言の葉[1]
ウォークマンのラジオ機能で聞いたその声が、息を忘れるくらいに好みだった。
大学にある、トークサークルだかなんだか知らない集まりの、くだらない話ばかりするチャンネル。いつもなら、お気に入りのチャンネルへ行き着くためにちらりと耳にする程度なのに、その声を聞いた瞬間、指が動きを止めた。
『えぇっと、はじめまして。新入部員の藤田です。』
緊張しているのか、上擦っている声。けれども、とても優しげで。一瞬で、ラジオを透かして聞こえていた外界の音は消え、彼の声しか聞こえなくなった。
『あー、だめだめ!ここではニックネームね!』
と、これは別の男。多分、先輩にあたる人なんだろう。
『え、えーっ!ニックネーム?』
あ、困ってる。オロってした声も可愛い。
『ニックネームなんてないですよ!』
『じゃぁ、フジフジで!』
『フジフジって!呼ばれたことないですけど!』
今度はちょっぴり楽しそう。緊張がほぐれたらしく、落ち着いた声色に変わった。この子、可愛いな……。ころころと声色が変わって。しかも、その声色に気持ちが反映されている。
きっと、素直な子なんだろう。……私と違って。
「……どうかした?」
上から降ってきた声に、意識がラジオから離れる。外界に引き戻された私は、そっと顔を上げた。
私は、ひょろりと背の高い男と歩いている。つい今し方、告白されてなんとなく付き合うことになった彼氏。ルックスが良いからオッケーしたけど……、藤田クンの声を聞いた後では色褪せて見えた。
「別に」
そっけなく言葉を返して、前を向いた。少しペースを速める。彼は文句一つ言わずに、隣のポジションを保っていた。
「ね、美味しいお店知ってるんだけど、行かない?」
私はこくりと頷いた。「こっち」と、彼が私の手を引いて歩き出す。
繋がれた手を見て、溜め息をつく。手を繋ぐのはあまり好きではないけど、指摘するのも面倒だ。
彼に手を引かれたまま、またラジオに耳を傾ける。やっぱり、藤田クンの声は素敵で、目の前の彼氏の存在が霞んだ。
『あ、フジフジの好みのタイプの女性は?』
『好みのタイプ……ですか?』
男が、藤田クンにそう問う。一気に耳がラジオに奪われる。彼氏が何か言う度に、適当に頷いてやりすごした。
『えーっと、優しい子ですかね。』
『中身重視と。』
『あと、誠実な子かな。』
誠実、という言葉に足を止めた。彼氏が驚いた顔でこちらを振り向く。私は、彼氏に言った。
「……私、貴方の名前を忘れたわ。」
「…………え?あ、あぁ。俺の名前は、」
「いいよ、言わなくて。」
言葉を遮って、手を振り払う。そうして、言った。無慈悲なくらいに淡々と。
「好きな人が出来たから、別れて」
最短記録更新。付き合い初めて、わずか十分でお別れ宣言。
言葉を無くした彼氏に、私はぺこりと頭を下げて、歩き出した。その間も、藤田クンの声を聞いたままで。
きっと、元彼氏は何か言っていた。でも、聴覚は藤田クンだけを求めていて。
もう、彼の言葉だけを聞いていたかった。




