表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
四章 国際紛争
135/144

結末

 パイモンは扇をぱちぱちと鳴らしながら、ベリアルに目配せをする。ベリアルは呆れたように鼻を鳴らすと、さっさと戦車を翻した。アジ・ダハーカは足と腕でベリアルを追い、尻尾でパイモンの蜘蛛を追う。パイモンは頃合いを見計らいながら、焦土の上を駆け回った。


「この辺りでよいかの」


 パイモンは速度を緩める。頭上に巨大が影が迫るのを感慨もなく眺めながら、ぱちぱちと扇を鳴らす。尻尾がパイモンの蜘蛛を押しつぶし、毒竜は勝ち誇ったように高笑いした。


「そのまま死骸を吸収すれば、大層な力になる!助かったぞパイモン!……あ?」


 毒竜が尻尾を持ち上げると、パイモンの蜘蛛は小さな蜘蛛に分裂して散開した。呆気にとられる毒竜に戦車が迫る。毒竜はそれを軽くあしらいつつ、蜘蛛を丁寧に押しつぶした。然し、それが尻尾を上げると、きまって蜘蛛は小さなものになって散会する。毒竜はだんだんイライラしてきたのか、黄雲をまき散らしながらベリアルに八つ当たりを始めた。蹴飛ばされてすぐに身を起こすベリアルは格好の標的になり、ころころと転がされながら弄ばれる。尚も不敵な笑いを見せるベリアルに、毒竜は益々苛烈な攻撃を仕掛けるべく足を持ち上げると、蜘蛛の糸でいっぱいになった足が粘り気を持っていた。毒竜の舌打ちに対し、パイモンが乾いた笑いを上げる。


「なんじゃ。こっちには来んのか。つまらんの」


「馬鹿にするなよ、蜘蛛女。こっちには千の秘術もあるんだぞ?」


 毒竜の背が蠢く。軟化した背部が触手のように伸び、パイモンに向けて伸びてくる。パイモンは扇を開閉させながら、自分を乗せた蜘蛛をゆっくりと後退させる。触手が十分に伸びたところで、ベリアルが触手の根元を切る。


「上々だね!」


「無駄だがね!これは直ぐに……?」


 パイモンが率いていた分裂する蜘蛛たちが触手に群がる。触手の修復を蜘蛛の糸が阻む間、小型の蜘蛛が触手に群がり、それを齧り始めた。


「!?待て、どういう事だ!」


 毒竜が叫ぶ。本来ならばすぐに修復され、生体に倒されることのないからだが、あろうことか米粒ほどの蜘蛛に群がられている。パイモンは扇を開き、不敵な笑みを隠す。


「そうじゃな。そもそも、その蜘蛛は生体ではない。強いて言うならば神体?偶像?の様なものじゃ。名を付けるならば、流行に乗ってアトラクナクァとでも呼ぼうかの?」


「聖遺物でも混ぜ込んだか!?」


「それはゴーレムの話じゃ。これらは死ぬ瞬間に分裂し、新たな個体を生ずる。それ故に死体からのは吸収できず、さらに生体でもない」


「すでに死んでいるとでもいうのか?」


「死体を加工し、分解して組み立てなおした、単なる肉塊を操っておるだけじゃ。むしろ生きてすらおらぬよ。初めからの」


 毒竜は怒鳴る。パイモンは汚いものでも見るように毒竜を邪険に扱い、蜘蛛がブクブクと肥大化するのを見て、興奮した毒竜は黄雲をまき散らす。蜘蛛は微動だにせず、触手を食む。ベリアルがわざと剣を触手に挟んだまま両手を離す。


「君は死なないわけじゃない。何度死んでもいいだけで、同様に肉体の欠損は直ぐに治癒する。でも……食われたものは戻らない。つまり、相対的に弱体化する」


「しかし、死なないことに変わりはない!貴様の肉を頂こう!」


 毒竜は大口を開けてベリアルに迫る。ベリアルは俊敏な動きでかわし、去り際に剣を放る。天から落ちた剣は興奮して不注意になった毒竜の目には映らず、頭上へと落下し、左の顔に突き刺さった。すかさず散会した蜘蛛が顔を登り、血を啜り、肉を食む。剣が邪魔で完全な復活が出来ず、傷が癒えてもど血だけは流れ続ける。そのため、少しずつではあるが、毒竜の巨躯が鈍重になりつつあった。


 触手は骨を残して蜘蛛が食らいつくし、巨大化した蜘蛛がさらに左の顔面に迫る。ベリアルは指を弾くと、地面から伸びてくる剣を引き抜き、今度は右の顔面を狙って投げた。大きく旋回する剣は一度は外れたものの、ブーメランの如く戻ってくる。致命傷とはいかないが、毒竜を驚かす程度の刺激にはなった。血が滴るところに、蜘蛛が群がる肥大化した蜘蛛を潰すと、次から次へと蜘蛛が増殖する。ベリアルが少しずつ皮膚を削り、パイモンの蜘蛛が喰らい尽くす。毒竜は少しずつ、確実に小さくなっていった。


「そろそろ頃合いかの」


 パイモンが呟き、扇を閉じる。毒竜の大きさは初めの半分ほどになっており、荒い息を立てながら悪魔達を睨む。パイモンは蜘蛛に糸を吐き出させる。異様に太く練られた蜘蛛の糸が天空を登る。焦土の温度に耐えきれずに燃え上がると、火災旋風の如く渦巻きながら青と茶を繋いだ。


「させん!させん!させん!」


 毒竜は焦って炎を吹く。毒の混ざった息を受けた炎は一瞬強く燃え上がり、後に残る風に靡いて消えていった。


「もらったぁ!」


 ラビンスキーの声が響く。唐突に頭上から声がして、毒竜は咄嗟に見上げる。歪んだ時空を隠そうともせず、高射砲な姿を背景に巨大な鉄球が空から降る。鉄球は毒竜の顔面に直撃した。鉄球がその硬さに耐えきれず、毒竜の方にめり込んで破損する。


 毒竜は硬直し、暫くすると身体中がビクビクと痙攣を始める。鉄球の中身は空洞になっており、中には目一杯の聖遺物が詰め込まれていた。


「ゴーレム突撃!」


 空からゴーレムが落ちてくる。毒竜は聖遺物に拘束されて身動きが取れない。着地したゴーレムが足を踏み込むたびに、ゴーレムの中に積まれた聖遺物が零れ落ちた。敵に接触すると同時に尻から穴を開けるという、精緻に組み立てられた曖昧ファジーさは、ラビンスキーのゴーレムにはできない芸当である。溢れ出す聖遺物に塗され、毒竜の体がドロドロに溶け出した。毒竜は鉄球の中でくぐもった声で叫ぶ。


「我が大望はならず、此方でもならずか!あれほどまでに入念に、丁寧に、謀を詰んだというのに!」


 体が毒沼となり焦土に広がる。生成される側から蒸発する水分に、カラカラになった毒が地面にこびりつく。ベリアルが憐れむように言った。


「ひとつ言っておくよ、アジ・ダハーカ。僕たちは所詮端役だ。正当化のための人柱に過ぎないんだよ」


「そのままで構わないというのか、これはお前達のためでもあるのだぞ……!」


 反響してエコーがかかっている。弱々しく身体を地に倒す毒竜は、真っ赤な瞳から大粒の毒液を流した。


「僕たちは官僚だ。君たちとは違う。欲望は人間に必要なものだが、人間界では端役でしかないし、天界では悪役でしかない。伝承は変えられないんだよ」


「は、は。どうして、我々はこうもひどい役ばかり回されるのだろうな……」


 毒竜はその言葉を最期に肉体を喪失する。栓になっていた毒竜が溶けて消えると、鉄球は毒沼に落ちて溶け、聖遺物が溢れ出した。


 その後には、焦土に大きな毒沼があるだけだった。

拙作の本編は残り9話になります。どうか最後までお付き合い下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ