『死の方程式』
これもあまりいい邦題とはいえない。ラスト近くでコロンボの科白の中に「死の方程式」と言う言葉も出てくるが、どうもしっくり来ない。取って付けたような感がある。原題のショートしたヒューズと言うのもイマイチだ。時限爆弾に、ヒューズも仕掛けられているのだろうが、それが前面に出てくることは一度もないからだ。それよりも、爆弾が仕掛けられた物に肖って「短絡した葉巻」というのはどうだろうか。
化学工場の御曹司が、父親亡き後自分を冷遇している叔父を殺す。犯人役は、ロディー・マクドウォールで、どこかで見た顔だなあとずっと思ってたら「猿の惑星」の若い猿の役だった。「猿の惑星」も「刑事コロンボ」と同時代に見た幸せな記憶のする映画だ。この犯人は、最初から最後まで無邪気に振る舞い、捜査の間もコロンボに引っ付いて工場を案内して廻る。すごく協力的なのだ。彼を象徴するのはその無邪気さと裏腹な、胸のメダルである。科学クラブか何かの栄誉章で、いつも首からぶら提げている。子どもといってもいいくらい若いころに化学の学位と法学の学位をとったかれのその後は、挫折の日々だったのかもしれない。唇を歪めた天真爛漫の笑みの奥に見え隠れするのは、自尊心と苛立ちのない交ぜになったものだ。かつては天才だった自分が、誰でもできる程度の化学玩具を作るような実験に明け暮れているのが許せなくなり、社長である叔父を殺し、副社長を陥れ、自分が社長の座に着く。
けれど最初からコロンボはかれが犯人だと知っていた。コロンボがやってくると、犯人は自分のねぐらでもない、運転手のねぐらから出てくるし、被害者からの留守電録音を聞いてるときには不安そうに時計ばかり見ている。これでは、コロンボでなくても怪しいと思うだろう。犯人は、社長の妻である叔母つまり、父親の妹に「おばさん、どうして交番になんか言って、こんなおまわりに来てもらったんです?」と非難するが、叔母は「いいえ、署長さんに頼んで、一番の腕利きの刑事をよこしてもらったんですのよ」と返される。ここでも、コロンボが上司の信頼厚いことが分かる。コロンボは犯人の協力もあって、動機も手口も何もかも推理してしまうが、肝心の証拠が見付からない。爆弾を葉巻の箱に仕掛け、ちょうど山奥を車で走っているときに爆破する策略どおりにことが進んだので、証拠は谷底で木っ端微塵になっており回収の見込みがなかったからだ。お約束どおり、山奥に向かうケーブルカーでコロンボは、高所恐怖症の洗礼を受けるシーンもある。
そこでコロンボは一計を案じる。これも、シリーズ中一二を争う見事なトリックである。爆弾は、葉巻の箱に仕掛けられたのに間違いがない。だが、それは木っ端微塵になっても早や存在しない。しかし、爆弾が爆発したのではなく、単なる事故だったとしたら・・・。コロンボは、犯人の目論見どおり馘首になった副社長と、犯人と、三人でケーブルカーに乗る。その中で、コロンボは、見付かった証拠品だと言って、焼け焦げのついた葉巻の箱を取り出す。そして、話をしながら箱を開ける。箱を開けてから何分後かに爆発するように仕掛けられていることも先刻承知だ。するとどうなる。これがもうすぐ爆発すると知っているのは犯人だけではないか。犯人は慌てて馬脚を現す。しかしこれはトリックで、葉巻の箱は証拠品でもなんでもない、コロンボが副社長の秘書から調達しただけのものだった。犯人は、コロンボに敬意を表して、胸のメダルを外して、コロンボの首にかける。また挫折したのだ。神童も、二十歳過ぎれば殺人者。泣ける。