表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
42/144

牡丹雪に添えて

 店の開いていない織物通りは、酷く閑散としていた。ユウキは突然立ち止まると、振り返り、首をかしげる敦を憎らしそうに見た。攻めるような表情に敦は思わず後ずさりする。


「なんですか……?」


「いや、僕が言うのもなんだけどさ……。君さ、めちゃくちゃ性格悪いでしょ」


 敦は目を見開く。裸体の男の像が二人を見定めている。顔を伏せた敦が、弱弱しく言った。


「そ、う、かもしれないです……。毎日、僕は人から盗むように生きてきました……」


「だからさ、そういう所なんだよ」


 ユウキは険しい表情で言う。敦は訳が分からず、教えを乞うようにそれを見つめた。


「……第一、子供は大人が思うほど無邪気じゃない。第二、君の目を借りたけれど、必ず「誰か」を意識している。第三、第二の対象に向けて放たれる、独特の言葉遣い。そして何より、不自然なほどの「出来た子供らしさ」」


 ユウキが言い切ると、顔を伏せていた敦が肩を震わせる。ユウキは自分が間違っていたかと思い、罪悪感を感じて近づこうとする。しかし、その耳に微かに届いたのは、くぐもった笑い声だった。


「……僥倖。何ということか」


「っ!」


 唐突に顔を上げた敦は目を見開き、割けんばかりに口角を持ち上げている。震える瞳と恍惚とした表情が、底の知れない恐怖を誘う。


「嗚呼、神よ!身に余る幸福!賜りしこの命の、煌めき、揺らめき、さんざめく様の美しいことよ!宿命とでも申しましょうか!悠木くん、賢しき我が同志よ!是非とも杯を酌み交わし、君との親交を深めたいものだ!」


 ユウキは思わず後ずさりする。天を仰ぎ両手を思いきり広げる敦は、高らかに笑い声をあげる。ぼろの外套も裾の足りない足先までは届かない。侘しそうなこけた頬が益々狂気じみた笑いを強調させる。


「いいでしょう、いいでしょう!私は奴隷!敬虔なる煩悩の獣でございます!仰るとおり、ええ、仰るとおり!私、満たされぬ猟奇と狂気と共に、再び歪な生を賜ったのです!」


「なんだ、こいつ……!」


 震える瞳は顔をぶるぶると振るいながら言葉を遮る。


「嗚呼、そうでしょう、理解しかねるというのでしょう?然しながら、誠に僭越ながら、申し上げますと、諸兄の狂気も突き詰めればこのような物で御座いましょう?明日は我が身と天啓に震え、目下に注がれた赤黒い血の広がる様を恐れつつも歓喜する。私はその狂気を否定いたしませんが、えぇ、いたしませんが、私も人の理、主の理に従い、黄金律を以て自制することで、輝かしき虹彩へと至ろうというのです!」


 先ほどまで落ち着き払っていたユウキが、今にもそこから離れようと及び腰になる。見開かれた瞳がグラグラと首を振り回し、高く腿を上げて、規律よくユウキの周囲を歩き回る。背むし男の様に腰をひん曲げ、腰に手を当てる様は不格好だが悍ましささえ感じられる。


「どうしてそんな歪んだ性格になったんだ……?生前嫌なことでもあったの?」


 ユウキが尋ねると、一瞬足を止めた敦はユウキの怯えた表情を見る。敦はみるみる顔を赤くして、再び天を仰ぎ歩き始めた。


「嗚呼、眼福、眼福。よい表情ではありませんか。切り取って保管したいほどに。んふん、写真機がないことが些か、いえ、非常に、残念ではございますが、焼き付けるのは紙だけにとどまらず、この眼に納めさせていただきましょう」


 彼は暫く周回して、再び思いついたように立ち止まる。しんしんとぼた雪が降り始めると、静寂に閉ざされた豪奢な赤い町並みに白々とした斑が生まれる。石畳の上に暫くとどまって消える結晶が、間断なく注がれる。ユウキは震え、町の景観の中を助けを求めるように見まわした。周囲に人影はなく、敦のギラギラした目とぶつかる。


「ああそうだ、お答えしておきましょう。私、こう見えて非常に恵まれた生まれでして。無論、金銭ではありませんで、周囲の方々が非常に温厚でしてね、温情を以て私を見守って下さったのですよ。有り難いことですが、それこそが、内に秘めたる狂気を、段々と、滔々と、積み上げるので御座います。正しく、件の黄金律の為に」


 敦は息を切らせ、口角を下げた。ユウキは唾を飲み込んで、恐る恐る訊ねる。


「いったい、何があったの?……ここには、ラビンスキーさんもいない。どうせ見抜いた僕だけしかいないんだ」


 敦は呼吸を整え、微笑みながら答える。


「……いいでしょう。悠木様、私の評価に関わることですので、どうか、ご内密に……」


 雪が視界と音を遮る。急激にトーンを下げた敦は、じっとりとした語調で話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ