入学編3
ドーム状の建物の入り口から続く行列。
そのかなり入り口に近い所に集は並んでいた。
前には筋肉隆々のお兄さん。
見た目はともかく、集と歳が近いことは間違いない。
結構な人数が並んでいるが、とても静かだ。
冬にしては暖かいが、空気が張り詰めているせいで冷たく感じる。
ドームの中では入学試験が行われている。
筆記試験は既に受け、魔力量も計ったので、残るは実技試験だけだ。
並んでいる間、列を抜けてトイレに駆け込んでいく人がちらほらいた。
トイレから出たら最後尾に並び直している。
もう充分並んだので、トイレは絶対に我慢しようと集はかたく誓った。
「次の方、どうぞ」
「はい」
集の番が回ってきた。
女性のあとをついていき、暗い通路を抜けて、広い空間に出る。
中にいる人と戦闘を行えばいいのだ。
ダメージは全て魔力の消耗に変換する特殊な空間なので思いっきり戦闘を行うようにと女性は説明した。
ちなみに痛みはある一定以上は感じないようになっているらしい。
集は女性に指示され小さな腕輪を嵌める。
「武器は使いますか?」
「片手用の剣か刀を」
「ではこちらの剣をお貸しします」
集だけ広い空間に入るとスライド式のドアが閉まる。
広い空間を見渡してみると、金髪の美少女がいた。
「印の所に立ちなさい」
少女の声は驚くほど綺麗だった。
言われた通り印の所に立つ。
集と少女との距離はおよそ50メートル。
あんなに華奢な少女が、受験生達を試せるほど強いのだろうか。
「………」
無言の時間が加速度的にプレッシャーを重くする。
「始め!」
どこからか声が響き、ようやく試験が始まった。
「「魔力解放」」
両者共に魔力を解放する。
集は剣に魔力を纏わせた。通称『纏い』。
「へぇ」
少女はなにやら感心した様子。
両者共に駆ける。
少女が魔力の塊を飛ばしてくるが、集は危なげなく全て避ける。
「は!」
少女がさらに加速し、蹴りを放つ。
「くっ、ぎりぎり見えない」
集は何故か悔しそうに、下がって回避する。
集の見たところ、少女は明らかに手を抜いている。それも相当に。
「でないと試験官なんて無理か」
「何か言ったか……な!」
「ふっ!」
目にもとまらぬ連撃。
集は防戦一方だ。
集の予想以上に少女は強い。
「本気だすよ」
集の雰囲気ががらりとかわる。
「む?」
少女は気付いて距離をとる。
明らかに先程とは違う。
半球状の魔力の膜が囲っており、足取りはゆったりとしている。
そして全てを見通すかのような達観した眼差し。
これが一番の変化と言っていい。
見つめられた少女は頬を少し染めて驚くが、すぐに凛々しい顔に戻り、にやりと笑う。
「ふふ」
加速して集の背後にまわり、鋭い蹴りを放つが、気が付いたらそらされている。
集はいつの間にか少女を見つめている。
更に近付くと、少女はくの字で吹き飛んでいた。
集はいつの間にか振り上げられていた剣をだらりと下げる。
「くっ」
瞬間移動のような速度で集へ迫り、あらゆる方向からあらゆる攻撃を仕掛けるが、ことごとくをあらぬ方向へ受け流される。
驚くべきは集が少女を見てすらないということだ。
膜へ触れた瞬間、体が勝手に最速でそれに対処するように動いているように見える。
事実その通りだ。
「………」
少女が更に加速する。
もはや目視出来ない速度での攻防が続き、とうとう少女が諦める。
「……何なのあなた」
顔がひきつっている。
はぁっと溜め息をつき、
「少し本気出すわよ」
少女が浮かび上がる。
浮かんだまま集の真上まで移動し、少女から圧倒的な魔力の奔流が放たれる。
半球状の魔力の膜が押し潰され、集が膝をつく。
これこそがこの技の弱点だ。
範囲攻撃にとにかく弱い。
「なんだ、これ」
呟いた集は達観した眼差しではなく、その目には困惑のみが浮かんでいる。
見上げると少女が艶やかな金髪を魔力でなびかせながら浮いていた。
集は飛べないし、今のままでは跳び上がることも出来ないので、手出しのしようがない。
「降りて来いよ、怖いのか?」
「挑発には乗らないわよ」
「試験にならないし」
「……それもそうね」
「パンツ見せてくれてるのは有難いけど」
「――っ!」
少女が上から叩きつけている魔力の量が増し、耐えきれずにうつ伏せにされる。
「な、何者、です、か」
「あ、やりすぎたわ」
上から叩きつけている魔力がなくなり、ふらりと立ち上がる。
少女はいつの間にか集の目の前にいた。
剣で切りつけるが、かきんと魔力の壁に弾かれる。
続けての華麗ではない連撃もことごとく防がれる。
「あれ?弱すぎない?『纏い』も弱いし、さっきと動きが全然違うし」
「えっと、気のせいでは?」
「……本気だしなさいよ」
「本気です……よ!」
集の剣を人指し指で受け止める。
「はぁ、つまらないわ」
少女から先程までの魔力量は感じないが、魔力の移動が驚く程無駄がない。
「くっ、せめて、せめて精神的ダメージだけでも」
集がなにやら思い付いたようだ。
剣を上段から降り下ろすが、弾かれる。
集はそのまま剣を手放し、おもむろに少女の程よく膨らんだ胸をはしっと鷲掴み。
当然魔力で防がれるが、構わず魔力ごと鷲掴み。
当然手に柔らかな感触は伝わらない。
「むむ?固いですなぁ。もしかしてシリコ――」
「じゃないわよ!!」
「ぐがっ!」
集は意識を失った。
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「次の方どうぞ」
「はい!」
桃野 愛の順番が回ってきた。
暗い通路を抜けて、広い空間に出る。
中には特に特徴のない男がいた。
男は無手だ。
試験内容は聞いているので、黙って印のついている場所に立つ。
「絶対に無神君と同じ学校に入ってやるんだから」
愛の独り言は誰にも聞かれなかった。
「始め!」
「「魔力解放!」」
試験が始まる。
と同時に愛が駆ける。
対する男はその場を動かず、右手を前につき出す。
「必殺!豪爆雷波ー!!!」
「ぷふっ!」
ふいてしまう愛。すぐに表情を取り繕い、幸い男にはばれなかった。
男の右手から魔力の塊が凄まじい勢いで撃ち出される。
愛は右手に持った剣に魔力を纏わせ、魔力を弾く。
切り裂くのではなく、弾く。
切り裂いた場合、剣を魔力弾――豪爆雷派とやらに正面からぶつけるのが基本だが、その場合魔力の密度の高い部分まで剣を届かせ霧散させる必要があり、それまで動きが制限される上、より魔力を消費する。
その点弾く場合は、運動ベクトルを少しずらすだけでいいので、動きも制限されず魔力もあまり消費しない。
「『纏い』か」
男が両手をつきだし、
「超必殺!超豪爆雷波ー!!」
両手から魔力の塊を連続して放つ。
高等技術なのかどうか分からないが、これが超必殺技らしい。
愛は必死に笑いを堪えているつもりなのだろうが、口が変に曲がっている。
魔力の塊が鬱陶しいが、男との距離はつめた。
あとは近接戦で勝負をつける。
はっきり言って、近接戦ではほとんどの者が愛の相手にならない。
男もそうだった。
いつの間にか背後にまわられ、喉元に剣を突き付けられている。
「止め」
元の位置に戻る。
そして一礼してアナウンスに従い外へ出た。
「これでこれからも同じ学校だね!無神君!」
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次の受験生は眼鏡の男子だ。
対するは金髪の美少女。
「愛ちゃん、愛してるよ。俺は必ずあなたと同じ学校に通って見せる。そして無神は死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
包帯でぐるぐる巻きにされた左手の人差し指をいじりながら、小声で呪詛を唱える眼鏡男子に、少女はどんびきだ。
呪詛を唱えながら、眼鏡男子はゆっくりと定位置につく。
「始め」
「魔力解放」
「ね死ね死ね無神死ね…魔力、解放ぉぉぉぉぉ!!!」
「うわ……」
いったいこの男子に何があったのか、無神という者への憎悪が異常だ。
魔力量は大したことないが、このどうみても異常な少年がなにをしてくるのか、さっぱり分からない。
「うあぁぁぁぁぁ!!!!」
少年は迫力の割にゆっくりと迫ってくる。
あまり近付きたくない少女は小さめの魔力の塊を飛ばす。
狙ったわけではないが、塊は少年の顔面に直撃した。
威力は余りない。
擬音語でいうとこれだ。
ぼすん
普通ならたいして気にしないのだが、この少年は異常だった。
「こんのぉぉぉぉ!!」
激しく叫びながら迫ってくる。
「こりゃ駄目ね」
少女の蹴りが少年の意識を刈り取った。