酔いと問答のペシミズム3
ラビンスキーにとって食事と言えばローテン・アルバイテである。連日食事に誘われ、ビフロンスに申し訳ないと思いつつ断りを入れたが、特に怒りなどせずに淡々と承諾されてしまった。知人のいなかったラビンスキーにとって、ビフロンスとの食事は文字通り救いの手だったのだが、彼にとっては仕事の一環でしかないのかもしれない。
とはいえ、少々胸が痛む以上、ローテン・アルバイテは居心地が悪い。ラビンスキーの心中を知ってか知らずか、ユウキはラビンスキーが一度も通ったことのない道を案内し始めた。
空の茜色を映す石畳は、蜘蛛の巣を巡らせるような街路を一層目立たせていた。大公広場から町の隅々まで響いた鐘の音と同時に、のそのそと茣蓙をしまい始める両替商や、宿屋の厩から響くぶるるひんという下品な鳴き声も、哀愁に満ちる町の中では大層重要なもののように見える。
細い街路はストラドムスの周囲を思わせるものの、筆や羊皮紙を売る店、花を飾る家々は、その暮らしぶりの余裕を伺わせる。モザイク病の斑点を誇らし気に見せびらかすチューリップの花が、窓の向こう側に見える。
ユウキはずんずんと狭い路地を北に進み、その暮らしぶりをただ見上げるので精いっぱいだったラビンスキーとの距離が広がっていく。それに気が付くたびにラビンスキーが駆けると、石畳の溝に躓きそうになり、奇妙な体制のままユウキのあとを追いかけていった。
やがて夕陽の傾きに合わせて薄暗い影が伝播するように空を覆い始める頃に、大公通りほどではないが広く余裕のある道が広がり始める。店らしきものには店先に看板が掲げられた豪奢な建物が立ち並び、ただならぬ場所であることが分かった。ラビンスキーは思わず息をのむ。東の路地のすぐ向かいには、大公の城の尖塔が角のように伸びていた。ユウキがふり返る。右だけが長い前髪がふわりと風になびく。それでも眼球はぎりぎり見えなかった。
「ここは、カルロヴィッツ商会や貴族の御用達、染物から絹、仕立て屋が密集する織物通りだよ」
「織物通り」
ラビンスキーには、自慢げに語るユウキの意図を測りかねた。ユウキが感づいたように鼻を鳴らす。
「服も布も、兎に角高いんだ。特に絹や毛皮は、僕らにとっても高価だよね」
ラビンスキーは建物毎に移ろう屋根を見上げながら頷く。ユウキの側からは鼻の穴がよく見え、阿呆のような面が田舎者っぽさをより引き立てていた。ユウキはラビンスキーの手を引っ張り、駆けだした。思わずバランスを崩したラビンスキーは何とか体制を整え、引かれるがままに足を動かす。ユウキは三軒ほど駆け抜けた所にある建物の前で立ち止まった。
「ここで食べます」
「お、ご、うぅぉ?」
ダビデを思わせる裸体の逞しい男の像と、ベールをかぶった処女の像に挟まれた、アーチ状のゲート。赤レンガが積まれた中にふんだんにちりばめられた窓は、ゴシック様式を思わせる。荘厳な洋風窓の周囲には繊細な彫刻が刻まれている。始終上を見っぱなしだったラビンスキーは、真正面を見ながら口をあんぐりと開け、ただ佇んでいた。ユウキはどことなく得意げに微笑む。
「さぁ、ルシウス卿一族の愛する味を、こっそり堪能しようじゃないか」
ユウキに手を引かれるラビンスキーは、織物通りの風景も忘れ去るほど、その建物の立派さに見惚れていた。
二人の影は永遠の光を讃える扉の向こう側に吸い込まれ、町に訪れた宵の中から消えていった。




