『5時30分の目撃者』
原題は「ア・デッドリー・ステイト・オブ・マインド」で、私にはどう訳していいか分からない。でもこの邦題はどうかと思う。倒叙ものなので5時30分の目撃者が誰なのかは最初から分っていて、それは杖を突いた盲人であることも視聴者には分っている。ということはそれ以降はこれをどうコロンボが利用するのかという観点のみで見てしまう。そこはそこで素晴らしいトリックがあるのだけれど、見所はそれだけではない。「無意識の殺人」とか「催眠療法の罠」とかそんな邦題がよかったのではないか。
最初の殺人が計画殺人ではなく、突発的な犯行であるところは面白さに欠ける。それでも犯人役のザ・二枚目スター、ジョージ・ハミルトンの演技がすばらしい。精神科医の役柄で、浮気相手の患者の夫を殺すことになる。面白いのは実は二つ目の犯行で、その浮気相手の女性を、催眠術を使って殺すところだ。ここだけを取り出せば不可能犯罪の好短篇になったのではないだろうかと思えるけれど、倒叙ものには不向きなネタだったかもしれない。現にコロンボもこの第二の殺人に関しては証拠を得ることを諦めたほどだ。催眠術でヒトを自殺させることはできない。しかし策を弄すればそれは可能になる。彼女の幼少期のトラウマを利用して、プールに飛び込むのだと思い込ませて五階のバルコニーから飛び降りさせるのは素晴らしいトリックで、ここは犯人に軍配が上がる。その意味ではコロンボは負けたのであり、こんなことは滅多にない。貴重品をスカーフに巻いて靴に隠すなんてことを、自殺する人間がするわけもなく、つまりは被害者の主観ではそれは飛び降りではなく水泳だったことが分るのだけれど、そこをもう少し突き詰めることはできなかったのか。これは脚本家の責任だろう。
ラストはコロンボの仕掛けたトリックとしてはうまいけれど、決定的な証拠となりうるかどうかという点では疑問を抱かざるを得ない。証人が盲人であることを知っているのは犯人だけだというのだけれど、彼は単に車をぶつけただけで、殺人現場にいたことの証拠にしかならない。それだけでは殺したとは限らないので、計画殺人ではないこともあいまって、これでいいのかと疑惑が残る。目撃者が、盲人を指すのではなく、盲人を目撃した犯人自身であるという逆転の発想は面白い。演技としては犯人役だけが上手くて、あとはみんな板についていない。助手であるやはり犯人の愛人と思しき女医あたりがもう少し関わってくればもっと面白い話になったのではないか。第二の殺人を犯したときに、コロンボ自身も、犯人が暗示をかける電話をかける場所に居合わせていたにも関わらず未然に防げなかったところなどといい、これはコロンボの失敗譚であるといってもいい。