ルシウスから始める魔法分類学 第一限
どさり。大量の紙の束が積み上げられる。ラビンスキーはぎょっとする。ルシウスの満足そうな笑顔は、どこか意地の悪そうなものだった。
「魔法とは、物理的な要因によって刺激や変化を与えることなく、「現象」を発現させる術および作用の総称である。故に」
ルシウスは突然ラビンスキーに向けて拳を突き出す。ラビンスキーは少し体を後退させたが、くつくつと笑うルシウスを見て、すぐに害意がないことに気が付いた。ルシウスは徐に手を広げる。そこから幾つかのメモ書きが落ちる。
「これは魔法ではない。これは、奇術ではあっても、魔術ではないからだ」
ルシウスはそっと腕を戻し、手のひらを上に向ける。彼が指を鳴らすと、指の上で一瞬火柱が立った。
「これは魔法である。物理的な接触、あるいは動力によって起こした現象ではないから。ここまで、大丈夫?」
ラビンスキーは黙ってうなずく。ルシウスはよろしい、と短く言って腕をそのまま横に動かす。机の上に乗せた資料のうち、いくつかが空を舞ってラビンスキーの眼前に浮遊する。紙は重力に反してぴしりと空中で止まり、文字を読むことも容易にできる。
「では、魔法というものはどのようなものか、考えてみよう。通説では、属性魔法なんて分類をするけど、僕はそういうものを信頼していない。世の中にあるものはもっと厳密に定義するべきだ。僕の場合、魔法というものを「現象」によってではなく、「方法」によって分類する。とても難しいけれどね」
ルシウスは次々と指を動かして机の上の紙を浮遊させる。ラビンスキーはその紙の上の文字を必死に目で追いかける。魔法の分類に関し、炎、水、風、大地、光、闇などのよく見る分類法が非常に詳細に記されていた。その紙を追い終えると、ルシウスが紙を下ろし、さらにいくつかの紙を浮遊させる。次に浮かせた紙には、魔法の分類が動、熱、電気、時という四つのものに分類されていた。
ラビンスキーは思わず感嘆する。ルシウスはその顔を見て思わず顔をほころばせる。いつの間にかラビンスキーの隣に座っていたユウキは、ラビンスキーを一瞥した後、紙に視線を戻した。
「ルシウスの説はほとんどの学者が反対してるんだ……。でも、僕は案外間違ってないと思う」
ルシウスは嬉しそうに頷く。ラビンスキーは次々と目の前の紙を漁り始めた。どこかで聞いたような用語があちこちに散見され、まるでタイムスリップしたような不思議な感覚に陥る。囲い込むように聳える書籍の数々が、懐かしい古本の臭いと共に四人を見おろしている。
「さて、この分類をする場合、大事にしなくてはいけないものがある。それは「現象」と「方法」を区別することだ。方法によって、現象は発現する。したがって、結果から方法を逆算できれば、魔法を使うこともできる。例えば」
ルシウスは先ほど同様に指を鳴らす。先ほどのように一瞬火柱が上がった。ラビンスキーはそれを見て思考を巡らせた。ルシウスは満足げに微笑む。
「この現象を発現させるためには、何が必要?」
「炎を起こすということは、何かを燃焼させる必要がある。燃焼に必要なのは、燃えるもの、酸素、あとは温度……。酸素は空気中にあるから、あとは燃えるものと、温度」
「つまり魔法で必要なのは温度を発生させる熱だね?」
ユウキが横から発言する。ルシウスは咳払いをして、ユウキを一瞥する。ユウキはすこしぎこちなく手を挙げた。ルシウスは手のひらを差し出して答える。ユウキは再度同じことを言う。ルシウスは目を細めた。
「……うん。熱を発生させるために使う魔法は?」
「熱じゃないの?」
ルシウスは首をかしげて微妙な表情をする。ユウキが不安そうに口を結びながら前で手を組んだ。
「うーん」
ルシウスが唸るたびに、浮遊する紙がひらひらと揺れる。不安定に上下するその様を、ユウキも不安そうに眺めていた。コランド教会から厳かな鐘の音が反復する。
ラビンスキーはそっと手を挙げる。ルシウスはラビンスキーに回答権を譲った。ユウキは少し腑に落ちない表情でラビンスキーを睨む。ラビンスキーはユウキにの方を一切見ないで答えた。
「熱を直接発生させることもできるし、物が摩擦すれば熱が発生する。電気も熱を発生させるよね」
ラビンスキーの答えで、ルシウスは頷いた。ラビンスキーは飛び跳ねるような喜びを抑えつつ、ルシウスの言葉を待つ。ルシウスはみるみる笑顔になった。
「熱魔法が一番単純だ。でも、熱を発生させるなら、別の方法でもいい。直接熱を送るだけが答えじゃないってことだねぇ。まぁ、属性魔法という分け方の方が楽だし、目に見えてよくわかるんだけどね。しかし……」
ルシウスはユウキの方を見る。ユウキは唇を持ち上げる。二人が目を合わせた瞬間、机の上にあった紙類が一気に視界から消えた。ラビンスキーは声を上げる。周囲を見渡しても、入ってきた時と寸分違わない様子に戻っていた。
「実用魔法では、立場が逆転する。使うっていう場合には、才能がない人ほど意識した方がいい分類だ。魔法を使えなかった実務家に、僕が手ほどきをしたことはたくさんある。大丈夫さ、君は逆算ができるんだから。僕からの講義はここでおしまい。楽しんでもらえたかな?」
「有難うございました」
ラビンスキーは深く頭を下げた。ビフロンスもそれに倣って頭を下げる。ルシウスはぼさぼさの頭を掻きながら無邪気に笑う。講義の際には開いていた目も、すでに半分閉じていた。
ラビンスキーとルシウスは握手をした。ビフロンスはユウキと話をしている。その際に硬貨の落ちる音がした。ユウキは山積みになった資料の中から帳簿を引っ張り出し、落ちたコインの行方を捜す。ラビンスキーはその音を聞いてビフロンスの方を向く。ビフロンスは、ただじっと帳簿の流れを追いかけていた。




