参事会の魔物2
ルカとラビンスキーは資料まとめを終えると、早速リハーサルに入った。時折ラビンスキーは言葉を詰まらせたが、ルカは的確にフォローした。初回のプレゼンテーションにしては、上出来といったところだ。
その後も数回ルカのフォローを受けながらのプレゼンテーションに臨む。
ある程度慣れてきたところで、ラビンスキー一人でも演習してみることにした。誰もいない会議室で資料を片手に粛々と語るラビンスキーの目は真剣なものだった。窓の向こうでは乞食が変わらず糞を集めている。それが却って彼らの地位を失墜させていることも、ラビンスキーは理解し始めていた。
ルカは椅子に腰掛け、ラビンスキーの身振りの細やかな部分を指導する。靴が木製の床を鳴らすと、激しい非難が起こる。ラビンスキーは急いで姿勢を改めて頭を下げた。ルカはそれを見向きもしないで、顰めっ面で資料と睨めっこしている。
ラビンスキーがプレゼンテーションを終えると、先程まで仏頂面でペンの背をタンタンと叩いていたルカが肩の力を抜き、気の抜けた笑顔を見せた。
「お疲れさん。あ〜、肩凝るなぁ」
ラビンスキーは苦笑して返す。ルカの言う通り、机上に山積みにされた法案提出用の指南書が、凝り固まっていた。役所の資料庫で薄い埃の層に守られていた指南書たちは、結局ほとんど開かれることのないまま通し稽古を眺めていたのだ。ルカはその一冊を手にとってパラパラとめくる。
「だってさぁ、こいつらは基本的に君主院の政策提言とか、枢密院への法案提出の説明に使う物なんですよ。基本的なところは一緒だから、まぁ、役には経つんですけどね?その辺りは、ラビンスキーさんがそれなりに出来ているので」
「まぁ、私も伊達に20年社会人やってませんからね」
ラビンスキーは何気なく言った。ルカも嬉しそうに笑い、指南書を軽く叩く。埃がふわりと浮かび上がり、二人でくしゃみをした。
「問題はカルロヴィッツさんにGOサインをもらえるかどうかと、司教が宗教関係の理由で反対意見を述べてこないかですが……」
「その辺りは、難しいですね……」
大学の教員というのも引っかかる。基本的に大学で重要視されている学問は神学である。神学の下にあらゆる学問が付随する形式となっている場合が多く、理事や主任教授などの代表者は概ね神学部出身である。オリヴィエス神を中心とするこの地域一帯の神学では、「役割」がそれなりに重視されている。そのため、血統などはもちろん重視されるし、結局は相応しいところに落ち着く、というのが教義の基本である。要するに、貴族はどう怠けても貴族に、乞食はどう足掻いても乞食になる、という教義があるのだ。
「一応、雷の民は助け合いの精神を基礎としていますが、『助ける』ことと役割を与えることとは区別して考えていますんで」
ルカは頭を掻き眉を持ち上げ、ため息を吐いた。ラビンスキーは資料の中を見る。仮に教義に関する質問をされてしまった場合、ラビンスキーにはその知識がない。有限の紙幅の中をそんなメモで満たすわけにもいかない。
「……ハンスさんに相談します」
「はい、頑張って」
ルカはゆっくりと立ち上がり、大きな伸びをした。その伸びっぷりと言ったら、四十肩のラビンスキーには羨ましくてならない。埃を被った指南書が寂しそうに天井を見上げていたので、ラビンスキー申し訳なくなってその内の一冊を持ち上げた。
「……えっ」
ルカがふり返る。馬車が舞い上げたゴミが、ふわりと飛び上がった。ラビンスキーはわが目を疑った。その著作者は、意外な人物だった。
「ルカさん、この本って、借りてもいいんですかね?」
「え、あ、あぁ……」
困惑するルカに丁寧に礼を言うと、ラビンスキーはその本を大事に仕舞った。勝ち筋がどうの、という問題ではないが、純粋に関心のあるものだった。
飛び上がったゴミは暫く中空を彷徨い、やがて緩やかに地上に落ちていった。




