シゲルという男2
大荷物を軽々と掲げるルカは、落ち着かない様子で馬車の迎えを待っている。見送るラビンスキー達が恥ずかしくなるほど、子供っぽくうろつき廻っていた。
ハンスは苦笑しながら、ルカの持ち物チェックに付き合っている。およそ年齢とは似つかわしくないが、遠足に行く幼い兄弟のような微笑ましさがある。
一方、アレクセイとラビンスキーは二人の姿を暖炉の前で眺めていた。峠は越えたとはいえ、まだまだ外は寒い。出勤直後のオフィスもまた、相当に冷え切っていた。勤務時間も勤務態度も似たような二人は、生活もまた似たようなものであって、アレクセイもラビンスキーも、始業の鐘が鳴るまでは決まって暖炉の前に立っていた。
「いやぁ、はっは。土産は何がいい?」
「ルカさん、はしゃぎすぎですよ、どうせ隣村なんですから……」
ルカは弾んだ声でそうか?と聞き返す。アレクセイは呆れたように首を振った。
排泄物処分の問題は何も終わったわけではない。他にもいくつかの村を巡り、安く売り捌いてしまう必要があった。ハンスは管理者として役場に残る必要があったため、今度はルカが出張することになったのだ。
「まぁ、のんびり養生してくるわ」
ルカは頭陀袋を担ぎながら、豪快に笑う。アレクセイは呆れ顔で溜息をついた。ハンスが後ろからルカの肩をポンポンと叩く。
「くれぐれも、迅速にお願いしますね?」
「ハイ……サーセン……」
ルカは唐突に声を萎ませた。ハンスが満足そうに二つ頷くと、逆光で陰がかかった笑みに迫力が生まれる。
窓がガタガタと揺れ、馬車が横切った。ルカはその音と同時に途端に元気を取り戻し、上ずった声で言った。
「そろそろ行ってくる!んじゃあな!」
「お気をつけて」
アレクセイが言うと、ルカは黄色い歯を出してアレクセイの耳元で囁いた。
「帰ってきたら呑もうぜ」
アレクセイが鼻で笑うと、ルカは彼の肩を二回叩き、素早く姿勢を戻した。
「行ってらっしゃい」
ラビンスキーは笑顔で手を振ると、ルカは無邪気に笑いながら両手を振る。向きを変えずにゆっくりと後退すると、扉にぶつかった。彼は恥ずかしそうに頭を掻くと、逃げるように部屋を出て行った。
唐突に静まり返った部屋の隅で、暖炉に手を当てていたアレクセイが手をすり合わせながらのそのそと動き始めた。ラビンスキーも席に着く。直ぐにコランド教会の鐘が響くと、裏向きにされたテストを開くように迅速に資料の山が崩される。
ラビンスキーの持つ資料にはムスコールブルク自由市民の総人口や職業分布などが記されており、聖職者、貴族を除き組合に所属していない者はその数に含まれていない。さらに机上にはムスコールブルク内の組合ごとの徴税高が記された資料が置かれている。
一方、アレクセイはいつも通りのゴミの処分に関する資料で、日毎の回収量などが記されている。ハンスの持つ資料は会議用に纏められているもので、詳細な部分は分からないものが多いが、これらを月毎に枢密院や君主院に提出し、君主院ではハンスも責任者として報告会に出席する。ハンスは月末に頻繁に用を足す為に席を立っていたが、それが幾らか影響しているのかもしれない。ラビンスキーがそんな事を考えながら資料を纏めていると、突然ハンスが立ち上がった。いまいち締まりのない背伸びをした彼は、独り言のように呟いた。
「見廻りの時間だなぁ」
アレクセイは示し合わせたように立ち上がった。ラビンスキーは二人の顔を交互に見て、遅れて立ち上がった。ハンスは穏やかに微笑んだ。
「外回りは二人で良いですよ。前回はどっちでしたっけ?」
「僕が行きましたね」
アレクセイは席に着いた。そのまま何事もなかったように作業を再開した辺り、ハンスの意図を察したようだった。
「ラビンスキーさん、準備してください」
「は、はい!」
「お気をつけて」
ラビンスキーはバタバタと外回りの準備を始めた。ハンスはゆっくりとした動作で机上の資料を片付け、上着掛けに掛けられた良質なコートとベレー帽を被る。黒を基調とした落ち着いた衣装を着ると、ハンス正しく気さくな紳士に見える。見るほど安心する柔和な表情の中にも仄かな威厳が漂い、少し幅広のコートには余裕が感じられる。ラビンスキーが慌てて外套を羽織り戻ってくると、ハンスは苦笑しながら行きましょうか、と歩き出した。ラビンスキーは返事をして後についていく。多少暖まった部屋の中で、暖炉の薪はパチンと鳴り、二人を見送った。




