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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
二章 社会福祉問題
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清掃員と暁の聖体

「はぁ~」


 ストラドムスの一室に、野太いため息が響く。既に月は沈みかけており、ほんのりと朝の光が近づきつつあった。ラビンスキーは頭を掻き、ばれないように覆いをされた蝋燭の火を消す。ぼんやりとした日の光が木組みの窓から零れると、初めて朝の光がやってきたことに気が付いた。彼は椅子に張り付いた体を伸ばし、簡素な藁のベッドで寝息を立てる少年に目をやった。そのこけた頬を見たラビンスキーを壮絶な後悔が襲い掛かる。


(しまった、食事を摂っていない……)


 自分一人ならばたいしたことはないことでも、他人が待っているとなると話が変わってくる。ラビンスキーは瞼を半分閉じたまま、買い溜めされた食料に目をやる。朝食用にパン屋で買った最も安いパンがいくつか袋に詰められている。そのまま壁に掛けられた木製の札を目にやると、自然と溜息が出た。


 あまりにも質素。あまりにも味気ない。ビフロンスと共に食事をしなくなって暫く、食事は毎日パン二切れ、それに粗末な萎れた野菜を女房達と奪い合い、それでも財布の中身が寂しくなったことが、涙を誘う。


 給料は二回支払われたわけだが、それを貯蓄に回す余裕はない。思考を巡らしつつ再び少年を見ると、ラビンスキーは乞食の気持ちが何となる分かる気がした。


「うぅん……」


 少年は目を覚ます。眩しそうに目を細め、ラビンスキーと目が合うと、途端に姿勢を正した。


「おはようございます。えっと、ラビンスキーさん……ですよね?」


「うん、おはよう」


 ラビンスキーは足をほぐして立ち上がる。袋の中からムスコール大公通りのパン屋で最も安いパンを取り、水に軽く浸すと、半分に切って少年に差し出した。


「これしかなくてごめんね。食べて」


 差し出された粗末なパンを見て少年は硬直する。ラビンスキーが困惑していると、少年は目を見開き、唇を震わせぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。


「……頂けるのですか?無償で?」


「う、うん。そのつもりだけど……」


 少年は前のめりになる。遠目でも明らかなほどに、景気のいい唾をのむ音が響いた。ラビンスキーは恐る恐る差し出すと、少年はそれを神から授かるが如く両手で丁寧に受け取る。


「……僥倖」


「……え?」


「何たる僥倖っ……!何たる!僥倖!お心遣い、痛み入ります!」


 少年はパンを奪うと、それを貪るようにいっぱいに口に含む。その様はどこかリスに似ており、急いで口に含むあまりパンのかすが零れていることにも気づかないようだった。彼は食べ終わると、少しむせ、口周りを隠しながら大きく息をついた。


「……嗚呼、嗚呼、雷の肉とは、かくも甘美なるものであっただろうか!ライ麦特有の凝り切った肩のような食感さえ、卑賎なわが身を案ずるが如く、其が歯を撥ねつける様さえ、いじらしく、愛おしい!あぁ、これでは石畳から生える雑草の、目の覚める苦みをも忘れてしまうでしょう!」


 少年は両の手を目いっぱいに広げて天を仰ぐ。半分開いた木窓から、陽光が差し込み、後光となる。彼に遮蔽された太陽は不満げであったが、その満面の笑みが益々輝くと、ラビンスキーはかえって困惑した。


「え、えーっと……」


 ラビンスキーは苦笑する。それほどひもじい生活をしていたのだろうが、およそ少年とは思えない物言いが、ラビンスキーを著しく疲弊させる。目を輝かせ、天を仰いでいた少年は、我に返ってラビンスキーを見ると、急いで姿勢を正し、顔を真っ赤にして頭を下げた。


「あぁっ、ごめんなさい!つい、嬉しくって……」


 不健康な様は未だ悲壮感を漂わせるが、上目遣いにラビンスキーを見る姿は儚げで愛らしい。ラビンスキーはいや、と首を振ると、藁のベッドに腰かけた。


「はぁー、昨日の話、まとめていてね……」


 ラビンスキーは腰を曲げてこめかみをつまむ。何より目の疲れが酷く、乾燥した瞳は薄く開けるので精いっぱいだった。それを見た少年は藁のベッドから降りた。


「ごめんなさい。僕のせいですよね……。時間になったら起こすので、ゆっくり休んでください」


「ああ、有難う。そうだ、きみ、名前は?」


 ラビンスキーが尋ねると、少年は元気よく言った。


「僕の名前は、敦 在原 です」


「アツシ、ね。じゃあ、ちょっと一時間くらい眠ってるから、起こしてくれるかい?」


 ラビンスキーは木窓を開けたあと、藁のベッドに倒れ込んだ。


「はい!」


 雪の崩れる音がして、静かな町に舞う冬の香りが鼻をすり抜ける。コランド教会の鐘はまだ霜がついて冷え切っていて、ストラドムスの部屋部屋が徐々に賑やかになっていく。


 ラビンスキーは静かに目を瞑る。自動的に落ちる瞼に身を任せる心地よさが、ラビンスキーの幸福感を益々刺激した。そのあとは、意識が途切れるまで、五分とかからなかった。

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