世界の端から6
ユウキの仕事は、自主的に作らなければ基本的に休みがない。冒険者稼業と言うものは、いつ、どこで、どんな依頼を受けるのか、ほぼ野放しにされるからだ。冒険者ギルドに来た依頼は迷子のペットの捜索からドラゴン討伐まで多種多様である。通常依頼人は複数のところに依頼し、ギルド所属者への報酬として一時金を支払う。その後、冒険者ギルドから依頼達成の報告を受け、確認が取れ次第冒険者ギルドの収入になる。ユウキは基本的に命の危険がほとんどない任務を毎日受けることで、少ないが確実に収入を得ると言う方法を取っているらしい。その為、ルシウスの研究助手という際限のない仕事と相まって、基本的に休みがないのだ。
その彼が休みを取ってまで、私を誘ってくれた事、それは素直に嬉しかった。
私はなんとなくそわそわしながらユウキの部屋の前をうろうろしていた。その間も、自分の纏う服装に一抹の不安を感じていた。
自分の部屋で改めて感じたのは、そのレパートリーの少なさだ。どれもお世辞にもお洒落とは言えない機能性一辺倒の農民服ばかりで、選ぼうにも選べなかった。唯一のアクセサリはユウキの無事を祈ったあの雷のペンダントだけで、いつものロングスカートと比べると少し丈の短い、膝丈のスカートを選んだ。作業でもない限り生足を堂々と見せる勇気はなく、黒いストッキングで足を隠す。上着は動きやすい白と茜色の民族衣装で、寒さ対策に上着として狼皮のコートを羽織る。もっとも、今の季節にはちょっと暑い。お洒落というものに耐性のない私は、右往左往しながら現し身の前で二時間も唸ってしまった。
私は俯いて溜息をつく。扉が開く音がして、咄嗟に顔を上げる。その姿に思わず顔が熱くなった。
ユウキは普段、ルシウス先生の選んだ服を着ている。その為か、多少幼い服装だと常々文句を言っていたりするのだが、今日は全く違うものだった。
「遅れてごめん……。ルシウス、今日に限って服出さなかったみたいで……」
黙って首を横に降る。黒いジャケットに白いワイシャツ、紺のネクタイを身に付け、黒いズボンを履いている。革靴は茶色、腰の革製ベルトは黒色で、手に持った気障な中折れ帽も含めて、見ようによってはどこかのマフィアのようにも見える。華奢な体でぎこちない着こなしだが、つり目がちな為に大人っぽさも際立っている。
「似合ってます……!」
「そう、かな……。こういう服が昔から好きで、あっちの母さんには笑われたりしたけどね……」
彼がはにかみがちに顔を下ろすと、やはり子供なのだと分かる。多少そわそわしながらも、私に手を差し出す。私もそれを握り返す。何となく姫にでもなった気分だった。
「行こっか」
「はい」
その紳士は私の手を引き、ルシウス邸を後にする。歩くたびにふわりと浮く裾が、踊っているようだった。
道行く知人にからかわれて赤面したユウキが初めに入ったのは、時折私が店先に立ち止まる服飾店だった。大きな窓にレースのカーテン、異空間と言って差し支えない店先に、女性用のドレスが掲げられている。金も度胸もない私は、いつも店先に鼻をつけているばかりだったが、その紳士の手に惹かれて入るときは自然と心穏やかなままだった。
「いらっしゃいませ」
身なりをきちんと整えた店員は、私にはもったいない厚遇で出迎える。店内は昼間にもかかわらず蜜蝋の蝋燭で照らされており、良質な赤煉瓦はくすみがない。私はユウキに手を引かれながら店員の案内を受けていると、ふと、店の中心にある服に足を止めた。
ふわりと膨らんだスカートに、袖先のフリル。淡い黄色のシルクがキラキラと輝き、黄金のようだった。
私が呆然と立ち尽くしていると、商機と見た店員が前のめりになる。
「お目が高い。まるで黄金のようでしょう?……東方の職人が作ったシルクを、ペアリスの染物職人が染色したものです。採寸後作成致しますので、ご契約から一月程度で完成いたしますが、如何でしょうか?」
商売人特有の笑顔が牙を剥く。私は狼狽えてユウキに助けを求めた。ユウキは帽子を持ち直し、生地を入念に確認する。予想外の反応に、目が点になった。
「マリアテレジアと言う人がいて、離宮の塗装を黄金にしようとしたそうなんだけど、予算が足りなくて黄色にしたんだって」
「ほほぉ、中々経済感覚のある方御仁ですねぇ……」
ユウキは輝く黄色に触れながら、服の周りを回る。その服から視線が離れると、仕舞われた他の生地の方を見ながら、店員に尋ねた。
「……他の生地もあります?」
爛々と目を輝かせる狩人は、獲物が確実に罠に落ちる様にいかにも秘匿を告げるかの様に耳元で囁く。
「えぇ、お好みに合わせて」
ユウキは他の生地も探し始める。私は握られた手を強く引き戻した。
「ユウキ、高いです!絶対高いです!ダメ!」
私の脳内にあり得ない数字がぐるぐると回り出す。ユウキは流し目で涼しそうに答えた。
「そう、高いね」
「だったら大丈夫です!」
私は語気を強める。店員が眉を顰めるほどの声だ。
「……やっぱり、気に入らない?別のにしようか?」
「……えっと、そうじゃなくて……高いから」
私はきまりが悪くなり、声を萎めてしまう。ユウキは微笑んだ。
「気にしなくていいよ。僕が払うから」
「はぁ?」
思わず失礼な聞き返しをしてしまい、急いで取り繕おうとする。ユウキは多少悲しそうにしながら答えた。
「……まぁ、確かに。僕は安月給だけど……。使うときは使うよ。お金って大事だから」
「えっと、だったら自分のために……」
「うん。……ねぇ、モイラ。最近、どう?仕事悩んでないかな?」
「……どうして?」
「第一に、仕事を紹介して暫くたった頃から、ちょっと元気がなかった。第二、ぼぉっとしている時間が増えた。第三、ため息が増えた」
言葉を返せないまま項垂れる私を見て、ユウキは目を伏せて続ける。急き立てる様な生地の山に囲まれて、回答に困ってしまう。
「……ねぇ、僕じゃあ力になれない?」
「……ごめんなさい、どうすればいいか、わからなくって……」
「そっか。……うん、わかった。じゃあ、気晴らしに何処かに出よう。……勝手に動いちゃったから、こんな事になるんだ。ごめん」
そう言って退店しようとするユウキの手を、もう一度引き返す。ユウキは面食らって私の方を見る。私は俯いたままで、鼻をすする。そして、ユウキから手を離す。色とりどりの生地が顔を覗かせる棚の前に、駆け出す。目一杯のおしゃれをふわりとなびかせて振り返り、悪戯っぽく笑ってみせた。
「ねぇ、どれが似合うと思いますか?」
大丈夫だ。また、笑顔で居られるから。作り笑いもできるはず。空元気も、できるはず。
だって、ユウキがいるんですから!
世界中のリア充はリア充たる理由があると信じたい。




