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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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世界の端から7

 目が覚めると、勢いよく起き上がり、昨日の夜のうちに仕立てられた、僕好みでない服を着て、ルシウスの寝室に行く。相変わらず蝋燭の火が消えていない。僕はノックをしてすぐに部屋に入る。徹夜用の眼鏡を掛けたルシウスはカリカリと流暢な神聖文字を記す。記録は全て神聖文字で記すのが、大学の掟らしい。


「ルシウス、朝だよ」


 至近距離まで近づいてもペンを置かないいつも通りの光景に安堵し、いつもよりずっと優しく言った。僕に気付いたルシウスは眠たそうな目で嬉しそうにくしゃりと笑う。


「おはよう。眠いねぇ……」


「たまには体休めないと、死んじゃうよ?」


 ルシウスは手だけで返事をし、大きな欠伸をした。足の踏み場もなかった部屋は、ラビンスキーさんのおかげで随分綺麗に片付いたらしい。そんな中、ルシウスの作業台には久しぶりに大きな釜が乗せられていた。そこには書きかけの魔法陣が記され、その周囲には鉄を削った跡が散乱していた。


「大釜はできた?」


 ルシウスは目を擦りながら、「んー?」と間延びした声を漏らしながら、釜の方を見た。釜の大きさは決して大きくはないが、それはれっきとした「大釜」だった。


「……僕に不可能はないからね!!これでラビンスキー君がゴーレムを完成させれば益々喜ばしいことだ!この子は来るべき時の為に公表しないでおこう!兄さんもそのように言うだろうしね!」


「ルシウスが人に気を利かせているだと……!」


 僕が冗談めかして深刻な表情を見せると、ルシウスは前のめりになって顎を突き出し、歯を見せて笑った。


「おぉっと!僕が気を利かせてしまったら天才紳士の完成だね。モイラちゃんを釘付けにしてしまういかんいかん……」


「モイラの事は僕が守るから平気」


「かっこいい……!ならばこれでどうだ!」


 そういってルシウスはゆっくりと立ち上がり、僕を捕まえようとした。僕はするりと身をかわし、本を一つ跨いで距離を取った。僕が勝ち誇った笑みを返したが、足元のぬるりとした感触に思わず顔をしかめる。ルシウスはくつくつと笑いながら人差し指で下を示す。視線を下ろすと、足元には示し合わせたようにふやかした干しスライムが置かれていた。


「研究費を無駄に使わない!」


「悪戯料は別会計でーす」


 我儘だがくだらない悪戯をするタイプではないルシウスが、まったく意味のない悪戯をする。あの時に思うことがあったのかもしれない。僕は呆れつつも、何となく複雑な心境になった。


「ほら、人気講師なんだから、速く支度する!」


 ルシウスは間延びした返事をし、小さめのゴーレムを起動させる。華奢なゴーレムは幾つか資料を拾い、大学の方へ向かって行った。


「ユウキ、今日は死体回収じゃないの?」


「うん。ちょっと気まずいから、イノシシ狩りでもしようかなと」


 イノシシと言っても、余り大きくない、うり坊を卒業したばかりのものの予定だが。ルシウスは興味なさげに返事をし、のんびりした足取りで大学へ向かった。


 僕はそれを見届けた後、干しスライムを片付け、部屋の鍵を閉める。新しい転生者に職を奪われないように、少し早めに家を出た。



 外に出ると、俗語翻訳の会議の見物人も多少は落ち着いたらしく、熱心に耳を傾けるのは仕事をしなくてもいい学生や、朝のバタバタが多少落ち着いた既婚の女性が中心になっていた。学生は聖典をめくりながら、あれこれと討論をしているが、女性の方は半ば井戸端会議の会場になっているらしく、警備兵がちょっとムッとするほどの盛り上がりを見せているらしい。暫くはルシウスの件で僕に同情していた人々も、今はいつも通りの景気のいい声で客寄せに躍起になっている。変わらない日常に安堵したのも束の間、明らかな異邦人とすれ違った。老獪な紳士、快活な青年、硬派な中年の三人が、理解できない言語で話しながら、ムスコールブルク城の方へと通り過ぎていった。外務官か何かだろうと思ったが、この辺りではあまり見ない組み合わせに多少違和感を覚えた。


 気を取り直してギルドに向かうと、既に依頼案内板の前には人が群がっていた。冒険者の一人が僕に気付くと、手を挙げて挨拶をしてくれた。僕は会釈を返して、群衆の前に向かう。


「死体回収はいいのか?」


 僕がいつもの依頼を選ぶと思っていたのだろう、売れ残りの依頼の中から猪狩りの依頼を手に取った僕に訊ねてきた。


「さすがに気まずいよ……」


「お?あぁ、そうだな」


 彼は僕の胴がすっぽりと収まる程の筋肉質な腕で頭を掻く。彼は気まずそうに目を逸らす。何を言っても気負わせてしまうのは分かりきっているので、僕は黙って首を傾げた。すると彼は唐突に何かを思いついたらしく、突然僕の肩に手をかける。


「欠員が出てさぁ、ドラゴン討伐とか、興味ないか!」


「はぁぁぁぁ!?」


 開いた口が塞がらなかった。


「だーい丈夫だって!俺らがいれば!何せ相手は盲目のジャバウォック!いくら何でも……どうした?」

 まさかこんなところで再会するとは……。僕はいつも通りの表情で返した。


「やめておきます」



「いいのか?聞いたところ、相当な上物だと思うぞ?」


「確かに上物だと思うけど、僕の手では持ちきれないかな……」


 彼は首を傾げる。僕はイノシシ狩りの手続きを済ませた。

 そもそも、ジャバウォックは僕が倒せるようなものではない。行路の安全に寄与することはできるだろうが、それももう不要だった。何せ、あそこにはもう、狼は出ないのだから。

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