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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
四章 国際紛争
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神代の幕開け2

「まずは礼を言おう……名もなき外交官よ。そして喜ぶがいい、この世界は再び生まれ変わる。新たなる神代の為の贄になるがよい」


 「それ」は小さく息を吐く。起き上がろうとするラビンスキーを、パイモンが再び蹴飛ばした。体中に激痛が走り、視界が回転する。「それ」が吐き出したのは、見覚えのある緑がかった黄色の雲だった。しかし、一つだけ異なるのは、それが滞留する場所にある草木が、黒い煤の様になって消滅したことだった。


 ラビンスキーは何とか身を起こし、「それ」の全体像を確認する。どす黒い巨躯と特徴的な鉤爪、鱗を持ち、太い尾は樹齢千年の老樹の如く荘厳だ。尾の鱗は逆立っており、一つ一つが巨大な刃の様に鋭い。それぞれの頭部には炯々と滾る瞳があり、深淵の様に暗い肉体の中で異様な輝きを放っている。三つの顔は怒りに満ちており、右のものは呼吸をするたびに黄雲を吹く。左のそれは死体を集めて肥大化し、中央のそれが理性を以て語り掛ける。


「何をおびえる必要がある。君も彼らの様に私の糧になりなさい。ハーバー博士もロベスピエール君も私の頭部を形成している。君は臀部あたりになるだろう。さぁ、死にたまえよ」


(今やるべきことは戦う事じゃないってことだ!)


 ラビンスキーは吐き出す黄雲を背に全速力で駆け抜ける。その吐息が重低音となり、豪風となってラビンスキーに襲い掛かる。無様に吹き飛ばされるラビンスキーは二、三回転し、地面に爪を立ててしがみついた。毒竜は大きな雄たけびを上げ、死体を纏いながら巨体には似合わない速度で前進する。ラビンスキーは起き上がろうにも暴風となって襲い掛かる大量の泥が顔にかかり、呼吸もままならない。


「ラビンスキー様!」


 ビフロンスの声。何とか細い目を開けると、毒竜をゾンビたちが阻む。それらは一体一体吸収されてはいるが、直ぐに吐き出され、押しつぶされていく。そのうち最も損傷の激しい一体がラビンスキーの体を掬い上げ、引きずるようにして猛スピードで毒竜から身を逸らした。


「有難う、ビフロンス。ところで、これって……」


 無様に四肢を捻じ曲げられた、腐敗した死骸。四つん這いになってラビンスキーとビフロンスを乗せるそれは、顔こそ潰されているが、ぼろぼろの青い鎧を身に着けていた。


「はい、シゲルです。回収しておきました。優秀な死骸を回収するのは、ネクロマンスの基本ですから」


 ビフロンスは当然のことのように笑顔で返した。ラビンスキーは何となくシゲルに同情してしまい、つぶれた顔のそれをさり気なく撫でてみた。


「む?その小さいのは悪魔か……これは食らいがいがある」


 毒竜は爪を立て、シゲルを押しつぶそうと足を踏み出す。シゲルは呻き声を上げながら速度をあげる。何とか切り抜けると、丸太の様な尾がラビンスキーらの目前に迫っていた。


「ちょっとこれは無理じゃないかなぁ!」


 ラビンスキーが叫ぶ。尾はシゲルの足を攫うようにして振るわれ、よけきれないシゲルは四肢を捥がれて数メートル吹き飛んだ。何とかしがみついた二人を、毒竜はお手玉の様に弄ぶ。尾から腹へ、腹の弾力を使ってさらに爪の上へ。ビフロンスが何とか致命傷を避けようと死体をクッションにすると、再び反動で腹の上へ吹き飛ばされる。ラビンスキーはシゲルにしがみついたまま目を回しているばかりである。


「ほれ、ほれ、ほれ。ははは、これは楽しい。儀式などよりもずっといい戯れではないかな?」


「おうぇぇぇぇぇ!」


 ラビンスキーは車酔い同様に吐き出す。毒竜の腹の上に撒き散らされたそれは、直ちに体内に吸収されていった。


「そろそろ戯れも終わりにしようではないか!しかし、弱い者いじめはとても楽しいな!」


 毒竜は爪を立てる。ビフロンスはシゲルの腹を爪に向け、シゲルはラビンスキーを放り投げる。落下するラビンスキーは串刺しにされたシゲルの血飛沫を顔に受け、右目を瞑る。落下したラビンスキーを巨大な蜘蛛が回収し、そのまま戦場まで突き進む。


 離れていく毒竜が次に目をつけたのは、かつて自身の部下だった者達のいる戦線だった。爪に纏わり付いた汚物を払った後、大きく息を吸い込み、毒を発射する。巨大な風圧となったそれは、無数の兵士を巻き込み吹き飛ばす。耳をつんざく悲鳴の合唱が起こり、それらが泡を吹いて倒れると、毒竜の元へと吸い込まれていく。


「パイモン様!あれは一体何なのですか!?」


 ラビンスキーの質問に対し、パイモンは難しい顔をして返す。


「あれは死の象徴、或いは苦痛の象徴、或いは苦悩の魔獣。即ち、アジ・ダハーカであろう。今はその力を蓄えようとしておるのじゃ。……恐らく、彼奴にとっては戦争の勝敗など関係はないのじゃ。自分の肉体を完全なものとする為に、プロアニアを中心に死体を増やしておったのであろう。あの二人は聖遺物を自分の手元から離すこと、そして自身の二つの頭の糧とする為に、こちらに呼び出した肉なのであろうな。あれもまた、別に誰でも良かったのであろう」


「まだ強くなるってことですか……。それで私たちを無視して背後を狙ったわけですね……」


 ラビンスキーは前方に目を凝らす。巨大な黄雲の中から浮かび上がった無数の死体が、アジ・ダハーカの元に集まっていく。彼らを乗せた蜘蛛が糸を吐き、浮かんだ死体を根こそぎ捕らえる。そのままそれら引き摺ら加速する。アジ・ダハーカは猛り、猛スピードで蜘蛛を追いかける。ラビンスキーの腹を地響きが

伝わり、苦いものが口まで上がってくる。アジ・ダハーカはずんずんと蜘蛛に近づいてくる。振動が強まるにつれ、ラビンスキーの喉元に胃液が迫る。目標を見定めた右の顔面が毒を吐こうと息を吸いこむ。まさにその時だった。


 炎を纏った戦車が空中を駆り、アジ・ダハーカの首を切り裂く。痛みに顔を上げた右の顔は叫び声を上げ、毒の息を空に撒き散らした。


「あれは……ベリアルの戦車か!」


「ロットバルト様!」


 戦車は方向転換をして蜘蛛に近づく。戦車の中にはぐったりと項垂れるビフロンスもいた。


「待たせてすまない、ラビンスキー君」

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