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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
四章 国際紛争
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天使の刃2

「世界改革を進めるべく、我々は王の下に忠誠を誓ったではありませんか!」


 天使を操る男は、断頭台を仰ぐ。滴り落ちる新鮮な鮮血と、目をひん剥いた兵士の生首が地面に落ちている。


「違います、ロベスピエール様!私たちは別に裏切ってなどおりません!」


 天使につままれる兵士の一人が、懇願するように叫んだ。天井すれすれを縦横無尽に飛び回る天使達を遮るものは余りにも少ない。叫んだ兵士を捕らえる天使は、ロベスピエールと呼ばれた男の元に兵士を連れて行く。ロベスピエールは、胸元から拳銃を出して兵士のこめかみに突きつけてみせた。


「いいえ、あなた方は裏切りました!そもそも、あなた方が武器を持ち、勇敢に戦っていれば!博士は死ぬことはなかったのではありませんか?王は大層落胆しております。転覆者には死を、裏切り者には死を!教えたはずですよ!」


 命乞いをする暇もなく発砲された弾丸により、兵士の脳天は一気に弾けた。貫通した弾丸が壁に貫入している。兵士は引きちぎれそうなほどに変形した頭から崩れ落ちる。断頭台の真下には、べっとりとその血が染み出していた。


「……さて、そちらにいらっしゃるのは悪魔ですかね?……まぁ、取るに足らぬ存在でしょう。悪魔は神の軍勢には勝てない」


「っ……。ラビンスキー様、これは耐えられないかもしれません……」


 無機質な天使が群がる死体の首を一閃する。鈍重に起き上がろうとする死体の心臓を次々と刺し、死体は灰燼となって崩れ落ちていった。


「どうして……?」


「どうして?はははっ、天使は悪魔に勝てないからですよ!そんな事もご存じでないのですか?」


 ラビンスキーはビフロンスの方を見る。ビフロンスは目を逸らし、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。ラビンスキーはそのまま視線をロベスピエールに移す。断頭台は次々と「裏切り者」の血に染まる。生首は時折痙攣をおこしたように瞬きをし、やがてそのまま目を瞑って動かなくなる。ついに真っ先にゴーレムの後ろに逃れた軟弱そうな兵士だけになってしまう。ラビンスキーはゴーレムの背を押し、ゆっくりと前進させる。兵士はその脇で身震いしている。天空を、キューピットを思わせる幼い天使が無表情で飛び回る。死体たちは、ゴーレムの後ろに回り込もうとするそれを引き摺り込んで飲み込んでいく。さながらゾンビ映画にスプラッタ映画が紛れ込んでいるような奇妙な情景が延々と続けられる。幼い天使の像たちは抑え込むことが出来るが、前方の重量のある天使たちには刃もゴーレムの拳も届きそうにはなかった。


(これは、どうすればいい……?)


 ラビンスキーはゴーレムを前進させながらも、天使が前進するたびに制止し、後退させた。そして、ゴーレムの脇からロベスピエールの様子を確認する。彼は断頭台に滴る血を拭うように天使の像に命じている。拳銃は手に持っているが、ハーバー博士の様にゴーレムの弱点までは把握していないらしい。


(魔法は使えるが……魔術の知識はあまりない?)


 ラビンスキーは確証が持てず、ロベスピエールの挙動をつぶさに観察した。死体がなぎ倒されるたびに、地面から次々と現れる大量の後続だが、徐々に数が減っているように見える。ロベスピエールは涼しい顔で丁寧に掃除を指示するばかりで、特別にラビンスキーにに関心を示しているわけではない。ゴーレムの体から乾燥した土が崩れる。ラビンスキーは益々焦り始めた。


「ふぅむ……裏切り者の血は中々しぶといものですねぇ。まぁ、いいでしょう!次は、ゴーレムの後ろの二人です。兵士から消すのもよいですが、ラビンスキー様の首の方が、王は大層喜ばれるでしょう!これで手駒が増える、なんて申されるのでしょうね!」


 手持ち無沙汰に空を旋回していたキューピットは、その指示を受けて急降下をする。ラビンスキーめがけて真っすぐ突っ込んでくる鉄塊を、ゴーレムの腕が払う。ゴーレムの右腕を代償に、天使ははるか遠くに吹き飛んだ。しかし、次々に天使が特攻してくる。ゴーレムはボロボロの左腕一本でそれを払う。法陣の描かれた胸と脳天を覗いて、全身を使ってラビンスキーを守る。自身の体よりもはるかに硬いそれを払いのけるたびに、ゴーレムの体は次々に崩れ落ちていく。


「どうすれば……!」


「ほうら、私の可愛い鋼鉄の天使達キュピドンよ、そろそろ遊んでいないで勤めを果たしなさい!博愛も平等も、全ては神への奉仕の対価に他ならない!」


 断頭台の背後から数十体の天使が飛翔する。彼らは両腕を欠損したゴーレムを空から通過し、終に二人の包囲を果たした。無機質で黒目の見られない瞳で、人間たちを愚弄するように眺める。群がる死体では到底彼らの高度には届かない。


「そんな……まだいるのか」


 ラビンスキーの瞳も絶望に揺れる。兵士は開いた口が塞がらない。彼はそのまま地べたに膝をつき、天に祈りを捧げ始める。乾燥した唇が痛々しく切れていた。


「さぁ!さぁ!さぁ!我らの理想社会を果たすために、必要な犠牲テルールを、始めようではありませんか!」


 天使たちが一斉に急降下を始めた。ラビンスキーに兵士がしがみついて震える。ラビンスキーは拳を強く握り、顔を伏せた。


「ひれ伏せ!」


 刹那的に襲い掛かる強力な重力に、その場にいた一同は強制的に地面に叩きつけられた。兵士、ラビンスキー、ロベスピエールだけではない。非生物であった天使たち、そして死体も勿論例外ではない。

 地面に顔を埋めたラビンスキーは、聞き覚えのある女性の声に驚く。扇子をかちかちと開閉する音が響き、優雅な足音が近づいてきた。


「ほう、これはこれは……」


 ラビンスキーがやっと顔を上げると、巨大な蜘蛛に跨った、パイモンがいた。


「ひさしぶりじゃな、ロベスピエール」


 パイモンは怒りに顔を歪ませながら、静かに言った。

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