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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
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ルシウスから始める魔法分類学講座 第四限 実践編 2

 広くよく手入れされた庭園とは程遠い、雑草がのびのびと生えたムスコールブルクの城壁周囲では、屈強な男たちが腕組みをしながら待機している。これから始まる「実習」のために駆け付けた水の大魔導士は、髭を摩りながらローブをなびかせている。ラビンスキーはあまりの緊張に吐きそうになっていた。


「何もここまでしていただかなくても……」


「いいや、ダメだね。僕は学者である以前に教育者だ。「これくらい」しなければ失態は覆せない」

(いやいや……暖炉の火起こしでいいじゃないですか……)


 追い詰められたラビンスキーは仕方なくルシウスに指示されるままに法陣を組み立てる。地上に射しこんだ杖が雑草を混ぜる。土を掘り起こすたびに根が引っ掛かり、何度も力を入れなおす。本来であれば魔法で術式を作るのが一般的らしいが、ルシウスもラビンスキーも魔法が使えないため、結局は杖を使うか筆を使うしかなかったのである。屈強な男達はその様を見て、腕組みをしながら大きな欠伸をした。


(ごめんなさいごめんなさい)


 ラビンスキーは心の中で何度も繰り返しながら、魔導書を頼りに法陣を作る。ルシウスが細々と指示を出すと、ローブをなびかせた水の大魔導士が感心しきってうなずく。周囲の弟子らしい若者たちはよくわからないまま頷いているらしかった。


「円陣は綺麗に書けたね。よろしい。では、魔術回路について解説する。魔術回路は円周部から内側に書いていく方が望ましい。今回は魔術解を書くのは円陣の中心にしないといけないからね。そして、円の中心、つまり中点が座標0、0、0だ。今回は分かりやすいように中点を発火点にしよう。……よろしい。魔術回路では、発火方法を記していく。太陽の光を湾曲させて、このレンズを通して発火させる。これを収斂発火という」


 ルシウスはレンズを取り出し、その中心が中点に来るように配置する。その下によく燃える綿を置いた。城壁の陰に隠れた今は、特段意味のない硝子に過ぎない。


(こんな大それたことを……)


 ルシウスの言うとおりに法陣を書き続ける。大量の読めない文字と交錯する大量の数式、さらに魔術を調整するための幾つかの図形を描き、魔術回路を何とか完成させた。


「よろしい。では、続いて魔術解を書く。今回は、特定のロッドで法陣を叩くこと、をトリガーにしよう。慎重に書きなさい」


 ルシウスは器用に法陣を避けながら、ラビンスキーの持つ杖の先をワンドでなぞりながら指示をする。ラビンスキーは慣れない杖を必死に操り、慎重に文字を書く。そのまま暫く講義は続き、一時間ほど経ったのち、それは完成した。


 魔術式は見たこともない文字で、ラビンスキーには何が書いてあるのかさっぱりわからないままだったが、円陣の中に描かれた数多の算式や図形は成る程魔法陣と呼ぶにふさわしいものだった。


「よろしい、上出来だね。じゃああっちに回って、杖をこうして、魔術解を満たすように動かして」


 ルシウスは法陣の弧をなぞるようにワンドをふるう。ラビンスキーはルシウスに倣い杖を振る。しかし、反応がない。杖の先を凝視するラビンスキーに対し、ルシウスは咳払いをした。


「魔術解を満たすように。さっき事前に説明したとおり、一番単純な「接触」を魔術解にしているから」


「は、はい」


 ラビンスキーはルシウスの言われた通り、法陣の弧をなぞる。円周を完全に一周した瞬間、突然日陰が日向に変換される。唐突な発動にラビンスキーは思わず尻餅をついた。


「成功!流石、ラビンスキー君だ!」


 周囲の男たちが手を叩く。ラビンスキーは立ち上がり、頭を掻く。


(思ってたのと違う……)


「あぁ、この発動にラグや効果を与えたいならばさらに術式を組まないといけないからね。間違って発動してしまった場合のために事前に魔術解をキャンセルできるよう法陣に組み込むべきだね」


「……はぁ」


「む、不服そうだね?」


 ルシウスは姿勢を低くし、顎をさする。ラビンスキーは苦笑いしながら首を横に振った。


「そりゃあいきなり魔法の効果発動したらびっくりするよ……」


 離れて見ていたユウキが言った。屈強な男たちと水の大魔導士は放水の準備を始めている。実習とはいえ城壁の付近、残り火一つ許されないのだ。暫くじっと眺めていると、徐々に収斂した光が綿を焼き始める。ルシウスは楽しそうにその様を眺めている。子供のような横顔を呆れ顔で見るのはユウキで、ラビンスキーにも特段珍しいものではないので、この後の結果に対してはあまり関心がなかった。


「しゅーれん!しゅーれん!ボヤ騒ぎ!」


 こもった熱が綿を発火させる。小さな火種が徐々に確たるものに変化する。ルシウスは奇妙な動作でポーズを取りながら、大声で叫ぶ。


「さぁ!放水の用意をお願いします!」


 徐々に日が強くなり、やがて火種は炎になる。レンズまで届く直前に、大量の水が放たれる。男たちと大魔導士だ。ラビンスキーは迫りくる濁流に慄き、後ずさりする。濁流が発火した綿を正しく射止めると、ラビンスキーがやっとの思いで作り上げた法陣も流される。完全に火が消えたことを確認すると、男たちはさっさと帰ってしまった。柔和な笑みの魔導士と弟子たちがルシウスに近づく。


「いやぁ、素晴らしいものを見せていただきました」


 ルシウスは頭を掻く。


「いえいえ、恐縮です」


「諸君、魔法を使う際はこのような二次作用にも注目するように。単なる単発の魔法に限らず、最小限の魔術で最大限の効果を与えられるよう、鍛錬するように」


 弟子たちの威勢のいい返事に、ラビンスキーは思わず笑みをこぼす。


「顔色が悪いね……。魔力の使い過ぎ?」


 ユウキが尋ねてくる。ラビンスキーには実感がないものの、そう言うものかと思い、適当に笑い返す。

「うぅん、結構大掛かりだから気を付けないとね。魔力は食材によっても含有量があるから……。疲れたら、魔法生物を摂取するといいよ」


 ルシウスがふり返りながら言う。魔法使い見習いたちに囲まれて如何にもご機嫌そうに見えた。


「魔法生物の定義……」


 ラビンスキーが呟くと、ルシウスは嬉しそうに答える。


「魔法生物というのはだね、魔法を使うために必要な魔力を作る器官をもつ生き物だ。人間だと、ここだね」


 ルシウスは頭をつつく。ラビンスキーはいまいちピンとこないまま、頷いた。ルシウスは上機嫌のまま魔導士たちと談笑に戻る。訳の分からない単語が飛び交う中で、どこか取り残されたような気持ちになったラビンスキーは、呆然と法陣の跡を見つめる。発火した綿が焦げ、水を含んで膨らんでいる。レンズは静かにとどまったままで、既に日陰に戻ったその様に、何となく残念な気持ちを覚えた。


「法陣術は日常生活に便利だから、勉強すると止まらなくなると思うよ」


 ユウキが言う。ルシウスは頷く。


 太陽はちょうど真上にあり、玉ねぎの匂いがする白衣は気持ちよさそうに日光に当たっている。


「あ、そろそろ失礼しますね……」


「うん!お疲れさま!」


 ルシウスは手を振る。老魔導士たちも丁寧に頭を下げた。ラビンスキーは頭を下げ返した後に、ユウキとラビンスキーに向けて手を振る。思いきり手を伸ばそうとして、がく、と肩に鈍い痛みが起こった。


「うぉう、四十肩がぁ……」


 一同が楽しそうに笑う。ラビンスキーは苦笑して誤魔化し、足早にその場を後にした。



 白い馬車の車輪がカタカタと鳴る。遠方には城壁の隅で仲睦まじい男達が談笑している。木枠の窓越しに女が呟く。


「ほう、何かの催しかのぉ」


 赤いカーテンを鬱陶しそうにしてその様を眺める女は、優雅に長髪をかまいながら、近づいてくる中年の男を見つけて微笑する。馬車はゆっくりとなだらかな道を進み、城壁の中へと消えていった。

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