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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
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金貨は正義に屈せず

「あの時は本当にありがとうございました」


ラビンスキーは努めて丁寧な態度をとる。シゲルはアツシの事を優しく撫でながら、爽やかな笑顔で答えた。


「いえいえ、人として当然のことをしただけですよ」


(アーロン卿への紹介状がこんなに早く届くはずないし……たまたまだろうか?)


ラビンスキーは笑顔のまま思考を巡らせる。目の前にいるシゲルから、孤児院についての情報を聞くのは価値があるだろうか。どんちゃん騒ぎをする亜人たちの下に、次々とジョッキが置かれていく。その度に上がる歓声は、現在のラビンスキーには耳障りに思えた。アツシは成されるがままじっとしており、シゲルはアツシの頭を撫で続けたまま、静かに歯を見せて笑う。


「その後、こっちの調子には慣れましたか?」


「はい。お陰様で、何とか。……シゲルさんはアツシとはどのようなご関係なのですか?」


ラビンスキーが尋ねると、シゲルは頭をかきながら答える。


「僕は困っている人を見ると助けずにはいられなくって……。いつも良くしてもらっている教会にアツシくんを孤児として保護してもらおうかと声をかけていたんですが、なかなか心を開いてもらえませんで……。ラビンスキーさんはすごいですね、尊敬します」


他意の無さそうな優しい笑顔に、一瞬警戒心を解きそうになるラビンスキーだったが、シゲルの所業を思いだし、何とか持ち直した。ラビンスキーは努めて笑顔を崩さずに答える。


「いえいえ、シゲルさんこそ、名の知れた冒険者のようで……。八等官の私にはもったいない言葉ですよ」

シゲルは爽やかな笑顔を見せる。


「僕は人として当然のことをしているだけです。ラビンスキーさんも、もっと自信を持っていいんですよ?」


真っ白な歯は騒々しい酒場では場違いなほどで、青い鎧の逞しさと相まって、勇者という言葉がこれ以上なく似合う。事情を知る自分ならともかく、アツシが何故彼を信用しなかったのか、ラビンスキーには不思議で仕方なかった。


「ははは、恐縮です……。シゲルさんは、教会を通して孤児院へ寄付をなされているんですね」


「身寄りのない子供たちの為に、当然のことです。とはいえ、どの教会も善意だけで動いているわけではありませんし……成長した子供たちの仕事も探してくれる、良い教会にだけ、寄付させてもらっています。あ、そろそろ、失礼しますね?」


「はい。またお話を聞かせて下さい」


シゲルは仲間と思われる盗賊の女に呼ばれ、「今行く」と続けて消えていった。


ラビンスキーは笑顔で手を振って、その後ろ姿を見送る。ローテン・アルバイテは狭い店であったがかき入れ時とあって、シゲルの後ろ姿もすぐに人混みに消えていく。ラビンスキーは彼が見えなくなると、アツシに声をかけた。


「彼とはいつ話していたの?」


アツシは撫でられた時の姿勢のままで答える。


「ずっと前です。本当にずっと前です。僕が物乞いをしていると毎週一回は話しかけて来ました」

「そうなんだ。それは、毎回断ったの?」


アツシは頷く。ラビンスキーは顎を摩る。アツシはそれを見て怯えているようだった。ラビンスキーはその頭を撫でてやる。


「怒ってないよ」


アツシははい、と答えて安堵の表情を浮かべる。シゲルの姿はもう喧騒に飲み込まれて形もない。よく響くコボルトの騒ぎ声と、冒険者の茶化すような掛け声が、酒の匂いに乗って響き渡るばかりだ。


(やはり、少し調べて見ようか……)


シゲルの語りは流暢で自信を感じさせ、心底からの言葉のようにも思われた。しかし、ラビンスキーには、その一言一言は曖昧であって、説得力に欠けているようにも思えた。その言葉の真偽を確かめることは、都市衛生課にとっても重要なことに思えた。


(そう言えば、モイラちゃんも被害に遭っていたな)


アツシは何事もなく食事を再会した。ラビンスキーも食事に戻る。ザワークラウトと共に、シゲルの言葉を咀嚼しながら。



自宅に戻ると、アツシは直ぐに眠ってしまった。ラビンスキーは今朝職場に届いた手紙を確認しながら、休日の予定を立てていた。


(ビフロンスの件は今週末でいいとして……。村長の件は実り始めた頃に伺いたいが、連休じゃないと無理だけど、暦がわからないな……。明日にでも聞いてみるかな)


ラビンスキーは手紙を仕舞おうと折り畳む。二つ折り、裏に書かれた言葉がちらりと覗かれる。ラビンスキーは手を止めた。


(これって……!)


ラビンスキーは再び手紙を開く。思わず手を震わせた。それは、肥料の購入に関する契約書であった。下には達筆でシゲルと言う名が記されている。彼は上へ上へと文字を追っていく。名前の上には費用が記され、異様なほど高額だった。そしてその上には、小さな文字で「私は一切の責任を負いません」という言葉が記されていた。


きつい蝋燭の臭いが漂う中で、ラビンスキーは思わず深く息を吸う。そのあおりを受けたのか、蝋燭の火が強くなびき、やがて静かに萎れていった。


ラビンスキーはゆっくりと息を吐き出し、手紙を胸のポケットにしまう。蝋燭の火を消し、ベッドに横になった。


その晩、彼はほとんど眠れぬまま、太陽が東の空を温めるまで、よく音のなる藁の上で低い天井を見上げていた。

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