『忘れられたスター』
ジャネット・リー! こんなスターがテレビドラマに出るなんて! ということがコロンボでは当たり前のように実現するからすごい。この回なんて、ジャネット・リーが犯人役というだけで成功を約束されたようなものだ。「若草物語」に「サイコ」こんな大スターを知らない人はなかろう。とかいいながら、私はコロンボのほうを先に見ている。それにしてもこの「忘れられたスター」ものは、「サンセット大通り」という映画あたりから始まったものだと思うのだけれど、コロンボの中でもこれで二回目であって、既に使い古された感が否めない。それなのにこんなに面白いと言うのは全く、もしかして今このテーマで映画を撮ったとしても当るのではないかと思えるほどだ。
この話の初めの方で出てきたとき、犯人の元ミュージカルスターは、誰このおばさん? という感じなのだけれど、それが話が進むにつれて美しく見えてくるから、やはり名女優の演技とは半端ないものだと分かる。彼女のせいで正真正銘コロンボはかすんでいる。こういうことは珍しい。コロンボとはスターの輝きを受ける月のごとくかえって光り輝くのが恒だけれど、今回だけはそうは行かなかった。飼っている犬にアイスクリームを食べさせたり、ホットドッグを約束したりと見ようによっては動物虐待のようなことをしたり、射撃テストから逃げ回ってるだけで、右往左往してるようにしか見えない。それもそのはず、コロンボには最初からこの女優おかしい、ということは分かっていたのだろう。名前は全然憶えてもらえないし、喋る言葉といえば往年の映画の科白ばっか。いまならアルツハイマーを即座に思い浮かべるだろうけれど、当時はまだそんな一般的ではなかったし、ピーター・フォーク自身がアルツハイマーを患うのは随分あとのことだし。
殺人自体は結構杜撰だ。一見密室に見えるけれど、入ることはできなくても逃げるのはたやすいので大したものではない。アリバイも鉄壁とはいえず、だからこそ逆に証拠ともならない。犯人自体がそれほど、アリバイを強固に言い張っていないので、それが破られたとて、不思議な上映時間の違いも、決定的なものとはいえないだろう。動機も明らかだ。しかも、犯人自体が犯行自体を忘れてしまっているのだから、コロンボ一流のトリックも効かない。代わりに彼女をかつて愛した元スターを出汁にしようとするけれど、彼自身が彼女のことを思って身代わりに自白してしまうのだから、コロンボとしてはたまったものではあるまい。
しかし、それもコロンボの計算のうちだとしたらどうだろう。彼の自白も穴だらけなので、証拠がない。しかしそれでもいいのだ。彼女の余命はもう二か月しかなかった。その二か月間だけ犯人の振りをすればいいのだから、それくらいは可能だろう。コロンボは事件を解決はしたいけれど、彼女を捕まえたくもなかった。彼女がもうすぐ死ぬということよりも、彼女が犯行自体を憶えていないことが重要なのだと、コロンボは言っている。憶えていない犯行を追求したところで、刑事魂には虚しいだけだろうから。それだからこそ、バレバレの偽自白にさえ「それがいいね」と頷いてしまうのだ。