表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編



 ガヤガヤとオルフェイアのメインストリートは喧噪で溢れている。

 最も多いのは俺と同じヒューマンだが、ドワーフやホビット、犬耳や猫耳、ウサギ耳といった動物の一部を持つデミヒューマンの姿もあり、初めて見かけるエルフやドラゴニュートといった存在もちらほら見かけた。

「さすがダンジョン都市オルフェイアだ」

 予想に違わない光景に俺は口元に笑みが浮かんでしまう。

 全てが新鮮で新しい。

 胸の内から湧き上がる高揚感を抑えきれない。

「ここに来たかいがあった」

 思えば俺が生まれ育った故郷は退屈の一言だった。

 故郷の大半は農家か狩人、店もなく、たまに来る行商人が店替わりという徹底ぶり。

 あそこで生涯を終えるなんて冗談じゃない。

 だから俺は村一番の強者を打ち倒し、村を出た。

 そして辿り着いたのがここ、ダンジョン都市オルフェイア。

 頼りになるのは己の腕の身という、とても魅力的な場所だった。

「ん?」

 ふとポケットに手を入れた俺の指に何かが当たる。

「ああ、そういえばこれがあったな」

 それは一通の封筒。

 村を出ていく際、村長から渡されたものだ。

 村長は、オルフェイアに着いたらここの記載されている場所に行けと念を押していた。

『オルフェイアに行くのだったらここを頼るが良い』

 で、そのような趣旨が書いてある封筒を俺は。

「ポイっとね」

 適当に破り捨てて紙くずへと変える。

「せっかく村から出たのに冗談じゃない」

 そういうしがらみが嫌だから俺はオルフェイアに来たんだ。

 ここに行ってしまえばほとんど何も変わらないだろう。

「それじゃあ、行こうか」

 手紙を捨てた分だけ軽くなった荷を背負いながら俺は一歩を踏み出した。


「ま、最初は寝床だよな」

 俺は目の前の、『リーリア』という看板を掲げている宿屋を見上げる。

 時刻は日が地平線へと沈むころ。

 土地勘も何もない場所での夜道は避けたいし、何より俺の心身は長旅によって休息を訴えていた。

「さて、明日から頑張るか」

 そう一つ呟いた俺はドアを開ける。 

 俺みたいな風体はさして珍しくないのだろう。俺が入ってもさして注目されない。

 酒を飲んでいた冒険者や動き回っている従業員が一瞥しただけで終わった。

 カウンターの奥にはうさ耳を生やしたデミヒューマンがおり、ほんわかした笑顔を浮かべている。

「申し訳ない、ここは宿屋で間違いないだろうか?」

 俺はカウンターに近づき、そう問うと。

「はい、その通りです。集団部屋なら一泊十ゴールド、個人部屋なら五十ゴールドとなっています」

「十ゴールド……大銅貨一枚か」

 確か餞別として五百ゴールド--大銅貨五十枚ほど持っている。

 個人部屋でもいけたが、最初の内に散財は不味いと判断する。

「ところで荷物は預かりか?」

「いいえ、私どもはそれらを行っていません。不安でしたら預り所への御足労をお願いします」

「分かった、ありがとう」

 俺の荷の中で最も高いものといえば腰に下げた長剣なので問題はないだろう。

 金はこれからダンジョンで手に入れるんだし。

「三日ほど泊まりたい」

「畏まりました。料金は前払い制なので三十ゴールドお願いします」

 うさ耳の店員に従い、俺はカウンターに大銅貨を三枚置く。

「部屋はここを登ってすぐ左手の大部屋です。今からお渡しします木片に描かれている記号と同じベッドが貴方のベッドになります」

「ああ、分かった」

「ちなみに食事は済まされましたか? 宿泊客は多少お安く提供しますが」

「いや、今日は止めておこう」

 とりあえずもう今日はさっさと寝たい。

 寝るだけなら持ってきた保存食と水だけで十分だ。

「それでは、失礼する」

 俺は差し出された木片を手に階段を登って行く。

 実家に比べるとくたびれた印象を受けるが、贅沢は言ってられない。

 俺は荷物をベッド下の収納場所にしまい、長剣を傍において目を閉じる。

 大分疲れていたのか、俺の意識はすぐに消えた。


 早朝、日の出と同時に俺は体を起こす。

 そして手探りで周辺を確認--良かった、長剣と財布は盗まれていない。

 少し安堵した俺は体を起こした。

 俺のいる大部屋は二段ベッドが四つ並んだ簡素な代物。

 そのうち半分程度が埋まっている。

「さて、行こうか」

 俺は一刻も早くダンジョンに向かいたかったので素早く身の世話を整えた。

 と、そこで。

「待ちな、坊主」

 ベッドの上から中年らしきしわがれた声が聞こえる。

「まだ一の鐘が鳴っていない。それより先に出れば兵士に捕まるぞ」

「……」

 信じて良いのだろうか。

 しかし、嘘を吐いてこの男に何の得がある?

 長年の習性で、深読みを始めてしまった俺の頭は答えを探す。

 すると、俺の空気を察したのか男はさらに続けて。

「礼は言葉よりも物で示せ」

 なるほど、その方が俺もありがたい。

 俺は財布から小銅貨三枚取り出してベッドの端に置く。

「後二枚でさらに情報を教えるぞ」

 二ゴールドか。

 一ゴールドでパン一個若しくは飲み物一杯ほどだが、まあ最初の無礼を償う意味も込めて更に二枚取り出す。

「礼は言わないぞ」

「ふん、構わんさ」

「おい、情報は?」

 中年はそのまま寝入りそうだったので俺は慌てて引き止める。

「ああ、そうだった。一の鐘が鳴ってもまだ食堂もダンジョンも開いていない。パーティーならともかく、ソロなら二の鐘が鳴ってから起きて十分だ」

 俺は外を見る。

 二の鐘どころか一の鐘すら聞いていない。

「まだ寝ておけ、坊主」

 ごろりと寝返りをうった中年。

「坊主ではない、俺にはちゃんとした名前がある」

 見下している感じがしたので俺はそう抗議すると。

「一週間後、まだ生きていたら名前を聞いてやるよ。坊主のようなルーキーは大抵が臆病風に吹かれるか、若しくは無謀を発揮してダンジョンの肥やしになるかどちらかだ」

 中年はもう答える気がないのだろう、いびきが響いてきた。

「……寝るか」

 こうまで言われてしまっては俺もどうしようもない。

 諦めてベッドに入る。

「悔しい」

 水を差された感じがした俺は知らずそう呟いた。

 



 ダンジョンはオルフェイアの中心にあるのだが、そこへ潜る道は一つしかない。

 正確にはそれ以外の道を潰したというのが正しいだろう。

 で、唯一の道を通る際に避けることが出来ない建物が冒険者ギルド。

 どう足掻いてもそこを通ることになっているので、冒険者ギルドは表通りに負けず劣らずの活気があった。

「よし、それでは冒険者登録をするか」

 登録者しかダンジョンに潜ることが出来ない。

 無限に強くなれるダンジョンに犯罪者を行かせれば、後々脅威になる可能性があるからだ。

 俺はずらりと並んだ受付の中から登録者用の列に並んだ。

「はい、次の方」

 手続き自体はすぐなのでさして時間をかけず、俺の番がくる。

「名前はジグリット=アルバーナだ」

 通常なら前の人と同じようにすぐさま登録できると思っていた。

 しかし、俺の時は違う。

「こちらへどうぞ」

 壮年に入りかけた、禿頭のヒューマンは俺の名前と風貌を確認するなり奥へ進むよう告げる。

「……俺は何もしていないはずだが?」

 オルフェイアにまで知られるほどの悪行など行っていない。

 しかし、進まなければ何も始まらない。

 不可解に感じながらも俺は示された先の部屋に向かう。 

「何もしていないのだがなぁ」

 俺はそうぼやきながら奥へ続くドアの扉を開けた。

 そこで待つことしばらく。

「ふうん」

 入ってきたのは猫のデミヒューマン。

 身長は俺の一つ分ほど低いが胴回りは俺の二つ分ほどある。

 足が悪いのか、右足の動作が不自然な印象を受けた。

「このクソガキめ。予想通りかい」

「いきなりクソガキとは失礼だな」

 目の前のデミヒューマンに比べれば年若いかもしれないが、もう俺は十五だぞ。

「村から託された手紙を破り捨てる輩なんぞクソガキで十分さ」

 何故知っている?

 オルフェイアに来た当初から監視していたとは考えにくい。

 そこまで俺は己惚れていない。

「数日前から通達が来てたんだよ。近々ナラス村からジグリット=アルバーナという若者がオルフェイアに来ると」

「……」

 俺が手紙を破り捨てることを見抜き、先手を打っていたとは。

 向こうの思い通りになった感じがし、知らず顰め面になる。

「ジグリットやら、あんたは大馬鹿だろう」

「いきなり馬鹿呼ばわりされる筋合いはない」

 ついでにクソガキ呼ばわりもな。

「せっかく故郷の連中があんたの身を案じて命綱を作り上げたのに、それを自ら斬る真似をして」

 大方、俺が紹介状を破り捨てたことに立腹しているのだろう。

 だがな、俺に言い分があるのだぞ。

「頼んでしてもらったわけではない。俺は俺で勝手にやる」

 それで死んだら自己責任だ。

「……」

 そう言い放つと、猫のデミヒューマンは猫のように目を細める。

 その反応は時に怒鳴り散らされるより怖い。

「あ~。まあ、中身を確認しなかったのは不味かったと思う」

 圧力に負けた俺は頬をかきながら、そんな弁解じみた言い訳をした。

「自己紹介がまだだったね。私の名はミーア=トルーク。猫のデミヒューマンだよ。そしてクラン『アルマ』の団員でもある」

 仕切り直しとばかりに両目を瞑って頭を振った猫のデミヒューマン--ミーアはそう述べる。

 恰幅の良い猫のデミヒューマンはミーアというのか。

 よし、覚えた。

「ジグリット=アルバーナ、ヒューマンだ」

 もう知っているだろうが、俺も形式に則ってそう返した。

 及第点だったのか、ミーアは一つ頷いただけで何も言ってこない。

 ジロジロと俺の頭のてっぺんから足元まで眺めていたミーアの視点が俺の腰に止まる。

「その剣……」

「ああ、これか」

 俺は腰に差している長剣のひもを解き、鞘ごとテーブルの上に置く。

「俺の村唯一のドワーフが選別代わりにもらった逸品だ。自画自賛するようで気が引けるが、大分切れ味が良い」

 ここに向かう道中、道からわざと外れ、襲ってきたゴブリンやオオカミを苦も無く一刀両断できた。

 飾り気のない無骨な長剣だが、手入れが容易なそのシンプルさを気に入っていた。

「ふうん、中々の業物だね」

 鞘から滑らせ、刀身を確認したミーアは眼を細める。

「ありがとう」

 ひねくれる理由がないので俺は素直に礼を述べた。

「得物を見るに剣が主体かね?」

「ん~、厳密に言うと違うな。魔法も使えるし投擲や弓矢の技術も持っている……止めを刺すのに剣を使う程度だ」

 薬売りの婆さんや老練の狩人から「もうお前はそれで食っていける」と太鼓判をもらったほどだ。

「……驚いた、とんでもないワルガキだけど、それに負けない才覚もあるようだね」

 だから俺はもうワルガキではないと何度言えば。

 最近は村で何か起こった時、半分の比率でしか俺は関係していないのに。

 ちなみに昔は大半が俺だったがな。

 いやはや、俺も大人になったものだ。

「質問があるのだが、良いか?」

 俺の問いにミーアは頷く。

「クラン『アルマ』とは何だ?」

 薄々感付いているが、確認のため聞いてみる。

「ご想像の通り『アルマ』はあんたの村であるナラス村を始め、近隣の村や町が援助しているクランさ」

 近隣の血の気が多い連中はほぼ例外なくダンジョン都市オルフェイアを目指す。

 俺のもその例に漏れず、村を飛び出して冒険者となった。

 しかし、冒険者というのは過酷な職業だ。

 常に死と隣り合わせ、特に新人一年目の死傷率は五割を越える。

「町村にとって宝である若者を、指をくわえて見ているわけにいかないだろう?」

 何の保証もない一若者が冒険者になったところでまともなパーティーに入れられず、カモにされて終わり。

 それを防ぐために近隣の村々が知恵を出し合い、この『アルマ』が出来たそうだ。

「でなければ檻に閉じ込めれば済むことだろうに」

 俺はわざと嘲るように言い放つ。

 もう答えは分かりきっているからな。

 案の定、は俺を半眼で睨む。

「だったらどうしてあんたがここにいるんだか。檻を頑丈にすればするほど壊そうとするのがあんた達だろうが」

「ククク、違いない」

 罰則を厳しくしたり柵を高くすることに意味はない。

 困難であればあるほど俺達はこぞって越えようとするだろう。

「で、苦肉の策として生まれたのがこのシステム。もし不可と判断すれば首に縄をつけても帰らせるよ」

「おお、怖い怖い。で、あんたの目から見て俺はどうだ?」

 まさか不可とか言わないだろうな。

「帰れと言えば大人しく帰るのかい?」

「ハッハッハ」

 思わず笑ってしまう。

 ありえんな。

「そういうことだよ」

 俺の返答を予期していたのか、落胆した様子はなかった。

「さて、本来なら『アルマ』の本拠地に連れて行くところだけど--絶対拒否するよね」

「もちろんだ」

 どうしてここまで来て村に縛られなくてはならないのか意味が分からない。

「ごねられても時間と体力の無駄。だからさっさと登録してダンジョンに潜ろうか」



「これこれはミーア様」

「邪魔するよ」

 俺の時は無表情に淡々と対応していた禿頭のヒューマンが、ミーアだと揉み手をしないばかりの笑顔を見せる。

 ベテランであるミーアの方が俺より丁寧な対応になるのは理屈で理解できるが、感情の面で少しな。

 ベテランだろうがルーキーだろうが平等に扱って欲しいものだ。

「クラン登録だよ、隣のジグリット=アルバーナを登録したい」

「はい、畏まりました」

「待て待て待て」

 そのまま二人で話が進んでいきそうだったので俺は慌てて止める。

「クラン登録ってなんだ? 俺はてっきりダンジョンに潜るための登録をしに来たと思っていたのだが」

「遅かれ早かれクラン登録するんだ。だったら今やった方が面倒ごとが少なくて済むじゃないか」

「だから俺はクランに入るつもりは全くない」

 俺の抗議など右から左へと受け流すミーアに俺は腹が立ってくる。

「煩いねえ。どこかしらのクランに入った方が恩恵を受けやすいんだよ」

「恩恵?」

 その言葉は初耳だ。

「まず入場料と手数料。個人だと入るだけで金を取られ、そしてダンジョン内の素材を換金しても多めの手数料を取られる」

 個人を多く取る理由は税が関係してくる。

 基本クランは毎月一定額を都市に納めているので二重課税になってしまう。

「最初の内には何かと入り用なんだ。余裕が出来たら脱会するなり残るなり決めれば良いよ」

「……」

 俺が沈黙したのは財布に触れた時、その軽さに驚いたためだった。

「はい、登録完了。これであんたは晴れてクラン『アルマ』の団員さ」

「利益だけ甘受する寄生虫だけどな」

 俺は一切クランに還元するつもりはないぞ。

「寄生虫と卑下できるんだったら何も心配しないよ」

 俺の精一杯の抗議を小ばかにするかの如くミーアは手をひらひらと振った。

「さて、ダンジョンについての心構えはあるかい」

「問題ない。すべて頭の中に入っている」

「……大した自信だねぇ」

 称賛半分疑い半分といったところか。

「少しある事件があってな。それ以来俺は最大の準備を行うことに決めている」

「なんだか訳ありね。そこらへんは後で詳しく聞こうか」

 ミーアは俺の過去に興味を持ったようだが、今は聞くべきないと判断したようだ。

「じゃあ聞くけどジグリット。あんたはダンジョンについての述べてみなよ」

 虚言かどうか確かめるためか。

 別に構わんぞ。

「ダンジョンは不思議な力が満ちていて、ダンジョン内でゴブリン一匹を刈ることは外の世界のホブゴブリンを刈ることと同じぐらいの経験が付く」

 ダンジョン内に満ちている魔力は魔物だけでなく俺達にも影響がある。

 その空間にいればいるほど強くなり、さらにダンジョン内の魔物を狩ることでさらに強くなる。

 その摩訶不思議な効果のため、ダンジョンは王都所属の兵士の修業の場としても利用されていた。

「へえ、中々調べているじゃない。その通りだよ、ダンジョンのモンスターの強さは外の世界の比じゃない。外の感覚と同じようにやっていれば数時間後には物言わぬ躯が転がっているよ」

「ほう、それは怖いな」

 言葉とは裏腹に内から沸々と何かが沸き立ってくる。

「楽しみだ、本当に楽しみだ」

 ナラス村とは違う、別の生き方に俺は興奮を抑えきれなかった。


 冒険者たちの波に乗り、俺達はダンジョンの入口へ。

「はい、ジグリット様とミーア様ですね。どうぞお進み下さい」

 受付に発行してもらったギルドカードを提示し、俺達は夢にまで見たダンジョンへ足を踏み入れた。

「おお……」

 小石やらが散らばった床。

 所々点滅している、頑丈そうな壁。

 そして何より、あちこちから感じる刺すような殺気に俺は身震いした。

「ビビっちまったかい?」

「まさか、感動している」

 伝聞と五感で感じるのとではやはり違う。

 俺はダンジョンにいることが実感できた。

「まあ、いいさ。早いところ平常に戻ってくれよ。でないとあっさりと死ぬよ?」

 死ぬ、という言葉だけ力を込めたミーア。

 俺は多少現実に戻される。

「私達が行くのはこっちだよ」

「え?」

 他の冒険者はあっちに行っているぞ。

「あっちはもっと深い階層に潜る道だよ! 今日の目的はあんたの力の測定なんだからこっちで良いの!」

 どうやら俺はまだ見習い冒険者らしい。

 まあ、すぐに卒業してやるけどな。

 俺は大人しくついていく。

「後でダンジョンの地図を見せて欲しいんだが」

 そう注文するのを忘れない。

 しかし。

「一階如きで地図を必要とするなら故郷に帰った方が良いよ」

 ミーアが鼻で笑ってきた。

 ちなみにオルフェイアの常識では、一階層は新参のための階層でありそこを長く留まることは推奨されない。

 どんなに長くても一週間で二階層進出、若しくはリタイア。

 それが暗黙のルールであった。

「……」

「ふうん」

 俺が息を止め、慎重に歩くようになった様子を見たミーアは楽しそうに笑う。

「どうやら気付いたみたいだね」

 この先に魔物がいる。

 まだ向こうは気づいていないが、森で鍛え上げられた俺の感覚は魔物の気配を正確に捉えていた。

「新参のヒューマンにしては大分鋭いじゃないかい」

 そう嘯くミーアの様子から、すでに魔物の存在に気づいていたのだろう。

 いや、彼女のことだからとうの昔に魔物を察知して俺を誘導した可能性もある。

 ミーア達デミヒューマンは五感が鋭く、他の種族よりも容易に危機を察知できた。

「……」

 余裕そうなミーアを俺は一睨み。

 俺はさらに慎重な足運びを意識した。

「ギイ」

「ギイギイ」

「ケシャー!」

 遠目で確認するには全部で三体のゴブリン。

 俺の腰ほどの身長に、右手にはこん棒、真っ新な腰巻を巻いて辺りを見回していた。

「どうやら生れ落ちて日が浅いようだね」

 ミーアがそう補足する。

 年季が入るほどゴブリンは大きく、そして腰巻やこん棒が汚れていく。

 三か月以上生き永らえたゴブリンは俺の身長以上あるホブゴブリンとして集団を率いるリーダーとなるので注意が必要だとか。

「ま、それでも同時に三体は新参のあんたには厳しいかも。どうする? やめとく?」

「まさか」

 俺は一笑に付する。

「殲滅させる」

 ゴブリン如き、俺は何体も同時に相手だったことがあるぞ。

「威勢は良いようだけど、ダンジョンとそれ以外を同列に考えない方が良いよ」

 忠告ありがとう、ミーア。

 しかし、それでもなお俺は大丈夫だ。

「……」

 俺は剣を地面に突き刺し、柄に手を当てる。

 この姿勢の方が魔法の威力が上がるんだ。

 薬屋の婆さんから教わった力--魔法。

 この世に存在しているが目に見えることはない『神』に対し、魔力という対価を払って力を借りる。

 魔法の威力を決めるのは魔力量と言葉の長さであり、同じ魔力量でも言葉が長いほど魔法の威力が上がる。

 ただ、関係のない言葉を並べても威力に変化はなく、単純に時間を浪費するだけなので注意が必要だ。

 余談になるが、言葉も魔力も必要とせず『神』に力を借りる裏技もある。

 『神』という存在に対し深く純粋な『祈り』を捧げた時、稀に魔法と同じ現象が発現する。

 言葉も魔力もいらず、瞬間で強力な魔法を放てるという大きな力だが、発動したいときに発動できる代物ではない不安定な力。

 それを恒常的に引き出すため、世界各地に『祈り』を捧げる教会があった。

「炎の神、イグニスよ。我の願いを聞き遂げ、その力を具現化せん--ファイアランス」

 発動させる魔法はファイアランス。

 初球のファイアボールよりワンランク上の魔法だ。

 体内から魔力が失われていく感触を味わうと同時に魔法が発動。

 ファイアランスは一直線に狙いをつけていたゴブリンに飛んで行く。

「ピギャアア!」

 炎に包まれたゴブリンが絶叫する。

 向こうからすれば突然炎の槍が飛んできて直撃したのだから悲鳴の一つや二つ上がるだろう。

 しかし、向こうのゴブリンに出来たのは悲鳴を上げることだけ。

 そう時間を置かず、ゴブリンは炎に包まれ、後には小さな魔石が残った。

 それを拾う暇はない。

 ゴブリンは二体残っているんだ。

 しかし、ファイアランス一発とか弱いな。

 ミーアが散々脅すからどんなものかと想像していたが。

「これなら森に出たゴブリンとそう変わらんぞ?」

 後は投石で一体を足止めし、一対一の状況で持ち込んで終わりだ。

 俺は脳内で戦闘終了の算段を付ける。

「おいおい、ここからが本番だよ?」

 ミーアはフフフと笑う。

 その不敵な笑みの答えはすぐに出た。

「え?」

 残ったゴブリンの内一体は俺に向かってきた。

 それは良い。

 問題は、残ったゴブリンは地面に落ちた魔石を拾い、口に入れたことだ。

「っ」

 何か知らんがヤバイ。

 俺は剣を抜いて振りかぶり、一刀のもとに両断する。

「ほう、瞬殺ねえ。まあ、それぐらい出来なければとっとと故郷に帰ってもらうけど」

 その嫌味な口調が腹立たしい。

 俺は目線で抗議し、元に戻す。

 魔石を食べるという初めて見た行動を取ったゴブリンが次にどう出るのか。

「炎の神、イグニスよ。我の願いを聞き遂げ、願いを具体化せん--ファイアランス」

 俺はあのゴブリンを葬った魔法を唱える。

 強さが変わらないのならこれで終わるはずだが。

「キシャア!」

 なんとゴブリンはそれを受けてもなお絶命せず、俺に向かっていく。

「ち」

 速い、と、判断した俺は剣を掲げてゴブリンのこん棒の一撃を受ける。

「ぐお」

 ズンという衝撃に俺の腕と両足が軋む。

 重い、ただのゴブリンとは思えない一撃。

 俺は目の前のゴブリンの強さを修正、ホブゴブリンと仮想する。

 ブン!

「おっと」

 相手をホブゴブリンと仮想したら見切ることが出来た。

 ただのゴブリンより強いのは確かだがホブゴブリンには及ばない。

「うらあ!」

 俺は気合を込めてゴブリンを右斜めから剣を振りぬいた。

 途中で止まったものの、半ばまで切り裂いた一撃は致命傷だったらしい。

 淡い光と共に少し大きい魔石が現れた。

「っつ、はぁ!」

 戦闘が終了したことを実感した俺は大きな息を吐く。

「かっかっか、驚いたようだねぇ」

 何がおかしいのか、ミーアは腹を揺すりながら大笑いする。

「ここが外の魔物と決定的に違うところだよ」

 ミーアの言葉は分かる。

 ダンジョン内で倒した魔物は魔石になるとは聞いていたが、まさかそれを取り込んで強くなるとは。

 もしかすると……

「安心しな。強くなるといっても限界があるよ。それに魔石を取り込んだ際の強さは時間が経てば失われていく類さ」

「良かった」

 際限なく強くなり、そしてそれが永劫に続くという悪夢が外れてホッとする俺。

「けどね、油断はいけないよ。ゴブリンとはいえ、限界ギリギリまで引き上げられた場合、今のあんたなんて瞬殺さ」

 つまり運が悪ければ俺は死ぬということか。

 なんという恐ろしい場所か。

「ま、だから逃げることが重要な選択肢になってくる。浅階でさえこうなのだから、下に行けばどうなるか分かるだろう?」

 魔石を限界にまで取り込んだドラゴンやミノタウロス--

 うん、死ねるな。

「どうする? 続けるかい?」

 ミーアは挑発的な笑みを浮かべる。

「逃げることは恥じゃない。己の力量を知って実家に帰るのも立派な戦略の一つさ」

 俺が村に戻れば、働き手が一つ増えるのだから、ダンジョンの肥やしになるよりずっと良い。

「まさか」

 俺は一笑に付する。

「ダンジョンが怖いから、死ぬかもしれないから。そういった理由は俺を引き返す理由にならない」

 それでも、だ。

 それでも、俺はダンジョンに潜りたい。

「あんたならそう言うと思った」

 ミーアは満足そうに鼻息を一つ鳴らして。

「ほら、行くよ。そのやせ我慢がいつまで続くか試してやろうじゃないか」

「おい、少し待ってくれ」

 先に歩き始めたミーアに俺は慌てて魔石をポーチに放り込み、後を追う。


 数刻後。

「だらしない。まだ昼を告げる三の鐘が鳴っていないよ」

「……」

 アリを巨大化させたビッグアントの群れをせん滅し、固い床に突っ伏している俺にそんな非情な声がかかる。

「いや、もう無理」

 ここまででさえ、強化されたゴブリンや角の生えたホーンラビットと戦い、体力・魔力が心もとなかった時に十匹以上いるビッグアントの群れ。

 ビッグアントは仲間を呼ぶ習性があり、このダンジョンとの相性は最悪。

 俺は死を覚悟して、多少仲間を呼ばれたり強化されたりしながらも戦い、勝利した。

 しかし、もうそれまで。

 俺の身体が限界と訴えている。

「ほら、どうするんだいジグリット? まだいけるかい?」

 不可能と分かり切っている、楽しそうなミーアの口調が癪に障る。

 しかし、どんなに癪に障ろうとも現実は非情で、帰ることを認めざるを得なかった。


「そんじゃあ来な。宿屋リーリアは近隣の村々から援助されているから料理には自信があるよ」

 ダンジョンを出たミーアは振り返って俺にそう言う。

 気づけばもう夕暮れ、予想以上にダンジョンで過ごしていたらしい。

 人の密度が更に上がっている。

「まあ、今は日帰りの冒険者がボツボツと帰還してくる頃合いだからね。もっと混むよ?」

「おおう」

 どうやらまだピークではないとのこと。

 田舎出身の俺には想像できない光景だ。

 石畳みの床をコツコツと、ミーアは有名人なのか行く先々の者が彼女の姿を見て一目置いていた。

「まあ、あたしゃ古参に入る部類だからね。それなりに顔が利くのさ」

 聞いてもいないことをべらべらと。

「ん? 何か言ったかい?」

「いや、なにも」

 ミーアがじろりと半眼で睨みつけてくる。

 やはりおかん属性の持ち主は鋭いな。

「それと、ついでだから鍛冶屋やアイテム屋も一緒に紹介しておくよ」

 ミーアは店に入らないまでも、看板を指し示していく。

「以上の店はジグリットと同じ近隣の村々の出身者が経営している--いわゆる『アルマ』の一員だ。だからあんたのギルドカードを見せれば値引きしてくれるよ」

「へえ」

 それは嬉しいサービスだ。

「ま、腕はお察しだけどね。けど、同郷の誼ということでなるべく使うように」

 武器やアイテムに命を預けている以上、より良い店を探すのは仕方ない。

 けれど、彼らも俺達と同じ、オルフェイアにて一旗揚げに来た者。

 志を同じくする以上、眼をかけてやってくれとミーアは頼み込んできた。

「ああ、分かった」

 俺は素直に頷く。

 全幅とはいかずとも、命に危機が及ばない範囲でなら利用しようと俺は決めた。

「そういえばリーリアには、俺の大好物である『インパスガラのもものあぶり焼き』もあるのか?」

 インパスガラというのはシカに似た野生動物の一種で、俺の故郷にしか生息していない希少種でもある。

 味が珍味なので愛好家が多く、インパスガラの捕獲は村の大事な収入源となっていた。

 あれは結構美味しく、小さい頃は狩人に引っ付いて大きくなってからは狩人のせがれと共に刈っていたな。

「もちろんさ。良いのが揃っているよ」

「良いねえ、良いねえ」

 まさかここでインパスガラを食べられるとは。

 俺は飛び跳ねたい心境だ。

「けどさ、いいのかい? インパスガラって結構高いよ?」

 まあ、珍味だし、俺の村でもお祭りといっためでたい時しか出さなかったぐらいだしな。

「そこは俺の祝いということで一つ」

 俺はイイ笑顔を浮かべながら揉み手をすると。

「この悪ガキ。喰った分を払ってから死んでくれよ」

 そう毒づくミーアも苦笑を浮かべていることから俺がそう言うと予想していたのだろう。

 肩を竦めただけでそれ以上何も言ってこなかった。


 リーリアに着いた俺とミーアはまだ解散せず、そのまま酒場へと向かう。

 そこでミーアがマスターに何事か注文してしばらく、俺達のテーブルに何かがドンと置かれた。

「おお、これだこれだ」

 俺は目の前に出された料理を前に小躍りしたくなる。

 この匂い、この見た目、間違いなく俺の好きなインパスガラだ。

「あんたの前祝いだよ。値段は気にせずたんとお食べ」

「ありがとう」

 俺は例もそこそこにインパスガラにしゃぶりつく。

 うん、この味。

 とても懐かしい。

 俺は一瞬、ここがオルフェイアだということを忘れる。

「けど、何も貰わないというのも困るねえ。だからジグリットの過去でも話しなよ」

「……」

 ミーアは酒をちびちびとやりながら、透明な目を俺に向ける。

「あんたはこれからクラン『アルマ』の一員なんだ。団員の過去を知るのは幹部の務めだよ」

 上手いことを言う。

「ほら、追加だ」

「おお」

 インパスガラの心臓に肝臓。

 内臓類は傷みやすいから結構希少なんだよな。

「まあ、話しても良いが。何から話せばよい?」

 まさか過去の生い立ち全て話せと言うわけではあるまいな?

「そんな疑いの目を向けないでおくれよ。単に、あんたがその用心深さを身に付けた事件だけ話してくれ」

「あ、あー……」

 それを話すのか。

「上手く話せる自信がないのだが」

 あれから幾年経っても、思い出すたびに心が痛む出来事。

「そんときはこれを呑んだらいいさ」

 出されたのはきつそうな酒。

「そうだな。これを借りてみるか」

 陽気になる酒があれば少し話せるだろう。そう考えた俺はコップに並々と接がれた酒を呑み干した後、口を開いた。

「一言で言えば集団で狩りをしていた最中、森の主ともいえる大型のモンスターが現れ、何人もの子供が犠牲になったことだ」

 酒の力か、いつもより話しやすい。

 俺が逃げられたのは単純に運が良かったからだ。

 ターゲットを散らすために全員バラバラであらゆる方向に逃げた。

 運悪くターゲットになった子供はもちろん、途中に別の魔物に出くわしたり、森のさらに奥へ行ってしまった子供は戻ってこなかった。

 たまたま俺が狙われず、たまたま逃げた方向が村だった。

 その二つの偶然によって俺は生かされた。

「ふうん。で、そんなのはよくあることさ。どこが問題なんだい?」

 この世界は常に死と隣り合わせ。

 だから特段気にすることではないとミーアは訴える。

「問題だったのは、俺がリーダーとして村の子供を率いていたことだ」

 多産多死とはいえ、突然我が子を失った家族は嘆き悲しんだ。

「俺を人買いに売ってその金で賠償しろという強硬な意見もあったぐらいだ」

「なんだそりゃ。子供に対してそれは酷くないかい?」

「……」

 ミーアの意見は失うことに慣れている冒険者の立場から。

 昨日と同じ今日が続くことを望む村人とは噛み合うことはないのだろう。

 だから俺はミーアに対して抗議はしない。

「他人が俺をどう言おうと自由だ。しかし、俺が堪えたのは、そうなる前の兆候を気づけなかったことだ」

 近日、狩人から森が騒がしいという報告があった。

 時々、小中サイズではない魔物の痕跡を発見することがあった。

 成功続きだったから気が大きくなっていた。

「冷静になれば気付けるはずだった。ちょっと気を張れば回避できた問題の兆候を見逃した俺自身に腹が立った」

 あれは防げた事件だった。

 その事実が完膚なきまでに俺を打ちのめした。

「それ以来、俺は準備に準備を重ねるようになった。その一環として現役の狩人や薬師の魔法使い、引退した元冒険者の剣士達から許可が出るまで技術を身に付けた」

 俺には戦う才能があったのだろう。

 さして時間をかけることもなく技術を習熟することが出来た。

「で、俺は単身森に入り、森の主を討伐して村を出てここに至るというわけだ」

「……その話、盛ってないかい?」

 どうやらミーアは俺が森の主から命からがら逃げだしことは信じても単独で討伐したことは疑っているようだ。

「ここで俺が何を言っても水掛け論になってしまう。不安だったら俺の村に行った行商人から聞いてみると良い。間違いはない」

 複数人の狩人でも失敗する森の主の討伐はそれだけでも大事件だからな。

 加えて倒したのが過去に痛い目を見た子供が一人でというのは相当話題性があった。

「それがあんたが村を出てここに来た原因かい」

「早まったのは事実だな」

 あれがあろうがなかろうか俺は確実に村を出ていただろう。

「ナラス村は俺にとって狭すぎた」

 頭の中で、四六時中鳴り響いていた声。

 〝俺はここで終われない″、〝俺の求める何かが外にある″。

 神の啓示と取るか、それとも呪縛と取るかは人による。

「だから俺はオルフェイアに来た」

 俺がここに来るのは神の啓示だと捉えているが。

「可哀そうに、あんたみたいな才能があればナラス村が発展したのに」

 ミーアは呪縛だと嘆いた。

「どうやらミーアとは相容れないようだな」

 俺の情熱にいちいち水を差してくるミーアにそう苛立ちをぶつけると。

「ルーキーとベテランが意見を一致させることなんてほぼないよ。そして覚えておきな、冒険者はあたしみたいなタイプが長生きするんだ」

 遠回しに俺が早死にするってか。

 まあ、別にいいさ。

 ナラス村にこもって長生きするなんて世にも恐ろしい拷問だ。

 子供を亡くした村人が俺を敵視して恨んでいる以上、ナラス村に俺の居場所はない。

 俺は様々な感情を飲み込むために、テーブルに置かれたジョッキを煽った。

 


 第二章


「よしっと」

 一の鐘の音で目が覚めた俺は簡単に身なりを整え、二の鐘の音が鳴ると同時に部屋を出る。

 村にある俺の部屋より少し小さい程度のスペースにベッドやらテーブル、タンスといった調度品が備え付けられていた。

 冒険者の朝は早い。

 すでに食堂は大勢の冒険者でにぎわっており、各テーブルにてパーティーと思しき連中が額を突き合わせて今日の打ち合わせを行っている。

 俺はミーアの姿を見つけようと周辺をきょろきょろしていると。

「おーい、ここだよ!」

 聞いたことのあるどら声が俺の耳に届いた。

 ミーアは毎朝『アルマ』の寮からここまで通っている。

 俺一人のためにそこまでしなくても良いと俺は断わったのだがミーアは笑って。

「なあに、ワルガキは迷惑をかけてこそなんぼだ。気にするんじゃないよ」

 気にするわい。

 それだと暗に俺がどうしようもないワルガキと言っているようなものじゃないか。

 俺は文句を言ったのだが、柳に風とばかりにミーアは動じなかった。

 ちなみに。

「……このババアが」

 と小さく呟くと。

「どうやら再教育が必要なようだね」

 悪鬼のように表情を一変させたミーアに折檻を受けた。

「へえ、ジグリットは朝に強いんだね」

 ミーアは俺が時間通りに来たことを感心しているようだ。

 失敬な。

「朝に弱い村人や狩人って何なんだよ」

 日の出とともに起き、日が沈むと眠るという村人の生活を舐めるなよ。

「憎まれ口もいつも通りか」

「憎まれるような口を叩くからだろうが」

 好きで叩いているわけじゃない。

「カッカッカ、上等上等」

 ミーアはひげを揺らしながら大笑いする。

「さて、とりあえずは腹ごしらえをしようか。嫌いなものはあるかい?」

「いや、特にない」

 出された物は基本的に全て食べるぞ。

「分かった。じゃあ定番メニューを二つ!」

 ミーアは大声で朝食を頼んだ。

「さて、ダンジョンに潜る前に軽い打ち合わせをしようかい」

 黒パンに目玉焼き、湯気が出ている野菜スープを前にミーアが口火を切る。

「か弱い外見に反し。あたしゃ強いんだよ」

「それは当然だろう」

 俺は頷く。

 正確には外見通りに強いと思うがな。

 猫のデミヒューマンとドワーフとのハーフだと説明されれば信じてしまうずんぐりむっくりのミーアが弱いはずがない。

「……何を考えたか言ってごらんなさい」

「いや、何も」

 俺は素知らぬ顔で首を振った。

「あたしは魔法が使えないんだよ。けれど、近接戦闘には自信があった」

 ミーアは爪を伸ばす。

 デミヒューマンは基本的に身体能力に優れており、加えて種族による補正がかかる。

 ミーアの場合は爪の伸長としなやかな身体の動きが追加されているらしい。

「ゴーレムといった固い魔物はともかく、低階層だとあたしの爪で切り裂けない魔物はなかったねえ」

 俺の腕一つ分ほど長く伸ばした爪をペロリ。

 うん、恐ろしいな。

 まるで山賊の親分みたいだ。

「けど、今はもう戦えやしない。あたしはあんたのお守りだ。後方でドロップや戦利品を集めさせてもらうよ」

 寂しそうに述べたミーアは右足をさする。

 昨日から気になっていたが、ミーアは右足に何か重い障害を持っているようだ。

 けがを治す回復魔法といえども限界がある。

 体の部位が欠損するほどの大けがを負った場合、ダンジョンの深層に潜り、そこで療養することが一般的だった。

「あたしのけがはダンジョン三十階層に一週間滞在すれば感知すると仰ったんだよねぇ」

「だったら」

「けど、完治したらまたダンジョンに潜ってしまう、また過ちを繰り返してしまう。だったら完治なんてしない方が良いのさ」

「……」

 一体ミーアはどのような経験をすればけがを治そうと思わなくなるのだろう。

 何も言えず、俺は黙り込む。

「湿っぽくなっちまったね。済まない済まない」

 しんみりした空気に気づいたミーアは空虚な笑みを浮かべる。

 あまりに空気が悪かったので俺は話題を変えることにした。

「ミーアが所属している『アルマ』の規模はどれぐらいだ?」

 宿屋や鍛冶屋と提携していることを鑑みると相当大きいように思える。

「ま、非戦闘員を含め、百人も満たない中規模なクランさ」

「百人……」

 ミーアは何でもないように言うが、百人というのはそれなりの規模だ。

 なのに中堅と言い切る、このオルフェイアの常識とのギャップを思い知らされた。




 そして数日の時が過ぎる。

「キシャア!」

 ゴブリンが五体か。

 角を曲がったところでばったり。

 遭遇戦になってしまったが仕方ない。

 俺は流れる動作でポーチから魔石を取り出し、遠くに投げつける。

 それに気を取られ、駆け出したのが二体ほど。これで一対三。

「ふっ!」

 俺は長剣を振り回し、武器ごと一体のゴブリンを両断、次の動作で突きを放ち、全部で二対を瞬時に無力化。

「キキイ!」

 もちろんゴブリンも黙って倒されるわけじゃない。

 残ったゴブリンは飛びかかり攻撃を仕掛けてきたが、俺は前に体を投げ出して回避。

 防御すると武器が痛むのでなるべく回避に専念。

「これで仕舞いと」

 躱されてつんめのったゴブリンを俺は余裕をもって処理した。

 これで戦闘が終了ではない。

 俺が投げた魔石を追った二体のゴブリンがいる。

「炎の神、イグニスよ。我の求めに応えん、ファイアボール」

 ファイアランスでなくファイアボール。

 威力は堕ちるものの、その分コントロールが効きやすい。

 狙うは魔石を喰った強化ゴブリンの足--命中。

 これでロクに動けまい。

「そら!」

 強化されていないゴブリンを難なく撃破。

「炎の神、イグニスよ、我の求めに応えん、ファイアランス」

 これで一対一、しかも向こうは動けないのだからわざわざ間合いに入ってやる必要はない。

 全部で三発のファイアランスを打ち込み、強化ゴブリンを倒した。

「ほう、様になってるねえ」

 パチパチと拍手が聞こえる。

「たった数日で見違えるようだ」

「ありがとう。まあ、コツさえつかめれば大体はな」

 俺はポーチに魔石を放り込みながら答える。

 このダンジョンで外の常識を当てはめてはならない。

 外だと弓や魔法といった遠距離で仕留めるのが理想とされるが、それをそのままダンジョンに持ち込むとえらい目になる。

 大規模魔法で十数体倒したが、残った魔物がそれらを全て喰らったらどうなるか。

 恐ろしいことに魔石を喰らう行為には体力・魔力回復も含まれる。

 倒す間近までいったビッグアントがたまたま近くにあった魔石を喰らい、これまで与えていた傷が消え、仲間を呼ばれた時は逃げ出したくなった。

「遠距離攻撃は基本援護、止めは近接戦闘が主」

 今回のように、魔石が喰らわれる危険性がない場合のみ遠距離の止めが使われる。

「もう一つは魔石の使い方だな」

 魔石は基本毒にしかならんが、使いようによっては薬となる。

 魔石を食べた魔物は強化されるので、魔物は基本魔石を食べようとする。

 しかし、魔物を襲ってまで魔石を食べようとせず、加えて、自らが危険に晒されていないという条件が付く。

 だから今回、俺が投げた魔石に食いついたのは俺から遠く離れていた二体だけだった。

 ただ、それでも一時的に戦線を離脱してくれるので要は使いよう。

 魔石を投げて離したのは良いが、残った魔物の殲滅に手間取り、戻ってきたとなれば目も当てられない。

「魔石は劇薬だな」

 成功した場合と失敗した場合の差が大きく、慎重な扱いを求められた。

「ま、それらもあるけど。ジグリット、あんた体調の方はどうだい?」

「それらって……」

 あんまりな言い方に俺は頬が引きつる。

「うーん。調子がやけにいいな」

 俺の想像通り、場合には想像以上の力が出ている気がする。

「それがダンジョンで戦うことの真骨頂さ。ここでの戦闘はあたしらに数倍の恩恵をもたらすんだよ」

「なるほど、これがそうなのか」

 だから大して力を入れずにゴブリンを両断できたのか。

 おかげで突きを放った後でも硬直せずに済んだ。

「ダンジョンで戦えば戦う程、そして深くに潜るほどその恩恵は強くなる……その危険性が分かるかい?」

「引き際を見誤り、ダンジョン内で果てるということか」

 ここまでの恩恵を齎すにも拘らず、外の世界で活躍する者は意外と少ない。

 それはダンジョン内でのスリルとリターンに味を占め、外の世界では満足できなくなってしまったから。

 もう少し、もう少しとダンジョン探索を続け、何らかの要因でそのまま命を終える。

「本人からすれば満足かもしれないけど、送り出した者からすればやりきれないよ」

 才能あるエリート兵士が、村の担い手となる若者がダンジョンの魅力に憑りつかれ、帰ってこなくなる。

「あんたも常に引き際を念頭に置くように。いくらジグリット=アルバーナが救いようのないワルガキと言えど、あたしらからすれば次の世代を担う宝なんだ。ダンジョン内で無駄死にさせるために育ててやったんじゃないんだよ」

 育ててくれと頼んだ覚えはない、俺の命は俺のものだ。

 咄嗟にそう言いそうになった俺だが、ミーアの表情を見てグッと奥に飲み込む。

 ミーアはいつもの不敵な表情ではなく、歴戦の老兵士--数多の死を看取ってきた者の様子を連想させたから。


「明日は休養日にしようかい」

 おもむろにミーアがそう切り出す。

「休養日? なんだそれ、美味しいのか?」

「……いや、休養日ぐらい知っているだろうに」

 ミーアが半眼で俺を睨む。

 もちろん意味は知っている。

 しかし、わざわざ休む意味が分からない。

「ダンジョンも健在だし俺の体も動く--なのにどうして休む?」

 ナラス村では休養日など存在しなかった。

 休める時に休み、動けるときは動くというのが常識だ。

「いや……オルフェイアにはダンジョン以外にも色々あるんだよ。なのにジグリットはこのオルフェイアに来てからずっとダンジョンに潜りっ放しだったじゃないか」

 ミーアの指摘に初めて気づいた。

 思えば俺はここに来てから宿屋とダンジョンの往復しかしていない。

 そう考えると、ミーアの言う見聞も悪くないが。

「うーん……」

 昔からほぼ毎日森に行き、あの忌まわしい出来事があってからは特訓に打ち込んできた日々。

「剣の素振りか、魔法の練習か……本がたくさんあるところでも行くか」

 雨が降っていたり、特訓に付き合ってくれる大人達が休んでいる間は本を読んで過ごしてきた。

「貸し本屋でもあるかな。けど、高額なのは二の足を踏んでしまう」

 今日でようやく千を超えたところ、しかし、宿屋や剣の修理といった諸々の経費を差し引くと半分も残らない。

 自由に使える金はあまりないというのが現実である。

「本を読むとか……悪ガキの癖にどんだけ優等生な生活を送っているのさ」

 ミーアは呆れたように溜息一つ。

「他にもあるだろう。ほら、酒場とか芝居とか」

「酒は嗜む程度で良いし、芝居を見るぐらいなら台本を読んだ方が効率的だ」

「……とにかく、明日は休み。あたしが色々と案内するから」

 ミーアは疲れた表情でそう結論付ける。

 俺もオルフェイアの散策には興味があったので深く考えず頷く。

 今にして思えばこう尋ねるべきだった。

「『アルマ』には絶対行かないと」


「ミーア! 俺を騙したな!?」

 通りの真ん中で、す巻きにされた俺は叫ぶ。

「騙してなんかいないよ。『アルマ』も一つの案内場所なだけだ」

 しかし、ミーアは涼しい顔で受け流した。

「こうでもしないとあんたは絶対行かないだろうに」

 確かに。

 馬鹿正直に伝えられたら俺はまず拒否し、そしてミーアが来る前に逃げていた。

「ワルガキに対して正しい処方だろう?」

 このババア。

 夜道に気を付けるんだな。

 と、ミーアに引きずられている俺は呪詛を唱え続けていた。

「ほお」

 アルマの本拠地を前にした俺は思わずため息を漏らす。

「結構大きいな」

 村長宅が二、三件入りそうなぐらい広い敷地に三階建ての石造りの建物。

 庭の隅には鍛冶工房があり、花壇に植えているのは恐らく薬草の類だろう。

「これで中堅か……」

 俺の常識では大手クランに見えるのだが。

「ま、ここに越したのはつい最近さ。それまでは宿屋に毛が生えた程度の建物だったよ」

 俺が寝泊まりしている宿屋リーリアも百人ぐらい入りそうな規模だったな。

「何というか……息苦しくないか?」

 俺の育った村など、下手すれば家族しか会わない日があるほど密度が薄かったぞ。

「そうさ。このように人が集まるのは歪な状況なんだ。健全じゃないと言いたいねえ」

「絶好調だな」

 ミーアの皮肉は今に始まったことではないが、ここにきてその切れが増していた。

「それじゃあ、サッサと要件を終わらすよ」

 ミーアは俺のボヤキに耳を貸さず、玄関ドアを大きく開けた。

「それじゃ、ここで待っといて」

 入ってすぐ左に曲がった先の部屋が応接室らしい。

 よし、逃げよう。

 俺は心中でそう決意すると。

「ああ、そうそう。この部屋には窓がないから抜け出せるなんて考えない方が良いよ。それに見張り役も立ててるしね」」

「酷すぎる!?」

 俺の考えなどお見通しとばかりに鼻で笑ってきた。

「で、ミーアは?」

「団長を呼びに行くんだよ。あんたが一人で会えるならあたしが同伴する必要がないんだけどねえ」

 そう語るミーアの表情は渋い。

 どうやらミーアは団長を苦手としているようだ。

 ならば会わなければいいのに。

「大人しくしておきなよ。す巻きが解けたらこれらでも読んどきな」

 ミーアはそう一言、す巻きのまま俺を持ってきた鞄と共に応接室という名の牢獄に放り込んだ。

「ちくしょう」

 す巻きでもがくことしばらく、何とか脱出した俺はミーアが投げつけてきた鞄から本を数冊取り出す。

 本の中身はダンジョン都市オルフェイアの歴史と、ダンジョンに登場する魔物の生態系について。

 情報は多いに越したことはない。

 前者は何時か役に立つ時が来るだろうし、後者は早急に覚えなければならない内容だ。

「あのババア、こういう準備は抜かりないんだな」

 俺は一つ毒づき、固い背もたれに体を預けて一番上にあった本の表紙を開いた。

 そのまま読み進めることしばらく、一冊目が終わり、二冊目に取り掛かろうとした時だろうか。

「--いいぞ」

 俺は本を掴もうとする手を止め、外で待機しているであろう人物で入室を促す。

 ガチャリとドアが開く。

「ありゃま、気づかれちゃったか?」

 テヘっと可愛く舌を出す女性はミーア--じゃない。

「相変わらずジグリットの感覚は鋭いな」

 続いて現れた男はクランの団長でもない。

「いや、懐かしい気配を感じたのでね」

 俺はテーブルに手を置いて立ち上がる、登場した二人に挨拶するために。

「お久しぶりです、カヨさん、カルマさん」

 二人ともナラス村の出身、つまり俺の先輩。

「うん、しばらく」

「やっぱり来たな、ワルガキめ」

 アルマは俺の村を含めた近隣からなる冒険者集団。

 畑を耕すことよりも戦う方が好きだった二人がここにいるのは至極当然だと思えた。



「もう来たのか、と言うべきか、それともようやく来たのか、と言うべきか迷うわね」

 ショートカットの中肉中背のカヨさんは俺に向かってしみじみと呟く。

「そうそう、あれぐらいでへこたれるワルガキじゃないからなぁ」

 やんちゃ気味のカルマは俺に向かって犬歯むき出しの獰猛な笑みを浮かべた。

「あれぐらいって……」

 俺は言葉に詰まる。

 あれというのは、俺とその仲間が森の主に遭遇した出来事。

 当時の俺は、剣を折るどころか死を考えてしまう程追いつめられていたのだが、どうやら二人はこうして立ち直ることが既定路線だったらしい。

「だってジグリットは本物だもの」

「次のナラス村の村長だもんな、人を引っ張る器を持つワルガキが一度や二度の失敗で挫けるはずがねえ」

「おいおい、次期村長は兄だ」

 一応俺の家はナラス村を開拓した中心者の末裔ということになっている。

 そのため村長役も一家が引き継ぎ、次代の村長は俺の兄ということが周知の事実である。

「いやいや、あんな親の後しか歩けない子せがれが村長とか何の冗談よ」

「あれよりお前がやった方が絶対にナラス村は発展するぜ?」

 実の兄を貶されている以上、弟の俺は怒るべきなのだろうがそれは出来ない。

 悲しいことに俺の兄に対する評価は事実であり、最近の家族の悩みどころは、なよなよしている兄が村長として荒っぽい村人や海千山千の商人達と渡り合っていけるのかどうかであった。

 二人は俺が村長になることを希望しているようだが。

「無理だよ、もう俺にナラス村で生きる資格がない」

 もう無理なんだ。

 少なくとも犠牲になった子供達の両親は絶対に反対し、絶対に従おうとしない。

 長男ならともかく、次男坊である俺にとって致命的だった。

「いやいや、そんな悲観することないぞ」

「そうよ、このオルフェイアで結果を残せばあるいは」

 カルマとカヨはなおもそう言い募る。

 俺は二人の気持ちを汲んだうえ、反論しようとしたその時。

「よくもまあ、こうして生きてる面を見せられたものだ」

 ドアが開くと同時に、そんなきつい言葉が俺にぶつけられた。

「シドさん……」

 俺は唇を固く引き締める。

 カヨさんやカルマさんと同じ二十代後半の男。

 ただし、雰囲気が圧倒的に違う。

 二人は陽気で、どことなく朗らかな印象を与えるのに対し、シドさんは針を刺すかのような敵意を辺りに振りまいている。

 その骸骨のような痩せぎすの体躯と相まって、まるで亡者が動いているようだった。

「こいつは俺の弟を勝手な都合で巻き込み、自分が助かるために囮にした極悪だ。そんな男が村長なんて冗談じゃない」

 吐き捨てるように言い放つ。

 あの事件からもう三年。

 時の流れは傷をいやすというが、シドの場合はますます悪化させたらしい。

「シド、止めなよ」

「そうだぜ、成人もしていない子供に責任を負わせるのは酷だ」

 俺を守るように二人が俺とシドの間に立つ。

 そのことにシドはますます怒りの度合いを強める。

「お前らは肉親に被害を受けていないからそんな態度を取れるのだろう! 俺の弟だぞ! たった一人の肉親を奪われた苦しみを理解できない二人が出しゃばるな!」

 張り詰めた空気から一転、烈火のごとく怒りだすシド。

 薄々感付いていたが、どうもシドは情緒が不安定のようだな。

 ……そうなってしまった原因が俺だから何も言えないが。

「シド、ジグリットが全て悪いように言うけどさあ」

「そもそも森の主の兆候を発見できず、許可を出したお前が一番悪いんだぞ?」

 いくら何でも子供たちが無許可で危険な森で狩りするのを大人たちが黙って見ているはずがない。

 森に入る日を事前に大人に報告し、そしてその日に向けて当番の狩人が捜索して許可が出れば俺達は森に入れた。

 そして、あの運命の日。

 当番の狩人は目の前のシドだった。

 俺が自宅謹慎で済んだのは、危険を予知できなった大人たちが悪いという村の総意ゆえ。

 その罪は、事前の警戒を怠ったシドさん全てが負い、村を永久追放となった。

 シドからすれば俺は人生を滅茶苦茶にされた極悪人に映るんだろうな。

 人の思惑まで立ち入るつもりはないし、俺もあの日は一日たりとも忘れたことはない。

 だからこそ、俺は。

「村人の子供の命を奪った森の主を俺は討伐した」

 村の大人達から剣を、技術を、魔法を習い、単独にて倒した。

 それで少しは留飲を下げてくれないかと俺は頼んでみるが。

「ふざけるな、それはお前の自己満だろうが! 倒したところで弟は帰ってこないし、浮かばれるはずもない!」

「否定はしない」

 森の主を単独で討伐したのはあくまで俺の自己満足だ。

 次に進むため、ナラス村から出るためには森の主討伐は絶対に避けて通れない道だった。

「俺からすれば何故シドさんは森の主を放置したのか疑問だ」

 シドの弟が死んだ最大の原因は森の主だ。

 そうであるからこそ俺は力を蓄え、森の主を打ち倒した。

「もし、最大の原因が誰かなら、俺は全身全霊をもってその誰かを殺すのが筋だ。なのにシドさんはその間何をしていた?」

 森の主を討伐するのでなく。

 俺を亡き者にするのでもない。

 俺からすれば真実から眼を逸らし、無駄に力を蓄えているようにしか思えなかった。

「こ、こいつ……」

 俺の挑発的な物言いにシドの怒りが頂点に達する。

 その勢いのまま腰に差したナイフに手をやった。

「それ、抜いたら殺し合うぞ?」

 幸いにも獲物がある。

「いよう、待たせたな」

 扉が乱暴に開かれ、二メートルを越える大男が現れた。

「中々楽しそうな話をしているじゃないか」

 もじゃもじゃヒゲから漏れるのは豪快な声。

 陽気で楽しそうな雰囲気でこれだから、真剣な時、怒った時はどれほど恐ろしいのだろう。

 俺の村の鍛冶屋の頑固ドワーフ以上かな?

「なあ、シド。俺は言ったよな? 『アルマ』に入る条件としてこのワルガキには手を出さないと。もしそれを破ったらどうなるか……もう一度教えてやろうか?」

「い、いや……それは」

 大男の剣呑な目つきと口調にシドの体が震えあがる。

 一体、どんなことを教えられたのか興味がわいたのは内緒だ。

「お前もだ、坊主。『アルマ』に火種を持ち込むな。こう見えてもシドは大事な仲間なんだ」

「ああ」

 俺も無用な混乱は望んじゃいない。

 向こうが引くのであれば俺が手を出す理由がなかった。

「カヨ、カルマ。お前ら二人はシドをどこかに連れて行ってくれ」

 一段落が済んだと判断した大男は同じ村出身の二人にそう頼む。

「全く、ここオルフェイアは自由な場所なのに、いつまで過去に囚われているのか」

 追い出された村で何があろうとこのオルフェイアは関係なく迎え入れる。

 なのに、シドはナラス村で起こった出来事のまま時が止まっている。

 大男はシドが過去のことを早く消化して欲しそうだった。

「分かったわ」

「ほら、行くぞ」

 カヨとカルマさんは大男の隠れた意図を察したのだろう。

 二人とも苦笑を浮かべながらシドと共にこの場を後にする。

「……」

 シドさんはこの部屋を去る直前、俺に恨みのこもった一睨みをくれることも忘れない。

「坊主、これは大分恨まれているなぁ」

「……」

「あいつは有能だが陰険で粘着質だ。これは大分苦労するだろうな」

 シドが俺がオルフェイアに来ていることを知った以上、報復に出てくる可能性がある。

 しかし……。

「万が一が起こっても許してくれ」

 シドに恨まれ、命を狙われたとしても俺はオルフェイアを離れるつもりはないし、村に帰るつもりもない。

「それでも俺はダンジョンに潜りたいんだ」

 夢にまで見たダンジョン探索を諦めてたまるか。

 それなら死んだほうがましだ。

「クハハ! 良い根性だ、坊主!」

 俺の答えに大男はくしゃくしゃに顔を歪め、俺の頭を乱暴に撫でる。

 ベテラン冒険者らしい、ごつごつした手が痛く、俺は顔をしかめる。

「坊主は止めてくれ。俺にはジグリット=アルバーナという名前がある」

「悪かったな、坊主」

「……」

「まあ、座れ」

 大男ーは顎をしゃくって椅子に座ることを勧める。

「改めて紹介しようか、俺の名前はダグラス=コードウェン。アルマのリーダーをやっている」

「ジグリット=アルバーナ。ナラス村の村長の次男坊だ」

 大男--ダグラスが手を差し出したので俺は握りながら返事する。

「なるほど、さすが森の主を倒しただけあって良い手だ」

 手を握っただけで強いか弱いかを読み取れるのか。

 なるほど、歴戦の勇士であることは疑いない。

「年は幾つだ?」

「十五、先月に成人になったばかりだ」

 俺の村の常識では十五から一人前の大人として扱われる。

「十五で、ダンジョン経験者でもないのにあの森の主を倒したのか……」

 ダグラスさん曰く、森の主はナラス村でなく、その近辺の村の懸念事項なので、時々アルマから編成して討伐を行うとのこと。

「あれを単独撃破--なるほど、確かに将来有望だ」

 褒められるのは悪くない。

 ダグラスの評価に俺は知らず小鼻を膨らませる。

 その後、俺のナラス村の生活をいくつか聞く。

 森に初めて入ったこと、そして子供達の集団を作り木の実や動物を刈ったこと。そして森の主に遭ってしまったこと、その後、俺が森の主を倒すまでどんな生活を送ってきたのかだった。

「ふむふむ、ミーアがしきりにジグリットを村に返そうとした理由も分かる。お前には人を惹きつけ、そして自己の鍛錬も怠らない得難い資質を持っている。少なくとも無為に命を散らして良い存在ではないな」

「……」

 字面だけ受け止めれば俺のべた褒めだろう。

 ただ、深刻そうな顔での言葉だから素直に喜べんな。

「本来ならすぐにでもアルマの本拠地に招き入れたいのだが」

「断わる、もう俺は何物にも縛られないし、護るモノもない」

 クランという鎖に縛られるのはまっぴらごめんだった。

「しかしなあ、お前の安全のためにも護衛がミーアだけというのは困るんだよ」

 困る原因は一つしかない。

「……シドさんですか?」

 俺の言葉にダグラスは重々しそうに肯定する。

「そうだ、あいつは粘着質だが腕は本物。実際アルマの一軍メンバーにはあいつが入っており、容易に替えが効かない存在だ。そして、シドはお前を心底嫌っている。ジグリットをここに住まわした翌日、物言わぬ死体になっていても俺は驚かんよ」

「……」

 シド、俺を簡単に殺せるほど強くなっていたのか。

 まあ、思い返せば村一番の狩人はシドであり、順調にいけば村の実力者になること確実だったからな。

「だからお前の身を護るため、もう一人の有望株をお前のところに送ろう」

「そんなにしてもらわなくとも……」

 別に俺はアルマに入らなくても構わない。

 ダンジョンに潜れればそれで良いのだが。

「そこは俺の我がままだ。ダイヤの原石をみすみす手放せるほどアルマは余裕がないし、俺もそんな真似はしたくない。だからここは聞き入れてくれないか?」

「ああ……」

 シドはともかく、カヨさんやカルマさんとの仲は悪くないので、もし抜けたら後ろめたさを感じるだろう。

 それに、アルマで金を稼げばその分ナラス村とその周辺の村々に還元されるので、ナラス村村長の次男坊としてはアルマで頑張るのが道理。

 よって俺が別のクランに移る理由はない、が。

「ダンジョンに潜れるのが大前提だけどな」

 そう、ダンジョンだ。

 俺がオルフェイアに来たのはダンジョンに潜りたいがゆえ。

 それが果たされないのであれば俺はどんな好待遇を受けようとも見切りをつけるだろうな。

「ハハハ! お前も根っからのダンジョン好きだな」

 俺の答えにダグラスリーダーは大笑いする。

 しかし、本当にダグラスリーダーは強面だな。

 山賊の棟梁と紹介されても信じてしまいそうだ。

「オーケー、分かった。今日のところはこれで終了だ。条件が整い次第お前をここに迎え入れよう」

 いや、それはご免なんだけどな。


「あらま、あたしを待っていたのかい?」

 気が付けばもう五の鐘が鳴る、日が沈む時間帯。

「済まないねぇ」

 ミーアからすれば、己の用事が長引いたせいで俺をここまで待たせたことに後ろめたさを覚えているのだろう。

 ただ、俺的にはそんなに堪えていない。

 何しろ、アルマにはダンジョン系の資料らしき本が大量に置いてあった。

 今、俺が喉から手が出るほど欲しかった情報なので夢中になって読んでいた

 本を読むのが主でありミーアを待つことはオマケだったので、俺は特に思うところはない。

「待たなくて良かったのに」

 ミーアは珍しく、猫耳をぺたんと下ろして謝罪する。

 自分のせいで、街にて遊んで来いという約束が果たせなかったのを気にしているようだ。

「別にいいぞ」

 俺はオルフェイアに遊びに来たわけじゃない。

 ダンジョンに潜りに来たのだから、それが出来ていれば特に問題はないのだ。

「そうは言ってもねえ」

 ミーアはよほど俺をオルフェイアの見聞を深めて欲しい様子。

「世界は、オルフェイアはダンジョンだけじゃないんだよ。場合によってはダンジョンよりも面白い世界もあるんだ」

 余程ミーアは俺を命の危険があるダンジョンから遠ざけたいようだ。

 最近ウザくなってきたので俺は無視することにした。

 で、その結果。

「ふん!」

 バシン!

「ぐああ……」

 ミーアの鞭のようにしなった尻尾が俺の顔面に直撃し、悶絶する羽目になった。


 アルマの本拠地に出向いた翌日。

 俺はいつも通り、二の鐘が鳴ると同時に部屋を出てミーアがいる待ち合わせ場所に出向いたのだが、そこはいつもと違っていた。

「ああ、おはようジグリット。相変わらず時間通りだね」

 ミーアの存在は良い、いつも通りだ。

 しかし……。

「おはよう」

 ミーアの隣にちびっ子がいた。

 見た目ヒューマンの十二歳前後、両足が地面についておらず、プラプラしているから身長は押して知るべし。

 くすんだピンク色の髪はボリュームがあり、ツインテールにして煩雑にまとめている。

 赤色の眼は眠そうにぼんやりと光っており、全体的に気だるげな印象を受けるのだが、元の造詣が良く、幼さも相まって庇護欲が掻き立てられた。

「……おい」

 俺は反応に困る。

 通常ならミーアにこのちびっ子について尋ねればよい。

 しかし、その時はこのちびっ子が初対面である場合だ。

 だが、俺はこいつを知っている。

「お前……プリムだよな?」

「うん、そう」

 プリム=ルービッヒ。

 村唯一の鍛冶屋の、ドワーフ一家の娘。

「久しぶり、ジグリット隊長」

 俺が組織した子供部隊の片腕だった。

「やはり知り合いだったかい」

 ミーアは事情を察していたのか深いため息を一つ。

「まあ、納得と言えば納得だね。ジグリットと一緒で頭を抱えたくなる問題人物だ」

「こいつと一緒にするな」

 俺は半眼でミーアを睨む。

 確かにプリムは強い。

 ドワーフ譲りの膂力と恐れを知らない突撃精神は頼もしいの一言で、子供では手の負えない獣を次々と葬ってきた。

 しかし、実際は指示を聞かない、敵を見たらすぐ突撃という超イノシシ娘。

 戦わずに済みそうな場面であっても構わず突撃するので、頭を抱えたことは何度もあった。

 ……今更だがよくあれで死傷者が出なかったよな。

「酷い、私は最善を思って行動しただけ」

 ピクリとも動かない表情で傷ついたような声を出すプリムにイラっと来た俺。

「お前はなぁ!? どれだけ俺を悩ませたと思っている!?」

 しなくてもいい戦闘を繰り返し、犯さなくても良かった危険を何度も潜り抜けさせたのはお前が考えなしに突っ込むからだろうが!

 俺の脳裏にこれまでの記憶が思い起こされ、知らず拳に力が籠る。

「ジグリット、痛い」

 その感情のまま両側頭部に拳を当ててグリグリ。

 しかし、かなり力を入れているはずなのに肝心のプリムは痛がる素振りすら見せなかった。

 ホントにこいつは無駄に硬い。

「旧友を温めるのはそろそろ良いかい?」

「旧友じゃない、悪友だ」

 滅茶苦茶手間のかかる類のな。

「ジグリットも気付いている通り。今日からプリムも加わるよ」

「よろしく」

 ミーアの紹介にプリムは小さな頭を下げる。

「プリムはドワーフらしい、前線での重騎士。あそこに見える装備を身に付けて前線にて踏ん張るよ」

 ミーアの示した先にあったのは無骨なフルアーマーに巨大な戦斧と大楯。

 フルアーマーの厚さは本一冊分ほどあり、戦斧と大楯も巨人が持ちそうなサイズ。

 ヒューマンだと俺どころか、二メートルを越える筋骨隆々の者でなければならないだろう。

 しかし、プリムはドワーフ。

 ドワーフの力はドラゴニュートを除いて圧倒し、三年前のプリムであっても薄い鉄板程度なら素手で引き千切ることが出来た。

「大丈夫、問題なく動ける」

 使い慣れているのか、プリムはそれらの装備に特段目を向けることもなく、事もなげにそう言った。

「ま、そんなわけだから。軽く打ち合わせを行うよ。何せ強力な前衛が出来たんだからね」

 前回まではほぼ俺一人だったから多少の確認は必要だろう。

 けどな。

「打ち合わせなどいるのか?」

 敵を見つけたら即撃滅。

 サーチ&デストロイしか出来ないプリムとどんな作戦を立てろと?

「……嫌なら実家に帰りなよ」

 スッと眼を逸らし、ボソボソとそう嘯くミーア。

 あ、これ、ミーアもプリムに滅茶苦茶苦労させられてきたんだな。

 俺はミーアに対する呆れと感嘆と、そしてこれからの苦労が浮かび上がり、乾いた笑いしか出てこなかった。

「今日は五階層に行くよ」

 プリムを加えた俺達は一気に五階層にまで降りる。

 俺が今まで一階層にしか降りていなかったことを考えると聊か無謀のように思えるが、プリムの存在が全てを納得させる。

「プリムは十階層でも単独で生き残れるほど強いし、個人の実力に限れば文句なしに一軍だよ……命令を聞かないけど」

 ボソッと致命的な欠点を口にしたミーアの何とも言えない表情を俺は忘れまい。

 つまり、二階層や三階層の雑魚だったら全てプリムが一撃で倒してしまい、俺の出番が全くなくなるので、プリムの一撃を耐えるほど強い魔物が出る五階層まで一気に降りようという腹だろう。

「……なんというか、今回は素直に謝らせてもらうよ、ごめん」

 しょんぼりしたミーアの姿を俺は一生忘れないだろう。



 四階層まではひんやりした石洞窟というイメージだったが、五階層からは土を目にする頻度が多くなる。

 これは土に関係する魔物が多くなるという合図であり、油断したら足元から魔物が飛び出してくる可能性が出来た。

 唯一の救いは乾いた土くれであることか。

 ジメジメし、蒸し暑かったらそれだけでやる気が削がれるところだった。

「安心しなジグリット、十階層は毒蛾の鱗粉漂う空気と毒の沼地が待っているよ」

 御親切にも、猫ひげを揺らしたミーアがありがたくない情報を教えてくれた。

「オルフェイアに来ていたのか」

 プリムを先頭にして歩く最中、俺はそう呼びかける。

「あの一件以来、疎遠になっていたからな。無事で良かった」

 森の主に出くわした時もプリムは先頭を切って相手をした。

 が、鉄板を引き裂くプリムの力をもってしても森の主には敵わず、深手を負ってしまう。

「後にも先にも、父さん以外に背負われたのは初めて」

 動けなくなったプリムを俺はそのままにせず、危険を冒してプリムを助けた。

「プリムの前で言うのは憚れるが、あれで良かったのかとたまに自問する」

 深手を負ったにしてもプリムの戦闘力は随一。

 森の主を捨て身で引き付ける選択肢を取れば、犠牲はプリム一人で済んだのかもしれない。

 しかし、当時の俺はそれを選ばずプリムを救った。

 その結果、プリムは生き残ったものの、俺を含む全員の命を危険に晒し、半数が死亡、行方不明という事態になった。

「リーダーからすればどちらが正しかったのか」

 一騎当千の猛者一人か、数多くの兵士の命か。

 どちらかを選ばなければならない場合、リーダーの正しい選択はどちらだろうか。

「--正しいリーダーの選択云々については私は分からないけれど」

 言葉に詰まった俺の後を引き継ぐようにプリムは抑揚のない口調で続ける。

「少なくとも私は選ばれ、こうして命を繋ぐことが出来た」

 もし、俺が後者を選べば、プリムの命はなかっただろう。

「だから私は強くなる義務がある。選ばれた以上、選ばれなかった皆の分まで強く」

 正解か不正解かなどという議論は無意味。

 選んだ結果が正解になるよう努力することが肝要だとプリムは訴えた。

「……驚いた」

 俺は素直に称賛する。

「お前も結構考えているんだな」

 正直に白状すればプリムは目の前の敵を倒すことしか興味がないバーサーカーだと思っていた。

 なのであの出来事も忘れている、若しくは些事の一つとしか考えていないだろうと高を括っていた俺自身を恥じる。

「私は強くなった」

 俺の想いを知ってか知らずかプリムは言葉に意志を込める。

「もうあんな無様な真似をしない」

 プリムがオルフェイアに来たのは強くなるため。

 皆を守れる力を渇望したからオルフェイアに来たのだとプリムは宣言した。

「そうか」

 俺は一つ頷く。

「だったら期待して良いか?」

 俺の言う期待とはリーダーの指示に従うこと。

 プリムと意思疎通が出来れば鬼に金棒だと俺は胸を膨らませるが。

「例え命令など聞かなくとも、敵を全滅できるよう強くなる」

「……おい」

 前言撤回、やはりプリムはプリムだった。

 しかし、心のどこかで安心したのも事実なので俺はプリムの頭を軽く小突くだけで終わらした。


「ミーア」

 その後、ダンジョンを捜索していた俺は魔物の気配を感じ、彼女の名前を呼ぶ。

「間違ってはいないね」

 ミーアから肯定の言葉。

 俺の勘が正しければ前方に三体程度の魔物がいるだろう。

「それにしても、あんたの勘はデミヒューマン顔負けだよ」

 ミーアは呆れともとれる言葉を述べる。

「いくら適応能力の高いヒューマンといっても……ああ、なるほど」

 言葉を続けようとしたミーアだが、俺の視線がプリムに向いているのを見た彼女は納得の表情を浮かべる。

「必要ゆえ身に付けた代物だからな」

 敵の影、気配を感じるとすぐさま撃滅しようと単独で走り出すプリム。

 そんなバーサーカーを操縦しようと思えば、プリムより先に敵を察知するしかない。

 プリムと再開したことで俺の勘が戻ってきていた。

「よくもまあ、こんなイノシシ娘を仲間に加えていたものだよ」

「ああ、俺自身も謎だ」

 どうして俺はそんなプリムを仲間に加え続けていたのだろう。

「多分、欲張りだったんじゃないか?」

 一度手に入れたものは絶対に離さない。

 そんな強欲だったからこそプリムを仲間に入れ続けていたのではと俺は推測した。

 と、まあ雑談はここまで。

「プリム、この先に魔物が三体いる」

 前方にいるだろう敵の殲滅に頭を切り替える。

「ん、分かった倒してくる」

「待て」

 巨大な戦斧を握りしめ、走り出そうとしたプリムの髪を俺は引っ張る。

 兜をかぶってもプリムの髪は出てくるほど多いので都合が良い。

「痛い」

「引っ張っているからな」

 何を当たり前のことを言っているんだか。

「倒すなとは言わん。ただ、一体をこっちに回せ」

 ダンジョンの特性上、いるだけで強くなれるが、魔物を倒した方がさらに強くなれる。

 シドさんの件もあり、俺は早急に強くなる必要があるので、プリムの殲滅ショーを見る余裕はない。

「戦っている最中にそんなこと出来るかどうかわからない」

「ま、そりゃそうだわな」

 戦いの最中は如何にして己が命を守り、相手の命を刈り取るかが考え続けなければならないのでそんな余裕はないのだろう。

 プリムにそこまで考えられるのなら俺もそんなに苦労しなかったし。

「それじゃあ、こう言い換えよう。一撃で一体を確実に倒し、二体目は時間をかけて殺せ」

「ん、それなら出来る」

 この指示は通用するようだ。

「それじゃあ、行ってくる」

 そしてプリムは駆け出す。

 まるで珍しいものを見つけた子供のように軽やかかつ素早い動きで。

「相変わらずプリムはプリムだよなあ」

 まるで変わっていないプリムの行動に俺は苦笑を浮かべながらも、遅れないように駆け足で彼女の後を追った。


 先にいたのはキラーアント、ビッグアントの進化系だ。

 俺の腰までしかなかった身長は俺の目線まで伸び、顎に付いた牙は俺の四肢など簡単に食いちぎりそうなほど鋭い。

 ビッグアントの、厄介種であった仲間を呼ぶ特技は健在で、一旦呼ばれたら十体以上相手にしなければならないと言われている。

 五階層において冒険者の死亡率を大きく上げているのが眼前のキラーアントであった。

 さて、そんな恐るべきキラーアントなのだが。

「やあああああああ!」

 プリムの気合一閃、頑丈な甲殻ごと両断する。

 隙の多い大上段からの斬り下ろしなのだが、ドワーフの膂力とプリムの小ささによって隙がほとんど消えている。

 付き合いの長い俺でも、プリムがそれを失敗した場面をほとんど見ていなかった。

 と、俺も呑気に過去を思い出している場合ではない。

「炎の神、イグニスよ。我の願いを聞き遂げ、願いを具体化せん--ファイアランス」

 狙いは音を発する口回り周辺。

 ダンジョンにの恩恵によって能力が上がっている今の俺ならば外す可能性は低かった。

「ギシャアアア!」

 俺の狙い過たず、一体のキラーアントが炎に包まれる。

 そしてそのキラーアントは俺に殺意を覚え、単身向かってきた。

「っ」

 さて、どうしよう。

 キラーアントを護る黒い甲殻。

 プリムのように両断できる自信がないな。

「だったら足を狙う!」

 体はともかく足まで甲殻に覆われていない。

 俺は長剣を構えて走り、すれ違いざまにキラーアントの片足を切断する。

 俺の予想通り斬れたが、六本あるうちの一本だ。

 すぐに致命的な効果は表れない。

「けど、これで十分だ」

 向こうの規制は削がれたのは事実であり、移動速度が下がったのは否めない。

「おら!」

 俺は首と胴体を繋ぐ、甲殻に覆われていない関節に長剣を差し込み、グルリと半回転させる。

 ブチブチと嫌な音と感触によって俺は目的が達成されたことを知った。

「我ながら上出来だった」

 魔法によって敵の視界を封じ、足を狙って機動力を奪い、急所に剣を突き立てる一連の流れ。

 思い通りに事が進むと気持ちいいな。

「何悦に入ってんだか。一体のキラーアントに三動作もしてちゃあすぐお仲間にやられちゃうよ」

「……分かっている」

 水を差された俺は憮然とした態度で返す。

 アント系の最大の特徴は数の暴力にある。

 一対一など滅多になく、大抵は一対三、五、下手すれば十もありえるのでいかに早く殲滅させるかが肝になってくる。

「まずは俺のレベルを上げさせてくれ」

 昨日まで一階層を狩場にしていたヒューマンの俺に、いきなり五階層の敵を攻略しろなんて無謀も良いところだろう。

「言い訳はやめな。シドに狙われた時でも、あんたは同じことを言えるのかい?」

「……」

 そう言われれば俺も黙ざるを得ない。

 向こうからすれば俺が成長するのを黙認させる必要はないどころか弱いうちに倒すのが狩りの鉄則。

「まさかジグリットがあそこまで恨まれているとはね。だったらあんたはオルフェイアに残る以上、多少危険を冒しても強くなってもらうよ。もしくはシドが死ぬまで村に引っ込むとかね」

 強くなるか死ぬか。

 シドさんの存在によって俺は確実な方法を取れなくなったわけか。

「まあ、それなら仕方ないか」

 多少理不尽に思えたが死ぬよりましだと思うことにした。

 ちなみにその話を聞きつけたプリムが。

「そんな回りくどいことをせずに私がシドを倒してこようか?」

 細く白い首を傾げ、その上で血濡れの戦斧を輝かせながらそんなことをのたまうプリム。

 あまりにも分かりやすい解決方法に俺は絶句するのだが。

「まとも戦うのならプリムの方が分があるさ。けど、シドは狩人だよ? 罠や毒矢といった搦め手を駆使してくるに決まってんじゃないか」

 俺の代わりにミーアがひげをぴょこぴょこ動かしながらそう答えた。

「やってみないと分からない」

 プリムはそう言葉を重ねるも。

「いや、これはジグリットとシドの問題だからね。部外者が容易に立ちあって良い問題じゃないよ」

 ミーアの含蓄ある言葉に一蹴された。

「さてと、次の敵に行こうか」

 ミーアは首を鳴らしながら右斜め前方に視線を向ける。

 俺はまだ感じていないのをミーアは勘づいたのか。

 少しばかり嫉妬を覚えてしまうな。

「だから勝手に行くなと」

 俺はそんな思いを抱きながらも、走り去っていこうとするプリムの肩を掴んでいた。


 第三章



 この階層の戦いの要領が分かってきた。

 キラーアントやジャイアントスパイダーといった虫系の魔物が登場する五階層。

 まず単体で遭遇することはなく、平均で三~五体前後を相手にしなければならない。

 ミーアは荷物持ちに徹し、戦闘に参加することはないので必然的に俺とプリムが戦う。

 で、どのような戦い方かというと。

「プリム、前方に敵四体」

「了解、行ってくる」

 俺が敵の存在を察するや否や走り出すプリム。

 最初の頃は髪を引っ張ってでも止めていたが、今はもうしない。

「大地の神ノームよ、我の願いに応えん--アースウォール」

 俺が土魔法を詠唱し、敵を分断する。

 俺が出したアースウォールは速さを重視しているのでそんなに耐久力はない。

 が、しばしの時を稼げるのは確実なのでその間にプリムが先の二体を倒し、その後に残った二体を倒して殲滅完了。

 戦闘その一、分断してから各個撃破。

 

「っ」

「あ、待って」

 突然走り出した俺に勘づいたプリムはすぐに俺の後を追う。

 俺は前方に何があるのか正確に察知、敵が五体いる。

 俺は背中の長剣でなく、腰に差した短刀を引き抜く。

「おら、うら、とりゃ」

 ヒットアンドウェイ。

 軽い一斬りを三体ほど行った俺はそのまま逃走。

 俺が斬り付けた魔物だけでなく、全て五体が俺に注目し、追いかけようとこちらに目を向けた。

 魔物達よ、それで良いのか?

 後ろにもっと怖い奴がいるぞ?

「えい」

 気の抜けた掛け声とともに二体が両断。

 追いついたプリムはそのまま追撃に入る。

 俺としては経験を積みたかったのだが、戻った時には戦闘が終了していた。

「せめて一体ぐらい残してくれよ」

「分かった、善処する」

 プリムのくせに善処の意味を正しく理解し、使用しているなと俺は苦笑を禁じ得なかった。

 戦闘その二、俺に注目を集め、その隙にプリムが殲滅。


「炎の神イグニスよ、我の願いに応えん、出でよ、炎の塊--ファイアバレット」

 炎を幾つかの塊に凝縮させ、そのまま発射。

 高い殻を持つ虫といえども、俺はレベルアップしさらに多量の魔力を練った魔法によって呆気なく貫通する。

 残るは体のあちこちを貫かれ、瀕死となった魔物の群れ。

「よし、後は任せて」

 プリムは俺の返事を待たずに走り出し、魔物に止めを刺していった。

「だから俺の分も残してくれと」

 せっかくの経験が手に入らないじゃないか。

 戦闘その三、俺メイン、プリムが後始末。


 以上の三戦法を基本として五階層の魔物を片付けていった。

「ジグリット、あんたは凄いねえ」

 魔物の魔石やドロップアイテムを拾っていた最中、ミーアが感嘆の声を上げる。

「あの暴走イノシシ娘を使いこなせているじゃないか」

 ミーアの肉球のついた手の先には斧の手入れを行っているプリム。

 微笑を浮かべ、楽しそうに布を動かしている。

「まあ、プリムとの付き合いは長いからな」

 俺が結成した団の初期からプリムがいた。

 あいつは最初から命令を無視するのでどうすれば良いのかよく頭を抱えたよ。

「それで試行錯誤の結果、この戦法を生み出したわけだ」

 プリムに言うことを聞かせるのは無理。

 だったら命令無視が痛手になる状態を作らなければいいことに腐心した。

「あんたとプリムだけなら分かるさ。でも、実際は多くの子供たちがいたのだろう?」

 一人でも命令を聞かない者がいれば組織はガタガタになる。

 その時、どうやって乗り切ったのかとミーアは問う。

「簡単な役割分担さ。プリムが先陣を切り、俺がそのサポート。残りの子供は防御に徹し、討ち漏らしや後始末を任せた」

 子供の身長を越えるイノシシ一匹だろうと巨大アリの集団だろうとその戦法は変わらない。

 ドワーフのプリムがいる限り負けはないのだから、後は如何に他の子どもたちの安全を確保すればいいのか考えればそれで良かった。

「だから特に問題は起きなかったな」

 子供達はプリムが最前線で戦う姿を間近で見てきていたので、リーダーたる俺の命令を聞かないことに不満を持たず、プリムのように命令を無視することはなかった

「オルフェイアに来てからとは状況が違いすぎるね」

 俺の話を聞いたミーアはそう前置きする。

「あの娘は問題人物なのさ」

 ミーアが溜息をこぼす。

 プリムは強いのだが、命令を聞かないという致命的な欠点を持っている。

 そのため、あちこちのパーティーをたらい回しにされ、最終的にはソロでのダンジョン探索を余儀なくされた。

「あたしのえこひいきかもしれないけど、あのように真っ直ぐな子が不憫な扱いを受けているのを見るのは忍び難くて……」

 ミーアは効率よりも情の方が先立つようだ。

 命を賭ける冒険者としてはどうかと思うが、俺としては一笑に伏せない。

 一時期、俺の命令を絶対順守する子供だけで狩りをやっていたこともあるが、その時の味気ないこと。

 手間も成果も段違いだったのだが、回数を重ねるごとに「何か違う」という考えが頭をもたげ、その思いがだんだん強くなっていった。

 で、選ばれた子が陰で選ばれなかった子を見下すなど、村に亀裂が生まれ始めたのもあってプリムを加えた。

 この経験を通して俺は打算と効率で編成されたパーティーなど息苦しく、すぐに終わってしまう。

 清水より多少汚れている水の方が魚が住みやすいように、多少は遊びや余裕を持たせた方が楽しいし長持ちすると俺は子供ながら学んだ。

「俺にとってはプリムは必要な存在さ」

 命令は聞かないし言ったことをすぐに目的を忘れる鳥頭だし欠点を改善する気もないし。

「それでもプリムと一緒にいると楽しい」

 冒険は、狩りは楽しくなくてはな。

 そのために多少の効率を犠牲するには目を瞑ろう。

「蛇の道は蛇、問題人物の取り扱いは問題人物が一番ってか」

「失礼なことを言うな」

 誰が問題人物だ、誰が。

 俺は非難中傷に対しては断固戦うぞ。


「さあて、そろそろ帰ろうかい」

 俺とプリムで狩りを続けてしばらく、小腹が空いてきたなと思い始めたところでミーアがストップをかける。

「初日にしては中々の連携じゃないか。けど、無理は禁物。上手くいっている時に止めるのが生き延びる鉄則さ」

 調子に乗って進み過ぎ、出くわした強敵に沈むという冒険者の最期は腐るほどある。

 いい頃合いだろうとミーアは声を出す。

「……私はまだ戦える」

 しかし、プリムが拒否する。

 そのわがままは頂けないと俺とミーアは思ったのだが。

「ここまで楽しかったのは本当に久しぶり、だからもっとやろう」

 感情が乏しいプリムが涙を滲ませながらの訴えにミーアは押し黙る。

 おいミーア、騙されるな。

 プリムは基本的に己の欲求に忠実で、それを叶えるためなら嘘泣きでも哀願でも何でもする。

 ……過去、俺も何度プリムの涙に騙されてきたことか。

「はいはい、それは良かったな。行くぞ、ミーア」

 なので俺はまともに取り合わずに踵を返す。

「……酷い」

 プリムの不機嫌な呟きが俺の背に投げつけられる。

 ただ、抵抗はそれだけで後は素直に俺についていった。


 一人よりも二人の方が効率が良い。

 頭でわかっていても、実際に目の前で証明されると信じざるを得ないな。

「よし、終わり」

 アシガルアント十数体を相手にし終わった後のプリムの言葉。

 アシガルアントとはダンジョンの、平均冒険者がソロで狩れる限界点、十階層にのみ出現し、数の暴力はもちろん、剣に似た脚を振り回す、個々の能力も高い厄介な敵だ。

 そしてそれ以上に厄介なのがサムライアント。

 虫気の魔物にしては珍しく群れず、一体一体現われるが、彼らを舐めてはいけない。

 一体ずつなのは、出会ったら敵でも味方でも構わず殺し、魔石を蓄えているから。

 その集団の手強さは虫系の魔物の中でもトップクラスであり、五体以上遭遇した場合ギルドでも逃走を推奨するほど敬遠されていた。

 それをほぼ一人で殲滅。

 ミーア曰く、これが出来るのは上級冒険者以上らしい。

「プリム、お前はどれだけ強くなったのか?」

 場所はダンスホール並みの施設がそっくり入れそうなほど大きな広間。

 恐らく、アルマの本拠地の屋敷の端から端まで以上にあるのではないか?

 相変わらず土のにおいが充満しているが、地面に魔石がいくつも埋め込まれ、光沢を放っている光景は綺麗の一言。

 連戦に次ぐ連戦を終えた俺達へのご褒美に相応しい光景だ。

「ジグリットも凄い」

 小さな頭をフルフルと振ったプリムは続ける。

「私が存分に力を振るえるよう場を整えてくれた」

「やはり分かったか」

 俺は頭をかく。

 プリムがアシガルアントと戦っている間、俺は指をくわえて見ていたわけじゃない。

 ファイアランスで敵の注意を引き付け、アースウォールでプリムと相対する敵を制限し、最近覚えたアイスニードルで敵の動きを阻害した。

「俺の本職は魔法使いじゃないんだけどな」

 前衛か後衛かと問われると前衛で、腰に差した長剣を存分に振るいたいと思っている。

「大丈夫、私がいる。だから安心して魔法を使って」

 プリムが薄い胸をドンと叩く。

 何とも頼もしい言葉だが、要約すれば「私が存分に敵と戦えるようお膳立てして」である。

「ハハハ」

 色々言いたいことがあるものの、その方が効率良く敵を処理できるし、小さい頃からそうしてきた。

 ただ、今になっても全くぶれていないプリムに俺は乾いた笑いを漏らしてしまった。

「そろそろ時間だねえ」

 いつの間にか全ての魔石とドロップアイテムを拾い終えたミーアは俺達に告げる。

「帰るよ」

「ああ」

「いや」

 そしてプリムがもっと戦いたいとごねるのもお約束。

「それじゃジグリット、プリム。戻って反省会といこうかい」

 最初は俺のぞんざいな態度に難色を示していたが、ここ最近プリムについて理解が深まったミーア。

「最近ミーアが不愛想」

 プリムの抵抗は口だけなので、ぶつくさ文句を垂れながらも俺達の後についていった。


 そして反省会が行われる宿屋『リーリア』。

 当初は『アルマ』の拠点から通っていたプリムだが最近はここに寝場所を移している。

 なので最後の鐘が鳴る時刻を心配する必要が無くなっていた。

「さて、早速だけどあんたらの連携は素晴らしいねえ」

 ミーアが感嘆の吐息を漏らす。

「よくもまあこの問題人物をそこまで上手く扱えるものだよ」

「幼馴染だからな、考えることも戦い方も慣れたものだ」

 突然ならともかく、小さい頃からの積み重ねを甘く見てもらっては困るよ。

「私とジグリットは以心伝心」

 当然とばかりにうんうんと頷くプリム。

 相変わらず表情は乏しいものの、心なしか誇らしげだ。

 プリムよ、俺はお前の考えることは分かるが、お前は俺の考えなど分かってくれないし、分かろうともしないだろうが。

「うちのボスもジグリットがプリムと共に十階層を攻略したと聞いて喜んでいたよ、なので明日からもう一人メンバーを送るの加えて欲しいそうだよ」

 何故だろう、褒められているはずなのに嫌な予感がビンビンする。

「誰だ?」

「喜びな、エルフ族のラーティア=シルヴァス。弓と魔法が得意、おまけに召喚術も使用可能というジグリットが望んでいた後衛のエキスパートだよ」

 そう言う割にはミーアの眼が死んでいる。

 暑くないはずなのに俺の背中に冷や汗が垂れる。

「一応聞くが拒否権は?」

「あるはずないよ、強制だ」

 これで確定。

 あの野郎、また俺に問題人物を押し付ける気だ。

「まあ、足手まといにはなりゃしないよ。ラーティアの強さは折り紙付きだ、ちゃんと運用すればこれ以上ない力になってくれるはずだよ、ただ--」

「ただ?」

「……攻撃に味方を巻き込むだけで」

 気まずげに付け足したミーアの表情があまりに深刻すぎて俺はこれ以上何も言えない。

「このお肉、美味しい。おかわり」

 そんな中、プリムは一人マイペースに食事を勧め、お代わりを希望した。


「私の邪魔をしないで下さい」

 開口一番そう言い放つのはラーティア。

 エルフ族に美形が多いのは知っていたが、目の前のラーティアの美しさはそのエルフ族でも群を抜くだろう。

 神が造形したと嘯かれても信じてしまいそうな整った顔。

 流れる金髪は光り輝き、碧い眼はまるで澄み渡る海のよう。

 美の女神の肌はこの色かと納得してしまう程きめ細やかな白い肌に、アクセントとしての赤い唇。

 そしてその顔に似合ったスレンダーな肢体と相まり、完成された彫刻が生きて動いているかのように錯覚させられた。

 まあ、でも綺麗なバラにはとげがあるのが普通だよな。

「貴方方が何をしようが私は干渉しません。だから貴方方も私に干渉しないで下さい」

 朗らかな笑顔でそう述べるラーティアの表情はまるでそれが当然かのよう。

 エルフ族は高慢で他の種族を見下す傾向があるらしいが、ラーティアの場合は見下すどころか己に踏み付けられなかった人が可哀そうと思うぐらい高慢だ。

 俺は直感的に、ラーティアは誰の命令も従わないなと感じた。

「(おいミーア、なんという大物を連れてきたのか)」

 俺の予想をはるかに上回る問題人物に俺はミーアの肘をつつく。

「(……これは厳正なる審理の結果だ、諦めな)」

 ゾンビのような声でそう訴えてきてもな。

 恐らくミーアも精一杯抵抗したのだろうが聞き入られなかったのではと推測した。

「私は準備万端」

 プリムの、いつもと変わらない声。

 空気を読まないどころかぶち壊すことに定評のあるプリムの存在がこの時ばかりは嬉しかった。

 俺達が向かう場所は十階層。

 最初に組むパーティーならもっと浅い階層で試すのだが、個々の力量を鑑みた結果、十階層が良いということで落ち着く。

「どうして私が五階層で試さなければならないのか。私は普段十階層を狩場としています。なので常識的に考えて十階層が普通なのでは?」

 と、ラーティアがポエムを朗読する調子で一方的に決められたら従うしかないだろう……俺がリーダーなのに。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ