牡丹雪に添えて
店の開いていない織物通りは、酷く閑散としていた。ユウキは突然立ち止まると、振り返り、首をかしげる敦を憎らしそうに見た。攻めるような表情に敦は思わず後ずさりする。
「なんですか……?」
「いや、僕が言うのもなんだけどさ……。君さ、めちゃくちゃ性格悪いでしょ」
敦は目を見開く。裸体の男の像が二人を見定めている。顔を伏せた敦が、弱弱しく言った。
「そ、う、かもしれないです……。毎日、僕は人から盗むように生きてきました……」
「だからさ、そういう所なんだよ」
ユウキは険しい表情で言う。敦は訳が分からず、教えを乞うようにそれを見つめた。
「……第一、子供は大人が思うほど無邪気じゃない。第二、君の目を借りたけれど、必ず「誰か」を意識している。第三、第二の対象に向けて放たれる、独特の言葉遣い。そして何より、不自然なほどの「出来た子供らしさ」」
ユウキが言い切ると、顔を伏せていた敦が肩を震わせる。ユウキは自分が間違っていたかと思い、罪悪感を感じて近づこうとする。しかし、その耳に微かに届いたのは、くぐもった笑い声だった。
「……僥倖。何ということか」
「っ!」
唐突に顔を上げた敦は目を見開き、割けんばかりに口角を持ち上げている。震える瞳と恍惚とした表情が、底の知れない恐怖を誘う。
「嗚呼、神よ!身に余る幸福!賜りしこの命の、煌めき、揺らめき、さんざめく様の美しいことよ!宿命とでも申しましょうか!悠木くん、賢しき我が同志よ!是非とも杯を酌み交わし、君との親交を深めたいものだ!」
ユウキは思わず後ずさりする。天を仰ぎ両手を思いきり広げる敦は、高らかに笑い声をあげる。ぼろの外套も裾の足りない足先までは届かない。侘しそうなこけた頬が益々狂気じみた笑いを強調させる。
「いいでしょう、いいでしょう!私は奴隷!敬虔なる煩悩の獣でございます!仰るとおり、ええ、仰るとおり!私、満たされぬ猟奇と狂気と共に、再び歪な生を賜ったのです!」
「なんだ、こいつ……!」
震える瞳は顔をぶるぶると振るいながら言葉を遮る。
「嗚呼、そうでしょう、理解しかねるというのでしょう?然しながら、誠に僭越ながら、申し上げますと、諸兄の狂気も突き詰めればこのような物で御座いましょう?明日は我が身と天啓に震え、目下に注がれた赤黒い血の広がる様を恐れつつも歓喜する。私はその狂気を否定いたしませんが、えぇ、いたしませんが、私も人の理、主の理に従い、黄金律を以て自制することで、輝かしき虹彩へと至ろうというのです!」
先ほどまで落ち着き払っていたユウキが、今にもそこから離れようと及び腰になる。見開かれた瞳がグラグラと首を振り回し、高く腿を上げて、規律よくユウキの周囲を歩き回る。背むし男の様に腰をひん曲げ、腰に手を当てる様は不格好だが悍ましささえ感じられる。
「どうしてそんな歪んだ性格になったんだ……?生前嫌なことでもあったの?」
ユウキが尋ねると、一瞬足を止めた敦はユウキの怯えた表情を見る。敦はみるみる顔を赤くして、再び天を仰ぎ歩き始めた。
「嗚呼、眼福、眼福。よい表情ではありませんか。切り取って保管したいほどに。んふん、写真機がないことが些か、いえ、非常に、残念ではございますが、焼き付けるのは紙だけにとどまらず、この眼に納めさせていただきましょう」
彼は暫く周回して、再び思いついたように立ち止まる。しんしんとぼた雪が降り始めると、静寂に閉ざされた豪奢な赤い町並みに白々とした斑が生まれる。石畳の上に暫くとどまって消える結晶が、間断なく注がれる。ユウキは震え、町の景観の中を助けを求めるように見まわした。周囲に人影はなく、敦のギラギラした目とぶつかる。
「ああそうだ、お答えしておきましょう。私、こう見えて非常に恵まれた生まれでして。無論、金銭ではありませんで、周囲の方々が非常に温厚でしてね、温情を以て私を見守って下さったのですよ。有り難いことですが、それこそが、内に秘めたる狂気を、段々と、滔々と、積み上げるので御座います。正しく、件の黄金律の為に」
敦は息を切らせ、口角を下げた。ユウキは唾を飲み込んで、恐る恐る訊ねる。
「いったい、何があったの?……ここには、ラビンスキーさんもいない。どうせ見抜いた僕だけしかいないんだ」
敦は呼吸を整え、微笑みながら答える。
「……いいでしょう。悠木様、私の評価に関わることですので、どうか、ご内密に……」
雪が視界と音を遮る。急激にトーンを下げた敦は、じっとりとした語調で話し始めた。




