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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
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シゲルの遺産

 後日、ロットバルトを救出したラビンスキーは表彰を受けた。シゲルがマッツォ・ニーアを通して行っていたのは、不正な奴隷売買だった。これによって得られた収入は国庫が回収し、その一部からロットバルトやラビンスキーに報奨金が与えられた。国庫に半分、ロットバルトが治療費込みで残りの八割、ラビンスキーは残りの二割という配分になっている。二割と言えど、ラビンスキーにとっては一生遊んで暮らせるほどのもので、文字通り「破格」の評価だった。


 高額納税者の異例の大量検挙事件は、アウトローを生業としている人々に衝撃を与え、兵士たちはわずかではあるが意図しない報奨金に俄かに沸き立った。町の人々は大手柄の役人の仕事ぶりを一目見ようとして役場を訪れるようになり、役場の前には人混みが出来ていた。もっとも、働いている役人たちからすると迷惑極まりない、といった具合であった。


 しかし、ラビンスキーを何よりも驚かせたのは、今回の「副産物」の方であった。


 シゲルたちがいた不気味な商館には、それはもう大量の「記録」が残されていた。この町に住む「奴隷候補」のリストにはその名前、性別、年齢、そして最後に使える者には丸、使えない者にはばつを書く欄があった。また、確保不能や死亡、取引に使用した記録がある場合には線で消され、結果的に、この町に貧民層がどれほどいるのか、というデータとなっていた。また、大量の債権が記された契約書が保管されており、その中にはマッツォ・ニーアの保有している土地に関するものもあった。帳簿の借方には大量の資金の流入があり概ねが借金による債権、貸方には債権の減少のほか、「寄進」による支出が散見された。シゲルの暮らしぶりを物語るのは女のための小切手の数々で、金融や詐欺まがいの取引によって得た金貨を湯水のように使っていたのが伺えた。


 そして何よりもラビンスキーを驚かせたものが、この国全域の貧民層の人数を記録したマッツォ・ニーアの捺印が押された分厚い書籍である。かなり古いものではあるが、膨大な量の統計が取られており、各都市ごとに総人口、総収入、総税収、乞食の人数が記載されるほか、貧民と富裕民の割合まで記録されている。シゲルという男がどれほど金汚く、また賢しい存在であったかを物語るものであった。

ラビンスキーはそれから暫く糞の回収にくる乞食の人数を数えて情報の正確さを確認し、この書類を纏めて一枚の資料にまとめ上げた。



統計を取って一ヶ月が経ち、ついに資料が完成したのだ。


 四つの席が向かい合っているだけの狭い個室―狭く窮屈で殺風景だが、会議にはうってつけだった。

「―と、いうわけで、私は乞食の職業教育を進めることで労働人口の減少にもある程度歯止めがかけられると予測しています」


 ラビンスキーは一枚の粗末な紙切れびっしりと記された数字を提示する。一同は一枚しかない資料に群がり内容を確認している。ハンス、アレクセイ、ルカは同時に唸り、細かい数字の羅列に首をかしげる。ラビンスキーが唾をのむ。静かな部屋では格別に目立って響いた。それでも、ラビンスキーはこれが納得のいく答えであると、自信をもって提示することが出来る。あらゆる方法でかき集めた資料は、単なる主観ではない。彼らが唸ったのも、決して悪い意味ではないという確信があった。


「すげぇ……。よくこんなの作ったな……」


 ルカが思わず声を上げる。アレクセイは頷き、資料を食い入るように見ている。


「正直、圧巻ですね……」


 机上の資料に注目が集まった時、ラビンスキーは高鳴る心臓を抑えつつ、職業別人口分布を指差しながら、続けた。


「……ここでいう貧困層とは、一ヶ月の所得が金貨1枚に満たない人々を指しますが……。このように、サンクト=ムスコールブルクに住む貧困層は、全体の約2割です。その内の4割が亜人などの非自由市民、そして2割程度の労働者、そして残りが乞食などの非就業民です。全人口の8パーセント程度ですね」


「改めて聞くと……そこそこいますね」


 ハンスは全体人口を確認しながら呟く。ハンスは手を合わせて肘をつく。眼鏡が光に反射する。


「……しかし、どうなんでしょうかね。相談員の人件費……、求人募集も必要ですし……何より職業訓練をどうするか……」


「肥料の件が成果として認められれば、それなりのリターンになりませんかね?」


「どうでしょうか。私には何とも言えませんが……」


 ハンスは眉を寄せて下を向き、こめかみに人差し指を当てる。彼が胃が痛いときによくする仕草だった。ルカは腕を組みながら頷く。何かを聞いているようで、寝ているようにも見えた。


「……なぁ、質問、いいか?」


 ラビンスキーはどうぞ、と答える。


「王宮に以外にもよ……あんだろ、市の参事会とか。そっちに持ちかけてみる方がいいんじゃないのか?」

「参事会……ですか?」


 ラビンスキーは首をかしげる。恐らく、市庁舎や何やら、と言ったものなのだろうという程度の予測をしていた。ハンスはこめかみから指を外し、眉を寄せたまま答えた。


「参事会……参事会かぁ……」


 アレクセイが深くため息を吐く。ただならぬ雰囲気にラビンスキーとルカは顔を見合わせた。二人の様子を見たハンスは渋々といった具合に口を窄める。アレクセイは目を逸らしながら吐き捨てるように呟いた。


「……じゃあ、僕とハンスさんで宮廷への上奏の件はまとめて置きますので、参事会の事は二人に任せましょう」


 ハンスは大きなため息を吐いた。ただならぬ雰囲気にラビンスキーは凍り付く。参事会という訳の分からない組織に放り込まれることが、途端に怖くなった。


「え、えっと、ハンスさん!参事会って何ですか!何ですか!」


「魔境です」


「はぁぁぁぁぁ!!」


 アレクセイが奇声を上げながら耳を塞ぐ。声こそ大きくはないが、窓ガラスが揺れるほどの振動が部屋に反響する。ハンスが静かに大丈夫ですから、と呟いて背中を優しく摩る。アレクセイがのどを痛めて咳き込む。ラビンスキーは思わず震え上がった。


「ルカさん、どうか、よろしくお願いします……」


 ハンスが憔悴しきった顔で頭を下げる。ルカは威勢よく答えた。


「おうおう!」


 ラビンスキーは息をのむ。参事会、その言葉で頭の中が一杯になった。

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