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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
一章 都市衛生問題
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外回り

 町で一番の賑わいはムスコール大公広場にあるが、その賑わいと同じくらい、この場所は汚い。人は時折何もかもが億劫になり、道端に不要なゴミを放り投げる。時折広場に現れる浮浪者や乞食たちは、そのごみの中に財宝を期待し、ひとたび食事の匂いを覚えれば、ぼろぼろで垢まみれの腕を震わせながら、食べ残しを頬張る。人々はそれを冷ややかに眺めつつ、世辞に世辞を飛ばす露店商の品々に目を輝かせる。


 石畳の上に馬の蹄が突き立てられれば、木製の車輪がカラカラと悲鳴を上げて転がりまわる。カルロヴィッツ商館の前には立派な二頭立ての馬車が停まっており、アーミンを身に着ける貴族がゆっくりと降りてくる。それを迎えるカルロヴィッツ氏の笑顔の、何と眩しい事か。


 ラビンスキーとアレクセイは役所の倉庫から引っ張り出した火ばさみと巨大な手桶を持って、乞食たちの目に留まらないゴミを拾って回っていた。手桶に入れられるゴミにも限度はあるため、なるべく目立つゴミを拾っていく。アレクセイはラビンスキーの方を見るわけでもなく、ゴミを火ばさみでつかみながらラビンスキーに話しかける。


「ムスコール大公国の首都、サンクト=ムスコールブルク。西方地域の進んだ文明を取り入れるため、窓として作られました。この町に遷都してから、人々の生活水準は格段に向上した反面、この通り、都市のゴミ問題はかつての比ではなく、困り果てた大公によって新設された組織が、都市衛生課です」


 ラビンスキーはアレクセイの教科書的な説明を聞きながら、大量のゴミを拾い上げる。人々はこの汚さをどう思っているのだろう、彼はもはや市民のモラルへの懐疑を止めることができなくなっていた。アレクセイは都市生活課の主な業務について話し始める。


「都市衛生課はまだ予算もほとんどもらっていません……ので、この町のゴミ駆除を外部委託することも、ゴミ処理施設を建設することもままならず、こうしてゴミ拾いと会議と苦情処理の繰り返しをしています。感情的に過ぎるルカさんや、若すぎる僕では説得力がなく、ハンスさんでは優しすぎて、予算はなかなか獲得できず……。ラビンスキーさんの分の予算が増えるはずですが、それでは焼け石に水です」


 アレクセイはため息を吐いた。ラビンスキーは黙々とあちこちのゴミを拾い上げ、手桶に放り込んでいく。大公広場の役所前のゴミはほとんど片が付き、汚れた石畳が露わになっていた。アレクセイは手を止めてラビンスキーの方を見る。闊歩する貴婦人が放り投げたゴミに、ラビンスキーはあからさまな舌打ちをしていた。


「あの、ラビンスキーさん?聞いてますか?」


「聞いてますよ。予算がなくてまともな対策ができないんですね。ところで」


 ラビンスキーは先端が汚れた火ばさみをアレクセイに向ける。アレクセイは後ずさりして身構えた。

「この国の行政システムがまず、分からないのですが」


 ラビンスキーは向けた火ばさみをカチカチと鳴らす。その様を見た通行人たちは皆ラビンスキーから距離を置いて足早に通り過ぎていく。アレクセイは向けられた火ばさみの先端あたりを見ながら、少し嫌そうに話し始めた。


「我が国は三権分立制を採用しております」


「三権分立?」


 ラビンスキーは火ばさみを下ろして聞き返した。アレクセイは少しほっとして姿勢を正し、困ったように笑う。


「はい。国家権力を立法、司法、行政に分割し、互いに監視と牽制をさせあうことによって健全な支配体制を確立させようする国家体制です。統率のとりにくさというデメリットはありますが、権力の濫用を防ぐことができます。わが国では、立法の最高機関を貴族とブルジョアジーによる合議体である枢密院、司法は教会と商工組合を基盤とする審問院、行政は王大公を頂点とする君主院が取り仕切っています。枢密院の貴族議会、君主院の王大公はそれぞれ世襲、君主院の大臣は王大公の選任によって決まり、それ以外は高額納税者による国選人選挙によって決められます」


「三権分立自体は知ってますが、この雰囲気だとてっきり専制君主制なのかな、と」


 ラビンスキーは火ばさみを再び地面の上で滑らせながら、石畳の上の汚物を拾う。手桶から漂う異臭はムスコールブルクの空気そのものであった。思わず通行人が顔をゆがませる。それでも、空から汚物が降りかかってくるのには、誰もが違和感を感じることなく、日傘を差してハイヒールを鳴らすばかりだった。


 アレクセイは小走りでラビンスキーのゴミを拾う場所に移動しつつ、手桶の中にゴミを入れていった。


「ずっと古くから専制君主制が採用されきたのですが、一時ブルジョワジーを中心とする大きな反乱で国が傾きかけまして。王大公が取りあえずその場を落ち着かせるために採用されました。国庫と王の財産を分けることにしてからは、三権分立制もずいぶん定着するようになりました」


アレクセイは記念柱の前にある大きな紙くずに目を向ける。彼は小さくもったいないなぁ、と呟き、その紙くずを拾い上げた。


 十時の教会の鐘が響き渡ると、いよいよ町の賑わいは頂点に達する。記念柱の前に突っ立っているアレクセイを人の波が押し込もうと渦を巻き始める。一頭立ての質素な馬車を動かす行商人達が一気に町に押し寄せて、アレクセイは何とか隙間を通って戻ってくる。ここから夕刻までの町の賑わいは、町の住民ではなく来訪者たちを中心に回り始める。


 アレクセイがなんとか役所の前に戻ってくると、ラビンスキーは酷使した腰をいたわりながら背伸びをした。腰痛とともに肩こりと四十肩の三重奏が負荷をかけすぎた全身をぽきぽきと鳴らす。ラビンスキーは戻ってきたアレクセイに対して自嘲気味に笑った。


「この年になると中腰がつらくてね……」


 アレクセイは明らかに反応に困り、愛想笑いで誤魔化す。その後、興味本位から手元にある丸まった紙を開き、そこにかすかに残る文字を追いかけた。インクが滲んで読みづらく、覚えたての言語を練習するような慎重さで朗読する。


「シゲ……ル様……教会……聖像……寄付?全然読めませんね。お礼状か何かですかね?」


 ラビンスキーは聞き流そうと腰をいたわり摩っていたが、シゲルという名に思わず眉をひそめた。いつかのビフロンスとの会話が脳裏をよぎったのである。アレクセイはその様子に首をかしげる。はっとしたラビンスキーは笑ってごまかした。


「紙って高いんですよね?折角なんでもらっていいですか?」


 アレクセイは貧乏ゆすりをするラビンスキーに多少の不信感と同情を覚えながら、紙を差し出した。ラビンスキーはそれを受け取って折りたたみ、ポケットにしまい込んだ。


「あれ?」


 どこからか声がして二人は振り返る。城門から大公広場へ向かう商店通り、大公通り方面から駆け足でこちらに向かってくるのは何処かで見たことのある顔だった。


「ユウキ君じゃないか。仕事?」


 小さな革製の財布を首に提げ、薄い黒色の長袖のシャツに、落ち着いた茶色のコートを羽織り、膝が半分程度隠れるハーフパンツをはいたユウキは、訝しむようにラビンスキーの持ち物を見ている。ラビンスキーはいじわるな笑顔でユウキに手桶を近づけると、ユウキは反射的に顔を離した。面白そうにくつくつと笑うラビンスキーに敵対心をむき出しにするユウキは、鼻をつまみながら答えた。


「冒険者ギルドの依頼を終わらせたところだよ……。教会の依頼で、都市の外の死体回収してた。こういう仕事はどうしても朝早い仕事になっちゃうからね。そっちは……?」


「都市衛生課は予算が足りんのでこれで何とかしてます」


 ラビンスキーは手に持った火ばさみをカチカチと鳴らしながら答える。ユウキはそれを聞いて途端に表情を和らげた。


「この町汚いよね……。転生してきた人とだと話が合うからいいよね」


 ユウキは軽く鼻をつまんでみせた。落ち着いた少年の声がくぐもって響く。ラビンスキーは同志を見つけたような喜びに顔をほころばせた。アレクセイは置いてけぼりになったのが少々不服なのか、火ばさみと手桶を後ろで弄びながら、咳払いをする。


「ラビンスキーさん、彼は?」


 ラビンスキーとユウキがアレクセイを見る。ユウキはアレクセイに向けて小さく会釈する。

「ユウキ君です。大学に魔法を習いに行った際にあいまして」


「ユウキです。冒険者ギルドに所属してますが、実態はルシウス教授の下で調査の補佐をしています。どうぞよろしく」


 ユウキに軽く会釈を返したしたアレクセイは、ルシウスの名を聞いて少し眉間にしわを寄せる。手元の火ばさみを手桶の中に差し込んで、ラビンスキーに耳打ちする。


「ルシウス教授って、あの変人ですか……?」


「その、ルシウス教授です」


 ユウキは小さくため息を吐いて、アレクセイを睨む。アレクセイは苦笑を返しつつも、警戒心をむき出しに片手を動かしている。暫く沈黙が続いたのち、三人は同時に「あの」と切り出した。


「あ、どうぞ……」


 アレクセイがラビンスキーに視線を向けて言う。助けを求めるような顔をした彼から目を逸らしたラビンスキーは、ユウキの方を見る。ユウキはきまりが悪そうに大学の方に目を逸らした。


「……町の衛生管理は僕もちょっと思うところがあってね。ルシウスに知恵を借りられそうか聞いてみるよ」


「あ、ありがと」


 じゃ、と短く挨拶をして大学の方に向かっていくユウキに、ラビンスキーはやや自信のない声で答える。少年の後姿はどこか悲しげで、その姿が大理石風の柱の向こうに消えていった。ラビンスキーは思わずアレクセイを睨み付けた。


「すいません、つい」


「いや、こちらこそ、すいません」


 我に返ったラビンスキーはそう答えたが、互いに話をするのは憚られた。


 それ以降、二人はムスコール大公広場と大公通りで、黙々と火ばさみで汚物をつまみ続けたのだった。

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