入学編5
入学式。
「新入生のみなさん。青灰学園へようこそ。この学園に入学出来たということは、皆さんはエリートと言うことです。卒業後は引く手あまたでしょう。
ただし、学戦祭で最下位になった生徒には、即退学して一般の学校へ転校してもらうことになってますので、最下位にはならないよう、努力 してください」
今式辞をのべている学園長は、30代位の女性だ。正直あまり強くは見えない。
魔力を持つ者は少ない。全人口の1割弱だ。
そしてその魔力を持つ者、『纏者』しか受験出来ない高校、魔纏高校。
その内の一つがこの青灰学園だ。
毎年行われる全国の魔纏高校での模擬戦、『全国魔纏決定戦』での戦績でその高校のランクがきまる。
青灰学園は、過去に1度準々優勝まで勝ち進んだことのある、そこそこランクの高い高校だ。
何処からともなく現れ人を食い散らす謎の怪物、狂獣。
これには纏者が対処に当たる。
各国の戦争の主体も纏者だ。
対纏犯罪組織、『騎士団』は男子の憧れだ。
騎士団には纏者の中でも一部しか入れないが、その他にも海外や有力な対狂獣企業など、纏者には選択肢が多い。
「学戦祭のトップ5名は、全国魔纏決定戦への出場資格が与えられます。辞退した場合は6位、7位と―――」
「ちょっとー、起きてー」
集は寝ていた。
隣に座る女子学生の肩にもたれ掛かるように寝ているので、女子学生は小声で集の安眠を妨害している。
「ん~」
集が不機嫌そうに身じろぎ、肩からずれ落ち、太ももの上へ。
そうしてやっと目が覚める。
集は寝起きの頭をフル回転させて自分が今膝枕されている現状を理解。
目立たない速度で体勢を戻し、何事もないかのように学園長の話をきく。
「何度も言うように皆さんはエリートです!しかし全国魔纏決勝戦へ出場した生徒はその中でも卒業後、より良い――」
「ぷ、くくく」
集の周りからこらえきれない小さな笑い声が聴こえる。
集は何とか真顔をキープしたが、隣の女子は顔を真っ赤にしていた。
その後はつつがなく終わり、クラスへ移動する。
掲示板で自分の名前を見つけるのに苦労したが、無事3組に自分の名前をみつけた集は、さっそく3組へ向かう。
教室は、まあ一般的な教室に一般的な机だった。
半分位埋まっている。
空いている席に座る。
「桃野 愛……君?」
「……」
「ねえ、君、桃野 愛君!」
「え?」
全く違う名前で呼ばれたので無視していたが、肩を叩かれたので振り向いた。
少し地味な眼鏡の男子がいた。
「違うけど?」
「やっぱり。そこは桃野 愛って人の席だよ」
「……!、席決まってるのか」
「そうそう」
「どこに書いてあるの?」
「あはは、黒板に書いてあるよ」
「……ほんとだ」
「僕は津島 大樹。よろしく」
「俺は無神 集。よろしく」
黒板に書かれた席に移って会話を続ける。
「無神君は試験どうだった?」
「どっちの?」
「実技実技」
「……………」
「なんで黙ってるのさー」
「ちょっと思い出したくない」
「あはは、君もぼろぼろにやられたんだねー」
「まあ、ね……津島は?」
「僕もだよ。触れもしなかったよ。」
自信なさそうに話す大樹。
「一応俺は『本気出す』とかいわれたよ」
「え、マジで?!」
「え、そんなに驚く?」
「すごいじゃん!あ、相手はちゃんとお姉さんだった?」
「うん。金髪美少女」
「マジかー」
「金髪さんの他にもいるの?」
「いるらしいよ。あと3人くらい。でもあのお姉さんがだんとつで強いらしいよ」
「マジか」
「僕、魔力を飛ばしてきてまともに近づけなかったんだよ」
「そうなのか」
「はいみんな~席に着いて~」
40代位であろう特徴のないおじさんがはいってきた。
気がついたら教室内の人数が先程の倍位になっている。
「担任の山田です」
名前まで普通だった。
「これでみんなはエリートコースに乗ったんだけど、気を抜いてたら簡単に学戦祭で最下位になるからね。はい。これ後ろに回してー」
そう言ってプリントを配る。
「校舎で分からない所があったらこれを見てね」
おっさんの癖になかなか愛嬌のある山田先生に集は好感を覚えた。
「さっそくだけど皆の実力を知ってもらう為に、闘技場で手合わせをしてもらいます。あそこなら実際に怪我はしないので安心して手合わせしてね」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
闘技場
「んじゃ、適当にバトるか」
チャラい男子生徒が近くの男子に殴りかかるのを皮切りに、総勢40人の乱戦が始まった。
「魔力解放」
集も臨戦態勢へ移る。
「はあ!」
後ろからツンツン頭の男子が掌底を放ってきたのを、右回転してかわす。
とん、と軽やかに距離をとり、入学試験の日に見た技、『飛斬』を試す。
だが魔力は身体から離れず、失敗に終わる。
他の生徒から見たら右腕を大きく振った謎の行為だろう。
ツンツン頭と接近戦へ持ち込もうとした矢先、横から戦斧をもったボディビルダーのような男が襲ってくる。
全力で後ろへ下がり、再び『飛斬』。
あっけなく失敗し、人の少ない所へ逃げ込む。
そこで、一人の女子に目がいく。
金髪に近い茶髪で、光の当たる角度によって虹色にも見えるふわふわした髪で、目鼻立ちの整ったかわいらしい少女。
彼女は洗練された動きで自分の身体の一部のように剣を振るう。
訓練用に貸し出された刃引きされた剣だ。
別にこの空間なら刃引きされてなくても良いのだが。
ふいに彼女と目が合う。
彼女は急激に頬を紅潮させ、慌ててそっぽを向く。そして、にへらーっと笑う。
集は首を傾げるが、再び襲ってきた戦斧男に慌てて回避行動を取る。
戦斧男はしつこく攻めてくるが、間に件の少女が割り込む。
カンっと音をたてて剣と戦斧がぶつかるが、戦斧が弾かれる。
剣に纏わせている魔力の量が圧倒的に戦斧よりも多かったからである。
「あ、ども」
そのすきに集は逃げる。
それをみて少女がぷくーっと頬を膨らませるが、戦斧男が襲ってくるので意識をそちらに集中する。
「はあ!」
男は直線的に襲ってくるかと思いきや、急にしゃがみこみ、右を抜けながら戦斧を下段から振り上げる。
かなりの速度だったので、普通ならそのまま攻撃を喰らうだろうが、少女は違った。
「天我流三の型 【月獣牙】」
一瞬のうちに戦斧男は前後から三撃をうけ、倒れ伏す。
一方集は、今日で32回目の『飛斬』失敗に少し苛立っていた。
実はあの日から今日まで、毎日『飛斬』の練習をしていたのだ。
「誰でも出来る」とか言っていたが、意外と難しい。
先程のツンツン頭が再び襲ってくる。
それを横合いからの回し蹴りが邪魔する。
大樹だ。
「あ、どうも」
先程と全く同じ台詞をはいて逃げる集。
それをみた大樹はぷくーっと頬を膨らませ……はしない。
真剣にツンツン頭を見返す。
「勝負だよ!」
「ああ!」
二人の拳が激突した。
互いに相手の魔力で後方に吹き飛ぶ。
再び接近し、激突する。
一方集は、おかっぱの女子生徒に狙われていた。
「こらー、逃げるなー」
声がとても澄んで美しかったので、集は驚いた。
振り向き様に『飛斬』を放つ。
腕から三日月状に魔力が放たれ、すぐに霧散した。
「え」
3000回以上やって初めての成功である。
集は突然の成功にポカーンとしてしまう。
「え、何それ」
おかっぱ女子も驚く。
集が満面の笑みで回し蹴りを放ち、まともに受けたおかっぱ女子は3メートルほど吹き飛び、き!っと集を睨むが、集はもうおかっぱ女子など放って遠くへ逃げていた。
「じゃあそこまでにしようか」
山田先生の声が響く。
喧騒は止んだ。
そしてどたばたと床に倒れていく。
「つ、疲れたー」
「君、なかなか強いな」
「あなた最後の回し蹴り見事だったわよ」
「いや~それほどでも~」
「見事な観察眼であった」
「え、そう?」
「君、胸でかいよね」
「ちょっと近寄らないで」
皆思い思いに手合わせをした相手を褒め称える。
集のところにはおかっぱ頭の女子が来ていた。
「さっきの、なに?」
「?」
「とぼけないで。さっきのひゅんってやってひゅんってなったやつ!」
「あー。『飛斬』て言うらしい」
「どうやったの?」
「覚えてない」
「え?」
「いや、たまたま出来たから」
「あーそう、でも格好いいわね、あれ」
「照れるなー」
ふと視界に先程の剣を持った少女が入ったのだが、なぜか少女はこちらを睨んでいた。
「なに?」
「あ、いや」
意識を強引に戻される。
「誰でも出来るらしいよ」
「そうなの?」
「まあ俺もさっきのが初めてだけど」
「私もやってみるわ。行きましょ」
「うん」
ふと見ると、山田先生のところに生徒が集まっている。
これから寮に案内されるらしい。
「あ、私は神楽木 美桜」
「無神 集、よろしく」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
「よろしくね」
「よろしく」
ルームメイトは大樹だった。
良かったと胸を撫で下ろす集。
「やっぱりみんな強かったねー」
「そうだね」
「無神君はいつ頃から魔力を使えるようになった?」
「中2。そっちは?」
「中3。纏者になってから使い方覚えるの苦労したよ」
話題は先程の乱戦に移る。
「斧持ってた人さー」
「あのボディビルダーみたいな?」
「そうそう。中学の時結構有名だったらしいよ」
「まああの身体だしね」
「どこかの不良集団を壊滅させたとか」
「そうなのか」
「あー。あと、剣持ってた可愛い娘いたじゃん。たしか、桃野さんだっけ?無神君が間違えた席の子」
「いたわ」
「あの娘も結構有名だったらしいよ。
天我流の道場で奥義までたどり着いたらしい。」
「すご!」
「それでね、――――」
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
「それでね!私すっごい嬉しくて!」
「そうかそうかー」
とある横断歩道。
とあるカップルが赤信号を待つ。
車が行き交う音に消されないよう少し大きめの声でいちゃつく。
彼氏を見上げる彼女の視界の端に、ふと異物が入り込む。
「え」
彼女の動きが止まる。
「どうしたー?」
彼氏が甘ーく問いかける。
「へ、蛇が」
「んー?蛇ー?」
再びそこを見ると、なにもなかった。
「あれ?んー、なんでもない!」
「そっかそっかー」
再びいちゃつくカップル。
しかし、もう一度同じ所をみた彼女が再び固まる。
「ひ!!へ、蛇!」
「どうした!」
彼女のあまりの怖がりように、彼氏は態度をかえて鋭く彼女の視線の先を睨む。
しかしそこにはなにもない。
「なにもいないじゃないか」
「いる!私、霊感あるの!見えるの!白いおっきな蛇がいいいいっぱい!」
なにもない虚空をみながら怯える彼女にどうすればいいか分からない彼氏は、おろおろするばかり。
彼氏がおろおろおろおろしている間にも、彼女の恐怖は増していく。
「ひ!!来ないで!来ないで!お願いしますなんでもするから!」
「お、落ち着け!なにもいない!」
彼女にもはや彼氏の声は届かない。
「いやぁぁぁぁ!!」
彼女はまだ赤信号であることも忘れて車道に飛び出す。
「ちょ!!まて!!!」
彼氏の手は届かない。
彼女は普段の愛しい顔を誰だか分からない位歪めていた。
それが彼氏が見た彼女の最期だった。
右から大きなトラックがものすごい速さで視界を埋め尽くすのを彼は見ていることしか出来なかった。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
「repeat after me.ら、り、り、る、れ、れ」
「「「ら、り、り、る、れ、れ」」」
「good!
では、これで授業を終わりましょう」
「起立!気をつけ、礼」
英語か古典か分からない授業が終わり、昼休みに入る。
集はコンビニで買っておいたパンをとりだし、かぶりつく。
「ねえ、闘技場行かない?昼休みも使えるらしいよ」
「いいよ。これ食べ終わったら行こう」
そう言ってパンを5秒で口に詰め込んで席をたち、大樹と共に闘技場へ向かう。
闘技場では、数人の生徒が手合わせをしていた。
「結構少ないね」
「そうだね」
「あの人達って先輩だよね」
「たぶん」
「折角だし、観ていくか」
「そうだね。手合わせはまた今度」
観客席にもちらほら人がいる。
皆戦闘中の先輩を熱心に見ている。
適当な席に座り、集と大樹も戦闘中の先輩達を眺める。
なんとなく一番近くにいる二人の男子の模擬戦を見る。
「マジか」
思わず呟く集。
二人とも普通に『飛斬』を使っていた。
しかも集より全然綺麗に。
「でもあの銀髪の人のが綺麗だったかな。ん?」
向こう側の観客席に、愛の姿を見つけた。
向こうも集をみていたのか、目が合う。
すると先日と同じく頬を紅潮させ、そっぽを向き、にへらーっと笑う。
集は首を傾げるが、あまり気にせずに視線をもとに戻す。
新たな生徒二人が入ってきた所だった。
そして他の数人と同じように模擬戦を始めるが、おもむろに戦闘中だった生徒がなにやら話しかける。
すると、入ってきた二人はその生徒にぺこりと頭を下げて観客席に来た。
気になった集はその二人に話しかける。
「どうしたの?」
二人は瞬時に何に対する質問か理解し、説明する。
「ここは3年生だけが使っていいって暗黙のルールがあるらしい」
「あー、なるほど。……どうやって学年が分かったんだろう」
「多分制服のズボンのストライプの色だと思う」
「……ほんとだ。俺達は青で先輩達は黄色だ」
昼休みは先輩達の模擬戦を見て過ごし、五時間目の魔力を扱う授業に入る。
「今日は『飛弾』の練習をします。まずは前へつきだしてください」
ひ弱な感じの眼鏡の男性教師の指示に従う。
「見本を見せます」
教師は両手を前に突きだし、胸の前に魔力を集め、滑らかに撃ち出した。
「馴れたらこうなります」
教師は同じく両手を前に翳すが、今度は両手の前に魔力が集まり、滑らかに撃ち出した。
「おぉ~」
「更に馴れたらこうなります」
今度は片手のみを突きだし、魔力の塊を撃ち出した。
「あれって豪爆雷波……」
愛は何かに気付いたようだ。
必死に笑いを堪えている。
「次はこうなります」
教師は両手を広げ、片手に一つずつ魔力の塊をつくり、撃ち出した。
「超豪爆雷、波、は、ふは」
愛はなにが可笑しいのか笑いを堪えすぎて可笑しな顔になっている。
「「「おぉ~!」」」
教師は得意気だ。
「砲台をイメージしてください。足をしっかり固定して、胸の前に魔力を集めて」
「うーん。難しい」
「は!簡単じゃん」
「こんなもんかな」
「出来た人は、両腕の間を砲身だと思って、胸の前の魔力の塊を打ち出すイメージで」
「ん?んーー」
「難しい」
「すぐに消えちゃう」
「あれ?出来ない」
「お腹すいた」
「出来ねー」
魔力を身体から離すと、すぐに霧散してしまう。
よって、『飛弾』を行うには、魔力をぎゅっと凝縮して、霧散しないようにしなければならない。
その作業が結構大変なのだ。
大きな『飛弾』を放つ場合、より多くの魔力を必要とし、その場合凝縮するのがより難しくなる。
飛距離を伸ばそうと思えば、さらに凝縮が必要なので、難易度は跳ね上がる。
「こう、おにぎりみたいな感じで魔力を固めてください」
「おにぎり?」
「分からんわ」
「おにぎりの中の梅を核として、それに魔力をくっつけながら押さえ込むんです」
「うーん」
「うーー。出来た!」
愛が拙いながらも『飛弾』に成功した。
「うおー!すごい!」
「見せて見せて!」
「もう一度やってみるね」
愛の膨らみかけの双丘の前に、小さく魔力がまとまる。それに覆い被さるように薄く魔力の膜が巻かれていく。
ちょうど良い大きさになった魔力の塊を勢いよく飛ばす。
5メートル程とんで霧散した。
おおー、というどよめきが起こる。
今のを見て学んだのか、その後は次々と成功者が現れた。
集もその内の一人だった。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
とある森。
とある親子が散歩をしている。
「ほら弘人、自然がいっぱいだぞ」
「うわー!すごいねお父さん!」
「ほら弘人、カブトムシだぞ」
「わー!カブトムシカブトムシーー!」
そんな朗らかな会話を壊す存外が現れる。
「わー。お父さん、熊さんだよ!」
「え」
「熊さん熊さん!」
「し、静かにしなさい」
「分かった。しー」
父親が息子を抱き抱え、ゆっくりと後退るが、突然の衝撃と揺れとあまりのショックに尻餅をつく。
衝撃の原因がそこにいた。
体長4メートル。
黒くぼつぼつした肌に、気持ち悪い光沢をもつ粘液。大きく裂けたくちもとに、窪んだ眼球。
「狂獣」
父親が震える声で呟く。
息子は白目を剥いて気絶している。
下半身が濡れている。
父親は逃げようとするが、身体に力が入らず、立つことが出来ない。
狂獣は足下で息絶えている熊をぼりぼりと喰らう。
ばりぼりねちゃねちゃと生理的に恐怖を与える音が響き渡る。
父親が全てを諦めようとしたとき、突然狂獣がびくりと身体を震わせる。
ばれたかと思った父親だが、違う。
狂獣はなにかに怯えていた。
ぎゃぁぁ、と突然半狂乱に陥る。
突然視界がひらけた。
周囲の木々が全てなぎ倒されたのだ。
そこには白いなにかがいた。
白いなにかが狂獣を喰らう。
あまりに速すぎて何が起きたか分からないまま、狂獣はひとのみされた。
白いなにかは非常に巨大だった。
全長100メートルはあるだろうか。
白いなにかは、紅い眼をしていた。
白いなにかは、神々しかった。
うっすらと全身が光っているのだ。
白いなにかは、8つの頭を待っていた。
白いなにかは、蛇だった。
∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈∈
あれからも皆着実に実力をつけていき、差が出るようになってきた。
やはり分かりやすいのは魔力量の差だ。
皆同じ程の技術ならば、魔力量の差がものをいうのは必然だった。
3組で最も魔力量の多い生徒は愛だ。
魔力量は130。
大樹の魔力量は82。
中の中。
美桜の魔力量は106。
上の下。
集の魔力量は42。
下の上だ。
しだいにクラスには魔力量に応じてカースト制度のようなものが出来上がりつつあり、愛はそのたぐいまれな容姿もあり、自覚のないままクラスのカーストトップになっていた。
「もうすぐ学戦祭ですね。僕は桃乃さんを応援してますよ」
「俺、頑張るから、もし俺が先輩を倒したら、俺と、つつ付き合ってください!」
「やだ」
「うぅ……お母ちゃーーん!!」
「ははは!バーカ」
愛の傍にはいつも何人かの男女がいる。カースト上位の人達だ。
最初は迷惑そうにしていたが、今では慣れたようだ。
大樹も他の生徒と話していて、話し相手のいない集は、校舎から出て散歩をする。
人気のない校舎裏に差し掛かった所で、なにやら下卑た笑い声と衝撃音が聞こえてくる。
入り組んだ暗いスペースを音のした方へ歩いていくと、複数の生徒とぼろぼろの女子生徒がいた。
皆集と同じクラスだった。
ぼろぼろの女子生徒は魔力量がクラスで最下位の生徒。
その他は魔力量が集と下の中や下の下の生徒。
どうやら複数で最下位の女子生徒をリンチしているようだ。
『飛弾』を身体中に受けて倒れ伏す女子生徒。
女子生徒は起き上がろうと四つん這いになるが、抑えきれない吐き気にたえられずに地面に盛大に吐瀉物をぶちまける。
それを確認した生徒達は嫌悪の顔やすっきりした顔でその場をあとにした。
「……どうして私には魔力がないのよ」
集は独りごちている女子生徒に駆け寄る。
集の足音に気付き、女子生徒はぴくりと震えて集を見上げる。
「あなたもか」
顔を皮肉に歪めて女子生徒が呟く。
「なんでリンチ受けてるの?」
集の素朴な疑問に、女子生徒は安堵を浮かべる。
集は首を傾げる。
「みんな自分より弱い人をいじめて劣等感を紛らわしたいのよ。みんな雑魚のくせに……」
「んー。なるほど?」
あまり理解のできていない集だが、吐瀉物を魔力で端に寄せて手を差しのべる。
「立てる?」
もともと吐瀉物のあった場所に立ち平然と手を差しのべる集に、女子生徒はしばし呆然とした後、集の手をとり立ち上がる。
「ありがとう。無神君」
「え、名前覚えてくれてるの?」
「そりゃそうだよ。同じクラスじゃん」
「そ、そうだよね」
「私の名前は?」
「え、えっと、んと」
「くすくす。星野 栞だよ。よろしく」
「無神 集です。よろしく、星野さん」
「栞で良いよ。あと敬語もやめてほしいな」
「分かったよ、栞。俺も集でいいよ」
互いに笑う。
「どうしたら、いじめはくなるのかな」
栞がぽつりと悲しそうに呟く。
「さあ」
集は首を傾げる。
「もう。慰めてよ」
栞が頬を膨らませる。
「え、んと、だ、大丈夫じゃない?」
「俺が守ってやるくらい言ってくれても」
「まあ、出来る限りはね」
「はは、ありがとう」
栞が笑う。
集もつられて笑う。
ふと真面目な顔で栞が言う。
「魔力量ってそんなに大事?」
栞の心からの言葉だった。
集は即座に答える。
「さあ」
謎の沈黙を挟み、栞が言う。
「君に聴いた私がばかだった」
「?」
栞はなにやら怒っているようだ。
何に怒っているのか分からないが、集は思ったことを素直に告げる。
「強ければいじめられなくなるんじゃない?」
「弱いから言ってるのよ!」
栞の逆鱗に触れてしまったようだ。
「弱いの?」
「知ってるでしょ?!最下位よ!」
栞は泣いていた。
「まあ魔力量が最下位なのは知ってるけど」
「知ってるんじゃない!」
「魔力量いくつなの?」
「……23よ」
「少ないね」
「文句ある?!」
「ないけど」
数瞬の間を挟み、集が言う。
「俺にはね、死んだ弟がいるんだ」
「……え」
いきなり重い話になったので、栞は少し戸惑う。
「あっ、嘘ね」
「はあ?!」
栞が叫ぶ。
「いや、一旦落ち着かせようと思って」
「馬鹿なの?!」
「さあ」
「むきーー!」
ふと集が真剣な表情になる。
それを見た栞は話を聞くため無言になる。
「俺も、いじめられてたんだ」
「えっ」
予想外の告白。
「中学生の頃ね、一度殺されかけた」
「そうなの」
落ち込む栞。
「これも嘘」
「はあー?!」
栞は集に掴みかかる。
「また失敗か」
「当たり前よ!」
「……………」
「……………」
「……………」
「……何よ」
「ちょっと待って」
「…………」
「……は……」
「は?」
「……はっ……」
「は?」
「ハックション!」
「………」
「ま、まあともかく!」
「……」
「学戦祭で良いところまでいけば強いってことになるんじゃない?」
「……そんなの無理に決まってるわ」
声の大きさがもとに戻ったのに安堵する集。
「なんで?」
「魔力量がないからよ!」
「……え?それだけ?」
「……そうよ。皆の技術が同等な以上、魔力量で全てがきまるのよ」
一瞬会話が途切れる。
「なら大丈夫じゃない?」
「……どうして?」
「そんなの技術で皆を圧倒的に上回ればいいじゃん」
「出来ないから言ってるんでしょ!」
「え?何いってんの?」
「え?」
「あ、チャック開いてた」
「本当にどうにかなるの?」
「し、閉まらん……なるでしょ」
「………」
「………」
「俺、最近『飛斬』って言う新しい技を覚えたんだ」
「何それ」
「今度教えてあげるよ」
「え、あ、ありがとう」
上目遣いで見上げてくる栞に、恥ずかしくなった集は目を背けながら続ける。
「あと『纏い』を使えたら武器が使えるよ。ふぅ、閉まった」
「桃野さんが使ってたやつ?」
「そうそれ」
「ありがとう。今度教えてね」
「他にもいろいろ技があるから、先輩にでも教えてもらったら?」
「うん、でも出来れば貴方に教わりたい」
「俺あんまり出来る技ないよ?」
「でも、アリス先輩に本気を出させたって聞いたよ?」
「誰?」
「2年の先輩、金髪の」
「あー、あの人ね」
「どうやったの?」
「あれはちょっと……」
「やっぱり私なんかじゃ……」
「いやいや、違うから」
「?」
「あれは才能が無いと、どんなに頑張っても出来ないから」
「?」
「まあどうしても教わりたいなら教えてあげるよ」
二人は並んで校舎裏へでる。
そこには4人の男共をひきつれた愛がいた。
集と栞が並んで暗くて狭いスペースから出てきたのをみて、さっと顔から血の気が引く。
それから、ぎぎぎとロボットのような動きでもと来た道を引き返す。