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後編


「で、ジグリット。どうするんだい?」

 十階層へ向かう道中、ミーアがそう聞いてくる。

「この高慢エルフ、想像以上にひどいよ」

「ああ、ここ数回の戦闘で実感した」

 俺は苦々しげに応答してしまうのを止められない。

 こいつ、俺やプリムを動く障害物か何かだと思っている。

 後ろから平気で矢が飛んでき、果てには巻き込む前提での魔法。

 俺は何度か注意したものの「私に干渉するのは止めて下さいと言いましたよね?」と笑顔で返してきた。

 その酷さは、攻撃一辺倒なプリムが戦斧の両手持ちから片手持ち、空いた手に大楯を装備した事実から分かるだろう。

「言い訳かもしれないけど、強いことには強いんだよ」

 ミーアの言葉も真実。

 飛んできた矢は決して俺達に当たることはなく、的確に敵の急所を捕える。

 魔法も強力で、確実に範囲内の魔物を全滅させている。

 加えて、召喚獣によって壁を作り、攻撃を受けるような失態も犯していなかった。

 これで命令さえ聞けていれば文句なく一軍の最前線で戦えるんだけどなあ。

 プリムとはまた違った問題人物に俺は頭を抱えざるを得なかった。

「よし、泣き言はここまで」

 俺は頭を振って思考を切り替える。

 嘆いて状況を好転するならいくらでも嘆かせてもらおう。

 しかし、実際は悪化するだけなのでここで止める。

「さて、皆。十階層における方針を説明する」

 加入したてのメンバーがいる中、最初から十階層の立ち回りについて詳しく決めない。

 情報が少なすぎるし、何よりそこまで辿り着けない場合があるからだ。

 ……俺としてはラーティアが辿り着けないほど弱いことを望んだんだけどな。

 そうすれば堂々とラーティアを返品できる。

 プリム以上の問題人物は要らん。

「方針ですか。どうぞご自由に」

 ラーティアは柔らかい笑みを浮かべてそう首肯する。

 殊勝な態度を取っているが本当の意味は、方針を立てても良いけど自分は従いませんよということだ。

 究極の傲慢とは、世界は自分とそれ以外しかないと思い込むことなんだなと俺は知る。

「方針? 立てる意味はあるの?」

 プリムは人形のような整った顔を斜めに曲げ、疑問符をつける。

 方針があろうがなかろうが自分は変わらない、突っ込むのみってか。

 プリムらしい言葉だよな。

「そう、方針だ。名前を付けるなら『自分で考えろ』だろうな」

 俺は痛む頭を抑えながら続ける。

「何をやっても良い。プリムが突っ込んでも、ラーティアが魔法をぶっ放しても構わない」

「? 何も変わってなくない?」

「違う、プリム。例えばプリムがラーティアの魔法の巻き添えになっても、巻き添えになったプリムが悪い。そしてラーティアが詠唱中にプリムの邪魔が入っても、邪魔をされたラーティアが悪い。そういうことだ」

 極論を言えばやったもん勝ち。

「ジグリットさん、質問ですけど。私がわざとジグリットさんを狙っても悪いのは私でなくジグリットさんということになるのでしょうか?」

 にこやかな表情を浮かべながらとんでもないことを聞くな、ラーティア。

 けど、質問には答えなくてはなくてはならない。

「そういうことになる。しかし、それを繰り返した結果、後ろから斬られてもお前が悪いことになるからな?」

 ラーティアの存在が俺の目的の障害になる場合はラーティアを消すことになる。

「あらあら、それは怖い。けど、そう簡単に私の背後は取らせませんよ?」

 ラーティアには召喚術がある。

 召喚した精霊を壁役にすれば不意を突かれることはなくなるだろう。

「構わんさ。けど、俺を狙うぐらいだったら一人で狩りをした方が、背中を狙われない分安心だと思うが」

 俺は肩を竦める。

「言うなれば俺達は利用しあう関係。各々の目的を達成するために表面上は笑顔で右手で握手しましょうということだ」

 左手にナイフを持っていても構わないと俺は言外に告げる。

「その意味を込めて俺は言っておくぞ。俺の行動方針はパーティーメンバーの生存率を高めるために俺は口を出すし手も出す。だから戦闘中に指示等が来た場合、それを念頭に置いてくれ」

 プリムもそうだがこいつらは基本的に全体よりも自分を優先する節がある。

 それを再確認しただけに過ぎない。

 俺の宣言にプリムが同調するかのように続く。

「私の行動方針の全ては目の前の魔物の殲滅。魔物を倒せるのならば私は手段を問わない」

 プリムは少し譲歩したな。

 まあ、ラーティアの性格と魔法の威力を見れば誰だって考えるか。

 自分が倒すことに集中した結果、自分も巻き込まれてしまっては世話がない。

「なるほど。では私は魔物の効率の良い殲滅。必要とあらば二人を捨て駒にさせてもらいます」

 味方を巻き込むことを厭わず魔法を使用するということだな。

 まあ良い。

 戦闘が早く終われば終わるほどイレギュラーが起きにくい。

「よし。プリム、ラーティア。各々の行動方針を確認したな。互いの行動方針を尊重しつつ、自らの目的を達成してくれ」

 俺の言葉でその場を締めくくった。

「ちょっと、それで良いのかいあんた?」

 慌てた様子で俺の肩を叩くミーア。

 そういえばいたな。

 ほぼ空気なので忘れていたぞ。

「そんな作戦なんて聞いたこともないよ。あたしからすればありえない」

 まあ、そうだろうな。

 互いを利用し合う、裏切りもありの作戦なんぞパーティー対パーティーならともかくパーティー内ではありえない。

 普通に正気を疑う。

 けどな、ミーア。

 ミーアを除いた三人パーティーの内二人が自分勝手に動く時点でまともなパーティーとは言えないんだよ。

 まともでないパーティーにはまともでない作戦で臨むのが道理。

「ま、やるしかないだろ」

 賽はすでに投げられた。

 後は試すのみだ。


 俺達はチームワークこそ壊滅的なものの、個々の力は一流冒険者に勝るとも劣らないと自負している。

 なので十階層まではさしたる障害もなく、時間的には三の鐘が鳴る前後に辿り着けたと思う。

 さあ、ここからが本番だ。

「プリム、防御重視で行くぞ」

「うん、分かってる」

 プリムは一つ頷き、大楯を持った左手を上下させる。

 小柄なプリムを覆い隠せるほど大きいそれはラーティアの魔法を防いでくれるだろう。

 しかし、本当に凄いところは、機動力を著しく下げるはずなのにプリムは問題なく動いているという点か。

 プリムは身体能力だけでなく戦闘センスも相当なものだと改めて納得した。

「数十歩先に敵がいる、五体だな」

 俺の勘が遥か先にいる敵の存在を察知する。

 前から敵の気配には敏感だと自負していた俺だが、ダンジョンに潜ってからその感覚が磨かれているのを感じる。

 今更ながら、本当にダンジョンは人を成長させるんだなと納得した。

「分かった、行ってくる」

 俺の言葉を聞くや否や駆け出すプリム、速い。

「プリム、俺の分も残してくれよ」

 五体程度ならラーティアの魔法を使うまでもない。

 プリムの後に続いた俺は最近覚えた呪文短縮を使う。

「ファイアランス!」

 呪文短縮とはその名の通り、魔法を発動するにあたって必要な言葉を短縮する技。

 通常と比べ、威力も低くなるし魔力消費も増えるが、俺からすれば速さが何よりも魅力に映った。

 固定砲台たるラーティアがいる今、その選択は間違っていないだろうと自負している。

「よし、二体巻き込んだ」

 俺の放ったファイアランスは一体のアシガルアントを貫通し、後ろのアシガルアントに突き刺さる。

 上手い具合に魔法の威力が減殺され、魔石に化すことはなかった。

「残りの三体は任せる」

「うん、任せて」

 俺は弱った二体をとどめ、プリムは無傷の三体を受け持つ。

 プリムの戦斧が振るわれる度に一体が魔石化され、俺の援護も相まって危うげなく撃破した。

「よし、良い感じ」

 俺が戦闘内容に満足していると。

「あらあら、私も先頭に加わりたかったのですけどね」

 ゆったりとした速度で近づいてくるラーティアとその後ろを歩くミーアの姿がそこにあった。

「五体程度、ラーティアの出る幕じゃないだろ」

 プリムの力があれば簡単に終わるのだから、それに越したことはない。

「けれど、それでは私がいる意味がありません」

 細い顎に手を添え、困ったわとばかりにラーティアは溜息を吐いた。

 そんなラーティアに俺は近づく。

「……そんなにお望みなら戦わせてあげよう。もうすぐこちらに十体近いアシガルアントがやってくる」

 大方、俺達の戦闘音を聞きつけたアシガルアントの集団だろう。

 聴覚が優れているアシガルアントは、派手に戦っていると次から次へとやってくる。

 可能ならば素早く、静かにが、十階層の基本である。

「敵、見つけた」

 ラーティアが魔法を唱えるより先に敵の姿を認めたプリムが駆け出す。

「プリム! 魔法が来るぞ!」

 その言葉で止まるプリムではない。

 しかし、予め来ると分かっていれば心構えも違ってくる。

「うん、防御態勢」

 プリムはそう言うやいなや大楯を地面に突き刺し、身を低くした。

 敵に近づきすぎたプリムは取り囲まれて袋叩きに遭う。

 しかし、プリムは持ち前の頑丈さでそれらを耐えきった。

「風の神シルフよ、私の願いに応えん、猛き風、変幻自在なその御力をここに--ウィンドカッターフィールド」

 そして発動するラーティアの魔法。

 ラーティアは魔法の才能があるのか、魔力が豊富なのか、俺の知っている風魔法を使わない。

 ウィンドカッターというのは風の刃で、一体を斬り付ける初歩魔法。

 それをラーティアが使うと範囲内に無数のウィンドカッターを出現させ、縦横無尽に暴れ回らせた。

 その威力は凄まじく、十体のアシガルアントはあっという間にミンチになる。

 問題なのはプリムがその中心にいることか。

「おい、大丈夫か」

「問題ない」

 無表情でプリムはそう言うものの、身体には無数の切り傷。

 見てられない俺はプリムに回復魔法をかけた。

「よし、それでは次に行くぞ」

 プリムを回復し終えた俺は次の敵を探す。

 俺はこれ以上プリムを労わることもラーティアを責める真似もしなかった。

「あら、ジグリットさん。私に何も言わないのですか?」

 その口調にからかいの感情が混じっていると感じたのは俺の錯覚か。

「攻撃を喰らった方が悪い」

 俺の忠告があったにも拘らずプリムは敵に突っ込んでいったので、その責任は負うべきだろう。

 まあ、俺の忠告通りに行動しても最終的にプリムの責任になるけどな。

 極論を言えば俺達は全ての行動は己が全て決め、責任を背負う究極の自己責任だ。

「そうだろう、プリム?」

「うん、ジグリットの言葉は間違っていない」

 魔法に巻き込まれたプリムは俺の言葉に頷く。

 その鳶色の瞳はラーティアに対して何の感情も抱いていない様だった。

「フフフ、そうでしたわね。失礼しました」

 ラーティアは青い瞳瞬かせた後、満足げに頭を下げた。

 さて、基本的に敵の存在は俺の索敵によって察知できるが、時に失敗することがある。

 シャアアアアアア!

「っち!」

「敵だ」

「あら、これは不味いです」

 曲がり角まであと二、三メートルの所で敵と遭遇。

 しかも一体だけでなく奥の暗闇から何体も登場した。

「ラーティア! 奥を狙え!」

 プリムはすでに応戦、俺も長剣を抜いて迎撃態勢に入る。

 懸念材料はラーティアの魔法の範囲。

 どこまで広げる気なのか、俺はラーティアから放たれる魔力と、中心位置となる視線で魔法の威力と範囲を推測する。

 そして得られた結論は--応戦しているプリムの目と鼻の先に竜巻が出現する。

 プリムだけでなく俺も巻き込まれる位置である。

「ラーティア! その魔法と範囲は不味い!」

 瞬間的にそう叫んでしまったが、敵の数を見るとそうは言ってられない。

 俺達を巻き込んででも敵を減らせなければ数の差によって苦戦してしまうことを直感する。

「風の神シルフよ。我は願う、その守護を与えられんことを--ウィンドガード」

 俺が唱えたのは攻撃魔法でなく補助魔法、一時的に風属性の攻撃に対して防御力を高める魔法。

 欲を言えばプリムにもかけてやりたかったが、まあプリムは無くても耐えられるだろうし、何より俺が行動不能になる可能性があった。

「プリム! 魔法が来るぞ、ガードしろ!」

 俺の言葉にプリムが防御姿勢を取った途端にラーティアの魔法が完成する。

「風の神シルフよ。猛き風、全てを切り裂く風を我が前に--トルネード」

 躊躇なく上級魔法をぶっ放すか。

 ここまでやられると却って清々しいな。

 俺はそんなことを考えながら、時々風の防御魔法を突き破って切り裂いてくる風の刃を受けていた。

「プリム、回復は戦闘を終えてからだ」

 プリムも傷だらけ。

 しかし、敵もほぼ虫の息(虫だけに)なので、魔石を喰らって回復される前にけりをつけておくことにする。

 ラーティアの魔法の威力と範囲が適切だったのか、俺とプリムはさほど苦労することなく戦闘を終わらした。

「プリム、これで良いか?」

「問題なし」

 一通り回復魔法をかけた俺はプリムにそう尋ねると、そんな平たんな声が返ってくる。

「よし、それでは行くぞ」

 俺も体の至る所に擦り傷が出来ているが、わざわざ回復魔法をかける必要がない。

 このダンジョンの不思議なところに一つに、毒など状態異常にならなければ、歩いているうちに傷が塞がっていく特性がある。

 この現象は、ダンジョン内に満ちている魔力が身体の回復力を強化しているためだと言われていた。

「ジグリット、待ちな」

 突如、ミーアは険しい顔でストップをかける。

「あんた、先ほどのラーティアの行動について何も思わないのかい?」

「その行動とは?」

 俺は首を傾げる。

 俺の見たところでは、効率よく戦闘を終わらせたようにしか見えないが。

「ラーティアだよ。このエルフは味方がいるのに躊躇なく上級魔法をぶっ放した。威力の高い上級魔法は乱戦での使用は厳禁だよ」

 上級魔法とはその名の通り、威力も高いし範囲も広いので使用場面が限られている。

 今回の場合も、もし俺が風の防御魔法をかけていなければ、首筋の頸動脈を切り裂かれて即死の可能性があった。

「まあ、その場合も死んだ俺が悪いということになる」

 具体的に言えば、その魔法を止めなかった俺が悪いということ。

「あの時はあれが最善だと思った。もし違っていれば俺は妨害していただろう」

 俺はポーチから手のひらサイズの石を取り出す。

 詠唱中は無防備なので容易にぶつけられるし、そしてこれだけ大きければ詠唱を中断させられだろう。

「プリムも問題あるか?」

 俺は確認のためそう振ると。

「いや。誰も死ななかった、敵を倒せれた。だから問題ない」

「だ、そうだ」

 俺もプリムもラーティアの行動を疑問視していないから良いだろう。

「フフフ、皆さん良く分かってくれていますね」

 俺達の答えを聞いたラーティアは珍しく、右手で顔の下半分を隠して笑う。

「賢明な私が巻き込まれた味方が致命傷を負ってしまうようなへまなどするはずがありません。今回はやむを得ずでしたが、何も好き好んで巻き添えにしませんよ」

「……そうかい」

 ミーアの心境に変化があったのか。

 先ほどまで冷たい視線をラーティアに向けていたのだが、ラーティアが心底楽しそうな声音でそう答えたのを聞いたミーアはぺたんと猫耳を垂らす。

「手遅れかもしれないけど、もっと命を大切にしなよ」

「……ミーア。その言い方だと俺も命知らずに含めていないか?」

 俺だって無為に命を捨てようとは思わない。

 しかし、この二人を従えるのなら、自ずと危険なことをせざるを得んのだ。

「そう言う割には、随分と楽しそうに笑っていたじゃないか」

 マジか?

 俺が知らず笑っていたと?

 一寸先は闇という状況を俺は楽しんでいたのか。

「次へ進もう」

 旗色が悪いと感じた俺はこの話題を切り上げる。

「下にはまだ下りないよ」

 十一階層への階段を見つけたミーアは決定事項とばかりにそう宣言する。

 俺も同感。

 今の力量で一つの山である十一階層に降りようとは思わんな。

 先ほどの遭遇戦--単体で切り抜けられるような力が。

 最低でもトルネードを防御魔法なしで耐えきれるまで強くならなくては進もうとは思わない。

「オルフェイアに来て一か月足らずで十階層到達か……」

 通常は二、三か月。遅い者は一年かかっても到達できない階層。

 だったら少しは休んでも良いのではと俺は思った。


 第四章



 俺、ミーア、プリム、そしてラーティアの四人で十階層を狩場にしてから一ヶ月が過ぎた。

 どれだけの問題人物であろうと単独の限界領域である十階層で攻略していると少しは互いの考えていることが分かる。

 プリムはラーティアが魔法を放つ状況というのを掴んできたし、ラーティアも仲間を巻き添えにする頻度が減った。

 そして二人の補助でしかなかった俺自身も一つの戦力として見ても良いのではと己惚れている。

 そしてミーアの仏頂面もいつも通り。

「よくもまあこんなパーティーで一ヶ月も持ち堪えたよ……」

 ミーアの常識によれば普通は全滅、最高に良くても確実に一人は死ぬほど連携が壊滅的なパーティーらしい。

 うん、俺もそう思う。

 だから今日は生存一ヶ月という記念パーティーを開いても良いかもしれない。

「なあ、今日は少し打ち上げしないか?」

 地上へと帰還する最中、俺はそう提案する。

「うん、行く」

「あたしも参加しようかいね」

 プリムとミーアの参加は予想済み、しかし。

「そうですね、私も参加しようかしら」

 顎に手を当ててそう賛同したラーティアを俺はおろかミーアもラーティアを見つめる。

「あら? 私何か変なことを言いました?」

「いや、何も」

「あんたが参加するなんて珍しいと思ったのさ。もしかして明日があんたの命日かい?」

 俺は気を使ってお茶を濁したのだがおばちゃん気質であるミーアはストレートに意見を述べる。

 俺はミーアに対して内心拍手を送る。

「……デミヒューマンは本当に知能が足りませんね。まるで私が単独行動が好きな傲慢な者みたいじゃないですか」

 好き勝手行動するから実際その通りだろうが。

「アハハ。そりゃあ済まなかったね、最初の一杯を奢るから気を取り直してくれないかい?」

 さすが経験豊かなミーア。

 嫌な顔一つせずラーティアの悪口を笑い飛ばす。

「それじゃあ魔石の換金を終えたらそのまま直行していいか?」

「いいんじゃないかい? それで残った金を四等分ということで」

「別に構わんぞ」

 と、俺は納得したのだが。

「少々お待ちください。それでは私の損なのでは?」

 頭の良いラーティアは気づいたらしい。

「おやま、気づかれたかい」

 ミーアは満足そうに笑って誤魔化した。

 なお、この時でもプリムは。

「ごはん、お腹空いた」

 食事で頭がいっぱい、会話など入る隙が無かった。


「それでは、このパーティーの未来を祝って……かんぱい!」

「「「カンパーイ」」」

 俺の音頭に応えるパーティーのメンバー達。

 なんかんだで一ヶ月苦楽を共にした面子だ。

 こういったツーカーは造作もなかった。

「普通、打ち上げっていうのはもっと豪華な店でやるんだけどねえ」

 ミーアはジョッキを傾けながら続ける。

「どうしてまた『リーリア』なのかいねぇ」

 そう、打ち上げ場所がここだと、普段より少し高い夕食でしかない。

 それにも関わらず強行した理由は。

「食べ慣れている味が良い」

 普段は無関心だが、一度主張し始めるとテコでも変わらないプリムのせい。

 こうなると何を言っても無駄になると痛感している俺達は大人しくここにした。

「私はワインとチーズがあればどの店でも構いませんよ」

 意外なことにラーティアは食べる店に拘らない。

 彼女はかなりの偏食家で、どんな時でもワインとチーズを欠かさない。

 その二つがない店には絶対に入らないが、裏を返せばその二つさえあれば裏通りの怪しい店だろうが問題なかった。

「どんな時にどこで食べようがワインはワインでチーズはチーズ……まるで私みたいじゃありません?」

 はて、ラーティアは上手いことを言ったつもりなのだろうか。

 満面の笑みを浮かべているラーティアを俺はマジマジと見つめる。

「はあ……悲しいことに俗なヒューマンでは高尚なエルフの言葉を理解できないのですね」

 いや、ヒューマンだけでなくドワーフやデミヒューマンでも理解できないと思うぞ。

 そう突っ込みたかった俺だが口は開けない。

 言ったところで無視されるのが火を見るよりも明らかだからだ。

「うん、美味しい美味しい」

 ラーティアの言動に呆れ返りつつも食事は過ぎていく。

「なあ、ミーア。俺も大分強くなっただろ?」

「は、調子に乗るなよワルガキが。あんたなんてようやく殻のとれたひよっ子だよ」

 酒の力を借りた俺がミーアにそう突っかかり、撃沈され。

「うん、これも美味しい」

「薄汚いドワーフ。私のチーズを盗むなんて何て酷いのでしょう」

「ミーア、これももらう」

「っく……ここは心の広さを示すのが最善。感謝しなさいよ、ドワーフ」

 プリムがラーティアのチーズを勝手に取ったので嫌味を言ったところ、スルーされて負け惜しみを言い放つラーティア。

 打ち上げと命名しても、中身は夕食を豪勢にしたものと変わりなかった--ダグラスが来るまでは。

「いよう、やってるな」

 屈強な体躯に力強い声。

 宿屋に一歩、第一声で酒場の注目を一身に集める男こそがアルマのリーダー、ダグラスである。

「あらま、あんたが来るなんて珍しい」

 リーダーとほとんど面識がない俺達に代わってミーアが応答する。

「いつも通りふんぞり返って呼びつけりゃあ良いのに」

「おいおいミーア、俺を何だと思ってんだよ」

 ダグラスは苦笑しているのかもしれないが、強面だから得物を前にした獣にしか見えない。

「こいつらが何かやらかしたわけじゃないんだろ? なのに呼びつけて気勢を削いでどうするんだよ?」

「何かやらかす前に呼びつけて気勢を削いでほしいんだよ」

「ガハハハハハハ!」

 何が面白いのかダグラスは大笑いした。

「そいで……ジグリット、会うのは二度目だな」

 一通り笑った後、ダグラスは俺に顔を向ける。

「アルマ内だけでなく巷だとジグリットのことは有名だぜ。オルフェイアに来て一か月足らずで十階層まで単独到達--俺、ミーアに次ぐ早さだな」

「どうも」

 俺は言葉少なく返事する。

 良く分からないが、何故か俺はダグラスの前だと委縮してしまう。

 いや、俺だけじゃないな。

 プリムもラーティアも普段と違って所在なさげにしていた。

「ふん、そんな早さなんて何の自慢にもなりゃしない。単に生き急いでいるだけじゃないか」

「まあな、オルフェイアには化け物がウヨウヨいるんだ。そっちで有名になりたきゃ一週間でニ十階層に行かないとな」

 おいおい、ニ十階層ってアルマのような中堅クランの中の精鋭が狩場とする階層だぞ。

 そこを僅か一週間で踏破とか……オルフェイアは広いなあ。

「けど、お前が真に有名なのはそこじゃねえ。プリム、ラーティアという超問題人物を上手く操っている点だ。ジグリットに興味を示している大手クランもある」

「ほう、それはそれは」

 嬉しい評価だ、ほおが緩む。

「だからちょっと俺からの褒美だ--今回は俺が奢る、好きなだけ飲んで食え」

「おお」

「嬉しい」

「あら、たまにはリーダーらしい対応をするのですね」

 ダグラスの言葉に思わず歓声を上げる俺達。

 いくら少額とはいっても、自分の懐が痛まないというのは良いものだ。

「それだけじゃねえ。ジグリットに新しいメンバーを紹介しよう、明日を楽しみにしておけ」

「……」

 ダグラスのその言葉に俺は言葉に詰まる。

 確かに現状では三人で回っているのだが、それは十階層以下で狩りを行う場合。

 もっと下の階層に進むとなればどうしてもあと一人欲しかった。

 しかし……

「まともな奴なんだろうな?」

 これ以上の問題人物は嫌だと俺は訴える。

「ハハハ、それは明日のお楽しみだ。けどな、一つ情報をやるぜ。新パーティーメンバーはなんとドラゴニュートだ」

 ドラゴニュート。

 それは最強の種族とされるドラゴンの血を受け継いだデミヒューマン。

 デミヒューマンと一括りにしないのは、ドラゴニュートという種族の別格さゆえ。

 現在ダンジョン十階層、ニ十階層のソロでの最速踏破はほぼドラゴニュートで占められている事実から分かる通り、デミヒューマンの中でも例外扱いされていた。

「うーん……」

 百人力のドラゴニュートがパーティーに入るのに俺は素直に喜べない。

 何というか、嫌な予感がビシビシするからだ。

 ドラゴニュートはその強さと希少性ゆえ引く手数多であり、クラン内のお抱えのドラゴニュートの数がそのままクランの格になってくる。

 そんなドラゴニュートを指揮系統が崩壊している俺達のパーティーに加えるだろうか。

 監視役であるミーアの評価を聞いてもなお加えるとすれば気が狂ったか、それとも--。

「悪い、やはりいらない」

 十中八九、訳ありドラゴニュートだ!

「おいおい、ジグリット、遠慮するなよ。お前なら問題ないって」

 ダグラスは俺が何も言わなかったかの如く俺の背を強く叩いてくる。

 質問に答えない--つまり問題人物を押し付けてくる気だな。

 俺は最後の望みを託してミーアに視線を向けるが。

「……嫌なら村に帰りなよ」

 ミーアは項垂れながら愚痴る。

 その姿はまるで領主から無理難題を押し付けられ、全身が真っ白になった俺の父を連想させてきた。


 その日は新しく入るパーティーメンバーのため三の鐘が鳴るまで自由時間となった。

 けど、自由時間といっても今日もダンジョンに潜るのだから羽目を外して遊ぶことはできない。

 精々、昨日に飲んだ酒を抜く程度のことしかできなかった。

「シェイア=イズルファスか……プリムは知ってるか?」

 とりあえずプリムに振ってみるが、彼女は首をフルフルと振るだけ。

「古参のドラゴニュートではないですね。多分、遠くからここへやってきたのでしょう」

 ラーティア曰く、例え別クランであってもドラゴニュートならば顔と名前は周知される。

 なのにシェイアという名前は初めて聞いた。

 だからここオルフェイアに来て日が浅いのだろうとラーティアは述べる。

「だったらますます謎だよな」

 俺は後ろ手を組み、背もたれに体を預ける。

「他種族ならともかくドラゴニュートならばまず大手クランに入るのが筋。何故地域密着型の中堅クラン、アルマに入ったのでしょうか」

「そこだよなぁ」

 ラーティアの指摘通り、行動が謎過ぎる。

「何も考えてない。単にあみだクジだったり、最初に目についたクランに入ったとか……失敗してもやり直せるだけの力がドラゴニュートにはある」

「……あ~」

「その可能性が最も高そうですね」

 プリムの言葉に俺もラーティアも揃って頷く。

 案外プリムが最も的を射ているかもしれない。

「そうなると厄介だな」

「ええ、遊び半分で場を荒らしまわりかねません」

 思慮深い考えなど持たず、単に面白くなりそうだからという理由で独断で動き出すシェイア。

 そして引っ掻き回しておきながら、「飽きた」という理由でパーティーを抜ける姿が容易に連想できてしまう。

「頭が痛くなってきた」

「大丈夫、ジグリット」

 難しい顔をする俺に向かってプリムは大きく頷いて。

「元から私達に連携などない。私が二人になったと思えば良い」

「何が大丈夫だ! 何が!?」

 反射的に立ち上がり、そう叫んだ俺を責められる者は誰もいないだろう。



「はいはーい。ボクがかの有名なシェイア=イズルファスだよ」

 三の鐘が鳴ってしばらく、宿屋の入り口にて元気な声が響いた。

「おーい、みんなどこかなぁ? 答えて欲し--ブギャ!」

「お黙り! そんな騒いで迷惑な!」

 ガツンという音と共に響くミーアの怒声。

 間違いない、新たなメンバーが来た。

「悪いね、遅くなっちまって」

 少し疲れた声でミーアがそう謝罪する。

「このトカゲ娘があちこちで騒いで騒いで……」

 ミーアの視線の先には拳骨を落とされ未だ悶絶しているドラゴニュートの姿。

 パッと見、ヒューマンと変わらないが、手の甲や首付近にウロコのようなものが浮き出ている。

 なるほど、ドラゴニュートの特徴が現れていた。

「ほらほら、さっさと自己紹介するんだよ!」

 ミーアは引っ張ってきたシェイアに自身の尻尾で喝を入れる。

 うん、あれは痛いからな。

 俺も何度喰らったが一向に慣れない。

「うう、ちょっと扱いが雑なんじゃない?」

 涙目で顔を上げるシェイア。

 身長は俺とプリムの中間ぐらいか。

 首筋に揃えたショートカットの髪は赤く映え、ルビーレッドの瞳から活動的な印象を与える。

 事実、服の上なので詳細は分からないが、しなやかな身体付きで、相当すばしっこいだろうなと思った。

「もう一発必要なようだね?」

「っ、ハイハイ、分かりましたよ。ボクの名前はシェイア=イズルファス。ダンジョン都市オルフェイアに来て三日目。目的はダンジョン最深部踏破。だからみんなよろしく!」

 一瞬不貞腐れた顔つきになったシェイアだがすぐに切り替え、一息にそう言い切る。

 最後はハイテンションでそう述べた様子から、生来からのポジティブ思考なんだなと俺は予測した。

「シェイア、目の前の黒髪のヒューマンがパーティーのリーダーだよ」」

「ん、ああ」

 ミーアの視線に促された俺は少しの戸惑いの後、口を開く。

「ジグリット=アルバーナ、ヒューマンだ。パーティー内では中衛で全体の統括を行っている。よろしく」

「うん、よろしく」

 そしてプリム、ラーティアと続く。

 ミーアはすでに済ませているので不要と述べる。

「しかし、シェイアは本当にそれでいくのか?」

 俺はシェイアの服装を再確認する。

 なめし皮のプレートは急所のみを防御した機動力重視のスタイルを表わしている。

 そこまで軽装でいくのなら武器は短剣や素手になるのだが。

「そうさ、ボクの武器はこれだよ」

 シェイアは背中に差した巨大な剣の柄を叩く。

 その剣はシェイアの身長を越え、俺の身長といい勝負なくらい長い。

 剣の幅はシェイアの胴回りより狭いぐらいか。

 そして何より異常なのがその剣の重さ。

 彼女は片手で持つが、剣の厚さは分厚い本程ある。

 テーブルに載せた瞬間テーブルが悲鳴を上げ、俺は持つことが出来ず、プリムでさえ構えるのがやっとの重量。

 彼女が見えた時からその剣を視認していたが、あまりに非常識な代物なので口にするのが憚れていた。

「ボクはドラゴニュートの中でも特に力が強いんだ。だからこれぐらいへっちゃらだよ」

 フフンと鼻を鳴らしたシェイアはその剣を肩に担いでご満悦な表情を作った。

 個人の力に関しては言うまでもない、恐らく俺達全員をあわせたとしてもシェイアが勝つだろう。

 ただ、そこまで強いと一つの懸念事項が出来た。

「確認しておくがシェイア、俺の指示に従えるのか?」

 返事は分かり切っているが一応聞いておこう。

「え? なんでボクが君の言うこと聞かなくちゃいけないの? むしろ逆に、君達がボクの言うこと聞かなくちゃいけないと思うけど」

 素でそんなことを言ってきた。

 ……やはりか。

 あの野郎、またも命令を聞かない問題人物を押し付けてきやがった。

 俺な心の中でダグラスをディスる。

「シェイア、断わっておくがこのパーティーで命令を出しても意味がないぞ」

「え?」

 シェイアは眼をぱちくりする。

 どうやら俺の言葉は予想していなかったようだ。

「プリムもラーティアも俺の命令など全く聞かん、好き勝手に行動している」

 俺はこのパーティーの方針を説明する。

 全ては自己責任、やったもの勝ちでありやられた方が悪いというのを説明する。

「アハハハハ! それは面白いねえ」

 何かツボにはまったのか、シェイアは大笑いする。

「オーケー、オーケー、それでいこう。好き勝手に行動しても構わないんだね」

「いや、正確には戦闘時においては、だ。移動時や普段は俺の指示で動いてもらう」

 さすがにそこまで自由にやられてはパーティーの意味がないからな。

「えー、それは嫌だなあ。移動も全部自由にやりたい」

 シェイアが口を尖らせて反論する。

「だったらクランやパーティーに入らず、一人でやれ」

 俺は突き放すように言う。

 ドラゴニュートなら単体でもどうにかなるだろう。

「一人だったら雑魚も相手にしなくちゃいけないじゃないか、それは面倒くさい」

 それはそうだな。

 だから深い階層に潜る冒険者ほどパーティーメンバーが増えていくんだ。

「だからボクがリーダーでいいじゃん? 一番強いし」

 やはりそこに辿り着くか。

 俺は何とも言えない気分で得意げな顔を浮かべるシェイアを見る。

 本当にあの野郎、想像以上に厄介な人物を送り込んできやがったな。

「……はあ」

 俺は軽いため息を吐く。

 この手の輩は口で説明しても無意味、実力で分からせなければ。

「そこまで言うのなら一つ勝負しようか」

 俺は肩を軽く回す。

「ここを出て少し歩いた先に修練場がある。そこで互いの得物で戦うというのはどうだ?」

 修練場には即死でない限り治療できる腕利きヒーラーがいる。 

 金もかかるが、命に比べれば安いものだ。

「へえ、それは中々魅力的な提案だね」

 シェイアは舌なめずりをする。

 目を細め、不敵な笑みを浮かべる様は得物を見定めたヘビを連想させる。

「ジグリット、それで良いの?」

「リーダーという地位は軽くはないのですが」

 珍しいことにプリムとラーティアが心配してくる。

 これは、表面上はどうあれ俺をリーダーとして認めてくれた由縁か。

 嬉しくなるな。

「あいつがリーダーだと動き難くなるかもしれない」

「ジグリットさんほど自由にやらせてくれる人はいませんからね」

 ……前言撤回。

 表面上どころか腹の奥底まで自分のことしか考えてなかった。

 けど、まあ。

「ま、ミーアが何も言ってこなかった以上、避けては通れない壁だ」

 あれほどシェイアに煩かったミーアはリーダー云々になると口を閉ざした。

 推測になるが、ここに来る道中でミーアはシェイアに何か吹き込んだのだろう。

 何故そうするか、それはシェイアの性格上、遅かれ早かれリーダーの地位を要求することは眼に見えていたから。

 だったら早いうちに戦わせた方が吉と判断したのだと俺は推測した。

「へえ、さすが勘が良いねえ」

 ミーアの嬉しそうな笑みが俺の推測を正解であることを確証させる。

「だったら後は勝つだけだよ」

「分かってる」

 ここまでお膳立てをしてくれたんだ。

 ならばそれに応えるのが礼儀だろうと俺は思った。


 修練場と大層に銘打っているが、俺達貧乏冒険者が使う場所はほぼ野原と変わらない場所。

 ただ、思いっきり戦っても邪魔にならないほどの広さは確保されていた。

「それじゃあ、条件を確認するね」

 シェイアは首を鳴らしながら続ける。

「どちらかが『参った』というか、審判者のミーアが勝負ありと判断した時」

「あっさりと頷くんだな」

 ミーアの性格上、絶対にありえないが俺に肩入れすると考えても良さそうなのに。

「いやいや、ボクはドラゴニュートだよ? ヒューマンに判定が必要なほど追い詰められた時点で負け確定だよ」

 どうやらドラゴニュートのプライドが関係していたらしい。

 これを高慢と言い切れないところがドラゴニュートという種族であり、確かな力に裏打ちされた自信である。

「双方、構え」

 ミーアの合図で俺とシェイアは互いの得物を構える。

 俺は長剣を右手に、シェイアは巨大な剣を両手に持つ。

「始め!」

「これぐらいは避けてね」

 そう言ったシェイアは十歩ほどあった距離を一歩で詰める。

 そしてその勢いのまま横一線。

 ドラゴニュートならではの怪力が俺に襲い掛かってくるが。

 ガキン!

「プリムの方が重いし早い」

 俺は右手に持った長剣を盾にすることで受け止める。

 以前、シャレでプリムの攻撃を受け止めてみたことがあった。

 俺は大楯を構え、覚悟もしていたのに、喰らった瞬間吹っ飛ばされて瞬間意識が飛んだ。

 あの巨人の一撃に比べれば、シェイアの攻撃など可愛いものだ。

「あれ? 止められた?」

 呆気に取られた顔をしたが硬直するような愚は犯さない。

 攻撃数を増やして何もさせない戦法に切り替えた。

 ガン! キン! ドン!

 おおよそ剣の打ち合いとは思えない音が響く。

 積極的に攻めているのはシェイア。

 間断なき攻撃なのにシェイアは一向に息が切れる様子がなく、むしろこちらがヤバい。

 けど、それぐらいのことは予想済みだ。

「ファイアランス」

「っ」

 攻撃と攻撃の合間の間隙。

 一秒にも満たない間があれば発動できる詠唱のショートカットによる魔法攻撃。

 威力は大分減退するものの、驚かせるには十分だったらしい、シェイアが蹈鞴を踏む。

「おいおい、ラーティアだったら終わってたぞ?」

 あの高慢エルフなら無詠唱でもゼロ距離ならシェイアの防御を貫く確証がある。

 伊達にあいつの魔法を何度も喰らってきたわけじゃないぞ?

「さて、終いだ」

 俺は足を踏み出して攻勢に出る。

 シェイアは生まれてこの方守勢に回る経験が少なかったのだろう。

 美少年のような端正な顔を歪め、必死に応戦する。

 経験が浅くともドラゴニュート。

 この危機を回避すれば勝負は分からなくなる。

 けどな、もうそんな時は来ないぞ?

 仕留められるときに仕留めなければ次はない。

 森の主を単独で討伐した際、俺はあの一瞬に全てを賭けたから生き残れた。

 その経験が俺に攻める時を教えてくれる。

「そこまで!」

 攻撃を避けるあまり足元が疎かになったシェイアに近づいた俺は足払いをかけ、地面に転がせる。

 この時点で勝負は決したが、念には念を入れるため、得物を持った右手を踏み付け、のど元に人差し指を向ける。

 何か変なことをした場合、俺の魔法がシェイアの息の根を止める。

 シェイアに分かりやすいよう、俺はあえてそんなポーズを取った。

「負け……た?」

 呆然とした様子でシェイアがそう呟く。

「ボク--ドラゴニュートがヒューマンに?」

 どれだけシェイアの中で信じられなかったのか。

 目から溢れる涙にも気づいていないようだ。

「ぐ……ボクはまだ負けていない! ジグリットはダンジョンで強くなったから勝ったんだ! ボクだってダンジョンに潜れば--」

「ジグリットはオルフェイアに来て一ヶ月しか経っていないよ」

 ミーアは普段の世話焼き声音とは違い、冷たい声でシェイアの負け惜しみを封じる。

「そんなに納得いかないなら一か月後、また勝負したらどうだい? で、その間あんたはジグリットのパーティーの一員となり、彼をリーダーと認める--それで良いね?」

「……」

 理屈面では頷けるが感情が納得していない。

 シェイアの半泣きの顔がそれを如実に物語っている。

「返事は?」

「イタタタタタ! 分かった! 分かりましたよ!」

 ミーアに耳を吊り上げられ、そんな悲鳴を上げながらシェイアは了承する。

「うう……改めて初めまして、ボクの名前はシェイアイズルファスです。一ヶ月の間だけパーティーメンバーをやります」

 どれだけ悔しかったのか。

 自己紹介にわざわざ再戦することを付け足す。

 シェイア=イズルファス。

 紆余曲折があったものの、ドラゴニュートが俺達のパーティーに入った。


 そして俺達は十階層へと潜る。

 俺達がいるとはいえ、オルフェイアに来たばかりのシェイアを連れては懸念を覚えるが。

「なあに、あの力を感じただろう? シェイアなら問題ないさ」

 ミーアがそう言ったのなら許可しない理由はないだろう。

「別に、どうでも良い」

「シェイアがどう動いてどうなろうが私は困りませんし」

 と、プリムとラーティアは我関せずの態度を貫く。

「むっかー、なにこの連中、酷くない!?」

 それを聞いたシェイアは中性的な顔を真っ赤にして怒った。

 そして、シェイアの戦闘力に関しては早々に懸念が解除される。

 その巨大な剣を得物にしている通り、シェイアには攻撃力が多分にあり、大方の敵など相手にならないだろうなと予測していたが、まさか十階層でもそうだとは。

 一撃の大きさはプリムに劣るが、それを補って余りある手数でカバー。

「アッハッハッハ! こっちだよ鬼さーん」

 その余裕ぶりは、敵と追いかけっこするほどである。

 やはりシェイアは攻撃力と機動力に優れている。

 そのことを理解していたシェイアは遊撃の位置を取り、一撃離脱を主とする戦法を行った。

 プリムが最前線で敵の進行を止め、ラーティアが後方から魔法で決める。

 シェイアは遊撃として戦況を整え、俺が回復や状況把握など全体を統括する。

 パーティー内に役割があるのは一般的だが、俺達の場合は恐ろしいことに全員が連携することにまるでその気がなかったことだな。

 自分達が最も戦いやすいよう試行錯誤した結果、こうなった。

「これは奇跡か」

 普通なら絶対にありえないだろうなと思った。

 こう言っては何だが俺達のパーティーは非常に強い。

 意思疎通が皆無だが、それを補う程個人的力量が高い。

 その証拠に、十階層最大の敵とされるサムライアント。

 一体ずつしか現れないものの、常時魔石で強化されており、その強さに幅がある難敵。

 相当面倒くさい敵を俺を含めた全員が単独で撃破した。

「ふむ……」

 俺は今さっきサムライアントを斬った剣を見つめる。

「どうしたんだい?」

 その動作を見咎めたミーアが俺に近寄ってくる。

 隠す理由もないので俺は正直に答えよう。

「ああ、あまりにも呆気なかったからな」

 十階層最強の敵とされるサムライアントをこんな簡単に倒せてよかったのかと俺は不安を覚える。

「もしかすると弱い類だったのか?」

 俺はもしかして最低クラスのサムライアントに当たったのかと考えるが。

「安心しなジグリット、あんたが戦ったサムライアントの強さはまあまあ、平均より少し上のクラスだよ」

 経験豊富なミーアがそう言うのなら間違いないだろう。

「ありがとう、その言葉で幾分か救われた」

 俺は素直に礼を述べる。

 パーティーリーダーである俺が一番弱い魔物を倒してはしゃいでいるというのは格好悪いことこの上ない。

 プリムやラーティアは気にしないだろうが、俺としては最低限の誇りぐらい維持しておきたかった。

「ちなみに最弱クラスに当たったのはシェイアだよ」

「え? ボクが!?」

 突然振られたシェイアがいつもより甲高い声を出す。

「うっそだあ。滅茶苦茶強かったよ?」

 この四人の中ではシェイアが最も時間が長かった。

 傍から見れば死闘を演じていたのだが。

「経験不足が酷い。守勢時は酷くて見てらんなかったし、攻勢時も無駄な動きが多かった。ドラゴニュートという種族補正は絶大だけど、それに胡坐をかいてちゃいつまで経ってもジグリットには勝てないよ」

「うぐう……」

 ミーアの指摘にシェイアは変な声を上げて黙り込む。

 シェイアは一か月後、リーダーの座を賭けて俺と再戦するつもりなのである。

「さて、全員あたしが出した課題をクリアしたね」

 ミーアが出した課題とは俺達四人が単独でサムライアントと戦って勝つこと。

 そしてそれが達成された時、得られるものは。

「よし、じゃあ明日はいよいよ十一階層--中堅パーティーの仲間入りをするよ」

 今まで禁止されていた更に深い階層へ潜る許可。

 突出した力量を持つプリムやラーティアでさえ進めなかった階層への進出。

「長かった」

「フフフ、ようやく正当な評価を頂けるのですね」

 二人とも微かに緊張している。

「ジグリット、シェイア。浮かれるんじゃないよ」

 ミーアはくぎを刺すかのように鋭い声音で続ける。

「自分勝手で人の話を聞かないプリムやラーティアが潜らなかった。その理由を考えておくんだね」

 確かに言われてみればおかしいことに気づく。

「特にジグリット、知識で下に何があるのかおおよそ見当はついていると思うけど、それで測れないぐらい危険になってくるのが十一階層以降だということを頭に入れておくんだね」

「……」

 理想と現実は違う--耳にタコができるほど叩き込んできた格言をわざわざ繰り返す意味。

 それほどまでここから先は別世界なのだと経験者のミーアは忠告してきた。


 第五章

 

 十一階層から十五階層までは巨人の住処と呼ばれている。

 体長五メートルを越えるオーガや十メートルオーバーのサイクロプスの出現も当たり前。

 最低で二メートル--しかし、魔法を使うオークや怪力を誇るミノタウロスといった、でかい魔物より厄介という始末。

「ここから先はもうお遊びじゃないよ、ダンジョンの真の姿が現れてくる頃さ」

 十一階層は低下気味だった冒険者の死亡率が再び跳ね上がる。

 決して油断するなとミーアは口を酸っぱくして繰り返した。

「けど、そう言われてもねえ」

 ミーアには悪いが俺は苦笑してしまう。

「こいつらが素直に聞いてくれるわけがない」

 俺としても作戦を練り、緻密な連携を取れればそれに越したことはないが、この三人は好き勝手動き回るだけで俺が立ちまわって成立させているのが現状。

 束縛するとこの三人の力が大幅ダウンしてしまうだろうし、この三人も今まで上手くいってきたのだから従う素振りを見せない。

「今まで通りやるしか手はないと思うが」

「……まあ、現状を知ればそう言わざるを得ないだろうね」

「……」

 ミーアが俺の言葉をあっさりと認めたことに俺は肩眉を上げる。

 てっきり怒鳴り声か尻尾が飛んでくると思っていたのだが。

「明日はあんた達の思うように、今まで通りやってみればいいさ。しかし--」

 ミーアはここで一呼吸置き、こう言い放った。

「あたしの助けをあてにしないことだね。場合によってはあたしでも危ないんだから」


 装備を整えた俺達は十一階層へ足を踏み入れる。

 階段を降り切った時の一言は。

「……でかい」

 あらゆるスケールの大きさだった。

 ダンジョンは異空間と評されるわけだ。

 天井の先はほとんど確認できないほど高く、通路の幅はオルフェイアのメインストリートに劣らないほど広い。

 極め付きが、その通路に等間隔で並び立った柱の存在。

 まさかダンジョンでこのような建築物に出会えるとは。

 話には聞いていたが、実際に目にした俺は軽く感動した。

「やれやれ、ジグリットもシェイアも圧倒されているようだね」

 ミーアの軽口に俺は心を戻す。

 圧倒されていない、感動していただけだと反論しようとした俺だが、それより気になった言い回しがある。

「プリムやラーティアは別のようだな」

 シェイアと比較すると良く分かる。

 まあ、元々シェイアは楽観主義だからあまりあてにできないが、それを差し引いてもなお二人の暗さが気になった。

「プリムもラーティアもクラン先輩方の命令なんぞ聞かない性質だからねえ」

 ミーアは続ける。

「十階層を攻略し、その勢いで十一階層へ進んだ結果、見事に鼻を折られたのさ」

「ミーア、煩い」

「そうです、その言い方ではまるで私が尻尾を巻いて逃げたような印象を与えます」

 プリムとラーティアはそう抗議するも。

「でも、実際あんたらはあれ以降、十一階層に進まなかっただろ?」

「「……」」

 揺るぎない事実を突かれて黙り込んだ。

「ごらん、ジグリット。あんたはこれまで以上に気を張らないと、あっという間に死ぬよ」

「ああ」

 イノシシ娘のプリムと高慢エルフのラーティアを黙らせるのだから相当だろう。

「さて、軽くここら辺の危険について説明しておこうかい」

 ミーアは大仰に周囲を見渡す仕草をする。

「ご覧の通り、ここはその広すぎる通路が問題だ」

 確かに、今までの通路は人が一人二人ほど通れる広さが主流だったのにここは違う。

「十人単位で展開できそうなほど広いから、オークやミノタウロスなんかだとあっという間に囲まれちまう。十一階層以降は通路でも後衛が戦闘に巻き込まれるんだよ……その意味が分かるかい?」

「安全地帯を確保できないということだな」

 今までなら通路での戦闘はプリムを先頭に立てて俺やラーティアは後方から魔法で援護という戦法を使えた。

「でも、オーガやサイクロプスといった超巨大モンスターなら通路での戦闘もありだけどね」

 ミーアが気楽そうにコロコロ笑うが、俺からすれば十メートル超の魔物を二体以上同時相手など悪夢以外の何物でもないと冷や汗を垂らす。

「散々驚かしすぎて悪かったね」

 と、ここでミーアが殊勝なことを言う。

 不味い、この流れは何度も経験がある。

「ジグリットももうそろそろ感じると思うけど、ミノタウロスが二体、こちらに向かってきているよ」

 やはり魔物か。

 長時間同じ場所にいたせいか魔物を引き寄せてしまったようだ。

「さあ、ジグリット。お手並み拝見といこうかい」

「言われなくとも!」

 俺は十一階層での戦闘の心構えを思い出す。

 十階層以前とは違って現れる魔物の瞬殺は出来ないので、一対多を作り出すことが基本となる。

 つまりこの場合は。

「シェイア! 向かってくるミノタウロスの内一体を引き付けろ。プリム、ラーティア、俺達は出来る限り早く終わらせてシェイアの助太刀に向かう!」

 他の三人が聞く聞かないは別として、リーダーという責務上、そう方針を伝える。

「えー? 引き付けるのは良いけど倒しても良いんだよね」

「やれるならやれ。ただし無理はするな」

 倒すことに拘って戦闘不能に陥るような大けがを負ってしまう状況は頂けない。

「りょーかい、期待しといてね」

 俺の心境も知らず、そんな軽い声を出すシェイア。

 まあ、あんなお気楽娘でもやることはやるから大丈夫だな。

「プリム」

「分かっている、可能な限り倒す」

 いや、分かっていない。

 俺が望むのは壁役だ、止め役ではない。

「はあ……ラーティア」

「承知しておりますわ。プリムが止めているミノタウロスを葬ればよろしいんでしょう?」

「そうだな」

 代わりにラーティアはすんなりと聞き入れた。

 まあ、ラーティア自身、止めを入れることを望んでいたのだから反抗する理由がないしな。

 グルルルルルル……

 ドスン! ドスン!

 そんなことを考えているうちに魔物が二体、ミーアと俺の予測通りミノタウロスだ。

 二メートル近い身長に筋骨隆々な体つき、シェイアの大きさぐらいありそうなこん棒を肩に担いだミノタウロス。

 見た目もそうだが、本当に恐ろしいのは涎を垂らし続ける口に獲物を見つけて喚起している金色の瞳だ。

 --食うか食われるか。

 俺は森の主に再戦したあの感情を思い出した。

「……」

「っち!」

 本来ならシェイアが飛び出し、一体のミノタウロスを引き付ける予定だった。

 しかし、肝心のシェイアが雰囲気に呑まれて動かない。

 シェイアに喝を入れる暇がないと判断した俺は舌打ちを一つした後、シェイアの代わりに飛び出した。

「おおおおおおお!」

「?」

 十一階層の魔物は感情もあるのだろうか。

 俺の長剣とミノタウロスのこん棒が交差した時、向こうが笑った気がした。

「後は頼む!」

 深く考えている暇はないし余裕もない。

 プリムまでとはいかないが、シェイア並みの威力があのこん棒に秘められている。

 二合ほど打ち合った後、バックステップして距離を取る。

 もう一体のミノタウロスも俺に反応したが、そこはプリムが活躍する。

「やあああああああ!」

 怪力一閃。

 片手持ちでなく、両手持ちのプリムの一撃はミノタウロスを吹っ飛ばした。

「おおっと、お前の相手は俺だ」

 プリムの危険視した残りのミノタウロスを斬り付けて注意を取り戻す。

「一分もかからん。その間だけでも遊ぼうな」

 そう話している間にラーティアの魔法が発動、壁に激突したミノタウロスに追撃が入る。

 ラーティアは倒しきれなかったことに美しい顔を顰めたが、俺にとってはどうでも良い。

 止めを刺すべく走り出したプリムが止め役に変わっただけだ。

「っ、ファイアランス。ウインドカッター」

 なんて格好つけたのは良いが、正直一分もしんどい。

 追い詰められたミノタウロスは火事場の馬鹿力を発揮し、流すのがやっとという一撃を何度もぶつけてくる。

 攻撃を捨て、防御に徹しているとはいえ剣だけでは無理、魔法を使ってやっと。

 プリムが駆けつけてくるまでの時間が永遠にも感じられた。


「っ、はあああぁぁぁぁぁ!」

 戦闘終了。

 ラーティアの魔法で残る一体のミノタウロスが魔石となり、周囲の安全を確保した後に俺は盛大な吐息を吐く。

「想像以上だ」

 何もかも想定外。

 俺が防御しかできなかったミノタウロスはレアでも何でもなく、十一階層ならどこにでも出てくるノーマルな敵。

 なのにここまで消耗してしまった事実に歯ぎしりする。

「プリム、ラーティアありがとう、本当に助かった」

 お世辞でも何でもなく、二人がいたから俺は生き延びることが出来た。

「ん、気にしなくて良い」

「そうですわ。私からすれば当たり前のことです」

 二人の何でもないという態度が今の俺にとってはありがたい。

 しかし……

「シェイア、今日はもう帰るぞ」

 俺は項垂れているシェイアに帰還する旨を伝える。

 戦闘時、シェイアはミーアによって参加することを禁じられた。

 戦いが始まるとシェイアの硬直は解け、俺と変わろうとしたっぽいがミーアが許可しなかった。

「体が硬い、普段の力の半分も出ちゃいない。自殺したいのならあたし達の関係ないところでやってくれ」

 シェイアが反発せず、素直に従ったのは心を折られた故か。

 ドラゴニュートという種族補正で今まで来たシェイアは初めて感じる空気--食うか食われるかの緊張感にやられてしまったようだ。

「プリム、ラーティア。俺とミーア、シェイアは帰還するがどうする?」

 別に残って戦っても構わないと言外に伝えたが、意外にも二人は俺たちと共に帰ることを望む。

「この空気は酷く疲れる」

「ええ、私もちょっとごめんですわ」

 よくよく二人を観察すれば、軽く汗をかいているように見える。

 十階層までは何戦でも涼しい顔をしていたのに、十一階層では一戦だけで気力が大きく削られた。

「あんたらにしては賢明な選択じゃないかい、問題児ども」

 煩いな、ミーア。

 人の話を聞かないアウトローにいるからこそ危機察知能力は高くなるんだよ。

 と、それを口に出してしまうと何となく負けた気がするので、ミーアの憎まれ口を無視することにした。


 そして宿に戻った俺達。

 プリムとラーティアは早々に部屋へ戻り、ミーアも報告のためかこの場にいない。

 必然的に俺とシェイアの二人で食事を取ることになった。

「今回は俺が出す。だから遠慮せずに食え」

「……」

 俺がそう促してもシェイアは酒をチビチビとやるのみ。

 いつもなら豪快にいくはずのシェイアなのだが、さすがに今回の出来事は堪えたようだ。

「はあ」

 俺としてはシェイアが何か言うのを期待していたが、この状況では望み薄か。

 そう判断した俺は溜息を一つ吐いた後、口を開けることにした。

「なあシェイア。お前が硬直したことは決して恥じることではないぞ」

「……」

「大多数の者は己の命が大切だ。その大切な命を失うかもしれない場所に足を踏み出せるほうがおかしいんだ」

 俺達は基本生きている以上、この世に二つとない命を大切にするのは当然のこと。

 それを恥と思うことは先人を侮辱することにつながる。

 どんなに笑われようとも、泥水を啜ろうとも必死に生きていたから俺達が存在しているんだ。

「でも、ボク以外全員普段通り動けていた」

「少なくとも俺は命よりも未知へ挑む好奇心の方が大きいからな」

 そうだからこそ俺は村長の次男坊という立場がありながら子供達と共に危険な森を探索し、そして大失敗しても懲りずに単身にここに来た。

「俺の兄には絶対に出来ないだろうな」

 クククと俺は喉を鳴らす。

 俺の兄は大多数の人間で、己の命を第一に考えている者だ。

 将来が安泰なのに危険な森に入る俺の気持ちなど兄は絶対に理解できないだろうなと断言できる。

「プリムの場合、彼女はドワーフの異端で、戦うことしか価値が見いだせないのがある」

「え? そうなの?」

「そうだ。プリムをよく観察すれば世間一般のドワーフと大きく外れていることが分かる」

 ドワーフは火と土の魔法と相性が良く、力持ちで手先が器用なのが一般的認知。

「プリムは全能力を腕力に振り分けたのかと思う程偏っている」

 まずプリムは魔法が全く使えない、手先もお世辞にも器用とはいえず、親父から職場を出禁にされたぐらい酷い。

 小さい頃から散々苛められた結果、自分の存在に自信を持てなくなり、あのように歪んでしまった。

「プリムにとって唯一のアイデンティティーは腕力のみ。その腕力を発揮できるのなら自分の命なんてどうでも良いとすら考えている」

 だからこそ簡単に命を捨てるような選択をするんだけどな。

「ラーティアは?」

「あいつはなぁ……俺も詳しくないから推測になるが」

 と、いうかあいつ、本当に俺の存在を認識しているのか?

 そこから疑ってしまう程ラーティアは唯我独尊である。

「ラーティアは誇り高く美しいエルフであることを自信を持ち、そして自分はそれをどのエルフよりも体現していると信じて疑っていない」

 自分に自信を全く持っていないプリムと全くの逆である。

「そうであるからこそ、自分が信じるエルフ像と外れてしまうのなら命なんていらない、死んでも良いと思っている」

 あの場面で怖気づき、お荷物になることは高慢なラーティアにとっては死を選ぶほどの屈辱だろう。

 そのような癖のあるプライド良い方向に働き、あの場では問題なく動けた。

「だからシェイア。お前が怖気づいたことを恥じる必要は何処にもないぞ?」

 あの場で動けたプリムやラーティアを見習う必要はない、というか見習っては駄目だ。

「お前はミーアのように時間をかけて克服していったらよい」

「ミーアが?」

「ああ、ミーアも最初は一階層なのに恐怖で動けなくなったらしい。けれど積み重なった年月がその恐怖を克服し、今では問題なく動ける」

 それが正攻法なんだけどな。

 実戦練習による反復訓練によって耐性を身に付ける。

 練習すれば大抵のことは何とか出来るのは古今東西共通していた。

「うーん……ありがとう」

 シェイアは薄く笑う。

 どうやら今までの説得はシェイアの琴線に触れることはなかったようだ。

 このままだとシェイアは近い将来パーティーを抜ける。

 そうなると俺の立てていたプランが大幅な変更を強いられてしまう。

 考えたくもない問題ゆえ、俺は無意識的にポツリと呟いた。

「--エースになるシェイアが抜けるのは痛いな」

「……エース?」

 シェイアの眉が動く。

 どうやら興味のある話題のようだ。

「ああ。俺達のパーティーにおいて間違いなくエースはシェイアだ」

 シェイアは腕力もあるし防御力も高く魔法も使え、機動力も高いなど高いレベルでバランスが取れている。

「今はまだ経験不足だが、それさえ解消されればシェイアは誰が何を言おうとエースだ」

 この四人の中で生存確率が高いのはシェイア。

 言い換えればシェイア一人で何でもできた。

「そっか、ボクはエースだったんだ。だったらいじけても仕方ないよね」

 先ほどまでのよどんだ表情が嘘のように晴れやかな顔で笑う。

「ごめんねジグリット。格好悪い所見せちゃったね。けど、もう大丈夫。このパーティーのエースとして挽回して見せるから」

 どうやらシェイアは自尊心をくすぐられるのに弱いらしい。

 先ほどまでの様子などきれいさっぱり吹き飛んでいた。


「--と、いうわけで皆ごめんよ。もう大丈夫だから」

 そして次の日。

 シェイアは開口一番皆に頭を下げる。

 態度は殊勝なのだが、言葉の端々に自分が一番なんだという強い気持ちが滲み出ている。

 プリムはともかくラーティアの機嫌を損ねないかと俺は懸念したが、全員シェイアの言葉を受け取る。

 ある種の肩透かしを感じた俺である。

「プリムは大丈夫か?」

 何か気持ちを隠し持っていないかを知るために俺がそう尋ねると。

「別に、どうでも良い」

 プリムは無表情でそう呟く。

 シェイアが何をどう思おうがプリムは興味がないらしい。

「まあ、プリムがそれで良いなら俺は何も言わないが……ラーティアはどうだ?」

 俺としてはラーティアの方が心配だった。

「私もプリムと同じく何も思いませんが」

 ラーティアは小奇麗な顔を傾けてそう述べてくる。

「そうか? シェイアは自分が一番でエースだと宣言しているぞ」

 プライドの高いラーティアはそれを是認するのかと尋ねると、何故か彼女はわざとらしくため息を吐く。

「はあ……ジグリットさん。誇り高きエルフである私がどうして一番争いに参加しなければならないのですか」

 ラーティアは右手を伸ばして頭上に掲げるポーズを取る。

「そんな一番や二番といった変化しゆく概念にエルフを位置づけること自体が間違っているのです。エルフは至高の存在であり絶対--ゆえにシェイアがエースだろうが一番だろうが関係がないのです」

 つまり何がどうなろうがラーティアはラーティアだから問題ないと言いたいのだな。

 理解に多大な忍耐と読解力が求められるのは不問としよう。

 そして、最後に残ったのはミーア。

 三人が先を歩いており、漏れ聞こえる恐れがないので言いたいことを言わせてもらう。

「おいミーア。何故昨日すぐに行方をくらました? おかげで大変だったんだぞ」

 あの後、気が付けばミーアの姿は消えていた。

 落ち込んだシェイアを慰めるのに俺はミーアの力をあてにしていたので当時は相当焦っていた。

「こういう時こそ年長者の出番だろうが」

 オルフェイアのベテラン冒険者としてシェイアのためになるアドバイスがあったはずだ。

 するとミーアは小憎たらしそうに鼻を鳴らして。

「ふん。私と二人きりなら間違いなくシェイアは故郷に戻っていたよ」

 元々若い俺達が冒険者になることを快く思っていないミーアならそうなる可能性がある。

 しかし。

「それがシェイアにとって最良の選択かもしれなかった--何せ俺達とは根本的に違うのだから」

 何が違うのか。

 それは命の価値をどう考えているかだ。

 俺やプリム、ラーティアが命より大事なものがあると考えているグループなら、ミーアやシェイアは命より大事なものはないと考えているグループ。

 別に俺はメンバーが前者でなければならないと考えているわけではない。

 ただ、シェイアを見ているとどうしても昔に、森の主と遭遇し、命を散らした子供のことが頭によぎってしまうのだ。

「……てぃ!」

「あたっ!?」

 頭部に強い衝撃が走った俺は目の前に火花が散る。

「おおお……」

 油断していた分、俺は頭を抱えて蹲った。

「ジグリット、あんたは何歳だい?」

「いつつ、十五のままだが?」

 一ヶ月で何年も年を取る特殊な種族ではないぞ。

「そう、十五だ。あたしの三分の一も生きちゃいないのに、何を悟ったかのように囀っているのか」

「う……」

 ミーアの言う通り、俺はまだ世間的に尻の青いガキだ。

 何十年も冒険者としてやってきたミーアから見れば、変なことを抜かしているようにしか見えないのだろう。

 そう思うのは自由だが。

「俺は結構本気で考えているんだぞ?」

 俺は低い声でうなる。

 あの出来事やシェイアに対する想いをそんな扱いされるわけにはいかない。

「本気で考えるのは結構。だけどね、暗い顔をして出した結論なんてロクなもんじゃないよ」

 ミーアは俺の怒気などまるで感じないとばかりな態度を取る。

「今のあんたとパーティーにはシェイアが必要。それでいいんじゃないかい?」

 確かにミーアの言う通りだ。

 シェイアの能力は間違いなくパーティーの主力になるに相応しいし、何よりシェイアがいるとパーティー内の空気が明るくなるのだ。

 俺達にはシェイアが必要、その事実を再認識する。

「大分マシな顔になってきたね」

 ミーアが満足そうに頷く。

「今更だけどさ。どうしてシェイアを故郷に帰らせなかったのか。あの状態で帰っても遅かれ早かれシェイアはオルフェイアにリベンジに来るよ。しかしその時私達がいる保証はない、だったら引き留めてあげるのが正しいのさ」

 ミーアの経験から来る考えを俺は納得できない。

 そんな俺にミーアは俺の頭にポンと手を置いて。

「今すぐ納得しなくてもいいさ。むしろ三十年、四十年と年月が経ってようやく納得するということの方が多いのが現実。焦らなくて良い、あんたは立派にパーティーリーダーをやっているよ」

 珍しくミーアが手放しで俺を褒めてくる。

 全く、この時でなければ俺は不敵に笑うなり皮肉の一つや二つ叩いたものを。

 どうしてもできない心境だった俺は早足で先を行く三人へと向かった。


 そして俺達は十一階層へ進む。

「ふふーん、ついに来たよ。目指せ、汚名返上!」

 シェイアがいつになくやる気なのが印象的だ。

「開幕直前一撃死は止めてくれよ」

 もしそれで死んだらシェイアのことを至上稀に見る馬鹿として記憶に留めておくだろう。

「うっわー、それは嫌だなあ」

 シェイアが焦げたパンを食べたような顔をする。

「別によろしいのでは? むしろそれがドラゴニュートという種族でしょう?」

「ラーティア、冗談でも止めろ」

 ラーティアが笑顔でとんでもないことを口走る。

「……ジグリット、戦闘中に味方の攻撃で死んでもそれは自己責任だよね?」

「だから止めろと」

 シェイアの細い眉がぴくぴくと痙攣し始めたので俺は溜息を吐いた後仲裁した。

「全く、お前らはもう少しプリムを見習わ……なくても良いか」

 一連の騒ぎに全く加わらなかったプリムを引き合いに出そうとしたが直前で止める。

 こいつの辞書にコミュニケーションと空気を読むという言葉がないのを思い出したからだ。

「ジグリット、そこで止められると私が悪い見本になってしまう」

「そう思うのなら少しは自分の行動を振り返ってくれると嬉しいのだがな」

 プリムが人形のような顔に僅かな不満を宿らせたので俺は軽く手を振って躱す。

 プリムに常識を解いても時間の無駄だからな。

「むう、ジグリット」

「嬉しいお知らせだプリム。前方に三体のミノタウロス……だからちょっと待てと」

 敵と聞いた瞬間瞳を輝かせて走り出そうとしたプリムを俺は髪を掴んで止める。

「痛い」

 プリムの言葉は無視、時間がない。

「基本は先日と同じ。プリムとラーティアで確実に一体仕留めろ。残る二体は俺とシェイアが引き付ける」

 俺は口調こそ平坦だが内心では焦っていた。

 もしシェイアが動けなかった場合、俺かプリムでもう一体相手にしなければならないという危険な状況に陥ってしまう。

 未知に挑む以上、危険に陥ることも命を落とすことも覚悟していた俺だが、だからといって不必要な危険や死はご免被りたかった。

「よーし、ようやく出番だぁ!」

 待ってましたと言わんばかりのシェイアの雄叫び。

 それを聞いた俺は多少不安が和らいだ。

「ボクはエース! エースは退かないし、率先して前に進むんだ!」

 そう自分を鼓舞しながら眼前の一体に突撃していくシェイア。

「おいおい、焦りすぎだ」

 このままだとシェイアは三体全てを相手しなければならない。

 囲まれる危険を避けるため、俺はプリムと並列してシェイアの救援に向かう。

「ファイアランス!」

 短縮詠唱を発動、一体のミノタウロスの注意を引き付ける。

「やああああああ!」

 そして一体はプリムの渾身の一撃によって吹き飛んだ。

 これでミノタウロスは完全にばらけた。

 後はプリムとラーティアの救援を待つのみ。

「さあ、今回は少しマシだぞ」

 前回は俺は受けるのが精一杯だった。

 今回は攻撃も行いたい。

「グルルルル……」

 ミノタウロスの金色の瞳が細まり、こん棒を握る右手に力が籠る。

 俺は無意識的につばをごくりと飲み込んだ。

「ジグリット、待たせた」

「いや、丁度良い」

 結果から言うと俺はまたしても受けにまわざるを得なかった。

 前回より少しでも進歩したいと俺は残念に思ったが、ダンジョン内とはいえ昨日今日で突然強くなれるはずがない。

 まあ、息を切らさずに済んだからこれで良しとしようか。

「我は願う、風の神シルフ、全てを切り裂く風を、ウインドカッター」

 ラーティアが発動したカマイタチで全身を切り刻まれ、魔石と化したミノタウロスを見ながらそう思った。

 さて、残るはシェイアのみ。

「待て、プリム」

「あう」

 シェイアに加勢しようとしていたプリムを俺は止める。

「あんたも黙って見てなよ」

「デミヒューマンは相変わらず酷いですわね」

 その横では空気を呼んだミーアがラーティアを止めていた。

「シェイアはエースだ。単体でやれなければ納得しないだろう」

 今、シェイアは必死でミノタウロスと戦っている。

「ふふん、もうこれで限界かい?」

 そう軽口を叩くものの、シェイアの顔は汗びっしょり、やせ我慢していることは明白だ。

 本来、シェイアの性格ならここまで自分を追い込まない。

 飄々とつかみどころのない、小ばかにした態度で接するのが基本のシェイア。

 しかし、今はその基本をかなぐり捨て、むき出しの闘志をさらけ出して戦っていた。

 これはシェイアがエースになるための儀式。

 パーティーの誰よりも自分が一番強いと皆と自身に知らしめるために避けては通れない道。

 互いの命を削り合う死闘にシェイアは挑んでいた。

「っつあ!」

 結末は一瞬で訪れる。

 シェイアの振り下ろした巨剣がミノタウロスの目算を誤り、こん棒が頭部へめり込む。

 それが致命傷になったのか、次の瞬間ミノタウロスは無数の粒子へと変化して後には魔石が残った。

「ハハハ……ボクとしては呆気ない、不満の残る結末だね」

 そう軽口を叩く割には膝が笑ってるな。

「こんな雑魚に劇的な結末など勿体ないだろうが」

 俺は労いの意味を込めてシェイアの肩を叩く。

「ああ、確かにジグリットの言う通りかもねえ」

 顔にべっとりと付着した汗の含んだシェイア自慢の赤髪。

「ほら、これで拭きなよ」

 絶妙のタイミングでミーアはリュックから手拭いを取り出して渡した。

「おお、気が利くねえ」

 段々調子を取り戻したのかシェイアは大仰な仕草でそう述べる。

 一皮むけたシェイアとそれを祝福する俺とミーア。

 それだけなら美しいパーティーとなったのだが。

「私なら一分で終わらせた」

「無駄に格好つけて無駄に死闘……どこに感動する要素があります?」

 プリムとラーティアがパーティを割りかねない危険な発言をしたのだが、幸運なことにシェイアの耳にはとどなかった。

 しかし、俺とミーアにはばっちりと聞こえたので。

「ジグリット、痛い」

「で、ですから薄汚いデミヒューマンがエルフの私に触れるなと!」

 俺とミーアは仲良く二人にアイアンクローをかました。


 その後、回復したシェイアを引き連れ、もう少し十一階層の探索を行う。

 パワー自慢のミノタウロスの他に魔法を使える種類もいるオークや巨体のサイクロプスも出くわしたが、誰一人死ぬことなく戦闘を終えられた。

「ま、相性の問題さね」

 ミーア曰く、壁役が少ない俺達は力押ししてくる魔物には弱いが、搦め手が得意な敵には優位に戦闘を進めることが出来るらしい。

「正攻法には弱いが、その分邪道には滅法強い……問題児が集まったパーティーらしいよ」

「煩いな」

 全くその通りなので俺はそうケチをつけるしかなかった。

「かんぱーい」

「「「「かんぱい」」」」

 探索終了、俺達はリーリアの酒場にて祝勝会を行う。

「いやー、今日の酒はまた一段と上手いねえ」

 シェイアが上機嫌で叫ぶ通り、本日の主役はシェイア。

 一皮むけたシェイアに対するささやかなお祝いという意味合いも込められていた。


 第六章


 いっぱしの冒険者とされる十一階層進出から一ヶ月が過ぎた。

 その間、俺達パーティーは順調に攻略が進んでいる。

 傍から見れば俺達はトントン拍子で進んでいるように見えるだろう。

 事実、最近見知らぬ冒険者から声をかけられるようになっていた。

 プリムもラーティアもシェイアも自分達が有名になっていくのは満更でもない様子だ。

「さて、皆。報酬に異存はないか? ないのならこのまま解散」

「「「解散」」」

 今日も無事にダンジョン探索が終わる。

 明日もまたダンジョンに潜ることを確認し合った俺達は夕食を取った後、自然解散となる。

 夜も更けた時間帯、ランプに火をつけた俺は今日起こった出来事を整理。

 魔物の強さ、遭遇場所、ヒヤッとしたこと、上手くいったこと等々、挙げればきりがない。

 しかし、それでも俺はやらねばならなかった。

「でないと俺がパーティーにいる資格がない」

 そう、実力から見ると、パーティー内で最も劣っているのは俺だ。

 プリムもシェイアもミノタウロスを複数相手に出来るのに、いまだ俺だけがミノタウロス一体を引き付けるのがやっとという現状。

 もちろん俺も成長しているが、それでも三人の成長速度に及んでいなかった。

「まあ、そこは恨んでも仕方ない。覚悟してきたことだからな」

 井の中の蛙、大海を知らず。

 お山の大将でいたいのならナラス村を出るべきではなかった。

 なのにここオルフェイアに来たということは己の小ささを知っても構わないという意思表示に等しい。

 そしてその結果、俺より才能がある三人と比べられたのだから、感謝こそすれ恨む道理はなかった。

「だからこそ俺は勉強しなければ」

 あの三人から見れば俺など凡人と五十歩百歩の存在。

 そこを認めた上でどうするか。

「才能で足りない部分は努力で補うしかない」

 知識や知恵は才能よりも努力で得られる比重が大きい。

 薬屋の婆さんのその言葉を、俺はこの時ほど噛み締めたことはなかった。

 コンコンコン。

「ん? いるぞ?」

 ノック音が聞こえたので俺は顔を上げて声を出す。

「……入るよ」

 すると間も置かず、ピンク色の髪を持つ小柄なプリムが部屋へと入ってきた。

「綺麗な部屋」

 トコトコと歩いてきたプリムはベッドの端に腰かける。

 来客なんぞ一度も来なかったから失念していたが、よく考えると訪問者をベッドに座らせるのは失礼だ。

「悪い、明日には用意しておく」

 もう一脚椅子を置くべきだったと俺は後悔した。

「いや、良い。ここの方が座りやすい」

 そう述べたプリムは軽く体を揺らした後、後方に倒れる。

 ぽふっと可愛らしい音がベッドから聞こえた。

 異性がベッドにあおむけで横になっている。

 世間一般の常識では合意と取られる光景だ。

 まあ、襲わないけどな。

 プリムとはナラス村にいた時からの付き合いのせいか、男女の感情よりも友情の方が先立つ。

 それに、俺はプリムの十歳前後という幼い外見に興奮する性質などなかった。

「襲わないの?」

「誰が襲うか。それに俺でなくお前が襲う方だろうが」

 プリムの言葉に俺はそう返す。

 現実として怪力お化けのプリムが俺を本気で抱きしめれば、俺の肋骨は殆どすべて折れてしまう。

 ちっとも残念そうに聞こえない平坦な抑揚でプリムはそう呟いた。

「で、何の用だ?」

 俺は再びペンを取って下に目を落とす。

 プリムとの応答は情報整理のついでで可能と思ったからだ。

「ジグリット、最近深刻そうな顔をしていたから」

「……」

 驚いた。

 あのイノシシ娘が俺のことを観察していた事実に。

「もしかしたらパーティーを抜けるんじゃないかって」

「そうか、心配させて悪かったな」

 リーダーたる俺がパーティーに不安を与えてしまっていたとは。

 これでは失格だな、改善しなければ。

「なに、己の力量というのを思い知らされることが多くてね」

 十一階層に進出してから薄々考えていたことだ。

 三人のハイペースに俺が遅れ気味だということを。

「俺はダンジョンが好きだ。しかし、無謀な冒険をしようとは思わない」

 単独で森の主に挑むなど自殺行為に定評のある俺だが、自殺は趣味じゃない。

 無為に命をダンジョンに投げ捨てる考えは毛頭なかった。

「私はジグリットについていく」

 淡々と、いつもの調子でプリムは述べる。

「他のメンバーがジグリットに不満を持ち、別れようとも私はジグリットのパーティーでありたい」

 嬉しいことを言ってくれる。

 思わず目頭を押さえる俺。

 振り返ればプリムとはナラス村からの付き合いだ。

 なんだかんだ言っても、最終的に頼りになるのは同郷の者だということを俺は強く噛み締める。

「ありがとうな、プリム」

 俺は立ち上がり、プリムの隣に腰を下ろす。

「お前が付いてきてくれるなら俺は大丈夫だ」

 俺の力量はこのオルフェイアで痛感した。

 いくら無限に成長できるダンジョンがあるといっても、ひ弱なヒューマンである俺一人だとダンジョン最深部に潜る前に寿命が来てしまうだろう。

 だが、プリムがいるなら。

 俺が渇望してやまない力を持っているプリムがいる限り。

「俺の冒険は終わらないぞ」

 俺はそう呟いた後、感謝を込めてプリムの頭を撫でる。

「頭を撫でられるのは久しぶり」

 プリムは抵抗せず、逆に目を瞑って俺の成すがままに任せてきた。



 第七章


「中々の成果だったな」

 俺は今回の十六階層での成果を思い出す。

 プリムから励ましを受けた俺は考え方を少し変えた。

 出来ないものは出来ないとあきらめ、出来ることだけをやる。

 止めを刺すのが無理なら逃げに徹して魔物を引き付けることに決める。

 贔屓目に見ても俺は観察眼に優れているので、二、三体なら問題なく注目を集めることが出来た。

「あたしはお勧めしないよ。攻撃を喰らったら即お陀仏じゃないかい」

「ハハハ、その通りだ」

 欠点は躱す一発一発が致命傷であるということか。

「だから早く成長しないとな」

 そう遠くない未来に二十階層の先に足を踏み入れるんだ。

 なのに今の紙装甲じゃ話にならない。

 せめて三発は持たせたいなと思うし、何よりも。

「早くヒーラーが欲しい」

 俺のようについでではなく、専門のヒーラーを俺は何よりも渇望していた。

「あんた達のパーティーに入りたいという奇特なヒーラーはいるのかいねえ?」

 ボソッとミーアが何かを呟いた気がするが、気のせいだということにしておこう。

「それじゃあ、今日は帰るぞ」

 俺は良い気分のまま、十五階層への階段を登り始めた。

「……ミーア」

 十五階層に辿り着いた時、俺はその階層から漂う匂いに足を止めてしまう。

 全身を震わせる恐怖感が九割と、大いなる存在と対面するような一種の恍惚感が一割という割合。

 ああ、これは死の香りだ。

 森の主に遭遇する直前に似た香りを嗅いだ記憶があった。

「その勘は間違っちゃいないよ」

 確認のためミーアに視線を送ると、彼女は茶化さず真剣な顔で肯定する。

「ん~? どうしたの?」

 何も勘づいていないシェイアがそんな能天気な様子で尋ねてくる。

 シェイア程鈍感だったら胃に穴が開くことはなさそうだなと思う。

「今から俺達は全速力で上へと向かう。遭遇する魔物とは極力戦うな、とにかく一目散に十四階層へ登れ」

「それが賢明だね」

 ミーアは一つ頷いた。

「行くぞ!」

 そして俺達は走り始めた。


「よし、大物を仕留めた」

 俺は血を流し絶命した鹿を目の前に拳を握る。

「ライア、コース、ユンドにタール。お前ら四人がこの鹿を担げ」

 俺が後方に控えていた仲間にそう命令を下すと。

「げ、マジですか」

「わーい、今日はお肉だ」

「はいはい、分かりましたよ」

「今日は何も持たなくて良いと思ったのに」

 四人は口々にそう言いながらも鹿へと近づく。

「今日は幸運な日だ」

 俺は鼻歌を歌う。

 鹿だけではない、野兎数匹に食べられる木の実や草、そして薬屋の婆さんが買い取ってくれそうな薬草の群れも見つけられたのだ。

 今日一日の成果はここ十日に匹敵する過去最高の出来だ。

「さて、俺としてはもう少し粘りたいところだが」

 俺はそう前置きする。

「もう手ぶらの仲間がいないから無理だ」

 十数人全員が何かを持っている状態。

 これ以上仕留めても持って帰ることが出来なかった。

「……私は何も持っていない」

 隣でプリムが抗議の意味を込めて呟いたが、俺は軽く頭をなでて反論を封じる。

 このパーティーの中で最強の攻撃力を持つプリムに荷物持ちをさせるなど愚の骨頂だろうが。

「よし、ではかえる--」

 ズシン。

 地鳴りのような音が響き、周囲の鳥が一斉にはばたく。

 --この感覚は一体なんだ?

 まるで全身に氷水を流し込まれたかのように体の自由が消える。

「あ、あ、あ……」

 ライアが震える声で俺の後方を指差す。

 気づいてはいた。

 しかし、その現実を認めたくはなかった。

 浮ついた空気を一変させ、恐怖の時間へと塗り替えた存在を俺は認めない。

 しかし、確認しなければならない。

 パーティーのリーダーとして現状を正しく認識しなければならない。

 俺はありったけの勇気を振り絞って後方に視線をやる。

「森の主だ!!」

「全員逃げろ!!」

 一体誰が森の主だと叫んだのだろう。

 そのことを一瞬だけ考えたがすぐに逃走の思考に塗り潰される。

 その日、俺達は森の主と遭遇し、ライア達半分以上が死亡・行方不明という大事件が起こった。


 あの日、俺は誓った。

 半数以上も死者・行方不明者を出したのは俺の責任だ。

 あの時、的確な判断を下していれば被害はもっと少なかったはずだ。

 俺は二度と間違えない。

 そう、だから。

「振り返るな! 早く上に進め!」

「グアアアアアア!」

 途中で遭遇してしまった、ミノタウロスの皮を被った何かの一撃を全力で受け止めた俺はそう叫ぶ。

「悪いが、しばらく俺と付き合ってくれ」

 犠牲は少ない方が良い。

 そして、その犠牲は真っ先に俺がなるべきだろう。

「さあ、こい!」

 人の言葉が通じるのか、俺がそう叫ぶと同時に目の前の怪物が笑った気配がする。

 が、それ以上の考察を行う前に俺は次の攻撃で吹っ飛ばされてしまった。

 一瞬の浮遊感、後の衝撃。

「ぐ、おお……」

 凹凸のない平らな壁であったことが幸いする。

 おかげで串刺しになることを防げた。

 しかし、背中を強く打ち付けた俺は肺の中の空気を全て吐き出してしまいダメージは甚大だ。

 もしこの間に追撃に入られれば俺の命は呆気なく終わっていただろう。

 追撃がなかったことは幸運ではない。

「……敵」

「世話が焼けますね」

「エースのボクを忘れるなぁ!」

 プリム、ラーティアそしてシェイアが間に割って入ったからだ。

「ゴフ……お前ら、何を……」

 口の中に広がった血を吐き出した俺は胸に手を当てて回復魔法を唱える。

 すぐに回復しないことから、受けたダメージが甚大だったことを悟る俺。

 激しく咳き込む俺の前に立ったのはベテラン冒険者のミーアだった。

「--あんたは良いリーダーだね」

 ミーアはまるで酒場で話すかのように平穏な表情。

「ほら、見な。アルマきっての自分勝手な問題人物達が必死に戦っている--凄いよ、ジグリットは」

 仲間を死地に連れて行くことの何が凄いのか。

 プリムもラーティアもシェイアも性格に難があるものの、実力は同期ではトップクラスの天才達。

 しかし、その天才達でさえあの化け物には届かない。

「う……」

 プリムは防御だけで精一杯となり。

「っ、この叫びは厄介ですね」

 ラーティアは化け物の雄叫びに耐えられず、呪文詠唱を中断させられ。

「んもう、何この硬さは!?」

 シェイアの一撃は全く効いていなかった。

 もちろん言い分はある。

 これまでの戦闘でプリムは防戦一方になることはなかった。

 ラーティアは呪文詠唱を中断させられるほど強い魔物に出会わなかった。

 そしてシェイアはドラゴニュートの力をもってしても届かない敵に出会わなかった。

「どうして……こんな時に」

 俺は知らず歯ぎしりしてしまう。

 これまで潜在化していた俺達の弱点が最悪の場面で現れてしまった。

「で? どうするんだい? このまま黙って見守っているつもりかい?」

「っ」

 そんなことは言われなくても分かっている。

 が、俺が何を言ってもあいつらは逃げないだろう。

「また……俺は繰り返すのか?」

 森の主に出くわした時、俺は仲間を囮に使って生き延びた。

 それを防ぐために俺は修行し、森の主を倒せるほど強くなったはずなのに。

 俺はあの時とほとんど変わっていないように思えて仕方なかった。

「--違う」

 あの時とは違う。

 あれだけの犠牲を出しながらほとんど変わっていないなど、誰が許しても俺が許さない。

 そう、違うんだ。

「シェイア!」

「うん!?」

 俺がシェイアの名前を呼ぶと同時に化け物へ斬りかかる。

 非力な部類に入る俺だが、体重を乗せた全力の一撃は化け物の注意を引き付けるだけの威力はあった。

「一度離れろ! お前が最後の一撃を決める! その瞬間まで力を溜めておけ」

「うん、オッケー。やはりエースがとどめだよね」

 シェイアは良い具合に誤解して受け止める。

 その時が来ればベストだが、物事は大抵うまく運ばない。

 この中で誰か一人生かせられるとすればシェイアだ。

 彼女はまだまだその才を開花させ切っていない。

 死なせるにはあまりに惜しかったし、何より以前殺意を当てられ心を折られかけた普通のシェイアを家族の元に帰らせてあげたかった。

「ラーティア! 賢く気高いエルフに恥じない行動を取れ!」

「あらあら、それは今まで変わっていないのではありませんか?」

 息を整えながらそう強がるラーティアだが、実際の行動は賢いと言い難い。

 ラーティア自身の思い通りにならず、むきになっていた印象が否めなかったのでクールダウンさせる必要があった。

「そうだな、好きなように行動しろ、今まで通りに」

 賢いラーティアだ。

 俺の行動が、一人でも多く生き延びて欲しいがためだと察しただろう。

 撤退の判断は任せられる。

 そして最後にプリム。

 俺が戦線に加わったので若干の余裕が生まれていた。

「なに……?」

 滝のように汗が流れ、肩で息をしているプリム。

 俺が入らなければ限界だったろうな。

 適うものならプリムもラーティア達二人と同じく生存の道を示したい。

 その感情が一瞬俺の口を詰まらせるが、次の瞬間には死んでいる可能性がある戦闘中に逡巡など許されないだろう。

 だから、言う。

「死んでくれ、俺と一緒に」

 シェイアとラーティア、そしてミーアを死地から脱出させるため、誰かがそこで踏ん張らなければならない。

 悲しいことに俺一人では足りない、プリムも含めなければならなかった。

「言いたいことがあるならいくらでも言え。お前にはその権利がある」

 生きて帰るのが絶望的な状況なのに俺は何を言っているんだと自嘲する気持ちはある。

 しかし、それしか言える言葉がない。

 謝るのは侮辱になるし、励ますのは失礼だ。

 俺はプリムが何を言うか、化け物の攻撃を受け流しながら待つ。

「……その命令を待っていた」

 なんと驚くべきことにプリムは笑っていた。

「あの時、私はこうするべきだった、そしてジグリットはそう言うべきだった」

 思い返すは森の主に遭遇してしまった時のこと。

 俺はあの時、プリムを含めた全員に逃げろと命令したのだ。

「これが正しい選択」

 プリムは戦斧を振るう、先ほどより力が籠っている。

「間違いは今、正される」

「俺の選択が間違っていたか……」

 知らずクツクツとのどを鳴らす。

 好きなことを言えと言ったのは事実だが、そこを糾弾されると心がざわつく。

「プリムは間違いかと思っているが、俺は何度でもこう言おう」

 例え世界中が、俺自身が間違いだと知っていても、俺はこう言わなければならない。

「あの時はあれが正しかった」

 そうでなければ、死んでいった仲間が浮かばれないだろう。

「グルルルルルル!」

 俺がそう言い切ると同時に化け物が、まるで自分を忘れるなとばかりに唸る。

「忘れているわけではなかったのだがな」

 俺は首を鳴らす。

 首どころか全身が悲鳴を上げているのだが、俺はそれらを隠して笑う。

「せめて一太刀浴びせたいね」

 腕を斬り落とせば冥土への土産になるかもしれないなと考えた。

 一、二分持てば良い方かな。

 ラーティアの魔法が使えたら、もしかするとと考えるが、仮定の話をしても仕方ないと頭を振る。

 現実から判断しなければ。

「グアアアアアア!!」

 休憩は終わりとばかりに、化け物が耳障りな音で吠える。

 なるほど、これでは魔法が中断されるのも頷けるな。

 そして化け物が足を一歩踏み出す。

 --その瞬間、何が起こったのか俺も分からなかった。

「エースは危険を冒すもの!」

 そんな切羽詰まった声が聞こえたと同時に何かが弾丸のように飛び出し、正確に化け物の喉笛を突き刺した。

「グオ!? が……ガハ!?」

 全員が、化け物さえも戸惑いの、血が混じった声を上げる。

 シェイアの持つバカでかい剣の先から血が伝っていく。

 シェイアの投擲した大剣は正確に化け物の喉を貫いていた。

「え? 決まったの?」

 値千金の功績を成し遂げたシェイア自身が投擲のポーズのまま呟く。

「さすがエース! シェイア!」

 俺は地面を蹴り、一目散に走って突き刺さっている剣の柄を握った。

「後は任せろ!」

 引き抜く際、軽く捩って追加ダメージを与えておくのも忘れない。

 信じがたいが、シェイアの突発的な行動によって勝つ未来が見えてきた。

「ラーティア、お前が頼りだ!」

「言われなくても分かっています」

 すぐにラーティアは魔法の詠唱を始める。

「プリム、ここが正念場だ!」

「うん、分かってる」

 ラーティアの魔法が化け物の息の根を止めるのが先か、それとも俺達が先に死ぬかの勝負。

 こちらは一発でも入れられたら終わるのに、向こうは何十発だろうが耐えられる。

 分はまだまだ悪い。

 なのに俺の脳裏には勝つ未来しか見えなかった。


 それは現実のものとなる。

 何度ラーティアの魔法を打ち込まれただろう。

 涼やかな表情を崩さないラーティアが肩で息をし、顔面に汗をかくほど消耗してもまだ化け物は立っていた。

 まあ、立っているだけだ。

 こん棒を振るう威力はほとんどなく、俺でも受け止められるほど弱っている。

 このまま俺とプリムで止めを刺しても良いが。

「シェイア、出番だ。プリム、下がるぞ」

 突破口を開いたシェイアが締めるべきだろう。

「うん、分かった」

 口では立派にそう言うが、化け物の猛攻に晒されていた俺達は満身創痍。

 プリムでさえ大人しく引き下がった事実から限界が近いのだろう。

「よーし、後は任せてね」

 これまで戦いに加わらず、後方に控えていたシェイアは片手で大剣を振り回すほどピンピンしている。

「気を付けろよ、手負いの獣ほど厄介なものはない」

 向こうの方が格上だということを忘れるなと俺は念を押す。

「りょーかい、死んだらごめんね」

 シェイアはカラカラと笑う。

 ……何度も思うがシェイアは経験が圧倒的に不足しているな。

 けど、だからこそ恐怖を感じず化け物の喉笛に大剣を突き立てられたわけだしから何とも言えん。

「プリム、まだ緊張を切らすなよ」

 万が一シェイアが負けたら俺達がやらなければならない。

 俺は応急処置のため、プリムの体の痣になっている部分に回復魔法をかけながらそう忠告した。

「別にいいよー、休んでても」

 こちらを向かず、手をひらひらと振るシェイア。

 ……その動作だけを見ればエースに相応しいのだが、散々休んでいたシェイアにそう言われるとイラっときてしまう。

 まあ、俺の感情は後回しにしておいて。

「ラーティア、誇り高いエルフは味方の背に魔法を打ち込まないぞ」

 唇の端をピクピクさせるラーティアを宥めることにした。


「「「「「かんぱーい」」」」」

 五人分の乾杯が酒場に響き渡る。

「いやー、今日のはまた格別だねえ、お代わり!」

 一息で全てを呑み干したシェイアがすぐに代わりのを頼む。

 ドラゴニュートという種族は酒の耐性もドワーフ並みなんだな。

 プリムも平気な顔して飲んでいるが、それは本来果実水や水で割って飲む酒だぞ。

 ストレートだと火がつく強さなのだが、二人ともエールかといわんばかりにガブガブ飲んでいた。

 本来ならここで高慢エルフの嫌味が飛んでくるのだが。

「フフフ、今日ばかりはあれもこれも空けてしまいましょう」

 ラーティアは外から持ち込んだワインを次々に飲み干していた。

 替えの利かない独創的なボトルを使用していることから、それらのワインが贈呈用であることが分かる。

 銀貨、下手すれば金貨で取引されるようなワインをラーティアは飲んでいた。

「こいつら……酒強いんだな」

 もうかなり入っているはずなのに飲むペースは一向に変わらないことに戦慄を覚える俺。

 特にラーティアが酒豪であることは意外だった。

「あんた、さっきから全然飲んでいないじゃないかい」

 酒樽からダイレクトにジョッキを埋めて飲んでいるミーアがそう振ってくる。

「もっと飲まないと駄目だよ」

 ダンっと並々と接がれたジョッキを俺の眼前に置いてきた。

「いや、俺は止めておこう」

 別段俺は酒に弱い方ではない。

 しかし、パーティーメンバー全員が酔い潰れてしまうのは不味いだろう。

 どうぞ身包み剥いで襲ってくださいと言っているようなものだ。

「ふーん、固いねえ」

 そんな俺の態度にミーアは鼻を鳴らす。

「ジグリット、最近真面目ちゃんになっていないかい?」

 出会ったばかりの奔放ぶりは何処に行ったのかと聞いてくるミーアに俺は苦笑する。

「だってこいつらと一緒にいるとなあ」

 相対的に真面目になってしまうものさ。

「けど、今回は本当に運が良かったんだよ」

 陽気な様子を一変させ、ミーアがポツリと呟く。

「あんた達が討ち取ったあのミノタウロス--本来なら大クランの精鋭が相手をする討伐対象さ」

 あれは現れて日が浅かったのでそれほど被害が広がらなかったのでまだリストに載っていなかった。

「しかし、それを俺達が討ち取り、こうして豪勢に騒げている」

 周りを見渡す。

 どのテーブルにも山盛りの料理が並べられ、酒樽が脇に置かれている。

 それらは全て俺が振る舞ったものだ。

「あいつの魔石と落とした素材が馬鹿にならないほど超高額で売れた」

 本来なら五十階層以降でドロップするほどの魔石や素材だったらしい。

 それほどの魔物を倒したことを考慮され、通常の三倍の値で買い取ってもらう。

 だからこれぐらいの規模であっても十分儲けが出た。

「--この討伐であんたらのパーティーは多少名を上げた。しばらくは注目の的だろうね」

 ここでフーッとミーアは長い溜息を吐く。

「もう十分じゃないかい?」

 ミーアは続ける。

「永く生きるコツは自分の力量を正確に把握することだよ。ジグリット程度の才能を持つ者なんてこのオルフェイアには掃いて捨てるほどいる。けれどその中であんたは力を示した、故郷で胸を張れる結果を出した以上、戻っても良いと思うがね」

「……」

「いずれあんたはこの三人に置いてかれるよ」

 そんなことは言われなくともわかっているよ。

 酒をあまり飲んでいなくて良かった。

 おかげでぐっとこらえることが出来た。

 順調にいけば俺達のパーティーはニ十階層に、そして三十階層、そしてもっと先に行けるだろう。

 ただし、それは俺の才能がプリム達と同等ならばという但し書きが付く。

 俺は弱い。

 プリム達三人に比べると嫌ってほど見せつけられる。

 遠からず、俺は三人と別れる羽目になるだろう。

 けれど、俺は。

 捨てられても俺は。

「俺はダンジョンが好きだ」

 例え歩みが遅くとも、無限に成長し、未知なる光景を見せてくれるダンジョンが好きだ。

「その時が来るまで俺はこいつらと共にいるよ」

 顔を真っ赤にしながら笑い合うプリムとラーティア、そしてシェイアの姿を捉える。

 俺の苦悩など知らんばかりに騒ぐ三人に対し、複雑な感情を抱いてしまう俺がいる。

「……そうかい」

 ミーアは寂しそうに笑う。

「残酷なようだけど、その時は近いよ」

「本当に残酷だな」

 言われなくともわかっている。

 ニ十階層。

 そこが限界だろう。

 その先に進むには俺の才能では多くの時間が必要だった。

「まあ、何度でも言うけどな」

 別に俺は有名になりたいとか、誰よりも強くなりたいとか、そのためにこのダンジョン都市オルフェイアに来たのではない。

 もっと単純で原始的な感情。

「それでも俺はダンジョンが好きだ」

 好きだから。

 その一言のために俺はここにいる。


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