第七章『繋』
【第七章 『繋』】
黒葉の家の地下室の鍵を開け待っていたアンジェとヴィオと宰緒は、騒々しく飛び込んできた者達に絶句した。両脚を失い力なくルナの背に張り付いている椎。その椎の断絶された両脚を抱えている黒葉。灰音の姿は見えない。二手に分かれた後更に別行動になったのだろうか。
「その……脚……」
震える声で口を開いたヴィオは慌てて口元を押さえる。視線が彷徨う。直視できない。
「アンジェ、ドアを閉めてくれ」
「わ、わかった」
ルナを促し、黒葉は奥へと歩を進める。
地下室は殺風景で、壁に並ぶ棚にもあまり物は入っていない。居住スペースではないことは確かだ。
「……黒葉、ここは?」
「シェルターのようなものだ。と言っても柔な作りだが……。奥の部屋には繊細な機器が詰め込まれているから、触れないでくれ」
核兵器などから身を守るために作ったものではなく、一時でも身を隠す時のために作られたシェルターだ。電波を遮断するよう作られているので、この中で首輪の電源を入れようと、外に居場所が漏れることはない。違界からの万が一の脅威のために作られたシェルター。
「そこのベッドに置いてくれ」
黒葉が目で示したベッドに椎を横たえる。生きているのか死んでいるのかわからない。心臓、脈、呼吸……背負っていれば感じるのに、確認するのが怖くて意識の外に排除してしまう。両脚を失い夥しい鮮血を撒き散らし、それでも生きているのだろうか。ベッドの脇に断絶された両脚がごとりと置かれる。
ヴィオは部屋の隅で蹲り、こちらを見ようとしない。アンジェも直視できないようだ。宰緒は何食わぬ顔で見ているが、胸中はわからない。
黒葉は全員の様子を黙って見回し、椎に目を落とす。運んできた脚の断面に触れ、指先が赤く染まる。
「お前達には、これはどう見える?」
意味深長な質問を投げかけた。真意が掴めず、誰も口を開かない。
「ルナ、わかるか?」
「え……俺?」
名指しされたルナは黒葉を見、椎に目を落とし、逸らす。どう見える? と言われても、死にかけているのか死んでいるようにしか見えない。
「椎は……生きてるのか?」
期待していた答えではなかったのか、黒葉は「そうか……」と小さく呟く。
「ルナならわかるかと思ったんだが……触ってみるか?」
「えっ!? い、いや、なっ……む、無理!」
黒葉は眉一つ動かさず脚の断面に触れていたが、ルナには無理だった。動物の肉や魚には触れるが、人間の断面に触れるなんて、恐ろしい。
「無理、か……でもこのままでは可哀相だからな」
椎の脚に再び目を落とす。
「この両脚は義足だ」
「!?」
一斉に顔を上げる。両脚とも、作り物……?
「で、でも、すげぇ血が出て……」
「この義足を作った技師は相当趣味が悪いな。本物に見せかけるため、作り物の血液を含ませたんだ。しかも、相当な量を」
「血糊……みたいなものか?」
「そうだな。僕も、斬られた両脚に触れても俄には信じられなかった。感触もリアルすぎる」
「でも……義足?」
「違界がどんな所かは話したな。あんな場所で暮らすんだからな、五体満足ではない者も珍しくない。椎も大方、地雷にでも引っ掛かったんだろう」
義足と知り、ヴィオとアンジェも恐る恐るベッドに近づく。義足だとわかっていても、その両脚はとてもリアルだった。
「少し待っていろ」
作り物とわかってもまだ遠くから見るに留まる四人を置いて、黒葉は奥の部屋に消える。
「これが義足……」
こくりと唾を呑む。どれだけ見ても生身の脚にしか見えない。だが止血もしていないのに、出血は止まってきている。
「本物にしか見えねぇ……」
ヴィオも恐る恐る覗き込む。
「ねぇ、ルナ。どうしてこうなったの? それと……灰音さんは?」
「……」
どうして。その言葉が深く突き刺さった。ルナの所為で、椎はこうなった。
「俺を庇って……椎は……。灰音も、俺達を庇って……」
アンジェは目を見開き、静かに伏せる。違界ではこんなことが日常茶飯事だというのか。
空気が更に重くなった時、黒葉は両手に荷物を提げて現れた。床に荷物を置き、タオルを取り出す。
「これで少しは義足だとわかるか?」
タオルで脚の断面の血を拭う。赤味がなくなり地の色が現れると、やっと義足だと認められた。金属質な断面。
「機械だ!」
ヴィオもこれならばもう怖くないのか、ベッドに身を乗り出す。
黒葉はタオルを置き、持ってきた荷物から工具や端末を差し出す。
「椎の義足を直してやりたいんだが、僕の技術では足りない。ルナ、宰緒、手伝ってくれないか?」
「でも……違界の義足……しかもこんなにリアルなもの……」
何よりこれは椎の大事な脚だ。万一動かせなければ、意味などないのだ。
「僕にわかる所は指示する。違界の義足はプログラムが埋め込まれ、意識と連結して動かす。プログラム部分を宰緒にやってもらいたい」
宰緒は黒葉の差し出した端末に目を落とし、少し考えた後手に取る。
「面白そうだし、俺やる」
「人の脚を面白そうとか言うなよ……」
「青羽はやらねぇの? どうせやらないと動かねぇんだし。お前なら飛びついてやりそうだと思ったんだけどな」
「……飛びつきはしねーよ。でも……やってみたい」
正直に言った。こんな時でなければ、本当に飛びついていたかもしれない。不謹慎かもしれないが、宰緒のように、面白そうだと思った。
「アンジェとヴィオは隣の部屋で休んでいるといい。食料もあるから、好きにしてくれて構わない。また走ることになった時のためにしっかり休んでおいてくれ」
アンジェとヴィオには義足に関してできることはない。おとなしく隣室で待っていた方がいい。二人は「頑張って」とエールを送り、隣室に移動する。
ルナは義足に触れ、びくりと手を離す。本物の脚に触れたような、リアルな感触。これを直せるのか? 元通りに?
「必要なものがあれば言ってくれ」
「あ、うん……」
どうしても歯切れが悪くなってしまう。椎が歩けるか歩けなくなるかが懸かっているのだ、慎重にやらなければならない。
宰緒は既に床に胡座をかき、義足のチップを眺めている。深く被ったフードから覗く目つきは真剣そのものだ。
ルナも床に腰を下ろし、椎の義足を手に取る。本物の脚を持っているような妙な感覚だ。
丁寧に血を拭っていると、端末を睨んでいた宰緒がふと溜息のような唸りを上げた。
「わかんねぇ……」
「サクでもわからないことがあるんだな」
運動はさっぱりだが勉強に関してはいつも学年のトップを突っ走り、知識も豊富な宰緒が、得意なプログラミングがわからないと言う。そんな言葉初めて聞いた気がする。
「そりゃあるだろ。わかんねぇことの一つや二つ。おい黒葉、この言語さっぱりわかんねぇよ」
呼ばれた黒葉は宰緒が足に載せている端末を覗き込む。
「ああそうか……違界の言語か。すまない、盲点だった」
「違界と言語が違うのか? 黒葉も椎も灰音も、こっちの世界の言葉を喋ってるし理解してるみたいだけど」
「その言語もプログラム言語も異なるが、僕達は首輪やヘッドセットを使って自動翻訳している。この世界の言葉は、思考を瞬時に自動翻訳して口に出している。首輪の電源を切っても暫くは予備電源で翻訳機能だけは持続する。僕は首輪やヘッドセットなしでも話せるようお前達の使う言葉を覚えたが」
「へぇ、そうだったのか」
思っている以上に違界の首輪とヘッドセットは万能なようだ。手を動かしながらルナは感心する。
「宰緒、少し頭を下げてくれ」
「ん?」
言われた通りに頭を下げると、黒葉はその前にしゃがんだ。頭を向ける宰緒のフードを外し、ヘッドセットを装着する。
「予備がないからな、僕のヘッドセットと首輪を貸す。これで言語が理解できるはずだ」
首輪も外し、宰緒の首に装着する。
「どうだ? 違和感はあるか?」
「おお……なんかすげぇ。知らねぇ言語なのにわかる……気持ち悪ぃな、思考全部覗かれてるみてぇだ。ちょっとキツイけど」
高揚する宰緒を見て、大丈夫だと察する。ヘッドセットと首輪は一人一人個人に合わせて作られカスタマイズされているものだ。別の人間が装着すれば違和感を覚えることもあるし、拒絶反応が出ることもある。宰緒にはどうやら問題ないようだ。
「おい青羽。違界人に見えるか?」
「そうだな。それっぽいな」
ちょっと羨ましい。違界人になりたいというのではなく、単純に未知の装置を体験してみたい。
「黒葉、後で俺も」
「構わないが、上に敵がいることを忘れるなよ」
少し忘れていた。
「あ、青羽ついでにもう一つ」
手は動かしながら、宰緒は目だけルナに向ける。
「何だよ」
「飴、ある?」
「あるわけないだろ、お前みたいに飴中毒じゃ――あ」
そういえば最初に椎を連れて宰緒の元へ行った時に、宰緒は椎に棒付き飴を渡していた。その後その飴は椎からルナに渡っている。確か工具入れに入れたはずだとごそごそと手探ると、椎から渡されたチョコミントの棒付き飴が出てきた。
「あった。返す」
あげると言うよりこの場合は返すと言った方が正確だろう。飴を放り投げると、弧を描いて宰緒の手を擦り抜け足の上に落ちた。何と言うか宰緒は、鈍い。
「さんきゅー」
早速包装紙を剥がし咥える。こうなるとしばらくは集中から抜け出さないだろう。ルナも自分の作業に戻る。血を拭い取った断面の隙間に入り込んだ石の欠片を取り除いていく。
「なぁ、黒葉」
「何だ?」
「違界ではいつもこんなことが起こってるのか?」
「そうだな、きっと今も違界では、こんな殺戮が行われている」
「何で……そんな風になったんだ?」
顔を上げず、ルナは手を動かす。黒葉は二人のサポートをしながら目を伏せた。
「僕達の世代で詳しい者はいないかもしれない。疑心が蔓延る世界で交流なんてできるはずもなく、話を聞くことも儘ならない。僕達はわけもわからないまま殺し合いに参加させられている。僕達は無知だ。正しいことがわからない」
「……」
「ただ、生まれた世界が戦場だったから、漠然と戦っている。そしてそれが連鎖している。人は疑うのに、世界を疑う者には僕はまだ会ったことがないな」
「灰音のことを典型的な違界人だって言ったよな。お前はどうなんだ?」
黒葉は灰音のように『殺す』と言って襲ってきたことはない。だが椎のように『殺さない』タイプでもない。黒葉は一度目を閉じ、感情の読めない目を開けた。
「さぁ、な」
* * *
殺風景な隣室でアンジェとヴィオは水分補給していた。何もすることがない。
何もすることがないということは、何の役にも立てないということだ。上には敵がいて、隣室では三人が椎の義足の修復に奮闘している。なのに、じっとしていることしかできない。歯痒い。
「ねぇ、ヴィオ。椎の脚が治ったらまた地上に出ると思うんだけど、ヴィオはどうするの?」
水の入った瓶を見下ろし、アンジェは呟くように言った。ヴィオは焦って水を多く含み咳込む。
「げほ、あ、アンジェは?」
「私は行く」
「そっか。アンジェは強いもんな。オレは弱いし足も速くねーし、留守番かな」
笑いかけるヴィオに、アンジェは痛みを感じた。
「私だってそんなに強くない。けど、ここでじっとしてたらきっと後悔する。もし地上に出た皆が死んじゃったら、たとえ守れなかったとしても、私は、ここでおとなしくじっとしてるよりはいい」
悲痛な叫びのような言葉に、ヴィオは目を丸くする。ああそうか、アンジェも怖いんだ。
見えない所で、誰かを失うのは。
「灰音さん、きっと生きてるよな。お前と黒葉が苦戦したんだからな」
「うん……そうだね、生きてるよね」
きっと、とは言えなかった。そこまでの確信は持てなかった。
じっとしていると思考が沈鬱になる。駄目な方へ思考が傾く気がした。アンジェは瓶を置いて立ち上がり、近くに転がっていた鉄パイプを拾う。
「ヴィオ、じっとしてるのは飽きた。手合わせしよう」
「ぶほっ!?」
ヴィオは派手に水を噴いた。突然何を言い出すんだアンジェは。
「てっ、手合わせって、お前と? オレが? しかも手に物騒なもん持ってんじゃん! さっきオレ、弱いって言ったよな!? 弱い素手のオレに鉄パイプって! 勘弁しろ!」
瓶を床に置き、慌てて後退る。
「素手なんて言ってないよ。ヴィオも鉄パイプ持って。それか……私は素手でもいいよ」
「それオレが弱いって言ってるようなもんだよな!?」
「ごちゃごちゃ煩いなぁ。この中じゃヴィオが一番弱いんだから、このままじゃ足手纏いになるよ」
「ほらぁ! 弱いって言った! しかも一番って! 一番足が遅い奴より弱いって!」
「サクは銃使えるみたいだし。あれはびっくりした」
「だよな。オレもびっくりした」
「話逸らそうとしても無駄だから」
「はい」
思わず正座になる。
「無理にとは言わないけど……体動かしてないと不安になるって言うか」
「気持ちはわからないでもないけど……オレだって、何かしなくちゃって思うし」
「ルナは手先が器用だし、サクは頭が良い……」
「アンジェも黒葉も強いし、オレだけ何もないなぁって思うんだよ」
俯き床と話すヴィオ。アンジェは鉄パイプを持ったままヴィオに近づき、しゃがむ。
「そうかな? 私はヴィオって面白いと思うよ。何もないなんてことないよ。ここに存在してる以上、何かはある。価値があるかはわからないけど」
「はは、アンジェは一言余計だなぁ。つーか面白いって何だ、面白いって」
やはりアンジェは強い。力も強いが、精神が強い。こんな時でもまっすぐ前を見ようとする。きっと誰も置いて行きたくないと思っている。
「アンジェは腕を怪我してんだから、少しくらいおとなしくしとけよ」
水の入った瓶を持ち上げたアンジェに正座を崩しながら笑いかける。何もできなくても、諭すことくらいなら。
「このくらいどうってこと」
その言葉は最後まで言わせてもらえなかった。隣室から轟音が響き渡る。手に持っていた瓶がするりと抜け、床に叩きつけられ四散した。
「何……?」
急いでドアを開けようとするが、開かない。ドアが歪んでいるようだ。
「あっ、アンジェ、ど、どうしよう!?」
「ちょっとこれ持ってて。あとドアから離れて。蹴破る」
「蹴破っ!?」
さすがに鉄のドアを自分より年下の少女に蹴破ることができるとは思えないが……
アンジェは一旦ドアから離れ、助走をつけた。
「――――らァっ!!」
「!!」
先程の轟音にも負けない音にヴィオは耳を塞ぐ。音と同時にドアは向こう側へ押し込まれ、ギィギィと軋みを上げた。ドアは少ししか歪んでいなかった、と思いたい。ヴィオの開いた口が塞がらない。アンジェは怒らせないようにしよう、と心に誓った。
ドアの向こうは土煙が上がりよく見えない。名前を呼ぼうと口を開くが、この尋常ではない土煙は敵の仕業と考えた方がいい。ならば迂闊に大声を出すわけにはいかない。視界が塞がった状態で、敵に居場所を教えることになる。いや、敵の意識をルナ達から逸らし、こちらに向ければいいのか? だが敵と自分との間に誰もいないとも限らない。
同じく口を開こうとしたヴィオの口を手で塞ぎ、様子を窺う。その場にしゃがみ目を凝らす。
「アンジェ……」
「静かに」
土煙が晴れてくると、穴の空いた天井から陽が射し込んでいるのがわかった。ここは見つからないのではなかったのか?
ヴィオから鉄パイプを受け取り、いつでも走り出せるよう構える。
「あー、ちょっと派手にやりすぎたかぁ」
土煙を手で扇ぐ男の姿が浮かび上がる。
その手前にルナと宰緒と黒葉の姿も見える。よかった、全員無事だ。
「思ったより早いな」
黒葉は上げていた手を下ろす。周囲に見えない壁でもあるように一定距離より内側に瓦礫がない。防弾壁で天井の破片を防いだようだ。
天井からもう一人、瓦礫の山に少女が降り立つ。少女は手に一匹蝶を纏わせ前方に差し出す。
「この子に尾行させたから」
尾行されていることに気づかなかった。逃げることで精一杯だった。
「お前達は何故僕達を襲う?」
違界での殺戮行為にはさして理由などないだろう。だがこちらの世界まで追ってくるような奴らが、何も理由がないはずがない。黒葉は彼女達のことを知らないが、彼女達は知っていて追いかけている。
少女は、ベッドで気を失っている両脚のない椎を一瞥する。続いてルナの抱えている椎の脚を。
「義足か。だがその程度で同情などしない――何故襲うのかと訊いたな。別にあなた達全員を狙ってるわけじゃない。利用できるものは利用するが、危害を加えないのなら、あなた達は見逃してやる。私が用があるのは、そこに転がってる椎だけだ」
「椎に恨みが?」
「あなた達に話す義理はない。でも、何も知らないまま死ぬというのは癪だな。知ってもらった上で懺悔しながら死んでもらおう」
ひらひらと舞う機械蝶に警戒しながら、少女の言葉に耳を傾ける。男の方も、少女の指示がない限り動かないようだ。
「名前を言っても知らないだろうから、あなた達のつけた不快な言葉で話してやる」
少女は見下すように目を細める。
「私は、胡蝶姫の実妹だ」
「!?」
驚愕に目を見開く。違界ではその危険さゆえ、血の繋がった兄弟姉妹がいることは珍しい。しかもあの有名な胡蝶姫に実妹がいたとは。有名なのは姫ばかりで、妹の噂など聞いたことがなかった。
「そこに転がってる椎は、姉様を殺した。ずっと探していた。姉様を殺した奴を。そしてやっと見つけた。姉様の仇」
胡蝶姫が死んだことは知っている。だがその死が椎の手によるものだとは、思いもしなかった。そんな噂、聞いたことがない。この実妹を名乗る少女が勝手に言っているだけなのか? ただの妄想なのか? ただの妄想でここまで憎めるのか?
「信じる信じないはあなた達の自由だけど、私はそいつを殺す。それだけは確か」
少女の周囲にじわじわと機械蝶が増殖していく。
「あなた達は私の邪魔をするのか?」
壊れた人形のように、かくんと首を倒す。
黒葉はナイフを握る。本当に椎以外を襲わないという保証はない。それに、必死になって義足を修復しようとしている二人に今更見捨てろとも言えない。きっと、守ると言うだろう。少なくとも、ルナは。
黒葉のナイフを見て、アンジェも鉄パイプを握り締める。戦うと言うなら、戦う。
張り詰めた空気が体を硬直させる。少しでも動けば、戦いの合図と見なされてしまいそうだ。そんな緊迫した状況の中、場違いな感嘆の声が上がった。
「できた!!」
空気が読めないとは、こういうことなのだろうか。場違いな声を上げた人物に視線が集中する。
「思ったより破損箇所が少なかったから、すぐに修復……あれ?」
ようやく状況を理解できたのか、宰緒はきょとんと辺りを見回す。
「お前……よくあの騒音に気づかず集中してられるよな。さすがに俺も無理だぞ」
呆れたようにルナは嘆息を漏らす。
「何だよ、お前はできたのかよ」
「片足は何とか。もう片方は鋭意修復中だ」
「ふぅん。で、この状況、もしかしてやばい?」
「やばいよ」
ルナは椎の義足を二本とも抱える。さすがにこの状況で修復作業を続行することはできない。黒葉も逃げるという選択肢を選ぶだろう。
黒葉は慎重に数歩後退し、宰緒の傍らに膝をつき、少女から目を逸らさず小声で言う。
「宰緒、ヘッドセットと首輪を返してくれ。さっきは使い捨ての簡易防弾壁を張ったが、次はない」
「その防弾壁って俺には張れねぇの?」
「今は無理だ。お前は使い方を知らないだろう」
「あー、そうだな」
ヘッドセットを外そうとすると、少女は手を翻した。
「余計な真似はするな!」
機械蝶が激しく舞う。アンジェを負傷させた攻撃が繰り出される。
「やばっ」
動けない二人の代わりにルナは咄嗟に工具入れから遊びで作ったものを素早く抜き取り、少女に向かって投げつけた。
「!?」
「煙幕?」
白い煙が辺りに立ち籠める。
「今の内に!」
義足を抱え立ち上がる。
「宰緒、早く」
黒葉は宰緒からヘッドセットと首輪を受け取り装着する。
「奥に階段がある! そこから地上に出ろ!」
「ヴィオは先に行って」
黒葉の指示を聞き、アンジェはヴィオを促す。足の遅いヴィオを先に走らせ、アンジェは両脚を失い軽くなった椎を背負う。
「足掻くな! ――コル!」
少女の怒号が響く。コルと呼ばれた男は、大剣を大きく振るう。風圧で煙幕を晴らす気だ。
「ハッ! ちょこまかしやがって!」
煙幕を晴らすと同時に、誰か一人でも仕留めようという軌道だった。
「アンジェ!!」
煙が切り裂かれるのが目に入った。コルは目的である椎を狙っている。その椎を今背負っているのはアンジェだ。
アンジェは両手が塞がっている。
黒葉は首輪の電源を入れるが、間に合わない。
「もらったァ!!」
激しい金属音が耳を劈いた。
「てめぇ……!?」
天井から降り立ち、煙の中で口端を上げ不敵に笑う影。
「生きてやがっ」
「うっせぇんだよクズが!!」
受け止めた大剣を無理矢理押し込む。手には機関銃を提げ、頭からは血を流している。
「灰音!?」
「ああ……これはルナのおかげ、かな? 正直、死んだと思ってたんだがな。急に瓦礫が軽くなって助かった」
黒葉から貰った黒い玉で、灰音が下敷きになった瓦礫も軽くなっていたのか。それでも一度瓦礫に埋もれた傷は浅くない。表情は平然としているが、呼吸は荒い。
「仕方ないから、この死に損ないが足止めしてやる。……私も最初知った時は驚いたけどな、椎の脚、ちゃんと動くようにしてやってくれ」
瓦礫を踏み、ルナに向かって口の端を上げる。ああ、この人は本当に――
「私は無駄死にはしない。憎しみが連鎖しようが、私はお前らを殺す」
――本当に、まっすぐだ。
機関銃を構え、邀撃の体勢を取る。
黒葉はアンジェを庇うように促す。アンジェとルナと宰緒を先に走らせ、黒葉は一度灰音を振り返る。負傷し血を流す灰音を一人足止めとしてこの場に残していくのは躊躇うが、他に誰かがここに残ることを灰音は拒むだろう。建前ではなく、本音で。出会って一日も経っていないが、それほど灰音はわかりやすかった。灰音は椎を守るためなら犠牲を厭わない。自分を守るために誰かが隣に立つくらいなら、全力で全員で椎を守れと、そういう人間だ。
そういう人間を守ろうとするのは、お節介と言うのだろう。
少女とコルが同時に攻撃を仕掛ける。せっかく追い着いた椎を見す見す逃がしはしない。それを灰音はたった一人で応戦する。その様子を目に焼き、黒葉はルナ達を追って走った。
細い路地を走り続け建物の陰に身を潜めた五人は、周囲を警戒しつつ呼吸を整える。
「ルナは義足の修復を続けろ。三人はそのサポート、僕は奇襲に備える」
「わかった……けど、俺にも使える武器、何かないかな?」
手は休めず、ルナは問いかける。いざという時の黒い玉はもう使ってしまったし、アンジェのように強くも、宰緒のように銃も使えないルナは今丸腰だ。何かあった時、何もできない。守られるしかできない。
「あの玉、もう使っちゃってさ」
「ああ……灰音が言っていた、瓦礫が軽くなったというあれか」
黒い玉が話題に上り、アンジェとヴィオも玉を取り出す。
「この玉、物を軽くするものなのか?」
「俺の玉はそうだったけど」
ルナの投げた玉は、閃光の後に瓦礫を軽量化した。目に見える変化ではないので最初は不発なのかと黒葉を恨んだが、玉のおかげでルナは頭が割れずに済んだ。
「その玉は、制作者が魔法玉と名付けたそうだ。最後にその玉に触れた者の思いを読み取り具現するらしい。何が起こるのかは一概には言えない」
「それは確かに魔法かも」
思いを読み取り何でも起こせるなら、それは魔法だろう。黒葉は試作品だと言っていたが、ルナの玉は正常に機能したようだし、問題はないように思える。アンジェとヴィオの玉も正常とは限らないが、使わなければならない状況ならば、使うしかない。
「黒葉の知り合いは凄いものを作れるんだね」
アンジェは玉を仕舞い、警戒を張り巡らせる黒葉の背を見る。
だが黒葉は背を向けたまま否定を口にした。
「いや、その玉は知り合いの伝で僕の手に渡ったが、その制作者とは面識はない」
「知らない人の作ったものを信じたの? 違界の人って疑心暗鬼なんじゃ?」
「確かに疑う者もいる。だがその玉を作った技師は、皆に一目置かれる――所謂天才だ」
「天才……」
魔法玉なんていう魔法みたいなものを作れるんだ、それは天才と言っても過言ではないのだろう。天才だから試作品であろうとある程度の信用を置いているのか。
「顔を知る者は殆どいないが、名前だけは有名で独り歩きしている技師だ」
「へぇ、そんな凄い技師なら一度会ってみたいな。黒葉も名前しか知らないのか?」
天才と呼ばれる技師。それは興味がある。ルナは技師ではないが、会って話を聞いてみたい気持ちはある。
「ああ、僕も、紫蕗という名前以外は知らない」
男か女かもわからない天才技師。疑うばかりの違界でもっとも信用されている人物ではないだろうか。謎が多いにも拘らず信用されている不思議な人物。
違界にもそんな人物がいるのかと興味深く耳を傾けていた一同は、ふとか細い声を耳にする。
「し……ろ……?」
声の聞こえた方向を一斉に向く。作業に集中していたルナも思わず手を止め顔を上げた。
「椎!?」
両脚を失ったままの椎が、薄く目を開けてぼんやりと空を見上げていた。やはり死んではいなかった。椎は生きていた。
「だっ、大丈夫なのか!? いや全然大丈夫じゃないと思うけど、いっ、痛くないか!?」
椎の両脚は今も大腿部から先が失われている。リアルすぎる義足のおかげで何処までが作り物なのか判然としないが、血が止まっているということはそういうことなのだろう。断面を見ないようヴィオの目は泳いでいる。
「脚……どうなったの?」
脚を失い体を起こせない椎は、目だけで順に眺め尋ねる。
ルナは震える手を握り、時間を掛けて口を開いた。
「謝って許されることじゃないことは、わかってる……でも、ごめん……本当に……俺を庇わなければ、椎は両脚を失うことなんてなかった! もしこれが義足じゃなく生身だったと思うと……」
直視もできず目を伏せ懺悔するルナに、椎は不思議そうに微笑み、手を伸ばす。
「大丈夫。その脚は私が八歳の時に、コルを助けるために地雷原で失って、偶然通りかかった紫蕗が私にくれたものだから。紫蕗の作ったものは、そんな柔じゃないよ」
「え……お前、紫蕗に会ったこと……」
「うん。あるよ。紫蕗がくれた脚、今ルナが直してくれてるんだよね? ありがとう」
ありがとうなんて言われる道理はない。その脚はルナの所為で壊れたのだから。
「ありがとうなんて言うな! 俺は何も、礼を言われるようなことは何もしてない! どころか非難されて然るべきなのに……!」
「どうして? 私はルナを守りたかったから、ルナの前に立っただけだよ。私の所為で脚がなくなったんだよ。今も、昔も。私の勝手な行動で失ったものを直してくれてるんでしょ? やっぱりお礼を言うところだと思うな」
純粋に、本当に純粋に、無垢に、椎は笑う。ああ、椎は少しも非難なんてしていない。後悔もしていない。それ故、危うい。灰音が椎を気にかける理由が少しわかった気がした。
「口論は後にしろ。椎に一つ訊きたいことがある」
周囲に敵の気配がしないことを確認し、黒葉はこちらを向く。
「お前は今、コルと言ったか?」
その名前を出され、ルナ達はハッとする。椎が目覚めたことに気を取られすぎて気づけなかった。胡蝶姫の実妹が共にいる男のことを、コルと呼んでいたではないか。椎が助けたという者と同じ名前だ。
「コルがどうかしたの?」
言葉を失うルナ達に、椎は怪訝な視線を送る。
「あの大剣を持った男がコルと呼ばれていた」
「え……?」
「それと、一緒にいたあの女は、胡蝶姫の実妹だそうだ。お前が姉を殺したと言っていた。どういうことだ?」
「妹……妹がいたんだ……」
椎はぼんやりと考え、思い出すようにゆっくりと口を開いた。
「そっか……そうだね……私が殺したかもしれない」
「! お前っ……」
「私が警戒を怠っていなければ、胡蝶姫は私を庇って殺されることもなかった」
アンジェがびくりと硬直するのがわかった。庇って死んだという胡蝶姫を自分の母親に重ねたのだろう。ルナも押し黙る。先程ルナを庇った椎が脳裏を過ぎる。
「そっか……妹さんが私を殺しに来たんだ……脚が直ったら、少しお話がしたいな」
「ばっ……何呑気なこと言ってんだよ! 殺しに来てるんだぞ!? 呑気に話なんか……!」
「一緒にいた人があの時のコルなら、コルともお話がしたいな」
「おまっ……」
椎に掴み掛かりそうなルナを黒葉が手で制する。
「ルナは義足の修復を続けてくれ。――椎、あの実妹とコルという男に何か繋がりはあるのか?」
「それはわからないけど……妹がいるってことも今知ったし……」
「コルという男は、お前のことを知っているとは思えなかったが? お前も姿を見て気づかなかったのか?」
「そう言われると困るけど、コルを助けたのは八年前だし、それ以来会ってないし……あ、でもコルは目の前で地雷で私の両脚が吹っ飛ぶのを見てるから、この義足を見て何か思うことはあったかも」
自分を助けるために目の前で少女の両脚が吹っ飛ぶなどトラウマではないか。義足だと後から知ったものの、ルナもトラウマ半分だ。あれはわかっていても衝撃的だ。しかも義足に仕込んだ大量の血。天才技師らしいが、とんだ悪趣味だ。
「……話したいなら、お前の好きにしろ。狙われているのはお前だからな。お前のやりたいようにすればいい。それで死んでもお前の責任だ」
「言い過ぎじゃ……」
言いかけ、ヴィオは口を噤む。確かに言い過ぎではあるが、正論だ。違界での問題で、こちらの世界の人間が口を挟むべきではない、とも思う。こういう言葉に敏感そうなアンジェも何も言わない。宰緒はからころと口の中で飴を遊ばせ銃を弄っていて話を聞いているのか定かではないが。
誰も何も言わない。沈黙だけが流れる。
「あの、その……さ、えーと……し、紫蕗って奴は、どんな奴なんだ? 見たことあるんだろ? 椎は」
沈黙に耐えかね、ヴィオは恐る恐る口を開く。椎はぱちぱちと瞬きし、小首を傾げながら空を見上げる。
「見たことはあるけど……あんまりはっきりとは見たことないかも。いつも防毒マスクつけてるし」
「いつも防毒マスクつけてんの? 変人?」
銃を弄っていた宰緒が急に会話に割り込んできた。真夏に長袖のコートを着てフードを被っている宰緒も充分変人だと思うが。
「変人かはわからないけど、違界で防毒マスクをつけてる人は珍しくないよ。全身武装の人もいるし」
違界の様子を思い出しながら話していた椎を遮るように、ルナは「できた」と声を漏らした。
義足を抱え、椎の大腿部の断面に合わせる。
「天才とかいう技師の作った義足を完璧に元に戻せたかはわからないけど、繋げてもいいか?」
最後に椎に確認を取る。力は尽くしたが、動かないかもしれない。昨日今日出会ったばかりのこちらの世界の人間が修復した脚を繋げてもいいのか問う。
椎はきょとんとした後、嬉しそうに笑った。
「うん。ありがと」
短く言った後、手を握り歯を食い縛ったのがわかった。そのことを怪訝に思う。作り物の脚に痛覚があるはずない。繋ぐ瞬間に痛みがあるのかもしれない。それでも、こんなに構えるものなのか?
「それじゃあ、右脚からいくぞ」
椎から返事はなく、こくんと無言で頷くだけ。
義足の向きを調節しながら断面に当て、接合する。椎の体がびくりと跳ねた。歯を食い縛り、顔が苦痛に歪んでいる。ルナは眉を顰めながらも、一気に義足を繋げる。どう見ても尋常ではない痛みに耐えているとしか思えない。義足を繋ぐことをやめるか? それとも急いで繋ぎきるか?
義足を繋ぐ前に椎は歯を食い縛っていた。この痛みが起こることが、わかっていた?
「次、左いくぞ」
右脚を繋げ椎の反応を見るが、痛みでそれどころではないようだ。必死に声を上げないようにしている。アンジェやヴィオも息を呑みながら見守る。
左脚も繋げると、椎は肩で息をしぐったりとしていた。汗も酷い。脚はぴくりとも動かしていない。いや、動かないのか? あれほどの激痛に耐えたのに、動かないのか?
「動かない、か……?」
はあはあと辛そうに息を吐き出すだけで、椎は何も言わず脚も動かない。失敗か? と思った時、黒葉が横から口を挟んだ。
「呼吸が整うまで待ってやれ。こちらの世界の義足がどういうものかは知らないが、違界の義足は意識と結合するため痛覚がある。脚を接合する際、意識の結合の瞬間に激痛を伴う。生身だろうと義足だろうと、脚が千切れたことに変わりはないからな」
「それって」
義足だから痛みなんてないと思っていた。しかしよく考えてみると、コルに両脚を切断された時、椎は気を失った。痛みがないのに気を失うだろうか。あれは激痛で気を失ったのではないか。大丈夫だと笑っていた椎は、痛みと闘っていたのではないか。その痛みを知っているのに、ルナを庇ったのか。
ルナは二の句が継げなくなる。何と声を掛ければいいのか。大丈夫か? なんて言えない。妙に軽い、安っぽい言葉に聞こえる。痛みを与えてしまったのはルナなのだから。
「ルナ、放心している場合じゃない。椎、その状態で喋れるか?」
「来たの?」
「電波を感じる。近づいてきている」
アンジェは鉄パイプを握り締める。何処から来るのかわからない敵を警戒し辺りを見回す。
「ル……ナ……」
絞り出すように声を吐き出した椎の傍らに移動する。まだ苦しそうだが、喋れるまでには回復したらしい。
「な、何だ? まだ痛むか?」
「ちゃんと動くよ……」
その言葉にルナは椎の脚に目を遣る。ゆっくりと脚を動かし、感覚を確かめているのがわかった。
「でもちょっと、重い、かな……」
脚を引き寄せ、体を起こす。ルナは椎を支えながら、手の震えを感じる。震えは椎にも伝わり、苦痛に歪む表情を笑顔に変えた。
「大丈夫だよ、ルナ。もう痛くない」
痛くないと言いつつも、痛みの余韻を引き摺り、フラフラと立ち上がる。二本の義足で立つ姿を見、ようやく義足は椎の体を支えることができるよう修復されたことを確認し、ルナはほっと胸を撫で下ろす。痛みを伴おうと椎の両脚が戻ったのだ、震えながらも安心する。
「こういうの、こっちの世界の人はやっぱり慣れてないんだね。心配かけちゃったみたいで、ごめんね」
「慣れるとか、そういう問題じゃ……」
視線を落とす。住む世界が違うルナと椎では、感じ方も考え方も違うのだ。それを簡単に曲げることはできない。
だがこれには違界人の黒葉も異論を唱えた。
「慣れているのは義肢の装着年数が長い者だけだと思うが?」
「えっ、そ、そうなの?」
「お前はすっかり慣れてしまったのかもしれないが、義足とは言え両脚が切り落とされるというのは、僕も驚いた」
「ふわっ、そうだったんだ……」
違界の中でもどうやら温度差が存在するらしい。疑心が蔓延る交流のない世界では閉塞した思考に傾倒するのだろう。椎は「ごめんなさい」と頭を垂れる。
「え、えっと、これからは皆をびっくりさせないように、気をつける!」
「びっくりより、傷をつけられることをやめてほしい……守ってくれたのは嬉しいけど、その所為で椎が痛い思いをするのは、見たくない」
「善処する……威嚇くらいなら、私もできるし」
ぴょんぴょんと義足の感覚を確かめた後、椎は両手に自動拳銃を形成した。黒く光る銃が華奢な指に握られる。
「銃……二挺も持ってるのか?」
「え? 違界を一人で歩くには、やっぱり丸腰じゃ危険だし」
先程のあれは、やはり見間違いじゃなかった。椎は銃を、武器を持っているのだ。
「ルナ達に何かあった時は盾になりたいけど、それだと一回きりになっちゃうし、私だって痛いのは嫌だし、守りたいって思うと、こうして武器を持たないと守れないんだよね……武器を持つと相手は警戒するから、悪循環だなって思うんだけど」
寂しそうに椎は銃を見下ろす。本当は武器なんて持ちたくないのだ。けれど守るためには必要なもの。今はそう割り切るしかできない。
「二人と話す間、もし危害を加えられたら援護をお願いしていいかな、黒葉? 私はいいから、ルナ達を守ってほしい」
「……わかった」
迫る敵に、迎え撃つ態勢を整える。話してわかってもらえるならいいが、わかってもらえない可能性の方が高い。その時はどうするのだろう。灰音のように『殺す』のだろうか。椎を庇い殺された胡蝶姫の実妹を名乗る少女と、椎が救い両脚を失う原因になった男コルを。
白い壁に囲まれた路地に、銃を両手に椎は真っ青な空を仰ぐ。