異世界の落とし物と魔王様
短編「魔王を倒しに行ったのだが」の続編というかオマケになりますが、前作を読んでいなくても全く問題ないと思います。
ツイッターのアンケートで頂戴したお題「それは君に似ていて」から。
勇者としてこの世界に召喚されて、もうまる二年になる。
現在はジョブチェンジして魔王の妻をやっていたりするが、それはそれで幸せな毎日を送っている。夫である魔王はちょっと意地悪なところもあるけど優しくてベタ甘、私も、その、彼のことーーーー
「アヤ、これは何だ」
魔王が私に見せてきたものに私は目を見張った。
白い厚手の紙が数枚綴じられた束。それが別の厚手の紙で出来た土台に綴じられていて、立てられる作りになっている。
そして表面にはとずらりと数字がならんでいてーーーー
「なにこれ! 卓上カレンダーじゃない!」
そう、日本ではありきたりの卓上カレンダーだ。数字も表記も日本のもので、私は目を丸くした。
「カリスト、これ! これ、どうしたの」
「やっぱりお前の世界のものか。同じ匂いがしたからひょっとしたらと思ってな。それはごく稀に世界を渡ってくるものの一つだ」
魔王――――カリストがカレンダーのページをぴらぴらめくりながら答えてくれた。
「え、そんなことがあるの」
「ごく稀にな。どうやら世界と世界が近づいたときにふっと落ちてくるらしい。で、これは一体何の本だ?」
「これはカレンダーっていって、暦なんだけど……暦ってこの世界にもあるの?」
「なんだそれは」
「ええっと、日にちとかを一目でわかるようにしてあるんだけど――――」
そういえば昔習ったな。たしか古代エジプトでナイル川が氾濫する時期に周期性があることに気がついて、それを予測するためにできた、とか。農耕民族には特に大事とか。
そこからお茶請け話にカレンダーについて説明しながらまったりと二人で時間を過ごした。
にしても、同じ世界の「匂い」ってどんなだろう?
「ねえ、ほかにも異世界から流れてきたものってあるの?」
「ああ、あるぞ。見に行ってみるか」
「え? いいの?」
「もちろんだ。アヤは魔王たる俺の妻だからな、何も問題はない」
そう言うとカリストは私の手を取って立たせ、そのまま指先に唇を落とした。まだまだその行動に羞恥で真っ赤になり固まってしまう私の腰を抱き、そのまま部屋を出たのだった。
案内されたのは城の奥深く、かなり厳重に施錠された重々しい扉。
「カリスト……? ここは」
「ここには長年に渡って異界から流れ着いたものが収めてある」
「なんでこんなに厳重なの?」
「異界のものは用途の分からんものが多い。それに素材も見知らぬものがあったりしてな、危なっかしくてその辺に転がしておくわけにゃいかないんだ」
「ああ、なるほど」
なんとなくわかる気がする。
「ねえ、カリストにはどれが私の世界から来たものなのかわかるの?」
「ああ。同じ世界のものには同じ匂いがする」
「匂い……」
思わず自分の体をクンクンと嗅いでしまった。カリストがそれを見て苦笑した。
「本当に匂いがするわけじゃない。もっと感覚的なものだーーーーほら、アヤ。このあたりがアヤの世界から来たものだ」
そう言ってカリストが棚の一角を示す。意外ときっちり分類してあるな。
私はゆっくりと棚に近づいた。
ーーーー本当にいろいろなものがある。
けれどどれも見覚えのある形や質感をもっている。
「わあ! これ、ゲームディスク? こっちはお財布、お金はいってる! ええと、カフス……かな。片一方だけ。これはクリスマスのオーナメント?! これは車のタイヤ? 電気ストーブ? めちゃくちゃだわ」
あれこれと見てるとテンション上がってくる!
この世界に来てそんなに長い時間が過ぎたわけじゃないけど、地球のものを見ているとやっぱり懐かしく感じてしまう。あちらに未練がないかといえばもちろんある。けれどそれ以上に好きな人に出会ってしまったのだ。
カリストと離れることは考えられないし、正直日本には家族がいるわけでもないのだ。友達やバイト先には申し訳ないが、もう帰ることはないだろう。
ひとしきり楽しんでから何の気なしに問いかけた。
「ねえ、ここにあるもので全部?」
「えっ? あ、まあな」
何だか返事の歯切れが悪い。カリストにしては珍しい。それが気になって聞き返してしまった。
「何よ、何か隠してるんじゃないの?」
「いや、そういうわけじゃーーーーあー、その、ひとつたけ……?」
モゴモゴと煮え切らないカリストを宥めて透かしてそれがあるところへ案内させる。だってもしそれが危険なものだったら? 例えば手榴弾や銃みたいなものだったら、カリストは用途をわからず保管している可能性だってある。心配じゃないか。
まあ、エロ本なんかを隠しているんじゃないかって気もするけどね!
連れてこられたのはカリストの執務室だった。
カリストは無言で机の引き出しから小さな箱を取り出した。その中に布に包まれて入っていたのはーーーー
「マグカップ?」
「いや、ただのカップのようだし害はなさそうだしな!」
「でも、なんでこんな丁重に包んで手元に置いてあるの?」
「う……それは、これが……ると……」
「何よ、はっきり言いなさいよ。カリストらしくない」
出会い頭にグイグイ私を口説いた魔王とは思えない。
私は拍子抜けした勢いでさらに問い詰めた。
「ーーーーっ、似てると思ったのだ! このカップに描かれた絵が、アヤにっ!」
カリストの顔がみるみる真っ赤になっていく。いたずらを見つかった子供みたいでなんだかかわいい。
「ほら、この目がクリッとしてるところとか、肩で切り揃えられた黒髪とか、良く似てるだろ? それにアヤと同じ世界のものだから匂いも似ていて、仕事中の癒やしに、だな」
「え、あ、うん、そうね……」
「な、君によく似ていてかわいいだろう?」
そういってカリストが嬉しそうに笑う。
つまりカップのイラストが私に似ているから宝物にしていた、と?
やだ、照れる。カリストが仕事してる間も私に会いたがってくれているとか、こっそり隠して大事にしてるとか、すごくあったかい気持ちになる。
「もちろん本物のアヤには敵わないけどな」
そのままギュッと抱きしめられて、私は彼の胸に体を預けた。
「別に隠すことないじゃない」
「すまん。なんとなく気恥ずかしくて、な」
お互いの顔を見て何となくふふ、と笑い合った。
でも、カリストの気持ちが嬉しいから黙っておくね。
カップに描かれてるイラストに似てるって言われるの、ちょっとビミョーだって。
おかっぱの髪型でクリッとした目。横に描かれたかわいいクマさん。そしてなにより、特徴的な赤い腹掛け。
どう見ても金太郎だよなあ、これ。




