『指輪の爪あと』
これも邦題がよくない。原題は「死のレンズを手に」といった感じのもので、直訳は難しいが「死者のコンタクトレンズ」あたりがいいのではないだろうか。(ご指摘を受け、私も誤訳していたことがわかった。「死者が手を貸す」といったあたりの意味になる。)
犯人はロバート・カルプが演じる探偵会社社長で、ゆすりをかけた相手に居直られてついかっとなって殺してしまう。今回は計画殺人ではない。新聞社主の妻が殺されたことで、コロンボは捜査に乗り出すが、最初にレイ・ミランド演じる新聞社主と出会う。配役といい犯人であってもおかしくない新聞社主だが、かれは真に悲嘆にくれていて、どうやら犯人ではなさそうだとコロンボは思う。むしろかれが犯人だったら楽なのだけれど、当てのないままレイ・ミランドと一緒にいると、幸運は向こうからやってきた。捜査の協力をしたいと、犯人が新聞社主に申し出て、新聞社主がコロンボに犯人である探偵会社社長を紹介するのだ。彼を紹介されたとき、コロンボは手相見の真似をする。そして的確な性格診断をしながら、心の中で「らっきー!」と叫んだに違いない。ロバート・カルプは左手に大きな指輪を嵌めていたからだ。検死の時に、被害者の頬にあった傷跡が、指輪の後だと気づいていたコロンボは、最初から指輪をつけている人物だけを探していたのだった。したがって、後から登場した、被害者の浮気相手と会ったときも、ストレートに脅しをかけて口を割らせるものの、まったく犯人だとは思っていない。「おれがやったんじゃないんです。でもアリバイもないし」「いや私は信じるよ」「どうして」「あんたは指輪をしていない」「でもそんなの外せば分からない」「急に外したなら日焼けの痕やなんかがつくだろう?」そう、かれはゴルフのレッスンプロであり、日焼けをして働く男だったのだ。この回は、このように人物配置がすばらしい。怒りっぽいが有能で頭のいい犯人。若い妻の浮気を心配する功なり遂げた大人物。その妻で、正義感溢れるがゆえに殺される被害者。その浮気相手で色男だけが自慢の元スポーツマン。そのなかを、ただ指輪の爪あとと言う即物的なものを根拠に犯人の目星を立てる。ただこれをタイトルにすると、余りにも分かり易すぎて納得がいかない。
犯人が誰かは分かったものの証拠がつかめないでいるコロンボに「今の三倍の給料を払う」といって犯人がヘッドハンティングをかける。これに対してコロンボは「こちらに勤めても、今の事件を担当させてもらえるので?」ときくが、探偵者社長は「いや、君にはもっと責任の大きい仕事をしてもらいたい」そりゃそうだ。事件から遠ざけるために雇おうと言うんだから。このシーンで、コロンボのネクタイが料理の皿についてしまう。犯人は冷静にそのネクタイをつまみ上げ拭いてやる。ちょっと犯人を好きになってしまうシーンだけれど、これってシナリオにもあったのかな。何だかこの犯人像にしては人がよすぎる。
コロンボは、運転免許の書き換えのために視力検査をしに来る。運転免許が切れかけていると言うのは、ドラマのはじめのほうでも出てきていて、伏線の張り具合も見事だ。そこで、自宅の写真では、被害者が眼鏡をかけていたことを思い出す。死体には眼鏡はなかったので、そのことを夫に問い質すと、今はコンタクトレンズをつけているのだという。それでは、そのコンタクトレンズは今どこにあるのか。被害者の目に入ったままなのか、犯行現場で落ちてはいないか。そこで、墓を暴いて検死のやり直しをする。コロンボは、被害者の夫に報告をする。「片方のレンズが外れていました」横で犯人である探偵社社長も聞いている。「このことを犯人に言ってやりたいですな」いやいや、実際に言ってるって。そして案の定犯人は犯行現場である自宅で、コンタクトレンズを探し回る羽目になる。おまけにそこへコロンボがやってきて、ヘッドハンティングに断りを入れる。その理由は「今の事件を担当したいから」だった。
この話では、本当にコロンボは細かいところによく気がつくし、伏線も細かいので1回見ただけでは見落としてしまいそうなことがたくさんある。初めて犯人と会ったときに、犯人の車を見て何かに気付くが、それは車の錆だった。そのことから犯人が海岸の近くに住んでいることに気付くが、実は犯人も最初知らなかった被害者の別荘があるのも海岸の近くだから、確信を深めているのだ。出かけようとする犯人の車が動かないので修理に出すというシーンもさりげなく描かれる。
なかなかコンタクトレンズを見つけられない犯人は、死体を運んだ際に車のトランクに落としたのではないかと気付いて、探偵の七つ道具を使って修理工場に忍び込む。自分の車のトランクを探し回り、ようやくレンズを見つけた瞬間を、コロンボたちに見付かってしまい万事休す。よくやってくれたと感謝する被害者の夫がコロンボに「でも、よくあそこにレンズがあると分かりましたね」と尋ねるが、コロンボはいけしゃあしゃあと「奥さんのコンタクトは両方とも目に嵌まってましたよ」と答える。すべて、コロンボによるトリックだったのだ。コンタクトは落ちていないのだから、自宅でも見付かるはずがないから、犯人は必ず車の中を捜す。「しかし、その車がうまい具合に修理に出されるなんて幸運でしたね」と、聞かれて「いやいや、私はギャンブルはしませんよ。昔よく怒られたもんです。ジャガイモを使って車にいたずらをしてね」そう、車を動かなくしたのも、コロンボの害のないいたずらの結果だったのだ。
ロバート・カルプもレイ・ミランドもこのあと何回か性懲りもなく犯人役を演じることになるというのも面白い。