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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
一章 都市衛生問題
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天秤と剣の諍い

なんで1にしたんや……

 一際寒い冬の日、荷馬車の行き交う門の前では、ひっきりなしに検問の声がする。一人で待機して、早一時間。僕は安い狼の毛皮を羽織り、歯をガチガチと鳴らしながら今にも溢れそうな怒りを抑えていた。


「あぁぁぁぁぁ……」


 意味もなく声が漏れる。白い息が鼻をかすめると、気休め程度のぬくもりがかえって僕の怒りをくすぐった。


「やっぱり助手の方がいいじゃん!くっそー」


 ラビンスキーさんと共に先に城壁を出ていった助手の少年は、驚くほどきっちりと時間通りにやってきていた。ラビンスキーさんの申し訳なさそうな眼差しは、この結末を予感していたかのようだった。兵士が訝しむように僕を見る。城壁を通り過ぎる人々が僕を避けるように視線を逸らすのも、恥ずかしさに磨きをかける。僕は小さくくしゃみをして、再び意味のない声を漏らした。


「お待たせしましたぁ」


「おっそいですよ!あー、くそ」


 目的の男は暢気に歩いてきた。右手には錫杖、左手には先のとがったロッドを持ち、巨大な麻袋を肩からかけている。不潔な髪の毛からはノミが飛び出してきそうだ。


「いやぁ、失礼。準備に時間がかかってねぇ」


「一泊ですよ!そんなフル装備しなくても……」


 最高潮のイライラからか、一挙手一投足がすべて憎らしく思える。男の呑気な欠伸に思わず舌打ちを打つ。僕は待たせていた馬車に頭を下げ、男の手をを強引に引っ張る。


「ほら、行きますよ」


 男はあらぁ、と間延びした声を上げる。格好に不釣り合いなほどいい革靴が地面を鳴らす。男を引っ張り上げると、馬車はすぐに出発した。


 強引に速度を上げる馬車は、僕と同乗したルシウスの全身を浮かせるほどの振動で草原を駆け抜ける。荷馬車に風除けはなく、大量の荷物の隙間から肌を突き抜ける風の冷たさと言えば、芯まで冷え切った体まで冷却してしまいそうだった。



 目印となる岩が通り過ぎる頃、太陽はちょうど九十度の高さにあり、何とか予定通りの時間には村に辿り着くことが出来そうだった。僕は体を冷やさぬように荷物として置かれていた毛皮のコートを膝掛けにし、荷物で全体を囲われた、風の当たらない唯一の区画で体を縮こめていた。荷物越しに見えるルシウスは風をものともせず、植物の名前を呟きながら暇をつぶしている。時折大きな声を上げたかと思えば、念仏でも唱えるように難しい言葉を並べて興奮気味に振り返る。僕としてはあまり関わりたくないので、てきとうに返答して聞き流していた。


 暫くそうして時間をつぶしていると、いよいよ眼前にこざっぱりとした村が現れる。


「おぉっ、あれかなぁ?」


「やっと暖炉に当たれるのかぁ……」


 ムスコールブルクは人口密度が高く不潔だが、それ故に多少暖かく感じる。寒村に暖炉がないはずがない。僕はいまいち冴えない頭を振って、暖かい宿を妄想していた。


「おっしゃ、ちょっと急ぐからなー」


 馬車の運転手が言う。僕は頭を下げた。


「お願いします」


 鞭の音が空に響く。馬がヒヒンと声を上げ、蹄鉄が地面を蹴る音が早まる。荷台に丁寧に括り付けられた荷物たちは、ガタガタと激しく揺れる。夕刻の独特の空気の色が、荷馬車の傾いた影に降りかかり、貼り付けられたように道を這い、丘を下っていった。



「おーっし」


 運転手は濁声を響かせる。僕とルシウスは荷台から降り、運転手に挨拶をした。


「また、明日ここで」


「おう、今度は毛皮はないから、体冷やすなよ」


 そういって豪快に笑った運転手は、一足先に村の中央集会場に消えていった。


 馬車が見えなくなると、ルシウスは大きく伸びをした。


「んんっ、乱暴な運転だったねぇー」


「あなたが遅れたからですよ!」


 諫めるように言ったつもりだったが、彼は特に悪びれるでもなく弾んだ声で答える。


「そうだっけ?」


 この、言いようのないイライラから、自然と目つきが鋭くなった。そんなことを気にも留めない彼は村を見回しながらすたすたと歩き去ってしまう。僕は急いでその後を追った。


 村の護衛の兵士たちに挨拶をした後、僕とルシウスは村の様子をじっくりと観察する。


 城塞を中心に伸びる丁寧に石が取り除かれた土の道を進めば、初めに草履型の土地に煉瓦造りの家が立ち並んでいる。小さな家がひしめきあって並んでおり、ほとんどが農夫の家である。住宅街の向こうには、一面の巨大な畑が見える。三つの巨大な畑のうち、一つが小麦畑、もう一つが燕麦畑となっており、今はがらんとした放牧用の三つ目の畑には、他の畑のものよりやや大きな道具倉庫があるらしかった。その向こうには、大きめの柵越しに鬱蒼とした森の広がる共有地が広がっているらしい。住宅街の中心には集団墓地があり、物見やぐらのような礼拝堂は金属製の重厚な扉に守られている。どの建物も屋根が尖っており、雪を自然と下ろす形状になっている。そして、城塞は、一軒で高い丘を独占して建ち、村と畑を監視するように聳えている。


「うぅん、なるほどねぇ」


 ルシウスは無精ひげをさすりながら呟いた。僕は無視して宿を探そうとするが、彼の姿がどんどん遠ざかっていくので、たまらず険しい剣幕で振り返った。


「何をしているんですか?」


 彼は住宅街の入り口、塀のある橋の付近にいる群衆たちを眺めているらしい。


「ん、んー。あれ、なんだろうね?」


 彼が指示した場所を目で追う。さほど繁盛していないが、茣蓙を敷いて天秤を置いているさまを見ると、両替商だと推察される。無論、特に珍しいものでもないように思える。


「両替商ですね。お釣りを作るために貨幣を交換するんですよ」


 僕が答えると、ルシウスはうぅん、と唸って考えた後、両替商たちのいる場所まで歩き出した。


「ちょっと、別に珍しいものでもないでしょう!?」


 僕は急いで後を追う。博士というものはこれほど世間知らずなのだろうか。


 密集地で声をかけられる彼を追いかけると、彼が突然立ち止まる。僕は背中にぶつかりそうになり、瞬時に体を逸らした。


 彼が興味深そうに眺めているのは、両替商と旅人の言い争いらしい。青い鎧で金髪のいかにも傲慢そうな中年男と、憤慨している年老いた賢者、それに気の長そうな修道女、暢気に後ろで手を組む女盗賊の集団だった。


「ですから、私にお任せくださいと」


 両替商が困り果てた顔で言う。


「これ、これ。わしらを誰と思っておる?まさかわしらが詐欺でもしようとしてると見るか?」


 怒り狂う賢者の顔には血管の筋が浮き出ており、貫禄のある皺と相まって、とても迫力があった。泣きそうな両替商を、ルシウスは興味深そうに眺める。こんな気の毒な現場を楽しめるとは、噂通り精神がいかれているとしか思えない。僕はルシウスの手を引っ張る。ルシウスは微動だにせず、その様子を眺めている。


「まぁまぁ、余り起こると血圧が上がってしまうよ。彼が僕たちを詐欺師だと思うのは自由じゃないか。ねぇ?」


 青い鎧の男は醜い顔をくしゃりとさせて微笑む。周囲の両替商や兵士、一泊するのであろう行商人らがひそひそと話しているらしかった。困り顔の両替商は諦めたようにため息を吐く。渋々頷こうとした、まさにその瞬間だった。


「ん、んー。リーブル金貨19枚と1フレデリカ金貨、金貨のうち一つが価値の低い金貨だねぇ」


「あぁ?」


 ルシウスが突然声をかける。とても楽しそうにしながら、さも当然のように旅人と両替商の間に入り込んだ。賢者に物凄い剣幕で睨み付けられたのも一切動じることなく、茣蓙の上に偉そうに座り込んだ。

「ほら、これこれ。十ずつ積まれた右側の三番目。光方がちょっと変でしょ?リーブルは見栄のせいか純度が高くて、貨幣価値だけはあるんだよねぇ。うぅん、これで頷いちゃうと両替商君はだいぶ損しちゃうかなぁ」


「なんじゃ、嘘を吐くな。どれも立派に金貨じゃ」


 賢者が唾を思いきり飛ばして叫ぶ。血管の筋は今にもきれそうだ。


「ふぅん、いいんだ」


 ルシウスは不敵に笑う。賢者は険しい表情で睨み付ける。涼し気に茣蓙を弄ぶルシウスは既に賢者を見ておらず、青い鎧の男を見ていた。


「金貨の中に一枚だけ安価なものを混ぜる。丁寧に価値を天秤にかけようとする御しやすそうな両替商のところで両替し、一枚の比重を測られないように、十の束でそのまま同じ金貨だと言い張ってゴリ押そう、というわけだねぇ。金貨の知識を持った旅人で、かつ名の知れた一団、簡単に足が付きそうだけどなぁ」


 賢者が何か叫ぼうとするのを、青い鎧の男が止める。賢者は不服そうにではあるが、押し黙った。

「……そうですね、旅の途中で袋の中で動き、たまたま混ざってしまっているようだ。失礼しました。貴方の目利きに任せましょう」


 両替商に笑顔で言った青い鎧の男は、ルシウスにも丁寧に頭を下げる。ルシウスはそっと立ち上がり、金貨にも小銭にも目もくれず、スタスタと通り過ぎていった。


「あ、ちょっと……」


 僕はすぐに後を追う。ルシウスは暫く歩いて思い出したように振り返り、不潔そうな髪を掻きまわした。


「あ、ごめんごめん、行こうか」


 彼から目を離すのは危険だ、そう思った僕は彼の横に足並みをそろえて歩く。暫く歩き騒動が見えなくなった後、彼の方を向いて尋ねる。


「最初から気づいていたのですか?」


「ん?いやぁ、なんか楽しそうだったから。でも近づいたら言い争いになってなかったし、さっさと解決しそうな方法を取ったのね」


 ルシウスは退屈そうに欠伸をする。僕は速度を落とし、視線を落とした。


「なんというか、失礼なことを言ってしまい、すいませんでした」


 彼は振り返る。細い目から目ヤニのような涙が漏れている。彼はそのまま後ろで組んだ手を離し、手持ちの杖で僕の頭を小突く。


「ふふん、失礼しちゃうわ。なんて、ね。疑うのはいいことさ。何事も疑わなくちゃ、真理にはたどり着けない」


 そういって杖を戻すと、ご機嫌そうに下手な鼻歌を歌いながら再び歩き出した。


「あの鎧の不細工な男、常習犯なんでしょうか?」


 そう訊ねると、彼は不思議そうに首をかしげて見せる。


「さぁね。あと、僕には可愛い男の子に見えたけど?」


「はぁ?」


 僕は彼の言動が理解できず、聞き返してしまう。彼も不思議に思ったのか、首を傾げたまま、顎をさすって何か考えている。彼は正面の通行人にぶつかりそうになったのと同時に、あぁ、と声を上げた。通行人が舌打ちをして通り過ぎると、ルシウスは杖を首に挟むように支えながら荷物をガサガサと探り、何かを取り出した。そして、楽しそうに振り返る。彼は、底が三角形の器具を高く掲げ、見せびらかしてくる。


「これ、どんな形?」


「三角に見えます」


 そういうと、彼はそれをゆっくりと下ろした。


「僕には、長方形に見えるなぁ」


「そりゃあ、向きを変えればそう見えるでしょうね」


「つまり、そういうことさ」


 彼は満足そうに微笑む。意味が分からず顔をしかめていると、彼は突然鼻歌を再開して歩き出した。


「さっさと仕事済ませて帰ろうよー」


 その時のドヤ顔ときたら、なんだこのおっさん、と思ったのを、よく覚えています。

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