『仮面の男』
原題は「アイデンティティ・クライシス」で、最近の洋画のタイトルにでもありそうなものだけれど、訳すのは難しい。「自己同一性の危機」では固いし、「自我の喪失」くらいか。犯人はパトリック・マッグーハンの演じるCIAのエージェントで、打ってつけといえる。この事件のあと、プリズナーナンバーシックスになったのかな、なんて想像も出来る。この犯人は、隠れ蓑で経営コンサルタントをやってたりして、それだけでもIDは不確かなのだろうけれど、かつての空軍のエースがスパイになることで自己喪失をしてしまい、国家のためではなく金のために何でもする男になってしまっている。そしてそれで手に入れた優雅な生活にさえ満足していないという状況で、金の分け前を要求する同僚を殺すわけだけれど、金のためというよりも、スリルを得るためというのが正直な動機なのではないか。この辺りの原題は鋭いものがある。邦題もそんなにひどいわけではないけれど、これではスパイではなくゾロの方を想起してしまうだろう。ゾロではなくソロならスパイなのだけれど。
犯行上のトリックはアリバイ作りと変装であるが、アリバイに関しては鉄壁とはいえない。むしろ杜撰なほうだろう。犯行のあった夜中に口述をしていたと言うのだけれど、そんなものは犯行後の明け方にだってできることだ。コロンボがまず指摘したブラインドを閉じる音が、実際は朝日が眩しかったからだとしても決定的な証拠とはいえないのと同じように、十一時の時報が録音されているからと言ってビッグベンでもない部屋の時計の音ではアリバイは成立しない。変装の方は大笑いで、ハゲというキーワードが飛び交う。このトリックのためにマッグーハンは鬘をして最初から登場するので、あれマッグーハンいつもより髪があるなとか思ってしまう。そういえば序盤は、被害者役のレスリー・ニールセンがいつ裸のガンを取り出すのかとそわそわしてしまう。まあそう思うのは現在だからで、最初に見たときはまだ普通の端役スターだった。
CIAからコロンボに捜査をしないよう圧力がかかるけれど、それを聞いてコロンボは動じないばかりか「それで合点がいった」とまで言うのだから素晴らしい。イタリアの葡萄貿易会社の社長やバーテンなどでいつもの端役たちが登場するのも嬉しい。そういえば「コロンボ」という役柄がイタリア系なので、ピーター・フォーク自身もイタリア系だと思ってしまうけれど、実際は違っていてポーランド人らしい。
決定的な証拠は録音の際に、犯行時刻以降に起こった出来事を口述の内容に喋ってしまったことだけれど、いつかどこかで聞いたことのある話だ。
ラストのコロンボの科白もよく分からない。「ポーカーとマージャンが賭けをした。序盤はポーカーが優勢だったけれどマージャンが大逆転」もちろんポーカーが犯人、マージャンがコロンボを指しているのだけれど、ポーカーフェイスは兎も角、なぜコロンボがマージャンなのか。犯人が賭け事が好きだということの暗喩にはなっている。もしかしたら犯人こそがコロンボとの対決を最も愉しんだのではないだろうか。この回に関して言えば、シナリオはダメだったけれど演出と演技で何とか乗り切ったといえる。そういえば監督もゲストスターもどちらもマッグーハンだった。