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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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魔女の足枷1

 呆然と席に着くラビンスキーの姿を、アレクセイは同情のまなざしで見ていた。参事会に赴き、教会の意向と偶々ぶつかったことで、自分の準備した策が脆くも崩れ去ったことを、未だに理解できていないように思えた。


 暖かくなったとはいえ、夕刻の冷え込みは四季問わず厳しく、埃を被っていた暖炉がきれいに掃除され、薪を飲み込んでいた。上衣掛けには三人分のそれが未だ残っており、ルカもまだアレクセイの隣で業務を続けていた。ハンスはルカからの報告を聞いて暫く書籍と睨めっこしており、眼鏡が光を反射して輝いていた。


 沈黙に沈む執務室は、賑やかに帰路に着く行商の馬車の音を正確に吸収している。


 暫くすると、書類をまとめていたハンスが眼鏡を外して立ち上がった。


「そろそろ帰りましょうか、皆さん。今日はお疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


 ラビンスキーを除く一同の声が返される。一同が一斉に立ち上がるとラビンスキーも腰を上げ、ほとんど無意識のうちに上衣に手をかける。脳内に巡るのは、先刻の会議での出来事と、足早に去っていく有力者たちの後姿だった。



 翌日の朝はいやらしい程によく晴れていた。ラビンスキーは窓から覗く煌々と照り付ける太陽に目を瞬かせ、藁のベッドから身を起こす。パンを貪った跡が家の中にあった。どうやらラビンスキーは多少寝すぎたらしい。急いで支度をし、食事もとらないまま職場へと急いだ。


ラビンスキーが始業の鐘の鳴る直前に職場に到着すると、既に職場に集まって雑談していたハンス、ルカ、アレクセイが一斉に視線を向ける。ラビンスキーは頭を下げて席に着いた。暫くしてハンスが椅子だけを持って3人の作業机の上座へ座る。それが臨時の会議の開催の合図であることは、容易に予測できた。

「さて、前回の会議の報告を受けてですが……」


 ラビンスキーは息を飲む。何か処分が待っているのではないか、と思われたからだ。ハンスは眼鏡を外し、目を細めた。


「上出来でしょう。私とアレクセイ君は費用の面で難色こそ示されましたが、問題意識としては十分共有できたと言えます。今回は民衆院での報告となりましたが、次回の会議ではより本格的な報告が求められると思われます。……アレクセイ君としては、この案について提案はありますか?」


アレクセイは目を逸らす。


「……まぁ、今回の結果は案の定、と言ったところだと思います。寧ろ、そうあって然るべきかと。……乞食のために金を使うというのも、未だに妙な気がしますし」


 ハンスは穏やかな笑顔で頷く。窓から射す光が逆光になり、妙に含みのある笑みにも見えた。アレクセイはルカに視線を向ける。ルカは歯を見せて笑った。


「ラビンスキーさんは暫く外回りだろうな」


「え?」


「イグナート氏に、カルロヴィッツ氏……しっかり今後の事を話し合うことが肝要でしょう」


「……あぁ、そうですね。ではアポの為に今日のうちに手紙を出すことにしましょう」


「アレクセイ君は私と普段の業務をこなしていただきたい。ルカさんも外回りでおねがいします。それでは、今日もお願いします」


 お願いします!活気だった中央広場に負けない掛け声が部屋に響く。一同は役所の壁が揺れるほどてきぱきと、各々の作業に移った。


 ラビンスキーはまず、白い紙とインクを取り出し、時制の挨拶と共に丁寧な筆致でアポイントを取る手紙をしたためる。ビジネスの基本、アポイント。これについてはラビンスキーは絶対の自信があった。生前からの経験も勿論だが、適度な距離感と絶妙な親近感のバランス感覚は、彼の得意分野だった。


 筆が躍るように動く。丁寧かつ礼節に満ちた言葉がみるみる生成される。黒いインクは撥ねる事も滲む事もなく、決して上手くはないが好感しか感じない、丁寧な筆の運び。相手が金持ちであれば、第一に持ち上げ、感銘を伝え、第二に自己の率直な考えを失礼のない程度に記す。終始無言で無表情の彼の筆の速さに、アレクセイは絶句する。ものの数分で完璧な手紙の完成だ。インクを乾かしながら見直しをし、ハンスに確認をする。眼鏡を上下するハンスの確認の時間の方が余程時間がかかるのは避けられなかった。


「……流石、お見事です」


「有難うございます。では、外回りに行ってきますね」


 手紙に封をして、ラビンスキーはコートを手に取る。てきぱきとした動きに驚いたのは、何も同僚や先輩ばかりではない。積み上げられた薪の隙間で暖を取っていた赤茶色の鼠や、こすれる手紙その者であったりした。そのいずれもがはっきりと音を立てる。ラビンスキーは颯爽と部屋を後にした。


(もっとも……これからが問題なんですけどね)


 小さくため息を吐き、役所を出る。すっかり慣れた往来する人々の波に流されながら、巨大な悪魔の角のすぐ隣、北東の毛皮を牛耳る大商人のもとに、手紙を届けにむかった。

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