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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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教会と俗語聖典2

 業務はかつてないほどの閑散期に入っていた。毎日の習慣もさほど力を入れずとも良くなり、もっぱら苦情の処理に追われる毎日となった。定期的に行う乞食からの「資源」回収では、遂に銅貨を数枚握りしめた乞食の間でバケツブームが到来し、バケツの需要がかなり拡大したという。ちょっと金持ちの乞食になると、バケツと火挟を自慢げに持って、ボロ布を纏って堂々と家々を巡り、排泄物を回収する回収者として活躍するようになったという。稼ぎは勿論少ないが、それでも立派な一歩にはなったらしい。


 都市景観の改善はなされてきているが、未だに安定した収入の望めない乞食達は、やはり定職を望んでいるようである。聞き取り調査の結果としても、兎に角毎日食べていける蓄えが欲しい、とのことだった。


 ラビンスキーは事務所の椅子にもたれながら首を回す。多忙ではないが、書類とにらめっこの作業というものは得てして肩がこる。ルカにせよアレクセイにせよ、毎日外回りをしていた頃と比べると、体に凝りが溜まってきているようだ。ハンスはいつも通りだが、時々眼鏡を外して目を擦ることがあり、やはり多少疲れ目のきらいがある。


 暖炉も寂しそうにしていた。冬には大活躍だったが、温暖で雨の多いこの時期には誰も見向きもしないらしい。それでも体が覚えているのか、ラビンスキーもアレクセイも大体休憩時間は火のない暖炉の前に居座っている。


「……俗語聖典の件ですが……」


 手持ち無沙汰にペンの穂先を整えていたアレクセイが呟く。一同が話題を得ようと期待の目を向けた。


「仮に俗語訳を出来たとして、何人がそれを手に取ることができるんでしょうか」


「安くなったとはいえ、まだ手が届かねぇよなぁ」


 ルカは腕を組んで唸る。ハンスはニコニコしながら書類の中から一枚を取り出した。


「政府からは俗語聖典への協力は断る方針です」


「まぁ、そうですよね……。教皇庁に何を言われるのかもわからないですし」


 アレクセイは穂先を整えたペンを置き、空のインク壺に刺した。ラビンスキーは折角整えた穂先が崩れてしまうのではないかと、他人事ながら不安になった。


「貴族からすれば様子見をせざるを得ないのでしょう。彼らにとって、こうした政治的懸念は最も神経質になる問題ですからね」


「掌をくるくる返すのも、政治家らしいといえば政治家らしいですね」


 ラビンスキーは生前のことを思い出しながら答えた。最も、彼の故郷はむしろ強い口調の好戦的な政治家が好まれていたようだが。


「まぁ、どっちにしてもわかりませんよ。直訳するのが一番だとしても」


 ルカは久々に悲観的な意見を述べた。彼のもたれかかった椅子がギシギシと悲鳴をあげる。


 そんなとりとめのない話を続けていると、教会の鐘が鳴り響いた。


「アァッ……オワッタァ……!」


 一同は一斉に立ち上がり、体を伸ばす。ハンスは苦笑して、コップを仰ぐジェスチャーをした。


「栄転祝いに、如何ですか?」


「さんせー!」


 先ほどとはまるで別人のように威勢のいい声を上げるルカと、それを鬱陶しそうに眺めるアレクセイ。

(帰ってこれたんだなぁ……)


 久しく見なかったそんな光景に、ラビンスキーは心底安心した。

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