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ラビンスキーの異世界行政録  作者: 民間人。
三章 聖俗紛争
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世界の端から8

 イノシシ狩りの嬉しい所は、美味い肉までついてくるところだ。本体は持っていかれるが、商品にならない部分は返してもらえる。干し肉にして携帯食にすれば、次のイノシシ狩りにも持っていける。僕は経済性と安定性を重視するため、、イノシシ狩りと道案内と死体回収以外の仕事をしたいとは思わないのだ。もっとも、今回の誘いを断ったのは、もう少し違った理由があったわけだが……。


 まずは地図と索敵魔法を重ねて周囲を確認する。安全な物かどうかは熱源の形状と温度で大抵認識できる。とりわけ人間が相手しているものは問題ないものであり、森スライムなどの魔物は熱源の温度が低いため容易に確認できる。その後、孤立した中程度の大きさのイノシシを見つけたら、安全な行路でそこへ向かう。


 程よい茂みや岩陰に隠れながら目標の位置を確認した後、ダガ―で目標を狙う。正確な角度、空気抵抗などに好条件が重なった時に、ダガ―を放つ。目標は突然の出来事にパニックに陥り、僕は再びダガーを構える。この際、右目を目標のそれに変更しておく。逆方角に向かうようであれば、これを投げ、激高してこちらに向かってくるのであれば、位置を確認してダガーを構える。目標の視線が僕をとらえるタイミングと合わせて斬りつければ、大抵は致命傷を与えられる。基本的に二刃目を受ければかなり動きが悪くなるので、そこからはなるべく距離を取りながら弱小の土魔法で砂を目標の傷口に擦り付けて継続的に痛みを与えて弱らせる。最後に屠殺用のナイフで首の動脈を切れば、目標は動かなくなり、最後に解体作業に入る。僕の日常的な狩りの手順だ。


 冒険者は各々自分の感覚で最適な狩りの手法を体得するが、僕の場合は軽装に抑えつつ、なるべく敵との距離を取りながら逃走も容易な経路を確保して時間をかけて戦う。対象の一般的な行動様式、即ち生態を研究すれば、何とか対処できる。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。


 解体作業は極力丁寧に行い、多くの冒険者の粗雑なそれはどうも気に食わない。首を落とし、血を抜き、足、胴を切り離す。これらの工程が終われば、さっさと退散だ。そもそも、二匹目の猪を狩ったとしても、持って変えるには重すぎる。確かに安全な行路を確認しながら移動できるのが僕の強みではあるが、いざという時の為に、一匹にとどめていくのが安全というものだ。


 帰路に道半ばで力尽きた旅人を見つけ、祈りを捧げてから立ち去る。多くの人々が道半ばで力尽きる。それが異世界という危険な世界の現実だ。


 ムスコールブルクに帰り、肉屋に猪を持ち込む。牙だけを残してもらい、それをギルドに持ち込んで、依頼終了だ。


 ここからはルシウスの下で手伝いをする。研究室にひっきりなしに来る学生や、教鞭をとることになったルシウスはこれまでに増して帳簿の管理を疎かにすることが多くなった。ゴーレムが部屋の整理をしてくれるおかげて研究室は片付いたが、こればかりは僕がどうにかするしかない。不在のようだったので、鍵を開けて中に入る。ルシウスのメモを頼りに、受講料を記載する。ついでに僕の金銭出納簿も追記しておいた。


 必要な研究材料のメモを確認し、それを手に町に出る。材料を調達して帳簿に出費の分を記載する。その姿を見て感心したのか、店の主人がおまけで廃棄する古い商品をおまけしてくれた。


 研究室に戻ると、大きな寝息を立てるルシウスが、ホムンクルスのいる机に突っ伏していた。ホムンクルスはお帰りの代わりに跳ねる。僕は荷物を置き、生命維持装置の調整をした。


 暫くするとルシウスが目を覚ます。


「おはよう」


「こんばんは」


 ルシウスは大きく伸びをすると、ゴーレムに指示を出して研究資料を持ってこさせる。金庫の中から大釜を引っ張り出した。


「えっ、持ってきたの?」


「研究の時間が減っちゃうのは嫌だからねぇ。さっき完成させたから、ちょっと試してみたくてね」

 そう言うとルシウスは僕の調達した材料を引っ張り出す。それらを大釜の中に放り込み、魔術解を満たす呪文を唱えながら、黒曜石をはめ込んだ杖で優しく大釜の縁をなぞる。


「クレ・ヴィズ・ノア・クレ・パス・エノヘデ。グブレズ・エブデス・ウント・レイブ。ゾイネ・ウィル・ノア・オリーヴィエ」


 大釜は静かに振動する。大釜に入れた小石が肉片を擦りつぶし、肉片が飛び跳ねる。やがて大釜に付着した肉片を見て、ルシウスは満足げに叫んだ。


「あぁ、成功だ!これこそが僕の法陣の最高傑作!」


「すごい……凄いよ!ルシウス!これは本当に凄い!」


「あぁ、そうだとも!でも僕一人では成しえなかったね、これは!君が僕のお願いを聞いてくれたおかげだ、そうだとも!」


 ルシウスは僕を思いきり抱き締めた。かなり強く抱き締めているのか、呼吸が多少苦しいくらいだ。


「ちょっと、強い強い!苦しいって」


「おぉっと!ごめんよ。ゴーレムのおかげでもあるね!有難うゴーレム!」


 彼はそういってゴーレムも抱きしめ始めた。ゴーレムは微動だにせず、指示を待って黙っている。ホムンクルスが祝福の一跳ねをする。


 ルシウスの大業がついに成就した。これで、僕らの町もずいぶんよくなるかもしれない。そんな期待をせずにはいられなかった。

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