くなりつつあるようだった。
「なるほど――どうやら、あまり時間をかけてもいられないようだな――」
感情の無い声でアシャは言い、ドミジウスへと向き直った。
「グガガガガ……キサマに我は倒せぬ……【鋼炎機巧】の二つ名は伊達ではない……我が炎は鋼を熔かし、機巧の身体を果てなく蘇らせる……!!」
身体を軋ませながら笑うような奇声を響かせるドミジウスを、ゴミでも見るような目つきで眺めながらアシャは遮った。
「嘘を抜かせデク人形。であれば、その左腕はどうした?」
「ギググググ……左腕……ッ?!」
言われるがまま己の左腕を見たドミジウスは、驚いたような声を発する。
ドミジウスの左腕は【断ち切られた】ままだった。
上腕より先は存在せず、残されたその先端には、スッパリと斬り取られて、ささくれひとつない断面が露わになっていた。
「グヌヌヌヌ……!? な、何故!? 何故、我の左腕は再生しない……!?」
狼狽したような声を漏らしてドミジウスは自身の千切れた左腕を見つめ続ける。
動きの止まった鋼の怪物、その隙を突くかのように、アシャはつかつかと近づいていき、すっと紅い右腕を伸ばすと怪物の首根っこを鷲掴みにした。
アシャの金色の瞳が真っ直ぐにドミジウスを捉える。
「貴様、先程そこの小娘に左腕を斬られたであろう?」
「グヌヌヌヌ……!?」
「あれは力を持っていた……【神秘斬滅】……【断ち切る】という概念そのもの。これの意味がわかるか? デクノボウ」
「グガガガガ……なん……だと……?!」
「所詮は鉄屑の人形か。理解する知能を持ち合わせて無いようだから、この際に教えてやる」
アシャは紅い腕に力を込めた。鷲掴みにされているドミジウスの首筋がミシミシと音を立てる。
「あの時、貴様が斬られたのは【左腕だけではなかった】ということだ。そこに流れていた魔力の流れも、ご自慢の炎の揺らめきも――【貴様の左腕に関連する因果すべてが断ち切られた】んだよ」
ミシッという硬い何かに穴の開くような音。
アシャの太い指先が、ドミジウスの首筋を覆う鉄の装甲を貫いて深く食い込んでいた。