第01剣『なつかしき夢』
『ああ、これは夢だ、小さい頃の夢だな』
体が重力を感じない、無重力の霞の中を漂っているようだ、星尾鎮也は小さい頃の夢を見た。
まだ世界を飛び越え異世界へ来る前の、日本にいた頃の夢。
ランドセルを背負った少年、小学一年くらいの鎮也が適当に切られた黒髪を揺らしながらコンクリートの坂道を駆け上がっていく。
『この頃から伯父さんの家に入り浸りだったな』
離婚した父親が愛人を作って家に居づらかった少年時代、学校が終わると親戚の伯父の家に身を寄せていた。
学校でもうまく周囲に溶け込めず。この頃の鎮也にとって伯父の家だけが唯一の居場所であったのだ。
でもそんな伯父は親戚中から嫌われていた。
愛人を作って離婚した父親よりも伯父は嫌われていた。
でも、鎮也は伯父になついていた。
遊びに行けば、いつでも家にいて出迎えてくれる伯父が好きだった。
そんな伯父は、親戚中から引きこもりと言われていた。
これが嫌われる理由の一つ。
だが伯父はただの引きこもりではなかった。引きこもるための資金を自分で調達していたのだ。親のすねをかじることなく、宝くじを当て、それで株をやって大儲け、一生遊んで暮らせる金を稼いでいた。
「だから俺は一生遊んで暮らす」
と大柄な体を揺らし親指を立てて伯父はよく自慢していた。
働くことなく毎日ネットゲームして遊んで暮らす。それでも金は腐るほどある。そのリッチな暮らしぶりが妬まれ、これが親戚中から嫌われる一番の理由だった。
「まさか引きこもりの俺に、金の無心にはこないよね」
悔しさで奥歯を噛みしめ砕いた親戚のサラリーマンがいたとかいないとか。
伯父は間違いなく嫌われていた。
でも鎮也は伯父が好きだった。熱い夏はガンガンに冷房の利いた部屋で自由に遊ばせてくれたし、寒い冬は鎮也専用のコタツも用意してくれた。そのコタツに入り大量の漫画を読みふけって年越しをしたこともある。
そして鎮也が小学校高学年になると。
「我が甥よ、そろそろお前にもコレが扱えるだろう」
小学校四年に進級した日、伯父は最新式のパソコンをプレゼントしてくれた。
それもネットゲーム専用にオーダーでカスタマイズされた高性能タイプを。パソコンには伯父がいつもやっているネットゲーム『サクセスクリエイション』がすぐにプレイできる状態になっていた。
「おお、君がウワサのオオクラの甥っ子か」
「リアル少年ですね、平均年齢下がったぞー、よくやったオオクラ」
オオクラとは伯父のキャラネーム、なんでもみんなの財布をやっているようで大蔵省をモジッて大倉将と呼ばれているうちに本人も違和感が無くなっていったらしい。
ネットゲームの中で伯父のパーティーメンバーを紹介してもらい、みんなオオクラの甥っ子だった鎮也をかわいがり大いに甘やかしてくれた。
『サクセスクリエイション』はよくある異世界冒険ファンタジーを題材したMMORPG。自由度はとにかく高いことが有名で自分が装備する武器や共に冒険するNPC、はたまた天空城など課金さえすればいくらでも生み出すことができた。
金さえ出せば自分だけの国家を持つことも可能であるのだが、その課金率の高さから裕福な人たちしか想い通りにプレイできず成金ゲーとも呼ばれてもいた。
普通の小学生がプレイできるようなゲームではなかったのだが。
だが鎮也には伯父がいた。
課金のシステムなど理解する必要などなかった。
さらに職業を選ぶ段階から伯父の仲間たちは優しくいろいろとアドバイスをしてくれた。どんな職種がいいかと聞かれ、伯父の部屋で読んだ漫画の中で一番のお気に入りの作品を手に取った。
「この主人公と同じ職業がいい、これになりたい!」
鎮也がなりたいと言った職業、それは剣を作り出す鍛冶師であった。
それもただの鍛冶師ではない、聖剣を鍛えることができる聖剣鍛冶師だ。お気に入りの物語は主人公が聖剣を作り、ヒロインがその剣で活躍するバトルファンタジー物。
鎮也はその聖剣鍛冶師に憧れていた。
「シズヤ君、この鉱石使っていいよ」
「シズヤ、この宝石を埋め込めば剣に属性が付けられるぞ」
「剣の新しい製法レシピが発見したぞシズヤ」
資金と時間が有り余る伯父のパーティーはゲーム内でトップランカーであった。そんな人たちの助力を受けたおかげで、たった半年で鎮也もトップランカーと遜色ないキャラクターを作ってしまった。
職業はもちろん鍛冶師、それもトップレアと同クラスの聖剣を生み出せるほどの聖剣鍛冶師に成長させていた。家庭の事情で学校ではうまくなじめていなかった鎮也も、ゲームの中ではトッププレーヤーとして知らない者はいない存在になっていた。
聖剣鍛冶師として名をはせた鎮也作の聖剣は、城などと同じ価格帯で取引が行われるほどだった。
大量の資金を投入してのドーピングまがいな成長に他のプレイヤーから陰口を叩かれることはあったが、それも気にならないくらい伯父たちとの冒険は面白かった。
それからまた半年が経過し、いつまでも続くと思っていた時間は終焉を迎える。
鎮也が小学校に登校していて参加できなかったワールドボス討伐クエストを最後に、パーティーの仲間が一人、また一人とゲームの中からいなくなっていったのだ。
最初は別のゲームにでも引っ越したのかと思ったがメールにも返事はなく連絡が一切とれなくなった。そして最後は伯父までもがいなくなった。
「伯父さん、伯父さん!!」
小学校から帰ってくると伯父がゲームの中ではなく現実の世界でいなくなったのだ。
あのもう何年も太陽の光を浴びたことのないハイレベルな引き籠りであったハイパーニートの伯父が部屋から居なくなったのだ。
一枚の書置きだけを残して。
『俺たちは一段階上に行くことになった。来る気があるなら追ってこい。家と金はお前にやるから好きに使っていいぞ』
「家やお金をもらっても、みんながいないんじゃつまらないよ伯父さん」
仲間を失った鎮也は最初は茫然となっていた。
だがいくら待っても帰ってこない伯父たち。
時間が経ち、気持ちの整理がついた鎮也は帰ってこないなら、伝言の通り追いかけるしかないと開き直った。
そして目標を立てる。
小学校を卒業するまでに伯父たちの力を借りずに正真正銘のトップランカーになると、そして伯父たちがしたように難攻不落のワールドボスを倒してやると。
伯父たちを追いかけるなら、同じ道を行くしかない。
「伯父さん、部屋とお金は有りがたく使います」
鎮也が最初に取り組んだのは冒険を共にする従者NPCの強化だ。
伯父たちを追いかけると決めた以上、他のプレイヤーとパーティーを組む気にはなれなかった、だから鎮也は以前に誕生日プレゼントとして伯父たちが作ってくれたNPCを限界まで強化した。
『鎮也、従者はやっぱりかわいい女の子がいいだろ、どんな子が好みだ』
『好み?』
まだ小学校低学年で異性への関心が薄かった時代、好みの子を聞かれてもうまく答えることができなかった。
『じゃあマンガのヒロインで好きなのはどんなキャラだ』
『えっと、これと、これのヒロインがキレイだと思う』
『「ドラゴンスターソード」と「桜花の祀り」のヒロインかさすが我が甥、いい趣味してるぜ、まかせろ俺たちの技術のすべてをつぎ込んで再現してやる』
そう言われてプレゼントされたのが二つの漫画のヒロインを模した二人のNPC、あまりの完成度、漫画そのままの容姿と性格で一時期掲示板で話題になったほどだ。
一生遊んで暮らせるほどの金を二人の強化と新たに鎮也自身が製作した五匹の獣型従者につぎ込み、通帳の残高が急加速で減っていったが気にする者はいない。
使用金額の年齢制限は伯父のIDでクリアした。
この時点で額面だけなら間違いなくゲーム内でトップを取れていただろう。
それからまた時間がたち小学校の卒業を直前に控えた休日、ついに鎮也は伯父たち以来となる快挙、ワールドボス撃破をやり遂げた。
難易度が高すぎて伯父たち以外のプレイヤーは誰一人クリアできていなかった最難関クエスト、鎮也が二度目の達成者となったのだ。
「よ、っしゃーーー!!」
両腕を突き上げ、近所の迷惑も忘れて腹のそこから声を出した。
自然と笑いがこみあがり、ゆっくりと背中から後ろに倒れ横に置かれていたスナック菓子が床に飛び散った。
「これで追いついたよ伯父さん」
散らばったスナック菓子に反応してメイドフィギュアを上に乗せたお掃除ロボットが動き出す。ロボットの上にメイドフィギュアを固定したのは鎮也ではなくこの部屋の本来の持ち主であった伯父である。
伯父はいなくなる前、このお掃除ロボットをメイドロボ初号機と呼んでいた。
「伯父さん、メイドさん大好きだったからな」
鎮也はNPCを旅の仲間としていたが、伯父は大量のNPCメイドを作っていたことをふと思い出した。
メイドとは何かと熱く語られたこともある。過去に伯父たちから様々なことを教わった、およそ八割近くはオタク系知識であったがみんな楽しかった思い出だ。
しばらく達成感に浸って天井を見上げていた鎮也だが、パソコンから鎮也を呼ぶ声が聞こえてきたため慌てて顔を上げた。
「鎮也様、お荷物を預かっています」
抑揚のない機械的な声。
モニターには伯父が製作した薄紫色の髪のNPCメイドがギフトボックスを差し出してくる。
「これは?」
「マスターからお預かりした手紙です」
まるで鎮也の質問に答えるかのようにNPCメイドがしゃべる。マスターとは当然このメイドを生み出した伯父のことだ。
鎮也はカーソルを動かしてギフトボックスをクイックすると、開封されボックスの中から手紙と一枚のチケットが出てきた。
「伯父さんからの手紙」
手紙を読むよりも先に、メイドの口が動き先ほどの機械的な声から伯父の声へと切り替わって手紙を読み始めた。
『おう鎮也、我が甥よ』
かわいらしいメイドの口から中年男性の声が聞こえてくるのはシュールであるが、しばらくぶりに聞く伯父の声に嬉しさがこみあげてくる。
鎮也は一語一句聞き逃すまいと耳を澄ませて続きを待つ。
『この手紙を受け取ったってことは、ついに俺たちに追いついたんだな、流石は我が甥、伯父として誇らしいぞ、ワハハ~』
女性型のNPCメイドが無表情のまま伯父の声で笑う。
『そんなお前に素敵なプレゼントをやろう、それはなんと異世界移住チケットだ』
そういえば手紙と一緒にチケットがあったことを思い出す。
『このチケットを使えばとてもお手軽に異世界へ移住ができる。俺たちもそれを使って移住したからな』
だから伯父たちはこの世界のどこにもいなくなったのか。
『異世界に移住するか、そのままその世界に残るかはお前が自分で決めろ』
自分で決める。
鎮也は今の自分自身の現状を思い返した。
家は父親の愛人が入り浸り占領され、進学する中学は父親に全寮制のそれも県外のところに勝手に決められていた。長期休暇以外では帰ってこられない距離、もっとも帰ってきたいとも思える家ではなくなっている。
鎮也は自分でも驚くほどこの世界に未練がなかった。それ以上に伯父たちが行った世界に魅力を感じてしまう。
だったら答えは決まっている。
『まあ、俺の甥なら答えは決まってるだろうがな』
「もちろんだよ伯父さん」
再生されているだけのはずなのに、まるで会話をしているかのような受け答え。
『異世界に移住するに当たって持っていける能力または道具は三つまでだ。よく考えて選べよ』
三つ、それは相当少ない。
「道具はともかく能力ってなに?」
『アドバイスをするなら、ゲームキャラのステータスを持っていきたいと言うのもアリだ』
「ああ、それも有りなんだ」
さっきまで操作していたワールドボスを撃破したキャラクター『シズヤ』ならどんな世界に行っても上位者でいられるはずだ。だが三つという縛りが鎮也を悩ませる。
鎮也にはどうしても手放したくない、異世界に持って行きたいものが七つもあったのだ。
『ちなみに、この異世界移住チケットの使用期限は開封後一時間だ、長考する時間はないぞ』
生食製品よりも期限が短い。
「な、伯父さんいきなりすぎるよ」
どうやらこの世界にいられるのはあと一時間しか残っていないようだ。この世界に未練はないが熟考する時間は欲しかった。
選べるのは三つだけ何を選べばいいのか、ゲーム内で鍛冶師として作った最高傑作の七本の剣は絶対に持っていきたいが枠をオーバーしている。ゲームキャラのステータスをあきらめても三本しか持っていけない。
「この七本だけは、何か方法はないか」
この七本の内二本は伯父たちからもらった鎮也の掛け替えのない宝物、そして他の五本は、叔父たちに追い付くために足掻いた鎮也自身の努力の結晶であり自分の分身のようなもの。
置いて行くなど考えられない。
解決策はないか無駄に部屋中を見回すが答えはどこにも転がっていない。
答えが見つからないまま時間だけが流れていく。
「ネット小説とかなら無制限イベントリとかに入れて持って行くことができるのに」
『ああ、無限アイテム袋とか存在しないモノは選べないぞ』
『サクセスクリエイション』のアイテム袋は有限である。
最高級の魔法のカバンでも八個までしか詰められない。重量制限の縛りがこのゲームの最大の壁とも言われていた。手に入れた宝も持てるだけしか持ち帰れないのだ。
「いや待てよ、無限の必要ないじゃないか」
持って行きたいのは七本だけ、それなら魔法のカバンで十分じゃないのか。
「どうして気がつかなかった」
焦りは人の思考を鈍くすると、どこかの漫画の登場キャラが語っていた。
急いで鎮也は魔法のバックに愛剣七本を入れる。
「あと一つ入るなら、最後はハンマーで決まりだな」
そして最後の八個目には七本の次に愛着のあった鍛冶用ハンマーを入れてバックの中を満杯にした。このハンマーも伯父たちからもらった超がつくほどのレアハンマーである。
「――――――――――――――――――――――――――――――――
・竜王剣レオフィーナ
スキル『火魔法』『竜咆哮』『全・身体強化』『対巨獣』『破損修復』『擬人化』
・神霊刀桜咲耶
スキル『土魔法』『神斬撃』『剣術』『嘘探知』『破損修復』『擬人化』
・海軍刀ヤマト
スキル『水魔法』『刀身射撃』『軍属化』『水の分身軍団』『破損修復』『剣獣化(狼)』
・突撃剣トロンバトルナード
スキル『風魔法』『粉砕』『加減速』『策敵』『破損修復』『剣獣化(馬)』
・陽翼剣オジロ
スキル『光魔法』『光刃』『魔力吸収』『破邪』『破損修復』『剣獣化(鷲)』
・陰翼刀六黒
スキル『影魔法』『投擲』『六分身』『魔法破壊』『破損修復』『剣獣化(鴉)』
・大十手透徹
スキル『雷魔法』『飛打撃』『瞬間移動』『解錠』『破損修復』『剣獣化(兎)』
・雷蛇鎚ミュルニョル
スキル『雷電鍛冶』『雷付加』『浄化』『伸縮』『変形』『分解』
――――――――――――――――――――――――――――――――――」
「これでよし」
この魔法のバックを一つとして数えれば、あと二枠分選ぶことができる。
一度はあきらめたゲームキャラ『シズヤ』のステータスを選択して、これで残るはあと一枠。
『あと一分で転移が始まるぞ、三つ選び終えたか』
「最後の一枠残っちゃったな、これだけあれば満足だけど無駄に残すものもったいない」
部屋の中をきょろきょろと何か無いかと探す。
するとベッドの下を掃除していたお掃除ロボットが目についた。
「コレを持っていっても充電できないよな」
ロボットを追ってベッドの下を覗くと、奥の方に『宝物』と書かれた段ボールを見つけた。いままでまったく気がつかなかった箱だ。
「伯父さんの宝物?」
まだ純真な少年であった鎮也は、男のベッドの下にある宝とはどのような物なのか、まだしらない青い時代。
『残り十秒だ』
「もう、これでいいや!」
伯父の宝物と書かれた段ボールを三つ目に選ぶ。
『それじゃ転移開始だな、まあ、俺たちの移住した時代と時間がかなりずれてると思うから、もしかしたらもう俺たちはいなくなっているかもしれないが、お前は俺の自慢の甥だ、異世界を楽しめよ』
「なっ!? 伯父さん、そんな大事なことは先に言ってよ!」
『言っても結局、答えは変わらなかっただろ』
確かにその通りであったが、それでも重要なことは先に言って欲しい。
パソコンの画面がまばゆい光を放ち、部屋のすべての影を飲み込んでいく。
光の収まった部屋は静寂に包まれ、もう人の姿は存在しなかった。こうして小学校の卒業を控えていた星尾鎮也という少年は日本から姿を消す。
『ああ、懐かしい夢だったな』
鎮也は眠りから覚醒していくのを感じた。
一応「ドラゴンスターソード」と「桜花の祀り」は架空の作品です。二次創作ではありません。