言の葉[2]
「ねぇ、聞いた?あの女の噂。」
「一昨日の?聞いた聞いた。」
自然と耳に入り込む、女たちの耳障りな声。私は、ふと箸を止めた。
「今度は付き合って数分で振ったらしいよ。」
「相手は誰だっけ?」
「黒川クンだよ。ほら、理系クラスの。」
昨日の彼は黒川って名前らしい。それを、ぼんやりと受け止めた。
「格好良いし、頭も良い。気遣いも出来てすっごいイイ男なのにねぇ。」
「何が気に食わないんだろ。お高く気取っちゃって。」
あぁ、視線が痛い。さっきから、チクチク刺さって抜けない。
特に鋭い視線は目の前から送られてくるもので、じぃっと私の瞳の奥の奥を伺うように見つめる。
「いいのよ。」
私は呟いた。
「勝手に言わせていればいいわ。」
「……」
しかし、彼女は気に食わなさそうに口元を曲げた。そうして、手に持っていたスプーンを大きく振り上げて、机に叩き付けた。
大きな、鈍い音が響く。耳障りな声がピタリと止まって、変わりに沢山の視線を浴びた。
彼女は後ろを一瞥する。ゆっくりと、牽制するように。
噂話を立てていた女たちは小さく身を寄せ合って、居心地悪そうな顔をしていた。すぐに一人が立ち上がって、また一人、また一人と席を立つ。ひそひそと話ながら、私たちから遠ざかった。
その後ろ姿を見ながら、私は彼女に言った。
「……いいって言ったのに。」
彼女が私の方を向く。その顔は、不可解そうに歪んでいた。
「どうして?あーゆーの腹立たつじゃん。」
「気にならないもん。」
「嘘。ちらちら見てたじゃん。」
……あぁ、もう。なんで気付くかな。本当はちょっぴり嫌だったこと。
私の話なんてしないで。私を見ないで。私を気にしないで。あまり人とは関わりたくないの。
人嫌い……とまでは言わないけど。人付き合いは苦手だ。
そんな私が今、一緒にいる彼女はこの大学で出来た唯一の友人。名を、福澤真咲。いつも派手な格好をしているため、人が寄り付かない。言わば、人付き合い苦手仲間。
真咲はスプーンをふわふわと上下に動かしている。
「アンタがそうやって何も言わずに澄ましてっから、勝手なこと言われるの。」
「別に。本当のことだから。」
「本当のことって……。」
真咲が呆れたように、眉を顰めた。細く剃られた眉が器用に動くものだから、なんだかおかしかった。
「馬鹿みたい。びっくりするよ」
「……私も、記録更新したときはびっくりした」
「だろうね」
真咲は未だにゆらゆらとスプーンを揺らしている。銀色のスプーンが、電気の光を反射したりと、ちかちかと視界を眩ませた。
「なんで振ったの?」
「好きな人が、出来たかもしれなくて」
スプーンが、反射の点滅を止めた。真咲が動きを止めたからだ。
真咲は茶色の瞳で私を見て、信じられないって顔をした。
「好きな人が出来たの?」
「うん」
「彼氏が出来て、すぐに好きな人が?」
「うん」
「そっか。……そっか」
二回、同じ言葉を繰り返して、真咲は黙った。そして、スプーンでオムライスを一掬いして、ぱくりと食べた。この沈黙も食べてしまうかのように、大きな口で。
私もパンを一口かじった。




