第02剣『完成512本、そして……』
目を覚ました鎮也はここが工房であったことを思い出した。
「作業が終わって、寝落ちしちゃったのか」
固まってしまった首筋をほぐして大きく伸びをした。
夢の中で日本にいた頃を振り返り懐かしい気分になる。夢でも久しぶりに伯父にあえて嬉しかったのだ。
「伯父さんの言うとおり、異世界を思いっ切り楽しんでるよ」
異世界にやってきて三年、生活に慣れ伯父たちを探して世界中を飛び回ったが、痕跡はたくさん見つけたものの肝心の伯父たちは誰一人見つけることはできなかった。
わかったことは伯父たちは大昔の英雄として扱われていて今の時代には存在しないということ。
伯父たちはこの異世界も遊びつくして次の別の世界に渡っていったのだと鎮也は推理した。
だったらこの世界を遊びつくして追いかけるまでと、最初は思っていた。
いざ旅に出てみると戸惑いの連続で、まったく知らない異世界で子供が生きていくのは大変だった。たとえハイスペックな剣が七本あろうとも、スーパーステータスを持っていたとしても、段ボールに入っていた伯父の宝を売らなければ飢え死にしていたかもしれない。
「伯父さんの宝は、ホント信じられないほどの高値で売れたな~」
でも世界に順応して余裕が生まれれば、さまざまな出会いもあり鎮也はこの世界が好きになっていた。
仲間や友と呼べる存在もでき伝説の鉄材も手に入れた。憧れであった聖剣鍛冶師にゲーム内だけでなくリアルでもその職業につくことができた。本当に聖なる剣を鍛える鍛冶師になったのだ。
さまざまなアイディアを仲間たちと交換し合い材料のある限り剣を打ち続けた。
その数五百本以上。
「伯父さん、俺、聖剣鍛冶師としてかなり有名になったんだぜ」
帝国の皇帝から直接の依頼で剣を作ってくれと言われたこともある。もっとも、その依頼のあと帝国と喧嘩をしてしまったが、今となってはそれも思い出の一つである。
「よしッ」
気合いを入れて顔を叩き、眠気は完全に抜けた。
鎮也は作業台の上に置かれている一振りの剣を手に取った。普段は工房で眠りこまない鎮也であったが、この剣が完成したことで張っていた気持ちの糸が切れてしまったのだろう。
この剣は寝落ちする直前に完成した剣であり、鎮也にとって節目を迎えた剣でもある。
「鑑定」
鎮也は剣に鑑定眼を発動させた。
このスキルは鎮也がゲーム時代に手に入れたもので、鍛冶師には必須のスキル『アイテム限定の鑑定眼』である。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
聖雷剣シリーズ シリアル512
【名称】「ラスト・パラディン」
【和名】「聖霊剣・終極」
【製作者】星尾鎮也
【使い手】未登録
【分類】長剣 【レア度】☆☆☆☆☆☆(6)
【長さ】126センチ 【重さ】2.5キロ
【聖剣核】ダイヤモンド
【スキル】
『雷魔法(大)』……使い手が雷魔法を使えるようになる(効果:上級魔法まで)。
『光魔法(大)』……使い手が光魔法を使えるようになる(効果:上級魔法まで)。
『剣技』……素人が持っても剣に認められれば、王国騎士隊長クラスの剣技が身に付く。
『光ノ騎士(12)』…実体を持った光の虚像騎士を12体まで作り出すことができる。
『勇者補正』……勇者が装備すれば身体、魔力、すべてが強化される。
【補足】
パラディンシリーズ最後の剣にして512本製作された聖雷剣シリーズのラストナンバー。聖剣鍛冶師シズヤの渾身の一振り。清く正しい勇気をもった者にしか装備できない。シズヤが王道冒険漫画の主人公が装備するような剣をイメージして製作された。
この剣の性能をフルに使いこなせれば一国の軍隊相手に無傷で勝てるかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
鑑定眼は問題なく発動、剣は鎮也が望んだとおりのスキルが備わっていた。
「問題ないな」
使い手が未登録なのは、鎮也はあくまでも作り手であり、この剣の使い手にはなるつもりが無いからだ。
この世界の道具にはレア度と呼ばれる評価基準があり、レア度三以上になると道具には意思のようなモノが宿り使い手を選ぶことがある。
鎮也が生み出した512本の聖雷剣はすべてが使い手を求めており現状ではその真価を発揮することはない。
剣を鞘に納めて鎮也が工房から出ると。
「お疲れさま鎮也くん、遅かったけどもしかして寝落ちしてたの」
そこには着物姿の長い黒髪を持つ少女が待っていた。
温かみのある笑顔を浮かべる彼女の髪は黒真珠のような艶を持ち、着ている着物の効果も合わさってまさに大和撫子のような雰囲気を全身に纏っていた。
「完成させてから、少しだけ落ちてたみたい」
「まったく、遅いから少しだけ心配したよ」
彼女の名前は桜咲耶、異世界に渡ってきたときから鎮也を支えてくれている。元は日本にいた頃にゲーム内で製作したNPCだったが、この世界に渡ってから本物の命を手に入れた存在、持参した七本の内の一本が擬人化した姿である。
「いくら体が高スペックだからって、根の詰めすぎはダメだからね」
「ごめん咲耶」
咲耶は剣を作り出すと工房に引きこもる鎮也の体を心配して毎回注意してくれている。
「だけどこれで最後の一振りが完成したから、しばらくはこもることも無いと思う」
「だといいけどね」
もう三年以上の付き合いで鎮也の性格を熟知している咲耶、少しのあきれが混ざった苦笑いで流された。
そのまま咲耶を伴って階段を上っていく。
ここは鎮也の所有する屋敷であり、異世界で稼いだ資金をつぎ込んで建てた豪邸だ。一階には客間に食堂、鍛冶師として活動する工房などがあり、二階には鎮也たちの寝室や使用人たちが暮らす部屋がある。
二階に上がった二人は長い廊下を進み、一番奥にある大部屋に到着した。
「ちょっと持ってて」
鞘に入った聖霊剣・終極を咲耶に預けて鎮也が重圧の両開きの扉をあける。
この大部屋は完成した聖雷剣を保管するための部屋で、壁一面にこれまでに製作した511本の聖雷剣が飾られていた。
スタンダードな長剣から、人が持てるとは思えない巨大な大剣、ゴテゴテした機能満載のギミック剣、中にはこれって剣なのと疑問を持ちたくなるような形状の剣まで飾られていた。
その大部屋の中心に飾られた剣たちを眺めるプラチナゴールドの髪を持つ少女がいた。青い軽装鎧を纏った騎士のような凛々しい雰囲気の少女は鎮也に気が付き軽く一礼をする。
頭を下げたことで耳の上で三つ網にしていた髪が前へとこぼれた。礼を直す時に自然とかきあげる仕草は色香を含んでいる。
「マスター、それにサクヤも、最後の剣が完成したのですね」
彼女の名前はレオフィーナ。
親しい者たちからレオナという愛称で呼ばれている。咲耶と同じように鎮也がこの世界に持ち込んだ七本の剣の内の一振りが擬人化した姿、咲耶が鎮也を支える存在なら、レオナは鎮也を守り姉のように見守っている存在である。
「ああ完璧な仕上がりだ」
自己採点でも満点を付けられる出来栄え、決して自惚れではないという自信が鎮也の瞳にはあふれていた。その瞳の意味を読み取ったのかレオフィーナは優しく微笑んでくれる。
「見せてもらってもよろしいですか」
「もちろん」
咲耶が抱えていた剣をレオフィーナに渡す。
レオフィーナは淀みなく慣れた手つきで剣を鞘から引き抜いた。たったそれだけの動作なのに凛と背筋を伸ばした彼女がやれば、まさに物語に登場する騎士そのもの。
「形は普通のロングソードですね」
「締めの作品だからな基本に戻ってみた」
これって剣なのといった歪な形のモノが三割ほどある聖雷剣シリーズ、中には動物を模したモノや明らかに槍だろうといったモノまで含まれているが、作った鍛冶師がこれは剣だと心から信じていれば鑑定スキルでも剣と鑑定される。
レオフィーナは剣を掲げ、剣の腹に自身の顔を映した。歪み一つない鏡のように磨き上げられた刃は鋭さと優しさを伴っていた。
「優しくも力強さを感じさせます。これは勇者の剣ですか、512本の聖雷剣、最後を飾るにふさわしい剣だと思います」
生まれたての赤子を扱うような丁寧さで鞘へと戻す。
「この剣がどのような使い手を選ぶのか、今から楽しみです」
「明日からは使い手探しの旅だな」
「剣は使い手がいてこそ最高に輝きます。ましてやこの剣たちには意思がある。よき相手を見つけてあげたいものです」
「そうだな、間違っても変な奴に引っ掛からないように、俺たちがちゃんと相手を見定めてやらないとな」
見つめ合い、うんうんと頷き合う鎮也とレオフィーナ。
「なんか娘を嫁に出す前の親のような会話ね」
二人のやり取りを見てつい口にしてしまう咲耶。
「あながち間違ってないかも、生み出したのは俺だしモデルになっているのは咲耶やレオナを含めた七星剣だからな、二人の子供でもあるわけだ」
「私と鎮也くんの子供……」
「なるほど、そのような考え方も」
少しだけ顔を赤くして視線をそらす咲耶と、なるほどと頷くレオフィーナ、反応は違えど二人ともどこか嬉しそうだ。
「おほん、ま、まあとりあえず、明日からの使い手探しの旅はひとまず置いておいて」
赤くなった顔を隠すように咳払いをした咲耶が話を切り替える。
「鎮也くんの目標であった512本の聖雷剣全部が無事に完成したことをお祝いしましょう。アリアさんお願いします!」
開け放たれたままになっている扉の外へ声をかけると、白い肌にマリンブルー色の髪を持つ長い耳のメイドの少女がキャスター付きのワインテーブルを押して入ってきた。
「お待たせいたしました」
「いや、まったく待ってないから、アリア来るの早すぎだぞ」
呼ばれて速攻で登場した彼女は海辺の妖精族のアリア。
鎮也たちが異世界に来たばかりのころに悪徳奴隷商に捕まっていた所を助け出した少女。それ以来、彼女は鎮也の従者兼メイドとして身の回りの世話をしてくれている。
アリアはワイングラスを三つ並べると、氷の入ったワインクーラーから一本のお酒を取り出した。
「お開けしてもよろしいですか?」
「あ、それってもしかして」
「はい、以前よりシズヤ様が聖雷剣がすべて完成した暁には飲みたいと申していた『ドリヤードの雫』です」
これ一本で豪邸が建てられると言われるほどの超高級なお酒。
王族や一部の高位貴族、そして最高ランクに到達した冒険者くらいしか口にできないと伝説扱いまでされている幻の品。
その幻のお酒を鎮也は一本だけ所有していた。
そして、アリアの言う通り聖雷剣がすべて完成した時に栓をあけようと前々からみんなに話してもいたのだ。
「ここが日本なら確実に違反だけどね」
鎮也、咲耶、レオフィーナ。この三人の中では咲耶が一番規則などを守る性格であったが、今日のような祝いの日には小言などはさまず気の利いたサプライズなどを仕掛けてくれる。
アリアが呼んでからすぐに登場したのも前もって咲耶が根回しをしてくれていたに違いない。
「ここは日本じゃないから問題なし、アリア遠慮なくあけてくれ」
現在十五歳の鎮也はお酒を飲んだことはない。
進んで飲みたいとも思ったことはなかったが、こんな日にはちょっとだけ背伸びして大人の真似をしたくなる。
昔ドラマで見たワイングラスの持ち方を真似して指で挟んでみる。
注がれたドリヤードの雫は淡いエメラルドグリーン色であった。
「マスター、音頭をお願いします」
「俺がやるの?」
「ここは鎮也くん以外にいないでしょ」
いまいち乾杯のやり方が分からない鎮也だが、このメンツなら必要以上にカッコつけるまでもないと開き直って。
「えっと、512本完成したぜ、乾杯」
「「カンぱ~い!!」」
三つのグラスを打ち鳴らし、鎮也は一気に流し込んだ。
ドリヤードの雫という優しい名前とは裏腹に喉に焼けるような痛みが走り、頭がふわりと軽くなったような感覚がやってきた。初めての大人の味、まずいとまでは思わなかった鎮也だが、おいしいとも思えなかったのが正直な感想。
「……これが、お酒の味か」
これで豪邸と同じ価値のあるモノだとは鎮也には到底信じられなかったが。
「静也くん、このお酒けっこうおいしいね」
「ああ、なかなかに神秘的な味だ、幻と言われるのも頷ける」
味覚がお子ちゃまだったのは鎮也だけで女性陣のお二人はしっかりと味わえている様子。
「どうしたの鎮也くん?」
「え、いや、なんでもない」
「シズヤ様、どうぞ」
気を利かせてくれた優秀メイドのアリアが空のグラスにおかわりを注いでくれる。
「お、おう、ありがとうアリア」
二杯目のグラスを見つめ、アリアの持つビンを見る。まだまだたっぷりと入っているドリヤードの雫。咲耶とレオナは鎮也に遠慮してかまだ一杯目をゆっくりと味わっていた。
単純計算して三等分の量を飲みきる自信がなかった鎮也はある妙案を思い付いた。
「そうだ、今日は無礼講にしてアリアたちも一緒にお祝いしよう!」
「私たちもですか?」
今まで完璧なメイドであったアリアの表情に戸惑いが現れた。まさか主人からこのような提案がされるとは想像すらしていなかったのであろう。
「そうそう、ネコッタや他の使用人たちもよんでみんなで飲もう。せっかくの機会だし」
「しかし」
メイドのアリアは困ったと、咲夜たちに助けを求めようとしたが、彼女たちは鎮也の味方であった。
「それいいよ鎮也くん」
「流石マスターです。このような時こそ無礼講に相応しい、祝ってくれる人が多い方がこの剣たちも喜ぶでしょう」
流石は鎮也の愛剣たち、企みを理解しなくても望んだことにはしっかりと援護をしてくれる。
「わかりました。やりかけの仕事を片付けましたら――」
「やりかけもそのままでいいから、今すぐにみんなを呼んでくること、これは主として命令れす」
たったの一杯で酒がまわってきたのか、鎮也の語尾が少しおかしくなってきた。
「命令の使い方を間違っている気がしますが、めったにない主の命令。ここは素直に聞くのがメイドの役目ですね。わかりました、至急みなを呼んでまいります」
「よろしく~」
急ぎ足で退出していくアリアを手を振って見送る鎮也。
「マスターたった一杯で酔っ払ったのですか」
「うん、おれ、お酒はあまり強くないみたい、だからもう、いっかい乾杯しよう」
よくわからないが、話しているうちに鎮也のテンションが上がってきた。
「だからの意味がわからないけど」
「ちいさいこと、気にしない」
鎮也はささっと二人のグラスにお酒を注ぎ込む。
「それでは、明日からの使い手さがしの旅の、成功をねかって、ねかって?」
「願って、ね」
呂律の回らない鎮也の言葉を咲耶が律義に訂正してくれた。
「そうそれ、ねかってカンぱい!」
鎮也にとって今は最高の時間であった。夢に向かって全力を注ぐことができ、その夢を応援してくれる仲間とも出会えた。
間違いなく最高の時間と空間であった。だが。
鎮也がグラスを掲げた瞬間、窓を突き破って白く輝く球体が飛び込んできた。
「え?」
球体は莫大な魔力を内胞しており、あたりの空気を吸収して膨張していく。
「鎮也くん!!」
「マスター!!」
刹那の出来事であった。
部屋は光に覆われ、爆発と共に視界が真っ白に塗りつぶされたのだ。
「シズヤ様!!」
爆発音を聞きつけあわてて戻ってきたアリアだったが、部屋の変わりように唖然とする。
突発的竜巻に襲われたとしか思えないほど荒れ、キレイに飾られていた剣たちは床に散乱し、壁には大きな亀裂がいくつも走っていた。
そして――。
「シズヤ様!!」
アリアはできる限りの声で腹の底から主の名を呼ぶ。
「シズヤ様、サクヤ様、レオナ様!!」
しかし誰からの返事も返ってこない。
部屋が荒れていても、人の姿を隠すほどの瓦礫が落ちているわけではない。
先ほどまで部屋で祝いの酒を酌み交わしていた三人が爆発と共に忽然と姿を消してしまったのだ。
「シズヤ様ッ~~!!」
マリンブルーの髪を持つメイドは、瞳に涙を貯めながら敬愛する主の名を呼び続けた。