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ヴァルキリーズ・ストーム外伝 精霊体達は大忙し!後編

作者: 綿屋 伊織

 精霊体達が美鈴にシメられている丁度その時、ハンガーに入ったのは都築だった。


「……ったく」

 自らの愛騎の足下に来た都築は、ため息まじりに頭を掻いた。

「しょうがねぇか」

 舌打ち一つ、都築は床を蹴り、コクピットハッチに移動。コンコンと、ハッチを軽く叩いた。

「十六夜?聞こえているか?」

 メサイアの中からの返答はない。

「……十六夜?」

 都築は、まるで目の前に十六夜がいるかのように、優しく語りかける。

「話がしたいんだ……頼む。ハッチを開けて、顔を見せてくれ」

 返事はない。

 ハッチは開かない。

 機械の作動音に混じって、どこか遠くで女の子達の悲鳴が聞こえてくるだけ。

「……十六夜」

 それでも、都築は諦めなかった。


「俺のこと……嫌いじゃなかったら……」

 まるで恋人に語りかけるようなその言葉の先には、冷たい装甲。

 それを貫くのは銃弾でも剣でもない。


 言葉だ。


「開けてくれ」


 ハッチは開かない。

 だが、都築は不思議と、ハッチが開かれるとわかっていた。

 生死を共にする世界を共に駆け抜けた者達同士のシンパシーかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 不思議な感覚が、都築に告げたのだ。


 ―――大丈夫だ、と。


 だから、都築は確信していた。


 このハッチは開く。


 そう、確信していたのだ。

 

 ……ピッ

 ピピピヒッ


 周囲に響くコクピットハッチ開放警告音。

 それは、都築の確信を裏付けてくれた。


「ありがとう……十六夜」

 都築は、コクピットへと潜り込んだ。


 丁度、その足下では、美鈴から解放された精霊体達が集まりつつあったのを、当然ながら都築は知らない。


「どうすんのよ!」

 涼が鈴に怒鳴った。

「アンタがバカやってくれたおかげで、とんだ迷惑だわ!?」

「な、何言ってんのよ!先に手を上げたのはアンタでしょう!?」

「やめなさい二人ともっ!」

乃衣(のい)姉!止めないで!」

「ここで白黒つけてやるんだからぁっ!」

「やめて二人とも!美鈴様がまた動いたっ!」

「……」

「……」



「―――まぁ、何だ」

 ハッチの閉まったコクピットの中。都築は十六夜の小さな体を抱きしめていた。

 細い体が小刻みに震え、しゃくり上げる声が耳元に届く。

 泣いた子供をあやす父親とは、こういうものか。

 都築は一瞬、そう思った。

「失敗は誰にでもある」

「……ヒック」

「失敗したら、失敗した分だけ頑張れ」

「……でも、でもぉ……」

「大丈夫だ」

 都築は十六夜を抱きしめる腕に軽く力を込めた。

 細い体は、思ったより柔らかい。

 美奈代を抱きしめた時とは違うといえば違う。だが、全く別なともいえない、不思議な感覚が腕の中から湧いてくる。

「俺が側にいる。いつだって一緒に、俺がいるから」


「……都築……さん」


「俺達は、どこまでも一緒だよ……十六夜」


 クサいセリフだと思う。


 陳腐だと思う。


 馬鹿馬鹿しいにもほどがある―――そんなセリフだ。


 だが―――


「そうだろう?」


 それを違うと否定するつもりは、都築にはなかった。



 そして―――


「はいっ!」


 十六夜はこの日初めて、満面の笑みを浮かべ、そして頷いた。




「はぁ……はぁ……」

 美鈴から散々シバかれた涼達はすでにズタボロだ。

「グスッ……せっかくのドレスがぁ……」

 ドレスの切れ端を握りしめながら泣き崩れるアルト。

「お……覚えてなさいよ?二人とも」

「な、何よっ!」

「私達が悪いっていうの!?」

 頭にでっかいタンコブを作った涼と鈴が他の精霊体達に取り囲まれ、青くなっていた。

「あんた達が余計なコトするからでしょう!?」

 紗々(しゃしゃ)が顔を真っ赤にして怒鳴る。

「見なさいよ!アルトのドレス!どうすんのよ!アルト泣いちゃったよ!?」

「……わ、悪かったわよ」

「でも……あれは美鈴様が」

 涼と鈴は、口を尖らせながら小さく文句を言うのが精一杯だ。

「ああ。ほらアルト。泣きやみなさいよ。ドレスはまた山崎さんに作ってもらえばいいじゃない。ね?」

 紗々(しゃしゃ)はアルトをそっと抱きしめながら、アルトをあやすように言った。

「山崎さんは、わかってくれるわよ。きっと、もっといいドレス作ってくれるって」

「……ううっ」

「ほら!そこの二人、アルトにちゃんと謝んなさいよ!」

「ご……ごめんなさい」

「わ、悪かった」



「……ごめんなさい」

 同じ頃、十六夜もまた、都築に謝っていた。

「私……私、都築さんを殺しかけた。守らなくちゃいけない人達を、殺しかけた」

「……そうだな」

 十六夜を抱きしめる都築の指に十六夜の髪が触れる。

 精霊体という擬似的存在とは思えないほどしなやかな髪を感じた都築の指は、そっとその髪を弄ぶ。

「じゃ、次は失敗しないようにしよう。失敗した分だけ、頑張って功績を立てよう。危険に曝した人達が許してくれるような功績を立てれば、きっと許してもらえる」

「……本当?」

「ああ」

 都築は軽く肩をすくめた。

「俺が言うんだ。間違いないだろう?」

「……」

 十六夜は、心底申し訳ないという顔で言った。

「都築さんだから」

「ん?」

「……信じられない」

「……どういう意味だ?」

「だって……」

 十六夜は不満げに頬をふくらませ、そっぽを向いた。

 不思議と愛らしいその仕草に、都築は気づかないまま、魅入られていた。

「プログラムミスしてばかりだし、命令聞き逃すし」

「……すまん」

 都築はぼやいた。

「お詫びしなきゃいけないのは俺の方だったか」

「……まずは私」

 十六夜はそう言った後、言葉を詰まらせ、そして俯いた。

「でも……ね?」

「ん?」


「私……何も持っていない」


「お詫びや誠意は、モノで計るものじゃねぇさ」

 都築は小さく笑って言った。

「十六夜は言葉を持っている。お詫びの言葉はもういらないってくらい、もらっている」


「……でも」

 不安げに顔を上げた十六夜は、都築の顔を見るなり、もう一度俯いてしまった。

 その頬が赤く染まったことに、都築は気づいていない。


「大丈夫だよ。十六夜」


「……」


「ん?」


 十六夜は、思い切ったように顔を上げると、顎をあげ、目を閉じた。


「十六夜?」

 都築は、その意味がわからない。


「……あげる」

 目を閉じたまま、十六夜は震える声で言った。



「私の……ファーストキス」



「……」


「……」


 唖然とした顔の都築は、笑っていいのか呆れていいのか、十六夜から出た言葉へのリアクションに完全に詰まってしまった。


「……いや……あの……な?」


「……私のじゃ、いや?」


「いや、そうは」


「私のファーストキスなんて……意味ない?」

 都築にそう訊ねる十六夜の瞳から、大粒の涙が一筋、こぼれた。


「……いいこと教えてやる。十六夜」


「?」


「実は俺も……初めてなんだよ。キスって」


「え?」


 驚いまぶたをあけた十六夜の目の前には、今まで見たことがないほど近くに都築がいた。

 今まで見たことがないほど、その顔は優しく自分を見つめてくれていた。


 そして―――


「……んっ」

 唇同士の触れあう感触に、十六夜は全てを任せ、瞳を閉じた。





「もう最終手段っ!」

 そう怒鳴ったのは乃衣のいだ。

「いい!?もう時間ない!最終手段に出る!」

「最終手段?」

「みんなで力あわせて、コイツに強制ハッキング。んで、ハッチ強制開放したら、コクピットに隠れている十六夜を引っ張り出す!―――名付けて、天の岩戸作戦っ!」

「ちょっと違うと思うけどなぁ……」

「夏姫、全然違うんだよ」

「何よ!やるの!?やらないの!?」

「っていうか……それ以外ないよね?」

「さくら、そういうことよ!」

「じゃ、やりましょう」


 精霊体達は同時に頷くと、都築騎のコクピットハッチの周囲にとりついた。


「準備いい?」

「十六夜、電子戦は得意だから……気合い入れないとね」

「じゃ―――せーの!」


 周囲のメサイア総かがりのハッキングが都築騎のハッチを開放するためだけに行われた。

 そして、ハッチは精霊体達が拍子抜けするほどあっさりと開放された。


「十六夜、何の抵抗もしなかったよ?」

「もう寝ちゃったかな」

「バカ―――十六夜?」

 最初にハッチの中をのぞきこんだのは、紗々(しゃしゃ)。

「ほらぁ。いつまでも……って」

「何してんのよ。ほら、どきなさいよ。十六夜?って!?」

「鈴、何して―――ええっ!?」

「何?うぞぉっ!」

「う……うわ……」

「い……十六夜?」


 驚きのあまり、言葉を失う精霊体達の前には、めざす十六夜がいた。


 都築とキスをしたまま、あまりのことに凍り付いた姿勢で―――



「十六夜っ!ちょっと待ちなさいよ!」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

「泣いてないで教えなさいってば!」

 必死にコクピットハッチを閉めようとする十六夜だが、他の精霊体達総掛かりのハッキングにそれさえままならない。

「キスしたんでしょう!?」

「もうやだぁぁっ!」

「だから教えてよぉっ!」


「ね!?キスって何味だったの!?レモン!?イチゴ!?―――教えてよぉっ!」





 それから数日の後。

 鈴谷に着艦、システムを停止した都築騎のコクピットの中。

 コクピットを出ようとする都築を、十六夜がもじもじした顔で待っていた。

「ああ―――お疲れ。十六夜」

「うん」

 十六夜は、頷くと、そっと都築に顔を近づけた。

 都築は思う。

 あれ以来、十六夜は人目がないとわかるといつもこうやって甘えてくる。

 まるで清らかな浅瀬を連想させる十六夜は、泉とは違った意味で、都築にとって今や魅力的な相手となりつつあった。

 どんな厳しい訓練も、厳しい任務も、十六夜のキス一つで乗り越えられる。

 都築にとって、十六夜とのキスは何物にも代え難い特別な宝になっていた。


 ―――キスを求めているのは、もしかしたら俺の方かもな。


 都築はそんな風に考え、苦笑気味に十六夜と唇を重ねた。


「あ……あのね?」

 唇を離した都築に、十六夜が訊ねた。

「都築さん……」

「ん?」

「私のこと……好き?」

「当たり前だろ?」

 再び重なる唇に、十六夜は嬉しそうに頷いた。

「うん!私も、都築さんが大好き!」




 そんな十六夜のいる都築騎。


 事態は、騎士動員法が成立した時に起こった。


 成り行きといえば成り行きだった。


 だが、都築にも、調整のため、精霊体システムを停止しているという判断があったのだ。


 都築にとっての誤算。


 それは、自らの騎に引っ張り込んだ美奈代の肘が、精霊体システムを起動させていたこと。


 つまり……都築と美奈代のキスシーンは、十六夜の目の前で行われたことになり……。



 その翌日。

「おかしいんだ」

 演習地に立つ都築騎のコクピットで、都築はしきりに首を傾げていた。

「十六夜。とにかく、コクピットに入りたかったら歯を磨いてこいって。コクピット入っても、ここんとこお冠で……俺、何かしたか?」


「それどころじゃない!」

 たまらずに怒鳴ったのは対峙する立場にいる美奈代だ。

「さっきから何だ!貴様の騎は一体!」

 美奈代の声は恐怖のあまり涙混じりだ。



「出力が1500%越えただと!?」

 鈴谷艦内で演習を見守っていた技官達はちょっとしたパニックになっていた。

「“鳳龍”の出力、すでに“白龍”の30倍越えです!騎体が持ちませんっ!」

「何をした!」

「不明!ただ、演習相手が泉騎になった途端!」

「都築騎、かかりますっ!」



 ブゥンッ!―――ズガァァァァァァンッ!


 都築騎から繰り出された斬艦刀の一撃は、衝撃波となって泉騎を襲った。

「っ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、なんとか回避した美奈代だったが、その騎体は衝撃波によって吹き飛ばされた。


「ちぃっ!」

 攻撃をかわされたことに、不快そうに舌打ちしたのは十六夜だ。

「あれをかわすなんて!さすが私のライバル!」


「ちょっと!」

 さくらがたまらず十六夜に文句を言った。

「私を殺す気!?」


「恨むなら―――あなたのマスターを恨みなさい!」


「言ってる意味がわかないよぉぉっ!」


 メサイアの連綿と続く歴史の中で、この時から約200年間、決して破られることの無かった“鳳龍”の瞬間最大出力値は、こうしてマークされ……。


「やはりすさまじいな!」

「この最大瞬間出力値がどうして出るか、どうしても究明するんだ!」

「はいっ!」

 興奮する技師達の要請により、


「もぉヤダよぉぉぉっ!」

 泣き叫ぶさくらは、美奈代と共に何度も演習の相手をさせられ、へたばった美奈代を都築が励まし、それに答える中で、少しずつ二人の関係は進展―――


 それが結局―――



「いい加減に―――都築さんの前から消えなさいっ!」


 嫉妬に狂う十六夜をヒートアップさせまくる悪循環を産み出し―――



「しっとクイーン」


 精霊体達から、十六夜がそう呼ばれる下地を作り上げることになる。





 すべては、戦いの合間のこと。

 その合間には、十六夜という、恋する一人の少女の一途な思いと、それに振り回される精霊体達がいたことを、多くの者は知らない。

 


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