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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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黒い正義に告ぐ2

 異端審問を終えたルシウスの公開処刑の当日。ラビンスキーは突っ伏していた机から体を起こし、イグナートとカルロヴィッツの応答を確認する。二人はばっちり人員を集めたらしい。商売人たちから得意先まで様々で、ブルジョワジーの全体の半数、あるいはそれ以上という途方もない人数だった。それに対するビフロンスの返答はこのようなものだった。


『私はラビンスキー様の指示通り、肥料の取引が予約されている人々全体に、領主を通して通信しました。結果としては、数人、12人程度の人員補充でした。申し訳ございませんでした』


『とんでもない!ビフロンス氏はよくやってくれました!今はとにかく数が欲しい!』


『そうだな。もうちょっと粘れるとよかったが……。直接取引した村はどうだったんだ?』


『全員見えます、確認しています』


 ラビンスキーが答えると、誰かがインクを振って喜んだのか、点々とインクの染みが流れるように現れた。ラビンスキーは少し誇らしい気持ちになり、本件最後の言葉を綴る。


『今回はご協力有難うございました。結果は今日の昼、まさしく当日です。泣いても笑っても、最後まで見届けます』


『えぇ、やりましょう!私たちの努力を、きっと神も汲んで下さるでしょう!』


『これからその神に喧嘩売りに行くんだけどな』


『実に結構ではありませんか。悪魔により生を受けた異端者が、神に歯向かうなんてシチュエーション、超大作が紡げますよ?』


『やってやりましょう。では、当地に赴くため、準備をします』


 ラビンスキーは席を立つ。着替えなどなく、ルシウスの服を借りる。貴族のそれもあったが、あえて汚れた服を着て、その上に白衣を身に着ける。中折れ帽を目深に被り、靴は木製の丈夫なものを選んだ。ロットバルトによれば、帽子は特注のようで、ユウキの趣味が大いに反映されているとの事だ。最後に護身用にもなる木製のステッキを手に掛ける。


(よし……!)


 ラビンスキーは深呼吸をして、気持ちを整えたうえで、ムスコール大公広場へ向かった。



 人類は電脳世界という偉大な発明によって、あらゆる形による暇潰しの方法を得た。それは時に憂さ晴らしとなり、蛮行さえも許される。あるいは一種の理想郷となり、空想の中に想いを馳せることもできる。


 では、電脳世界も科学の概念も未発達の時代には、どの様な鬱憤晴らしがあったのだろうか。あげられるものといえば、運動、信仰、食事、性行為、思考ゲーム、そして処刑である。処刑が公開されるのは珍しい事ではなく、見せしめであると同時に娯楽でもあった。かつてフロイトも認めた様に、人類は破壊欲動からなかなか抜け出せないでいるらしい。


 立派な土台が広場に建てられ、そこには斧を持つ処刑人と剣を持つ処刑人、狸牧師、そしてルシウスが立っていた。ルシウスは以前よりいくらか痩せており、元々決してふくよかでは無い顔には彫が刻まれていた。ラビンスキーの隣には、外套を目深に被ったユウキとモイラがいる。悔しそうに手を握るユウキと、天に祈りを捧げるモイラ。彼らにとって、これは一つの賭けだったのだろう。


 ぞろぞろと昼休憩に腹を鳴らした市民たちがやってくる。その様子に奇異の目を向け、まるでこれから起こる死の遊戯に期待する様に。ラビンスキーも杖をつく手を強くする。圧に耐え兼ねて震える杖が小さくキィ、と唸った。


「おぉ!ラビンスキーさん。お久しぶりです!」


 ラビンスキーがこわばった表情のまま振り返ると、そこには件の村長、マルコフの姿があった。ラビンスキーは平静を装い、努めて朗らかに答えた。


「マルコフさん!皆様お揃いですか?」


「勿論だよ!おお、モイラもユウキ君もいるじゃないか!元気にしていたかな?」


マルコフはラビンスキーと握手をしたその手で、彼らと次々に握手を交わす。


「ムスコールブルクっておっかねぇなぁ……なぁそんちょ……!ユウギ、モイラでねぇか!元気しとったかぁ?」


村人の一人が二人に気づくと次々に村人がやってくる。頭を撫でられたり、キラキラした視線を送られて、二人は困惑しきっていた。


 やがてラビンスキーのなんとも言えない表情に気づいたマルコフが、広場の騒めきを見回しながら耳打ちをする。


「これは何事ですかな?」


「……公開処刑です」


 マルコフは目を見開く。長い眉毛に潰れた瞳であっても、青い目がよく見えた。


「……これからですか」


「私やユウキの先生です。どうか、見届けてあげて下さい」


 田舎臭い一団がどんちゃん騒ぎを続ける中、狸牧師が欲張った腹を震わせた。


「これより、神の御名において、ローマン・ルシウス・イワーノヴィチの公開処刑を行う!罪状は黒魔術の研究及び使用!我が主は黒魔術を使う事を赦しておられない!」


狸牧師の迫真の演説に、一同が静まり返る。村人たちは顔を見合わせた。会場の静まりを確認した狸牧師は、手枷をかけられたルシウスに向けて、演劇のように声を張って尋ねた。


「懺悔を赦す!最後に言い残すことは!」


 ルシウスは口角を上げる。刑場に騒めきが戻ってくる。


「宜しい。……では、最期の講義をするとしよう」

ちょっと長くなります。

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