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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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それぞれの事情1

 ルシウス卿の部屋は黴臭いが、どこか懐かしいような混沌があった。ラビンスキーは足の踏み場もない程書籍に囲まれた部屋の中で、ゴーレムの作成に勤しんでいた。しかしそれは、決して現実逃避のためのものではなかった。


(教会に捕らわれたルシウス教授を助ける方法は……)


 ラビンスキーは決して賢いほうではないが、それでもある程度無理なことは無理だと理解するだけの知識と経験がある。資料を集めるには申し分ないこの場所でなら、ゴーレムの秘術を再現することができる、そう考えたのだ。積み上げられた書籍の中には、古代より伝わる秘術の数々が記された資料が腐るほどあった。


 ゴーレムを作った後のことまでは考えられていない。しかし、これを完成させることが、打開策に繋がるという漠然とした希望があった。そのうえ、分厚い書籍の山が防音設備となって、頭を使うには十分すぎる場所である。有体に言えば、この場所はゴーレムの試作を進めるにも思索を巡らすにも、便利な場所だったというわけである。


 ゴーレムではないが、小さな試作体の完成にこぎつけた頃、主人のいない部屋にノックが響いた。


「スミダです。ラビンスキー様、お手紙が届いております」


 ラビンスキーが扉を開けると、スミダが分厚い封筒を手に持っていた。ラビンスキーは礼を言ってそれを受け取ると、真っ先に封筒の表裏を確認した。丁寧な字でビフロンスより。と記されていた。その筆跡から、それが実際にビフロンスのものであることは容易に理解できた。


 机に戻り封を開くと、いくつかの手紙と大量の白紙の紙が中に仕込まれていた。


 手紙の差出人を見て思わず声が漏れる。カルロヴィッツ、イグナート。再び封筒を確認しても、そこには確かにビフロンスの筆跡でその名が刻まれていた。恐る恐る手紙を開く。まずは、イグナートからの手紙だ。



急な事態であり、この様な形でお手紙を送付することをご容赦ください。 現状、教会は「検閲」の強化を進めている様です。今回の早急な書類の送付は、本格的な検閲から身を守るための手段である事をご容赦いただきたく存じます。


さて、ラビンスキー様、例の大学教授とその弟子が異端審問にかけられた事はすでにご承知のことと存じますが、いくつかご確認いただきたい事がございます。


この厳しい状況を打開するに当たって、私イグナートといたしましては、貴方との良好な関係を続ける事が、最善の策であると考えています。現状、貴殿は不本意ながらロットバルト邸で教会の目を盗んでおられる事でしょう。端的に申し上げますと、貴方にはしばらくその場にとどまっている事をお願い申し上げます。


 というのも、我々としてもそちらの方が安全かつ動きやすいのです。万が一にもルシウス卿に何かありましたら、教会は、次は私と貴方の事を詮索するに違いありません。その間足音を立てずにやり過ごす事、これはまことに結構な事でございます。


 とはいえ、我々は動かざるを得ない事情がございます。というのも、本件異端審問の不当性を、町中に伝える必要があるからでございます。勿論、教会に目をつけられてはなりませんから、私共は商業網を駆使して結託し、秘密裏に「噂」として流布する事で、浸透させていくことになるかと存じます。

 そこで、失礼を承知で申し上げますが、ラビンスキー様は一種の保険として、その場にとどまって下さる様にお願いしたいのです。つきましては、何らかの事態が生じた際に直ぐに逃れられます様に、準備をお願い致します。


 何かとご不便をおかけいたしますが、何卒ご協力お願い申し上げます。


イグナート



 彼らは概ねラビンスキーの考えと同じ手段を取る様だった。取り敢えず安堵したラビンスキーは、続けてカルロヴィッツの手紙を開く。



ラビンスキー様へ


 あんたには敬語は不要だろうから、書きやすいように書かせてもらう。とりあえず元気そうで何より。

 俺たちはとりあえず町内の商人で話し合うが、恐らく協力半分、非協力半分だろう。まぁ、それは十分予想できるものだがね。何せ破門されれば、この世界でまともな生活を送ることができなくなるから。


 状況を整理しよう。ロットバルトの所の弟とその弟子が異端審問にかけられ、俺たちについてはノータッチ。正直イグナートが捕らわれていないことが不思議でしょうがないが、恐らく権力に対するゆすりと、それに伴う交換―つまり、イグナート辺りを差し出せ、と要求するんだろうな。と、なれば、ルシウス卿が次にすることは決まっている。イグナートと自分の身を交換するだろう。そして、異端審問の嫌疑で捕らえたイグナートを確実に仕留めた後で、教会が狙うのはロットバルトの失脚だ。あえて評判の良くないこの二人組から芋づる式に血の底へ引き摺り込むのだろうな。


 まぁ、いまのところはそんなところだろう。悪いが、こっちもなかなか忙しい。完全にフォローできるわけではないから、逃げる準備だけはしておいてくれ。


P.S 読了したら白紙に読了確認を記してほしい。


カルロヴィッツ



(白紙に読了確認……?)


 ラビンスキーはとりあえず何かしら書いてみることにした。


『読みました』


 インクが撥ねないように丁寧に持ち上げる。暫く経って紙に新たな文字が記される。さながらせっかちなメモ魔が書いたような速さであった。その様子にラビンスキーは驚きのあまり目を丸くした。


『おお、ご無事でしたか』


 イグナートの文字だが、やや荒れている。


『手紙の件はビフロンスから送らせたが、問題なかったようだな』


 素早くくしゃりとした文字は、カルロヴィッツのものだろう。半ば困惑気味のまま、ラビンスキーは筆を執る。

『この紙は一体……?』


『僕の魔法で四人の記載したものが共有できるようにしておきました。突然のご不幸に、困惑なさるとは思いますが、兎に角落ち着いて対処してください』


『成功したら代金はラビンスキーもちな』


 真新しい技術にテンションが上がっているのか、一同筆の走りが異様に速い。


 もっとも、ラビンスキーが最も驚いたのは、ビフロンスが今回の件では味方だという事実だ。彼は良くも悪くも規律に厳格である。つまり、「この世界の秩序の中で起こりうること」であれば、彼は完全に無関心なはずである。そして今回の件は、「この世界の秩序の中で起こりうること」の代名詞であり、他の何らかの要因が働いている、ということである。ラビンスキーはそれに関して、探りを入れてみることにした。


『ビフロンス、私を助けてくれるんだね。協力ありがとう』


『当然です。貴方は我々にとっても大切な人材ですから』


(成る程……)


 ラビンスキーは「我々にとって」大切な「人材」……つまり、この世界の秩序よりも自分たちの実績の保護を目的としているということだ。恐らく、悪魔にとってラビンスキーもユウキも一種の成功例であるということだろう。これまで散々苦虫を噛んできた彼らにとって、一定程度社会に認知される人材を失うことは、この世界の秩序を維持するよりもいくらか重要なものだ、ということだ。絡まった糸がほどけたような満足感に、思わず筆をおいてため息を吐いた。


『さて、皆様、何か新しい情報はありますか?』


 ラビンスキーはすぐさま筆を執る。


『ユウキが帰ってきました』


 暫く一行の筆が止まる。久しく会話を交わさないで法陣術に没頭していたラビンスキーは、返答をしたくて筆を持ったままそわそわし始める。


『何?どういうことだ?』


『言葉のままの意味です』


『ルシウス卿の意図が読めませんね』


『弟子を助けたいと思うのは、至極当然の事と思いますが』


 ラビンスキーが筆をおく間もなく、素早い筆跡が二つ重なって記された。


『ルシウス卿はそんな簡単に自分の心理への欲求を捨てるものではない』


 反論を書こうとした瞬間、イグナート特有の字が記されて筆を止める。


『つまり、彼は助かる術を既に見出しているということですか?』


(この状況で……?)


 ここで再び一同の筆が止まる。ラビンスキーは思考を巡らすが、どうやっても自供を認めた後で異端から逃れる手段を思いつかない。ラビンスキーが頭を悩ませていると、せっかちな文字が記された。


『なるほど。あの先生、やっぱりいかれていやがるな』


『どういうことですか?』


『つまりだな、あの人は、教会の処刑から正当性を取り除くために、教会から神性を奪う気でいるんだ』


『しかし、そんなことをしたら全世界を敵に回すことになるのでは?』


『だから、いかれてるんだよ。もしかしたら戦争でも始める気なんじゃないか?』


 おいて行かれたラビンスキーは思考の迷宮に入り、筆を持ったまま頭を抱えた。


『ラビンスキーさん、難しく考える必要はありませんよ。要するに、権力を失墜させるためには、権力に対する不信感を利用すればいい、ということです』


「あっ……」


 思わず声が漏れる。ラビンスキーはこちらの世界に上手くなじみすぎた自分を恥じた。生前当たり前に考えていた価値観が、こちらの世界ではひどく薄れることがある。かつて当たり前のようにあった権力を突き崩す方法は、この世界ではほぼ不可能なものだったからだ。


『しかし、どうやって操るんだ?そこがさっぱりわからん』


 謎は深まって行った。夜の帳が深まって、徐々に蝋燭の火が消え始める。ラビンスキーもしょぼしょぼした目を擦り、小さく伸びをした。


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