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『祝砲の挽歌』

 原題は「夜明けの光によって」というような意味でややネタバレ感がある。邦題は殺人のモチーフとテーマを上手く示唆している。

 このエピソードを見終わったとき私はやはり泣いてしまった。ここに出てくる犯人は客観的に見ると非常に嫌な奴である。幼年学校の鬼校長であり時代錯誤の軍国主義者である。勿論その思想性と殺人という事実を除けば悪い人物ではないのだけれど、このような反動的人物を愛することなどとてもできない相談である。それなのにこれだけ感情移入をして最後には涙を流すほど感動するというのは、やはり犯人役のパトリック・マッグーハンの演技力によるものが大きいだろう。コロンボを見る前にもパトリック・マッグーハンの登場するテレビドラマは見ていたと思う。しかしそれよりもここでの犯人役のほうがどうしても印象に残ってしまう。

 被害者は幼年学校の創始者の孫である現理事長であり、かれが現在の男子のみの陸軍学校を共学の短大に変えようとするのを、阻止するための犯行だった。現理事長は金儲けを主体に考えているのであってまあ普通の経営者といえるし「夜明けのワイン」のように文化的破壊という側面も考えにくい。このドラマが作成された時期にどれくらい軍隊が時代遅れになっていたのかははっきりとは知らないけれどベトナム戦争の末期だった時期なのでこの校長のような考え方は反動的と考えられていたに違いない。一方で軍国主義が必要だと考える一派も当然存在していて彼らを揶揄する意味もシナリオ段階ではあったかもしれないけれど、マッグーハンの演技がそれをすっかり塗り替えてしまっている。マッグーハン自身もどちらかといえば平和主義だったと思われるけれど、それとこれとは話が違うのだ。演技には手を抜かないという信念が浮き彫りされている。そのあたりが校長の信念と重なり合って見えるのかもしれない。軽佻浮薄な広告業界と比べれば軍国主義のほうがまだましという考えもあるだろう。

 今回のコロンボの捜査は幼年学校の寮に泊り込んで行なわれる。そのお陰で夜中にふと思いついて同僚に電話をかけてしまうような傍迷惑な行動が初めて描かれることになる。普段のコロンボはこのように寝ても醒めても捜査のことばかり考えているんだろう。寮生との交流もなかなかに面白い。洗面所でコロンボが昔の彼女の話を延々とするので呆れられてしまったりするけれど、そのようにして少しずつ彼らを掌握して行くことが捜査の成功に繋がっている。校長は不良学生の一人を仮想犯人としてコロンボに差し出そうとするけれどこれも不発に終わる。他の犯人ほどに執拗に策を弄さない辺りはやや好感が持てるし、そのほうが実は証拠が摑まれにくい。コロンボは犯行の動機や犯行の手段については徐々に明確にしていくけれど証拠といえるものは何一つなかった。

 それをひっくり返したのが夜明けの光の中で吊り下げられていた生徒たちの密造林檎酒だったわけで、勝因は寮生たちにある。しかし彼らとしても校長のことを憎んでいたかどうか疑わしい。嫌っていたのは間違いあるまいし若者の特権として反抗もしただろう。しかし最後もちゃんとイエスサーといって寮に戻るのだった。当時既に失われつつあった厳しい代理父親としての側面もあるのだろう。校長以外の士官たちのひ弱さも見逃せない。

 面白いのは犯人がコロンボに高級葉巻を差し出すシーンで、これまでそうしたことが行なわれるのは贋物の親しみを示すことで捜査に手心を加えさせようとする理由からだったことが多かったように思えるけれど、今回ばかりはそうでもないような気がするのだ。そろそろコロンボが核心を突いてきそうだと思えた段階で、犯人はコロンボという殺人課の刑事に共感を覚えてしまっているのだ。犯人は「国と国との戦争がなくなれば私も引退して庭弄りでもしよう」と断言する。事実ベトナム戦争は終わったとしても冷戦構造はこの後もずっと続いていたのだ。それが終わりを告げるには十五年ほど未来のベルリンの壁崩壊まで待たなければならない。そうなればこの校長はきっと引退したんだろう。テロとの闘いなどという戯言をいったりはしなかったのだろう。一方でコロンボを「人と人が殺しあうことがなくなれば君もコートを脱ぐだろう」と指摘するのだ。自分自身がその人殺しなのだから皮肉めいているけれど、本音ではあっただろう。冷戦は終結しても殺人はなくなっていない。むしろサイコなシリアルキラーは増えているに違いない。お陰でフィクションのミステリも変化をせざるを得なくなり現在はコロンボのような探偵は見なくなってしまった。

 ラストシーンが素晴らしい。コロンボと寮生たちの掛け合いが見事なのも効果を盛り上げている。校長の矜持を保った言動も素晴らしい。それを見守る戸惑い勝ちのコロンボもまたいい。そしてエンディングに向けて唄われる訓練歌がまたいい。訓練中に軍人がよく唄う歌で映画などでもしばしば聴かれる歌だけれど題名などは知らない。歌詞も恐らくいくつかヴァージョンがあるのだろう。ここではこう唄われて終わる。「くたばる奴はここにはいない。卑怯者もここにはいない」マッグーハン演じる殺人者は悪人ではあっても卑怯者ではないというのだろう。

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